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18.どうして、こんな醜い連中の所為で、このわたしが傷つかなくてはならないのだろう?

 (調整役・丹内穂香)

 

 わたしにとってここは酷く場違いだ。

 そう思っていた。

 何故かわたしは、IoTナノネット・コンテストの審査員などというものをやっているのだ。しかも審査員“長”だ。

 会場は市民会館。自治体の施設にしては少し大きめの会場の最前列の審査員席にわたしは座っていた。前だけを向いて後ろを気にしないでいられるのなら、どれだけ良かっただろう。だけど、気にしない訳にはいかなかった。何故なら、わたしの背後では、自分達のIoTナノネットこそが一番だと主張する殺気立った人達が群れていて、尋常ではない雰囲気を発しているからだ。はっきり言って怖い。

 まだコンテストが始まる前だというのに、既に暴動でも起こりそうな緊張感が漂っている。後ろの人達が大人しくしているのは、問題を起こしたら即失格というルールがあるからなのかもしれない。

 わたしの横には、実質的にわたしをこの立場に追いやったとも言える神原徹という名のカウンセラーのおじさんがいて、この状況にあっても飄々としている。わたしには楽しんでいるようにすら思えた。この人も審査員の一人だ。

 わたしがその不安を目で訴えても、神原さんは不思議そうな顔で見返すだけだった。ただこの人は、その視線の意味を理解しているはずだ。暴動を起こしてもおかしくないような、会場にいる人々の異常な様子に気が付かないはずがないのだから。

 「審査員長と言っても、飾りみたいなものですから、お気になさらず」

 わたしがやるのが審査員長だと告げられた時、神原さんはそう言った。

 審査員を引き受けるとは言った。ただ、それがまさか審査員長だとは思ってもみなかったわたしは、騙されたと感じていた。

 審査員長が飾りだというのは本当だろう。わたしに審査結果の決定権なんてあるはずもないのだから。だけど、それでも審査結果に文句を一番言われるのは審査員長のはずだ。高校生にだってそれくらいの事は分かる。物凄く理不尽な立場だ。

 だから。

 わたしは殺気立っている会場の人達の雰囲気に竦みあがっていたのだ。壇上から司会の人がわたしを紹介した時も、だから上ずった声を出してしまった。多分、変に思われていると思う。

 やがてIoTナノネット・コンテストが始まった。わたしはそんな状態だったから、とても集中なんてできなかったけど、それでも確かに面白いと思える機能を持ったIoTナノネットがたくさん出て来て、感心をしてはいた。

 「これは太陽光発電の発電量に合わせて、エアコンの設定を自動調整してくれるIoTナノネットです。もちろん、それによって電気代を節約してくれます」

 「このIoTナノネットを使えば、天気と連動して自動的に洗濯物の乾燥するしない、その強弱を設定してくれます」

 「腸内細菌が人間の健康、肥満などと強く関係している事は知っていますか? このIoTナノネットはその人の腸内細菌の状態を調べ、良くする献立を考えくれるのです」

 よくこれだけのアイデアを思い付いて、しかも作り出したものだ。

 しょっちゅう近所の人達がお薦めのIoTナノネットを紹介してくれるから、もう知っているものばかりが出て来るものだと思っていたのだけど、その予想は良い意味で裏切られた。

 きっとグループとグループに壁ができてしまっている所為で、役に立つIoTナノネットの情報がわたし達の所にまでは入って来ないのだろう。IoTナノネットのコンテストなんて優劣を競い合うだけの愚かな催し物だと思っていたけど、そういう意味じゃ意外に有意義なのかもしれない。

 だけど、それでもわたしはこんなコンテストなんて開かなければ良かったのに、とそう思っていた。

 何故なら、知らなかったIoTナノネットを知る事ができたという感動よりも、会場にいる人々の反応の醜さのマイナス面の方が勝っていたからだ。しかも圧倒的に。

 自分達のものは褒め、他人にのものは貶す。言葉遣いこそ丁寧だったけれど、実質的な意味合いは下品なヤジと変わらない。応援をしに来ている人達が煩くて、スムーズにコンテストが進行できなかったので、何度か「お静かに願います」とアナウンスが流れた程だ。

 本当に醜い。

 このコンテストでは、IoTナノネットの審査結果は、全て終わってから発表することにしていた。これは正し判断だと思う。もし、途中で発表していたら、誹謗中傷罵詈雑言の嵐で、恐らくは続行不可能な状態に陥っていただろうから。

