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17.丹内穂香は本当は弱いのに

 (人間嫌い・並木ヒカエ)

 

 「IoTナノネットのコンテストォ?」

 その話をお母さんから聞いた時、わたしは思わず頬を引きつらせた。なんなんだ? その、トラブルを引き起こす事が100%確実の無謀な催し物は。わざとやっているのじゃなければ馬鹿としか言いようがない。各IoTナノネットの派閥グループが、大人しくしているはずがないじゃないか。

 ところが、それを言ったお母さんはいたって呑気で、「そうよー。色々と考えるわよね、自治体も」なんて言って来た。

 「また、何かしら手伝わないとダメだから、よろしくねー」

 そう続けるお母さんにわたしはこう返す。

 「分かっているわよ。でも、断っておくけど……」

 「あー、ハイハイ。人と接するような仕事は絶対にやりたくないのでしょう? 大丈夫。会場設営とかを振るわよ、また」

 お母さんはやっぱり呑気にそう言ったけれど、今回はいつもとは理由が違う。かなりの高確率でトラブルに巻き込まれるから嫌なのだ。わたしは表情でそれを示したつもりでいたのだけど、ところがどっこい、お母さんはそれをまったく理解していないらしかった。こんな事を言って来る。

 「しかし、あなたは本当にコミュニケーションが苦手ねぇ。これから先、どうやって生きていくつもりなのやら」

 わたしは少し苛立ってそれにこう返す。

 「そーいうのじゃないのよ、今回は。絶対に喧嘩になるもん。お母さんもそのコンテストとは距離を置いておいた方が良いわよ。できれば中止にした方が良い」

 そのわたしの心配を聞くと、お母さんは肩を竦めた。

 「大袈裟ねぇ、あなたは。多分大丈夫でしょう。皆、大人なんだから」

 わたしはそれを聞いてため息を漏らした。普段の連中の態度を見た上でお母さんはそう言っているのだろうか? あれは絶対に大人の態度じゃない。

 目立っては駄目。中立を貫く。そして、できる限り遠くから見守る。

 わたしはIoTナノネット・コンテストに関わるに当り、そう心がける事にした。コンテストが始まったら、見回りとかてきとーな理由を付けて、会場の外に出よう。終わったら(トラブルがなかった場合だけど)、片づけを手伝いに戻れば良い。

 IoTナノネット・コンテストの会場は市民会館だった。当日、わたしは会場設営を手伝うと、計画通りにさっさと外に退避しようとした。しかし、そこで思いも寄らない人を見かけてしまったのだ。

 「あれ? 丹内さんじゃない?」

 そう。何故か、丹内穂香の姿がそこにあったのだ。しかも審査員達の控室の方に向っている。わたしは誰かと話しているお母さんを捕まえるとこう尋ねた。

 「ちょっと、お母さん。どうして丹内さんがいるのよ?」

 「丹内さんってあの娘? あなた、知り合いだったの?」

 「クラスメートよ。とにかく、どうして丹内さんがいるの?」

 「どうしてって、見た通りよ。IoTナノネットの審査員をやるんだって。しかも審査員長よ? 主催者の人達は、女子高生の公平な視点で評価してもらおうとかそんな事を言っていたわ」

 わたしはそれを聞くなり「はぁ?」と大声を上げた。お母さんは「声が大きい」とそれを注意する。わたしは構わず続けた。

 「審査員長? 彼女が? どうして、そうなったの?」

 「経緯までは知らないわよ。でも、あの娘なら中立な視点から評価できるとかって説明されたわ。ま、カワイイし、催し物の花になるから良いのじゃない?」

 わたしはそれを聞いて頭を抱えた。これはそんなのどかなイベントじゃない。審査員長なんて立場は、催し物の花どころか、生贄みたいなもんだ。どこのグループをどう評価しても絶対に文句を言われるだろう。誰だ? そんな辛い役割をあの子にやらせようなんて酷い大人は。

 ――丹内穂香は本当は弱いのに。

 わたしは自分達こそが一番だと思い込んでいる…… いや、自分達こそが“一番じゃなければいけない”と思い込んでいる集団の残酷さと幼稚さをよく知っている。なにしろ、そういうのを知ったからこそ、わたしは人間嫌いになったんだ。

 本当は順位の優劣なんて決められない場合がほとんどだ。だから、もし自分達の優秀さを示したかったなら“それ”を捏造するしかない。では、どうやって捏造するか? 脅すとか屁理屈をこねるとか騙すとか、とにかく、およそ真っ当な感覚を持った人間とは思えないような卑劣な事をやって無理矢理強引に自尊心に酔った連中は“それ”を捏造して押し通そうとするんだ。

 そして、今回、そのターゲットにされるのは間違いなく審査員長の丹内穂香だ。彼女には権力も権威もない。だから、場合によっては袋叩きにされる危険性だってある。それぞれのグループが持った憤懣を理不尽にも全てぶつけられてしまう危険性が。

 わたしはスマートフォンを取り出すと、直ぐに稲盛太一に電話をかけた。彼に何ができるか分からないけど、少なくとも彼ならどんな状況でも丹内穂香の味方をするはずだ。

 稲盛太一はわたしが彼に電話をかけたことを驚いているようだった。考えてみれば、ほとんどかけた記憶がないからそれも無理はないかもしれない。それからわたしが事情を説明すると、思いの外冷静な声で彼は「うん。知っている」とそう言った。

