八 王子と王女 極秘会談
2話目です。
ジャナ国のカイエン家館を出発して3日後、シュウ一行は既に連絡してあったサトラ王子との待ち合わせ場所に着いた。
いつもの街歩き用の平民服を身に着けていたサトラだったが、馬車の中にミーシャ以外の女性がいるのを確認する。
ジャナ国からの連絡といっても、大使館のような機関で通信を管理しているのは結局魔法協会の人間なのだ。
到着予定日と同行者人数くらいしか明言することはできない。
だが、聡明なサトラは初見の女性の素性を看破する。
「これはこれは、王女殿下。私はシナト王国……」
「サトラ! そんなゴタクはいい! さっさと馬車を替えるぞ!」
シュウは王侯貴族特有の長ったらしい挨拶を省かせ、とりあえず王家専用の馬車にサトラ王子を乗せると、知り合いの博労の元に向かう。
シュウが勝手に馬車を叩き売り、安い馬車に買い換えたのを見てサトラは不機嫌そうな顔をしたが、これも作戦の内だと黙って見逃す。
このまま馬車を王宮に戻して、万が一ジャナ国王女の存在が暴露されたら面倒なことになるからだ。
それにしてもシュウは金貨十枚を持っていたのではなかったのか。
実はカイエン卿のマントも遺品としてミーシャに還したので賞金は出なかったのだ。代わりといっては何だが、カイエン卿から託されたバスタードソードは、王女とミーシャが故人の遺志を尊重したこともあって、今はシュウ所有となっている。
「これからどこに?」
すっかり庶民的な地味な衣装にも慣れた王女が、これまでの道中、壁に耳ありと秘密にされていたスケジュールを確認する。
「ますは、師匠のところだな」
「師匠?」
「ええ、そうです。王家剣術指南役、ヤザン師の元です。おそらく色々な情報が集まっているでしょう」
「おい、サラ。こっちの金はお前が持っててくれ。オレじゃ使っちまいそうだ」
シュウは、馬車の差額である貨幣の詰まった皮袋を王女のほうへ投げて寄こした。すぐに新たな馬車の点検に戻る。
「わ、わかりました……」
王女は呆然と受け取った。
「どうしました? 姫?」
「サトラ様。あ、あの方はいつもあんな感じなのですか?」
「あんな感じとは?」
「じょ、女性を呼び捨てにするような……」
「アッハッハッハッハッ!」
王女の困ったような顔と、その質問内容にサトラは腹を抱えるかのように笑い出した。
「な、何がおかしいのですか?」
「……いや、失礼……ええ、いつもあんな感じです。アイツにとって、王侯貴族など屁でもないといったところでしょう」
「……屁、ですか……」
サトラ王子の、これまた意外な物言いに王女は顔を赤らめる。
「いや、これはまたレディーに向かって無礼なことを。お許しください」
「いえ……サトラ様がうらやましいです」
「え?」
「いえ。わたくし、宮殿で育ちましたから、友人といえばミーシャのほかは……ミーシャも深窓育ちなもので、あのような自由なお方は……」
「ふえ~~ん、ひ、姫様、私役立たずでごめんなさ~~い」
王女の話を聞いていたミーシャが突然泣き出した。
「あらあら、ミーシャ、違うのよ。殿方がうらやましいっていうお話。ミーシャはわたくしの大事なお友達よ」
「こら! 泣いてる暇はねえぞ! さっさと乗れ!」
「グスン……はい……」
シュウの一言でミーシャは泣き止み、言われたとおり馬車に乗り込む。
その様子を見ていた王女は唖然とした。
「ミーシャがあんな言い方で……」
「ねえ? 気にしたらやってられませんよ」
サトラも王女を促し、馬車に乗り込む。
「さあ! 行くぞ!」
二頭立ての馬車に替え少し身軽になった一行は、シュウの手綱捌きに従い、サラトナ城の北に向けて出発する。
シュウは、見た感じ焦っているようであった。
時間がないわけではない。ただ、敵の存在が見えてこないのだ。いるかいないかすらハッキリしていない。
既に一人の命が奪われている。サトラ王子の考えすぎだと撥ね付けるには、重い感情がそうさせてくれない気がする。
一刻も早く、誰かの意見を聞きたい。そんな思いであった。
しばらくは馬車に揺られることになる。この機会に王子は馬車の中で二人の女性に改めて事件の説明をし、考えられるかぎりの推論を打ち明けるのであった。
親書を読んだだけの王女は、より詳しい話に驚きを隠せないようである。
そのとき、シュウの御する馬車の後を、肉眼では確認できない距離から追っている数台の馬車があることに、シュウも、サトラ王子も気がついていなかった。
シュウは、夜通し馬車を走らせ、朝には目的地に着く。
「ここだ。今師匠が来ているのは……」
そこは某地方領主の屋敷である。剣術指南役は時折こうして貸し出されるらしい。
「サトラ、お前も来るか?」
「やめとこう。ボクは馬車で待ってる。先生とは外で会うことにしたほうがいい」
「そうだな」
シュウはとりあえず一人で館の門を潜った。門番に来意を告げ、指南役を呼び出してもらうことに。
しばらく待たされるが、伝言は上手く届いたらしい。
「何だ、シュウ!」
「師匠! ちょっと来てくれ!」
館から顔を出した、如何にも百戦錬磨の戦士といった容貌の、厳つい髭面中年がシュウとサトラ王子の師匠・ヤザン師なのだろう。シュウと同じように鉢巻をしているが、師弟でお揃いというわけではないらしい。剣士には、平時でも最低限の武装として頭部の保護のために何かを巻いている人間は多いようだ。