 やがて全てのIoTナノネットの発表が終わった。エントリー数に制限を設けていたお陰でそれほどの数はなく、1時間くらいしかかからなかった。わたし達審査員は席を立つと審査協議の為に別室へと移動した。やっと静かになった。これは声だけを言っているのじゃない。渦巻いた競争心やそこから派生する憎悪のような感情が引き起こす緊張から、わたしはようやく逃れる事ができたんだ。正直、さっきまでは息が詰まる思いだった。やっと、一息つける。

 審査はとても真っ当に行われた。このIoTナノネットは技術は凄いけど、実用性はあまりないのじゃないか、とか。このIoTナノネットは緊急事態では役に立つけど、普段はそれほどでもないのじゃないか、とか。このIoTナノネットは他で代用できるのじゃないかとか。様々な観点から議論が進んでいった。

 ただ、そういった基準はどれも曖昧なもので、漠然としていた。多分、こういった類のものに、だから優劣なんて本当はないのだろうと思う。少し価値基準を変えてしまえば、まったく違った結果になるのだから。

 短距離ランナーと長距離ランナー。どちらの足が速いなんてあるはずがないじゃないか。それを無理矢理やろうとしているのが、こういうコンテストなのだと思う。

 審査を進めるうち、不意に審査員の一人であるおばさんがこんな事を言った。

 「とにかく、できる限り各グループのIoTナノネットを受賞させるようにしましょうよ。どれも価値があるものばかりだし。それでもグランプリは決めなくちゃ駄目だけど、そうすれば各グループがお互いに認め合ってくれるかもしれないわ」

 わたしはその言葉を聞いて思い出した。そう言えば、このコンテストは“友好ムード”を復活させる為に行われたものだったのだ。確かにそれぞれのグループが、なかなかに凄いIoTナノネットを育てていることは分かったかもしれない。それは認めざるを得ないと思う。だけど、その程度であの険悪な緊張が解けるとは思えない。むしろ、どこかに賞を与える事によって溝が深まってしまいそうな気すらする。

 まさか、簡単に“友好ムード”が復活すると言う楽観的な見通しの上でこのコンテストは開かれたのだろうか?

 わたしは不安になった。

 ところが、それを受けると神原さんがこんなことを言ったのだ。

 「そうですね。それで互いに認め合ってくれるというのなら、それは素晴らしいことでしょう。

 ですが、もしもそれでも上手くいかなそうだとそこにいる審査員長の丹内さんが判断した時は、賞の内容を変えても良いという事にしませんか?」

 審査員の全員が、それで神原さんに注目をする。その視線に応えるように、神原さんはこう言った。

 「会場のあの人達の様子は尋常ではありませんでしたよ。審査結果に納得がいかなければ何をするか分かったものじゃない。だから、融通が利くようにするのです」

 その説明を聞いて、わたしは少なからず安堵をした。やっぱり、神原さんは分かっていたんだ。

 「具体的にはどうするのです?」

 今度はおじさんがそう尋ねる。すると、神原さんはこう答えた。

 「例えば、グランプリをなしにするだとか、そういったことをすれば良い。グランプリ以外は優劣が分からない内容の賞ですからね」

 それに審査員のメンバーは頷いた。神原さんは更に続ける。

 「彼女が審査員長なのですから、それくらいの権限は与えてあげなければ酷です」

 ここに来て、ようやくわたしを慮る意見が出てくれた。この程度の事で感謝するのも変だけど、それでもわたしは神原さんに感謝をした。

 わたしは無言のまま大きく頷く。

 もしかしたら、わたしは自分で思っている以上に単純なのかもしれない。

 それから会場の人達をこれ以上待たせる訳にもいかないので、わたし達は会場に戻った。今度は壇上から、審査結果を発表しなくてはならない。もちろん、審査員長であるわたしが。舞台袖に着くと審査結果を書いた紙を渡された。様々な賞が書かれてあったけど、どれもほとんど頭に入って来なかった。

 待たされた事で、会場にいる人達の緊張は更に高まっていた。それが舞台袖からでも如実に感じられた。ざわついてはいたけど、文句を言っている訳ではない。それは何かしら度し難い空気圧のようなものだった。その中を、わたしは今から審査結果を発表する為に壇上の中央に向かわなくてはならない。勇気を出せと、心に強く念じると、一歩、踏み出した。足が重い。足が竦む。その度し難い空気圧に逆らって進むのはわたしにとって想像以上の負担になった。目を瞑る。それでもその空気圧の威力は変わらなかった。

 ただ、それでもわたしはなんとか進んでいたらしい。目を開けると、目の前にマイクがあったから。身体の向きを変えなくてはいけない。わたしは意を決して、会場の方に顔を向けた。

 そして、それで、わたしは固まってしまったのだった。

 ――なんだ、これは?

