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10.混ぜるな危険

 (高校生・榎木貴菜)

 

 なっちゃんとは、小学生の頃から高校生の今に至るまでずっと友達だった。もっとも親友かと言われるとそこまでじゃない。高校だって、偶然同じになっただけで一緒の高校に行こうと約束した訳でもなんでもない。もし違う高校に行っていたなら、きっととうに疎遠になっていただろう。

 ただ、そういった深過ぎない関係だからこそ、もしかしたら長く関係が維持できていたのかも、とも思っている。

 小学生から一緒ということから分かってもらえるかもしれないけど、なっちゃんとは家が近い。だから、ちょっとした貸し借りなんかはしょっちゅうで、お互い、何か気になる商品が出たら取り敢えずは相手に連絡を取って買う予定がないか確認したりもする。買うつもりでそれが借りられるようなものであるのなら、借りて済ますことも考えるのだ。

 わたしはIoTナノネットを分けてもらうことも、その延長線上のような感じで考えていた。

 しかし、それが間違いの始まりだったのだ。

 

 「貴菜ちゃん。どうだった? 便利だったでしょう? わたしが育てたIoTナノネット」

 

 そう登校中になっちゃんから言われて、わたしは困ってしまった。同じ学校だから、当然行き先も時間帯も同じなので、彼女とはよく登校中に会う。いつもはそれをわたしは多少は楽しみにしているのだけど、その日は違った。気まずくなるのが目に見えていたので、わたしは彼女には会いたくなかったのだ。どうせ、学校に着いてしまえば顔を合わせるわけだけど。

 “さて、どう応えよう?”

 わたしが悩んでいると、それを変に思ったのか、なっちゃんは眉をわざとやっているのじゃないかと思えるほどに大きく曲げるとこう尋ねて来た。

 「気に入らなかったの?」

 背がわたしよりも一回り小さな彼女の無垢な視線が下から突き上げるようにわたしを威圧して来る。

 わたしはそれに慌てる。

 「いや、違うのよ。気に入るとか、それ以前の問題で、使えなかったのよ」

 「使えなかった? どうして?」

 「理由は分からないわ。でも、電子レンジになっちゃんからもらったIoTナノネットを振りかけてみたら、なんかIoTの調子がおかしくなっちゃって……」

 それを聞くとなっちゃんは、大いに不満そうな表情を浮かべた。理屈では責めるべきではないと分かっているけど、気持ちの収まりがつかない。そんな感じだ。わたしはそれを理不尽だと思う。だって、別にわたしの方からお願いしてIoTナノネットを分けてもらったのじゃないのだし。

 

 ……少し前、なっちゃんが突然、こんな事を言って来た。

 「面白いIoTナノネットを開発したんだよ!」

 彼女は自宅のIoTナノネットを訓練して、“電子レンジの中の料理が適温になったら自動的に停止してくれる”機能を付けたらしいのだ。電子レンジで料理を熱くし過ぎてしまったり、逆にいまいち冷たかったりという事はよくあるけど、そのなっちゃんが訓練したIoTナノネットを用いれば、その心配がいらなくなるのだという。

 「へぇ、凄いなぁ」

 と、それを聞いた時わたしはそう言った。しかし実を言うのなら、そこまで感心していたわけじゃない。言うなれば、これは社交辞令のリップサービスのようなものだ。ところがそれからなっちゃんは、「でしょ? でしょ? 良かったら分けてあげるよ」とそう嬉しそうに言って来るのだった。そんな嬉しそうな反応をされたら断るに断れない。それで、邪魔になるものでもないだろうしと思って、わたしはなっちゃんからそれを分けてもらうことにしたのだ。

 ところが、それは前述した通り上手くいなかったのである。なっちゃんからもらったIoTナノネットを電子レンジに振りかけてみたら、機能が追加されるどころかIoTが正常に動かなくなってしまったのだ。

 うちで培養しているIoTナノネットを電子レンジに振りかけたりなんだりしていたら、一応、IoTの機能は回復したけど、お陰で、お母さんから怒られてしまった。

 

 「貴菜ちゃんに折角、IoTナノネットを分けてあげたのに……」

 なっちゃんは隣のクラスだ。だから彼女の教室の前の廊下をわたしはよく通るのだけど、その時に彼女がそんな事を言っている声が聞こえて来た。

 口調からいって悪口…… とまではいかないにしても、少なくとも不満を言っている事だけは確かだった。

 “あ~あ、やっぱりか……”

