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3.技術の発達と文化

 (憑人・星はじめ)

 

 技術の発達は、文化の影響を多大に受けるものなのだそうです。技術発達を支える教育制度や研究支援制度などももちろんそうなのですが、なんと言うか、その技術やその技術によって生み出されるモノを、その文化が受け入られるかどうか、そういった点も非常に重要だというのですね。

 地動説を証明する為に導き出された理論は物理学の発展及びにそこから発生する技術革新に大きく貢献した訳ですが、それは天動説の否定という社会的葛藤を乗り越えられてはじめて実現したものですし、日本における予防接種の普及も偏見を乗り越えられなければ成し遂げられはしませんでした。

 こういった話は何も古い時代に限りません。近年においてもまだまだたくさん観られるのだそうです。

 例えば、ロボット。

 ロボットと言っても、ヒューマノイド型のもの限定ですが、キリスト教には神が自分の姿に似せて人を創ったという考えがあり、それ故に人がヒューマノイド型のロボットを造る事には、“人が神の真似をしている”という文化的な抵抗があるのだそうです。

 対して日本では抵抗があるどころか、数々のロボットアニメや漫画などの影響もあってか、積極的にヒューマノイド型ロボットが求められてすらいるように思えます。それがどれほど大きな影響を与えているのかは僕も詳しくは知らないのですが、少なくともヒューマノイド型ロボットの研究はキリスト教圏よりも日本の方が盛んなのです。

 そして。

 モノのインターネット、IoTも、或いはこれと似たような話として捉えるべきなのじゃないかと、そう僕は思うのです。

 

 「星さん! 今回は、なんと付喪神ですよ、付喪神!」

 

 彼女、山中理恵さんは、僕と会うなり、いつもにも増して嬉しそうな口調でそう言いました。彼女は怪談とか妖怪とかの類が大好きで、その手の話になると夢中になるのです。それ以外は、とても常識的でかつ頼りにもなる人なのですが。

 どうも、今回出たナノマシン・ネットワーク絡みの“お化け”は、付喪神のようです。その彼女の言葉で僕はそう察しました。付喪神というのは、歳経た道具が妖怪化したもので、自分達を捨てた人間を恨んでいるというのが定番のようです。

 もっとも、近代に入ってからは真面目に信じている人はほとんどいません(いえ、もしかしたら、昔からそんなにいなかったのかもしれませんが)。人形が喋るとかならあるかもしれませんが、“物が化ける”というリアリティは既に日本社会からは消失してしまっているのです。

 紺野先生というナノマシン・ネットワークを研究している人からの調査依頼で僕らはとある街で起きているとある現象を調査する事になったのですが、僕はそれが付喪神とは知らされていませんでした。電話で依頼を受けたのですが、紺野さんは詳しく僕に内容を教えてはくれなかったのです。しかも、僕が引き受ける前提で話を進めてもいました。

 多分ですが、僕に断る隙を与えない為に強引に押し通したからでしょう。僕の性格を見抜いていると言うか何と言うか……。もっとも、そうやって強引に来るからには、紺野さんは恐らく安全であるという確証を得ているはずだろうとも思うのですが。

 因みに、僕は一介の大学生に過ぎません。犯罪心理学を専攻してはいますが、はっきり言って素人です。では、何故、そんな僕に紺野さんが調査依頼をするのかというと、それは僕の体質に理由があります。僕はナノマシンに非常に感応し易いらしく、それを利用するとナノマシン・ネットワークを調査する事が可能らしいのです。具体的には、ナノマシンの入ったカプセルを飲んで散策する事で、そこに分布するナノネットの情報を集められるそうなのです(もちろん、他にも色々と応用ができます)。

 

 山中さんが車で大学まで僕を迎えに来てくれたので、僕らはそのまま現地を目指しました。多分、偶然見かけた人は勘違いをしただろうと思いますが、そーいう男女関係のなんたらは僕らの間には一切ありません。運転しながら山中さんは、僕に付喪神について語りました。

 「星さんは、付喪神って、本来は変化過程の途中の姿だって知っていましたか?」

 「変化過程? いえ、知りません。でも、変化過程ってことはその先もあるのですよね?」

 「ええ、もちろん」

 「へぇ、少し興味があります。どんな姿になるのですか?」

 それを聞くと、山中さんはやや残念そうな顔になるとこう答えました。

 「期待してもらって悪いのですが、それほど面白くはないのですよ。器物の霊達は、実は鬼の姿を目指しているのです」

 「鬼? 鬼っていうと、あの筋骨隆々で虎の皮のパンツを履いた……」

 「そうです。鬼にも時代や場所によって様々な意味合いや姿がありますが、現代人の感覚でのその“鬼”の姿で合っています。器物の霊達は、捨てられた恨みを晴らすために鬼となって、人間に復讐をしようとしているのですよ。だから、彼らの目指すべき姿は鬼なのですね。