 そこには半人の器物の化け物達が溢れかえっていたのだ。声になって伝わって来た訳じゃないけど、その化け物達は「自分達こそが一番だ」、「自分達こそが一番だ」と主張し合って、訳の分からない狂騒を演じていた。

 扇風機の羽の部分が全て手の平になった化け物が、隣のテレビの化け物を威嚇している。そのテレビの化け物の中央には大きな仁王像のような顔があって、憤怒の形相でわたしを見ていた。空気清浄機の化け物には不気味な口がいくつもあって、それで周囲の空気を吸い込んでいる。それが空気を浄化しているとはとても思えなかった。吸い込めば吸い込むほど、黒い何かが広がっていたから。その黒い何かを先の扇風機の化け物が吹き飛ばす。拡散した黒に触れて、ノートパソコンやスマートフォンの化け物が大きく明滅する。何をやっているのかも分からない。何か意味があるのかも分からない。コンポの化け物は声にならない声で何かを歌い始め、隣のDVDプレイヤーが取り出し口を何度も開け閉めしていた。

 こんなのはもちろん幻だ。

 わたしはそう自覚していた。

 でも、どうしてこんな幻をわたしは見るのだろう?

 それがどうにも解せず、わたしは厭で厭で堪らなかった。

 「早く、発表しろよー!」

 やがて立ち尽くしているわたしに向けて、そんな怒号が飛んだ。化け物が言ったのか、それとも人間が言ったのかは分からない。どちらにしろ、わたしが追い詰められている事だけは確かだった。賞の結果を読まなくちゃ。そう思ったわたしは、震える手で審査結果が書かれた紙を広げた。上手く頭が回転しない。なんとか自分い言い聞かせる。とにかく、そこに書かれてある文字を読み上げれば良いだけだ。

 わたしは精一杯の大きな声で賞の結果を読み上げていった。声は震えていたし、不自然に高くなっていたけど、それでもその声は会場内に響いていた。そして、わたしが読み上げる度に会場内にいる化け物達は激しく反応していた。太陽電池のIotを褒めると、恐らくは同じグループなのだろう扇風機の化け物が激しく回転する。それに反応して、周囲の化け物達がそれを威嚇をする。ノートパソコンのIotを褒めると、同じ様に一斉に明滅をする一団があって、そしてやはり他のグループだろう化け物達は怒り、中には光っているノートパソコンを殴っている物もあった。多分、現実の世界で本当の人間同士が喧嘩している訳ではないのだと思う。だって、もしそうならもっと大騒ぎになっているはずだから。そう願いながらわたしは続きを読み続けた。さっさと終わって欲しい。泣いてしまいそうだ。賞の中には冗談のようなものも混ざっていたのだけど、それが発表されても、笑い声も和やかな雰囲気もまったく産まれなかった。

 そして、そうして審査結果を読み上げ続けて、わたしは遂にグランプリにまで辿り着いた。これでようやく終わりだ。しかし、

 “グランプリを読み上げたなら……、”

 わたしは文字を目で追ってから、会場に目を向けた。

 “この化け物共はどんな反応をするのだろう? きっと、受賞したグループを妬んで嫉んで憎しみまくって、大騒ぎをするはずだ。果たして無事で済むのだろうか? とてもそうは思えない。だって、こんなにも醜く愚かな者達だもの”

 化け物達の狂騒は相変わらず続いていた。それを見つめながら、わたしはなんだか悔しくなり始めていた。

 こう思う。

 どうして、こんな醜い連中の所為で、このわたしがこんなにも大変な思いをしなくてはならないのだろう?