 と、わたしは思う。彼女には子供っぽいところがあるのだ。未熟な感情の通りに行動してしまうようなところが。わたしに落ち度がないのは普通なら分かりそうなものだと思うのだけど。

 もっとも、周囲もそんな彼女の性格を分かっている。だから実質的な被害はきっとあまりない。それに彼女はそういった不満を直ぐに忘れる性質でもあるから、少し我慢すれば直ぐに元通り…… のはずだった。

 

 「貴菜ちゃん。わたしにも分けてよ、そのIoTナノネット!」

 

 三日ほどが過ぎると、なっちゃんはすっかりと自分が分けたIoTナノネットによって起こったトラブルを忘れていた。そして、うちのお母さんが何処かから貰って来た我が家のIoTナノネットを分けて欲しいと言って来たのだった。

 それは冷蔵庫の中の食材から、適切な組み合わせを選び出し、健康に良い、ダイエット効果もある献立を提案してくれるというIoTナノネットで、近所で評判になっているものだった。

 わたしはそのなっちゃんからのお願いを聞いて一抹の不安を覚えた。

 彼女からもらったナノネットをうちのナノネットと混ぜたら、IoTが正常に機能しなくなった。なら、逆にうちのナノネットを分けても、なっちゃんの家で同じ事が起こるかもしれない。

 「いいけど。もしかしたら、うちのIoTナノネットをなっちゃんの家のに混ぜると失敗するかもしれないから、慎重にやった方が良いわよ」

 だからわたしはそう忠告した。そう忠告した上で彼女にそのナノネットを分けたのだ。そして、わたしの不安は的中した。なっちゃんの家のIoTは正常に機能しなくなってしまったのだ。

 その失敗で知ったのだが、別の系統で発生した相性の悪いIoTナノネット同士を混ぜ合わせるとトラブルが発生してしまう危険があるらしい。それで、なっちゃんとわたしの家のナノネットは互いに混ぜ合わせる事ができなかったのだ。ただ、忠告をしてから分けたのだから、今回もわたしに落ち度はない。そのはずだ。しかし、

 「貴菜ちゃんから分けてもらったIoTナノネットを振りかけたら、うちのIoTが壊れちゃったんだけど!」

 それでも彼女はそう文句を言って来たのだった。

 「だから! わたしは慎重にやった方が良いって言ったでしょう? ちゃんと聞いていたの?」

 流石のわたしもそれには怒った。わたしが怒ると、理屈上ではわたしが圧倒的に正しいからか、彼女は引いた。ただ、引きはしたけど、その未熟な感情は乱れたままだったらしい。

 「貴菜ちゃん。仕返しに、相性が悪いIoTナノネットを分けて来たんだよ。お陰で散々だったよ」

 なんてわたしの悪口を、彼女が言っていると知り合い越しに耳にしたのだ。

 わたしの家のIoTが、彼女のIoTナノネットの所為でおかしくなった時、わたしは文句を言わずに我慢していたっていうのに

 その事件以来、わたしはなっちゃんと距離を置いている。いや、と言うか、完全に仲が悪くなった。登校中に偶然遭遇しても、互いに意識的に避けている。わたし達はそれぞれが所属しているグループ内でお互いの悪口を言い合っていた。

 そして、そんなある日だった。なんと、わたしの家のIoTナノネットが、わたしに話しかけて来たのだ。

 『“なっちゃん”が、君の悪口をまた言っているみたいだよ。役に立たないIoTナノネットを使い続けている馬鹿な家だって』

 もちろん、それは音声ではなく、パソコン上に表示されている文字だったのだけど。

 ただそれでもわたしは驚いていた。IoTナノネットがまるで人格を持つように話しかけてきたのは、それが初めてだったからだ。

 気の所為か、その時、わたしの家のテレビやコンポやエアコンから、薄っすらとラクガキのような手足や顔が見えた気がした。もちろん、そんな事があるはずもないのだけど。

 その日を境にして、家のIoTナノネットは、学校や近所の人達がわたしやわたしの家族の悪口を言っているという情報を伝えるようになった。そして悪口を言っているのは、わたし達が所属してる仲良しグループ以外のグループの場合がほとんどで、しかもどうも他の家でも似たような現象が起こっているらしかった。そして、それによって必然的に仲良しグループ毎に関係が分断されるようになっていってしまったのだった。

 その所為で、街の雰囲気が悪くなってしまったのは言うまでもない。

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