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21.技術の発達と人間関係と人間社会

 (犯罪心理学専攻生・星はじめ)

 

 IoTナノネットの街を、僕は走る車の中から意識を集中して眺めていました。少しの異変も見逃さないように、慎重に。ただ、細部にだけ囚われてもダメなので、同時に全体を漠然と把握する事も忘れません。それは中々に疲れる作業でもありました。運転しているのは山中さんで、後部座席には紺野さんの姿もあります。

 僕は例のナノネットの様子が波紋として視覚できるようになるカプセルを飲んでいて、それによって、あのIoTナノネット・コンテスト以降で、街の様子がどう変わったかを確かめていたのでした。

 丹内穂香という女の子から採取したナノネットの効果は素晴らしいようで、街の数々の場所にあるナノネットから発せられている波紋は各々の個性を残しつつも、それぞれ親和性を持っていて、今ではまるで街全体のナノネットが共鳴しているみたいに見えました。各ナノネットグループがいがみ合っていた頃とは大違いです。

 「今のところ、反発しているようなナノネットは見当たりませんね。問題ないと思いますよ」

 そう僕が言うと紺野さんは嬉しそうにこう言いました。

 「そうですか。丹内ナノネットはあの日しか配りませんでしたから少々心配でしたが、上手く浸透してくれたみたいですね」

 紺野さんはそう言うと、数度頷きました。丹内穂香さんの人格をコピーしたナノネットが、丹内ナノネットと呼ばれていることを本人が知ったらどう思うだろう?とそれでつい僕は想像してしまいました。多分、困るのだろうな、と。

 「丹内ナノネットを使って得られる効果が素晴らしかった事もあるのでしょうが、“周囲の真似をする”という人間の特性も考慮に入れるべきですね。多分、周囲が採用していく様を見て、皆さん丹内ナノネットを受け入れていったのでしょうから。

 これは、パーコレーション・モデルに遺伝的アルゴリズムを取り入れたモデルで説明する必要がありそうです」

 それから紺野さんは、何やらそんな難しい話をしました。僕にはよく分かりませんでしたが。

 運転をしながら、山中さんが言います。

 「私は皆さんは本当は以前のように、仲良く暮らしたかったから、直ぐに丹内ナノネットを受け入れていったのじゃないかと思いますよ。実際、友好関係を取り戻そうという集まりが自然にできていたじゃありませんか」

 紺野さんはそれに頷きました。

 「そうですね。それもあるかもしれません。因みに、あの友好関係を復活させる為に集まった人達は、どうやらナノネット感応性が低い人達だったようです。だから、IoTナノネット同士の争いの影響を受けず、異変に気が付けたのですね」

 それを聞いて、僕はもし山中さんがこの町に住んでいたら、友好関係を復活させる為に動いてそうだとそう思いました。もしそうなら、きっと優秀な仕事をしていた事でしょう。

 今回、多忙な紺野さんが調査に付き添っているのは、それだけこのIoTナノネットの街の事例が興味深いと判断したからです。紺野さんの本業はナノネット研究者ですから。ナノネット問題解決を仕事にしている訳じゃありません。

 この街の事例を興味深いと評価したのは、この街をIoTナノネット地帯にしたカウンセラーの神原さんとかいう人も同様だったらしく、聞いた話ではしばらく色々と調査をしていたようです。もちろん、彼の場合はナノネットではなく集団心理の観察ですが。

 紺野さんは、神原さんがあまり好ましいとは言い難い手段で生み出したこのIoTナノネットの街のお陰で研究が進むことを少しだけ悔しがっていました。が、直ぐに忘れたようです。なんだかんだで、研究第一の人なのでしょうね。

 しばらく紺野さんは何かの計器をじっと見つめていましたが、やがて「ふぅ」と息を吐き出すと少し間を置いてこう言いました。

 「生物としての人間は、実はまだ進化しているという話を知っていますか?」

 誰に向けた質問なのか迷いましたが、一応僕が答えました。

 「いえ、知りませんが…… でも、まぁ、そうなのじゃないかとは思っていました。だって、止めようと思っても止められるものじゃないですよね?」

 「その通りです。因みに、生物の進化は短期間で進化……、これは変化と言った方がより適切な気もしますが、とにかく比較的短期間で変わる特性もあれば、長期間経なければ変わらない特性もあります。仮に短期間で変わる特性だけで、人間社会で発達していく技術に対応できるのなら問題ないのですが、もちろん、そんな事はありません」

 そこで山中さんが口を開きました。

 「水爆とかそうですよね。国自体を亡ぼせる程の威力を持った水爆が開発され、それを保持している国がある…… つまり、もし戦争になれば、本当に人間の文明自体が終わってしまう危険性すらあるのに、それでもまだ縄張り本能を抑えきれず、資源が充分にある状態であるにもかかわらず戦争をしたがる人達がいる」