 目を瞑った。

 こんな大嫌いな連中の所為で。

 それからわたしは、こう考えのだった。

 ……そうだ。グランプリを与えるかどうかはわたしに任されていたんだ。なら、こんな化け物共にそんなものは与えてやらない。やる必要なんかない。

 そして、気が付くと、わたしはこう言っていた。

 「――以上です。グランプリはありません」

 それを聞くなり、化け物達の騒ぎは更に大きくなった。「ふざけるなー!」「馬鹿にしているんか!」「さっさとグランプリを発表しろー!」そんな声が聞こえて来る。

 きっと、それには化け物達のものだけじゃなく、人間の声も混ざっている。いや、人間は既に化け物になってしまっているんだ。この鬼のような化け物達に。

 わたしはそのたくさんの醜い声を浴びながら、激しいデジャブを感じていた。そう。ずっと前、わたしはわたしが中学生だった頃にもこんな経験をしている。

 

 闇

 

 ……中学時代、学校で女生徒に人気の男生徒がわたしを好きだと噂になって、それが嬉しかったわたしはそれにちょっとばかり浮かれた。ただそれだけだ。だから絶対にわたしは悪くない。だけどたったそれだけの事で、わたしは学校中のほとんどの女生徒達から嫌われた。

 確か、どっかグループのリーダー格の女生徒が、「気に食わない」と言ったとかなんだとか、そんな話だったはずだ。それだけで、それがあっという間に学校中に感染した。

 わたしは昔から、仲間外れとか仲違いとかがあると、それをなんとかするような役回りになる事が多く、わたしに感謝をしていた生徒も何人かいたけど、誰もわたしを助けてはくれなかった。

 それだけじゃない。

 ある程度その伝染病が広まると、それに感染した女生徒の何人かはわたしに直接嫌がらせをするようになった。上履きを隠したり、机に落書きをしたり。男生徒にもその病気は蔓延し始め、女生徒達に嫌われたくない彼らはわたしから遠ざかるようになった。

 そして。

 ――それで、わたしは死のうと思ったんだ。

 髪を綺麗に整えて、精一杯の美しい姿になって、教室から飛び降り自殺をするつもりだた。逃げたかったというよりは、それで復讐がしたかったのだと思う。わたしが死ぬことで、わたしはわたしに嫌がらせをした連中に罪の意識を背負わせようとしたんだ。

 もちろん、冷静になれば馬鹿げた話だろうとは思う。だって、そんな事をしたくらいじゃ、連中は罪の意識なんて覚えない。感覚が麻痺してしまっているのだから。だけどその時は真剣だった。

 ただ、結局、その自殺は未遂に終わった。何故なら、“命の恩人”がわたしを救ってくれたから。

 稲盛太一君。

 彼はどうやらその日、日直だったらしいのだけど、死のうと思って朝早く登校したわたしに向って、

 「あ、ごめん。見惚れちゃってた。あんまり綺麗だったものだから……」

 と、そう言ってくれたのだ。

 そして、たったそれだけの言葉で、馬鹿馬鹿しいくらいに呆気なく、わたしの自殺願望は何処かへと吹き飛んでしまった。

 嬉しくて堪らなかったわたしは、

 「本当?! 良かったぁ! 実は昨日、髪を切ったばかりだったのよね。似合うかどうか不安だったんだ。ありがとう!」

 と、その時、そう言ってそれを誤魔化した。多分、彼は夢にも思っていなかっただろうけど、それで彼はわたしの“命の恩人”になったのだ。

 その時彼は、どうやらわたしが孤立していた事を知らなかったらしい。ただ、もし知っていたとしても彼ならあの時同じ事を言ってくれただろうと、それから彼の人となりを知ってわたしは思った。そもそもわたしの孤立を知らなかったのだって、そういった事を彼が気にしない性質だからだろう。

 

 ――それで、わたしは彼をとても好きになったんだ。

 

 稲盛君に会いたい。今すぐに。

 器物の化け物達の罵声を浴びながら、わたしはただただそれだけを思っていた。そして、その時だ。

 

 『丹内さーん!』

 

 そんな彼の声をわたしは聞いたのだ。

 驚いて顔を上げる。すると、会場の中、化け物達に混ざって、彼、人間の稲盛太一君がそこにいたのだった。何故かその彼の声は化け物達の騒音にも掻き消されず、真っすぐにわたしの耳にまで届いていた。

 しかも、それから彼はこんな事まで言ってくれた。

 『僕はどれだけ君が嫌われ責められても、絶対に君の味方をする! 僕は君が大好きだから!』

 まただ。

 わたしは嬉しくなる。

 彼はわたしを救ってくれる。

 

 だけど、その時、ふと気が付いたのだ。化け物ではないものが、彼の隣に、もう一人いる事に。

 ――それは並木ヒカエさんだった。

 

 わたしの表情は急速に曇る。

 嫌な、とても嫌なことを思い出した。自分がとても嫌いになるような。

 

 それからわたしはこう彼に返した。

 

 「駄目! わたしにはあなたに大好きなんて言ってもらえる資格なんてないから! だって、わたしは全然綺麗じゃないんだよ!」

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