 ただ、それじゃつまらないでしょう? この世には様々な道具があるのに、どれも同じ姿になってしまう。バラエティ豊かな妖物達を描くのなら、それがどんな道具の変化であるのかが分かる状態で留めておいた方が良い。だから、徐々に道具の霊達は変化過程の途中段階の姿で描かれるようになっていったのです」

 「はぁ、なるほど…… 元々の物語の中では、あんな姿ではなかったのですね」

 「はい。元々は、付喪神達の物語は仏教説話の一つですからね。キャラクターを楽しむのとも純粋な怪談とも違います」

 僕はそれを聞いて首を傾げました。

 「仏教説話?」

 「恨みを持って鬼に変じた器物の霊達が、仏教の教えによって救われ、復讐心や執着を捨てるというのが大体の話の筋です。仏教の普及の為に創作されたお話ですね。だから、当初は“付喪神”なんて名前もなかったのです。さっき星さんに現代人の感覚での“鬼の姿”と説明しましたが、ここでの“鬼”は実は現代人のイメージする鬼とは異なります。好ましくない霊、化け物の総称としての“鬼”なんです。或いは、“物の気、“物の怪”とも呼ばれましたが」

 「もののけ……」

 僕はそう呟くと、こう続けました。

 「そう聞くと、なんだか少し寂しい気もしますね。日本人がその実在を信じていたのかと僕は思っていました。文化とか、心理に結びついて育まれたものじゃなかったんだ」

 ところがそれを聞くと、山中さんは「いえ、そう残念がる必要はないかもしれませんよ」とそう言うのです。

 「どうしてです?」

 「何故、器物の霊達が日本でこれだけ盛んに描かれたのかと言えば、日本神道に顕著なようなアニミズムと無関係だとは思えないからですよ。恐らく、物に心があるというのが、日本人にとっては自然に感じられたのじゃないでしょうかね?」

 「ああ、なるほど……」

 アニミズムというのは、生物どころか、無生物にですらも霊魂が宿っているとする考えの事です。森羅万象、八百万の霊々。あらゆる物には霊が宿る。つまり、物でも叩けば痛がるし、優しくすれば喜ぶ。そのように考えるのですね。

 「ところで、日本語を使う人は、虫の音や川のせせらぎなどを左脳、つまり、言語脳で聞いているという話を知っていますか?」

 次に山中さんは突然にそんな事を尋ねてきました。

 「いえ、知りませんけど、なんです? それは?」

 順を追って丁寧に説明する事が多い彼女が、突拍子もなく発言するのは珍しいのです。すると彼女はゆっくりと口を開きました。

 「私も専門外なので少々自信がないのですが、文化…… と言うよりは、言語によって母音を把握する脳の働きに違いがあるらしいのですよ。日本人は母音を左の言語脳で捉えますが、多くの他の国の人は右脳で捉えるのだそうです。結果として、日本の多くの人は、虫の音などを言語脳で聞いているそうなのですね。もっとも個人差があるそうなので、全ての日本人という訳ではないのでしょうが。これ、もしかしたら、虫の声の好き嫌いとかに関係しているのかもしれませんよ」

 僕はその彼女の説明に素直に感心しました。犯罪心理学専攻生としては、その手の知識で負けるのは少し悔しくもあったのですが。

 「へぇ、それは知りませんでした」

 そして、そう応えた後で僕は直ぐに悟ります。

 「ああ、なるほど。つまり山中さんは、日本人にアニミズムの傾向が観られるのは、虫の音なんかを日本人が言語脳で聞いている事と関係があるのかもしれないと思っているのですね? そしてそれが付喪神にも結びついているのじゃないかと」

 それに山中さんは「正解です」とにっこり笑ってそう応えました。

 「この虫の声や川のせせらぎなどを言語脳で聞いているという話は、もしかしたら、日本文化の特性に直結しているのかもしれませんよ。“もったいない”って言葉は世界でも珍しいらしいですが、これは物と共感する能力を持った日本人だからこそ生み出せたのかもしれません。

 そう考えると、少し面白いと思いませんか?」

 僕はそれに頷くと、こう言いました。

 「そういう事を聞くと、モノのインターネットを受け入れるのに、日本はもしかしたら適した文化を持っているのじゃないかって思えてきますね。物に霊が宿ると捉えるのが自然にできるのなら、スムーズに受け入れられそうじゃないですか……」

 ……僕はそう言った訳ですが、それは単なる思い付きで、今自分達が向かっている街が、当にそんな状態になっているとは、僕は夢にも思っていなかったのです。

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