 それには僕が頷きました。

 「ああ、進歩し過ぎた科学技術によって、人類が滅ぼされるっていう…… 随分と昔から、漫画なんかでよく取り上げられてきたテーマですね」

 紺野さんがそれにこう言います。

 「逆に言えば、それくらい前から問題として人間社会に意識されて来たのに、未だに解決されたとは言い難い状況だって事ですね。つまりそれだけ解決は困難なのです。そしてもちろん、こういった問題は水爆に限りません。IoTだってその一つになる可能性は大いにあります。これから社会に普及して、一体何が起こるのか。私達は注意深く見守っていく必要があるのかもしれません」

 僕は紺野さんのその話を聞いて、直ぐにセキュリティ問題を思い浮かべました。IoTを実現する為にネットと家電が結びつけば、当然、セキュリティに穴ができ易くなります。それを狙った犯罪だって起こるでしょう。ですが、山中さんはまったく別の事を思っていたようで、

 「そうですね。物に共感するという人間の特性が更に強くなってしまいそうで、私としては非常にそれが気になります。人形だけじゃなく、家電製品にも魂が宿るといったような怪談の類が生まれるかもしれません。それが文化にも影響を与えるでしょうし、新たな心の病が生まれる可能性だってあると思います」

 なんて事を言いました。

 非常に彼女らしい発言です。

 そのうち、前方に二重に波紋が重なって、しかもお互いにそれを強化しているようなナノネットの波紋があることに僕は気が付きました。何だろう?と思って見ていると、やがて男女の二人組の姿が目に入ります。

 丹内穂香さんと、稲盛太一君。

 今回の事件の中心人物とも言える二人です。二人は仲睦まじい様子で、手なんか握っちゃって道路を歩いたりなんかしちゃっていました。そりゃあ、ナノネットの波紋も二重になろうってもんです。

 車が彼らとすれ違いましたが、二人は僕らには気が付かなかったようでした。

 「あの二人、どうやらいい関係を築けているようですね」

 山中さんがそう言います。

 多分山中さんは、あれだけ強烈な出来事があった影響で、逆に二人がくっつき難くなってしまうのじゃないかと心配をしていたのだと思います。今回のIoTナノネットに、あの二人はさんざん振り回されてしまった訳ですが、なんとかハッピーエンドを迎えられたようです。色々な意味で、今回のナノネットは人間関係に影響を与えていたのですね。

 紺野さんが言いました。

 「或いは、ナノネットなんかなくても、IoTは進歩普及していけば、人間関係に強い影響を与える社会的システムになるかもしれませんよ」

 恐らくは、紺野さんも僕と似たような事を考えていたのでしょう。

 「例えば、どんなものが考えられますか?」

 “社会的”という言葉に反応したのか、山中さんがそう訊きました。

 「例えば、自分の家の冷蔵庫だけじゃなく、結び付きの深い、二つの家庭の冷蔵庫の中身から、献立を考えるなんてIoTが現れるかもしれません。スケールメリットを活かせるので、材料費も光熱費もその方が得になりますから、活用し始める家庭……、または自治体グループが出たとしても不思議ではないでしょう」

 そう答える紺野さんに山中さんは、大きく頷きました。

 「あ~、確かに高齢者介護とか考えると充分にあり得ますね。複数の家庭の冷蔵庫から献立を考えて一気に作ってしまった方が全然楽ですから」

 紺野さんは軽く頷きます。

 「もちろん、それは一例に過ぎませんよ。今後、IoTにどんな活用方法が生まれ、どう人間社会が影響を受けるのかは未知数だと言えると思います。そして、その変化に人間という生物が劇的に変化をして対応できるようになるとはとても思えない。ならば、それに対する手段は一つだけです」

 そう言って一度切ると、紺野さんは遠くを見据えました。

 「あの神原という男を認める訳じゃありませんが、人間…… 特に集団になった時の人間にどういった性質があるのかを見極め、その上で何らかの対応を取っていくしかない。そういう意味で、集団心理を基準にしたアプローチというのは有効だと思うのです。もっとも、それだっていたちごっこになってしまうのでしょうがね。技術の進歩の速度は、それだけ凄まじい。

 今回のケースに限らず、人間社会がおかしくなってしまう事はおうおうにしてあり、だからこそ私達はそれに対する心構えを常に持っていなくてはならないのだと思います」

 それを聞き、僕は今は調和しているように見えるIoTナノネットの街を眺めながら“この街だって、何かの切っ掛けでまたおかしくなってしまう危険性も大いにあるんだ”とそう心の中で呟きました。

 それから、さっき見た、丹内穂香さんと稲盛太一君の二人を思い出します。

 彼らのような仲睦まじい関係は、或いは、とても愚かな間違いを幾度も繰り返して来た僕ら人間社会にとって、微かな希望と言えるものなのかもしれません……

参考文献「ザ・セカンド・マシン・エイジ エリック・ブリニョロン + アンドリュー・マカフィー 日経BP社」

「人工知能が変える仕事の未来 野村直之 日本経済新聞出版社」

「AIが同僚 日経トップリーダー/日経ビッグデータ 日経BP」

「妖怪学の基礎知識 小松和彦 角川選書」



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