 「知っているって、知っていたならどうして止めなかったの? 丹内さんが危険な目に遭うって分かっているでしょう?」

 わたしがそう返すと、彼はこんな不思議な事を言うのだ。

 「分かっている。でも、ちょっと事情があってね、それを止める訳にはいかなかったんだ」

 「何言っているの? 丹内さんを見殺しにするっての?」

 「しない。むしろ、助けてあげたいと思っている」

 そう言った後で彼は間をつくった。なんだか重い間だと、わたしはそう思った。

 「僕も会場に行く。きっと、絶対に彼女を助けてみせる」

 わたしはそれを聞いて頭を抱える。

 矛盾しているじゃない。“きっと”なんだったら、“絶対”じゃないでしょうよ。

 そんなツッコミを入れようかと思ったけれど、彼もテンパってそうだったから止めておいた。なんだか色々と不穏だ。彼の方の事情は分からないけど、非常に気になる。

 「どうあなたが丹内さんを助けるのかは分からないけど、とにかくあなたも来るのね? 分かった。待ってるから、絶対に来なさい」

 そう言うとわたしは電話を切った。その後でため息をつく。これで、わたしも安全圏にいる訳にはいかなくなったかもしれない。それからわたしはそろそろコンテスト開始時間前だと気が付いた。そしてどうせなら会場にやって来る人達を見てみようと、外に出た。もしかしたら、意外に和やかな雰囲気で来ているかもしれないと思って。

 ところが、そこで展開されている光景を見て、わたしは思いっ切り眉をひん曲げてしまったのだった。

 “なんだ、ありゃ?”

 会場を目指してやって来る人達は行列をつくっていた。ここまではいい。しかし、それは普通の行列じゃなかったんだ。ほとんどの人が、手に手に何かしら家電製品を抱えている。扇風機やDVDプレイヤーなどの比較的小さなものならまだ分かる。しかし、中にはエアコンや空気清浄機といった大きな物を持っている人までいた。はっきり言って、常軌を逸しているとしか思えない。

 恐らく、連中は自分達のIoTナノネットを自慢する為だけに、あれだけの家電製品を持って来ているのだろう。

 「――これはとても妖怪な光景ですね」

 そこで不意にそんな声が聞こえた。見ると、いつの間にか隣に女の人がいる。その姿には見覚えがあった。会場設営を手伝いに来ていた山中さんという人だ。

 「妖怪な光景?」とわたしはそう尋ねる。

 「ええ、“妖怪”って元は形容詞だったんですよ。言葉のニュアンスで言うと“不思議”に近い」

 「はぁ」とわたしはそれに答える。それがどうしたというのだろう? それから再び行列の方を見た。そこでわたしは我が目を疑った。物凄く変なものを見た気がしたからだ。

 家電から手足が生えている?

 そう見えた。しかし、そこでよく目を凝らして、それは家電ではなく、その家電を持っている人の手足のような気がして来た。いや、なんだか境界線が曖昧でぼやけている。あれはどっちの手足なんだ? 何故か、わたしにはそれが分からなくなっていた。わたしはそれでこんな怖い想像をした。

 あの人達は、もう半分はIoTナノネットになってしまっているのじゃないか? 自らが付喪神と化してしまっているんだ。

 そこで山中さんがまた口を開いた。

 「付喪神の群れ…… つまり、百鬼夜行、或いは百器夜行は、鬼になろうとしている霊達の群れであると知っていますか?」

 「鬼? 鬼ってあの鬼ですか?」

 「はい。あの鬼です。そして、古い時代の鬼は怪しい災い為す霊の総称でもあった。そして、そこから転じて、普通では考えられない残忍な行いをするような者達の事を鬼と呼ぶようにもなったのですがね。ほら、平気で誰かを殺せるような人を殺人鬼と呼んだりするでしょう?」

 それを聞いてわたしはこう思う。

 ならば、あの群れは本当に百鬼夜行なのかもしれない。あの人達は、恐らく、そのうち自分達の為なら平気で人を殺す“鬼”になる。

 そしてそれからとても怖くなった。それが単なる想像ではないかもしれないと思ったからだ。いじめ、虐殺、戦争。人間達はいとも容易く鬼に化ける。それは何よりも残酷で凄惨な人間社会の歴史が証明している。

 ところが、そこで山中さんはこんな事を言ったのだ。

 「ですが、安心してください。百器夜行の物語は、鬼に成りかけている器物の霊達が改心するというハッピーエンド、というのが典型的なパターンなんです」

 にっこりと笑う。

 「無機物に霊が宿ると捉えることをアニミズムといいます。もちろん、そんな事はあり得ない訳なんですが、それでもアニミズムは馬鹿にはできません。何故なら、自然科学的には単なる間違った考えでも、社会科学的には充分に意味があるからです。それは人間の精神や行動に影響を与え文化を創る。それを研究する事で人間心理の理解に繋がったりもする。物に現れた人格には、人間そのもの人格が投影されていると考えられるからですね。

 ナノネットは人の人格をコピーします。だから、あの人達の抱えている鬼に成りかけているIoTナノネットには彼ら自身の心理が投影されていると言えるのかもしれない。しかし、だからこそ希望も見いだせるのですよ。百器夜行の物語のように、あの人達も改心するかもしれない」

 それから彼女はスッと指を行列とは別方向に向けた。見ると、そこには稲盛太一がいた。神妙な表情でこちらに向かって来ている。それでわたしは不思議になった。

 山中さんは稲盛太一を知っているの?

 しかしわたしがそう尋ねようとしたタイミングで彼女はこうわたしに告げるのだった。

 「さて、並木さん。彼と一緒に会場に入るのでしょう? 丹内穂香さんを二人で助けてあげてください。鬼と化した人間達の所為で傷ついた彼女を救う事こそが、今回のハッピーエンドを導くのです」

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