シュウは挨拶も無しに師匠の腕を引っ張る。
「おい! こら!」
馬車に乗せるまでヤザン師は怒鳴っていたが、馬車の中に王子の姿を認めると途端に納得した顔つきになった。
「これは王子……ははーん、またこのバカの付き合いでお忍びですかな? やや、綺麗どころが二人も! 王子! バカの真似事などおやめなさい!」
「師匠! バカバカって言うなよ!」
「やかましい! ガキのクセにこういうところまで一人前の顔するな!」
「うるせえ! 戦いに出りゃ一人前の男だって言ったのは誰だ!」
「まあまあ。二人とも。シュウ、とりあず馬車を出してくれ」
師弟二人の口論はサトラ王子によって中断させられる。
シュウは渋々と手綱を取るのだった。
「……で、本当に王子は何の用でこんなところまで来たんだ?」
人気の無い田舎の街道を馬車は走っている。
それが確かになってから剣術指南役は重々しく尋ねてきた。王子に対する口調も変る。
どうやらシュウとの口論は人目を気にしてのことだったらしい。半分以上本気だったろうともサトラは知っていたが、その点には触れず、本題を切り出すことに。
「実は……」
王子は、馬車の中の二人の女性を紹介すると共に、シュウの体験したこととミーシャの証言から導き出した推論を述べた。
「ふむ……しかし、たったそれだけのことから国家の危機まで一足飛びとは。少々大袈裟じゃあねえか?」
黙って聞いていたヤザン師は、大人としての感想を述べる。
「ええ。確かにそうです。ボクも、単に友人を人殺しにしたくなくって考え付いた言い訳かもしれないと思ってます。もしそうなら、シュウと一緒にこのお二方に詫びましょう。でも先生。妙に辻褄が合うんです。ただの偶然にしては」
「ふむ……」
「せ、先生……わ,私も不思議なんです……」
「わたくしも、考えれば考えるほど魔術管理組合が怪しく思えます」
肉親と婚約者の死をただの戦死としてはもう考えられなくなっている王女たちもサトラ王子の意見に賛同する立場を表明した。
「……なるほど……戦争を停めるか……」
「え、ええ。兄は生前そのようなことを……」
「先生。戦争の管理は魔法協会が独占しているため、これまで考えもしなかったのですが、確かにカイエン卿の指摘は見事です。何故意味のない戦争を繰り返さなければならないのでしょうか。国民は、多くは傭兵たちが儲かるからと望んではいるのでしょうが、長い目で見れば国力を疲弊させるだけです。賞金もそうですが、食料、物資はすべて国庫から出ているのですよ」
「なんだ? 知らないのか。まあ、今の若いヤツはそうだろうな……」
サトラ王子の分析と疑問を歳の差の問題のように扱うヤザン師であった。
サトラは面食らう。
「な、何をボクたちが知らないのでしょうか?」
「戦争を続ける理由よ」
「ご、ご存知なのですか?」
「ったりめえよ。古い人間をナメンなよ」
ミーシャとサラ王女は、ヤザン師の発言がシュウと似通っていたため、いや、逆が正解なのかも知れないが、とにかく吹き出しそうになる。
サトラは今更そんなことに感銘は受けない。興奮して回答を聞く。
「そ、それは何なんですか!」
「そうだな、一言で言うと、治に居ても乱を忘れず、ってヤツか……」
「それが何なんです!」
「まあ、聞きな。その昔、両国の王が話し合ったそうだ。このまま平和な状態が続き、戦争を忘れたころに他国に襲われたら、一溜まりもない。ならば定期的に戦争を起こし、常に戦闘経験者がいるようにしようとな。つまりは大掛かりな軍事訓練ってことだ」
「そ、そんなことは聞いたことがない!」
「だろうな……随分昔の話らしいし、十数年に一度の戦争だったそうだ。今のような月に一度の形態に変ったのも最近じゃねえからな」
「し、しかし、他国といっても、一体どこの国が襲うというのですか?」
サトラは訝る。このジダーン大陸には二つの国以外は存在せず、ジダーン大陸の外には他の大陸も確認されていないからだ。
「さあな、お互いが裏切る可能性があるってことじゃねえか……あ、おい! シュウ! このまま北に向かえ!」
サトラ王子の質問に半ば答えることができなかったヤザン師は、やおら外のシュウに声をかけるのだった。
サトラはまたまた不思議に思う。今いる場所が既にシナト王国の北限の荘園だったからだ。
「せ、先生。一体どこに……」
「なに。王子の質問に答えられるかも知れねえ人間のところでさあ」
「そ、そんな人物が……一体どこのどういう……」
「おっと、そいつあ行ってからのお楽しみですぜ。王子」
「あ、はい……そうですね……」
サトラは、ヤザン師も自分の仮説を信じてくれたため、魔法による盗聴を気にして目的地を明言しないのだと納得する。
《強力な味方がついた!》
サトラは喜ばずにはいられなかった。
その感情は馬車の中のメンバーに伝染する。御者台のシュウを除いて笑顔の道中となりそうだ。
「ちっ……気楽なもんだ。こっちは一睡もしてねえってのによ……」
ブツクサ言っているシュウだったが、悪い気はしなかった。
◇◇◇
「どうやら、こちらの王子も気づいたらしい。キクラー様に報告だ」
サトラ王子も、ヤザン師も、魔法による盗聴に注意していたのだが、既に手遅れのようであった。
数キロ離れた場所では、謎の馬車の一団がサラトナ城からここまで尾行て来ていたらしく、なにやら通信の力がある魔具で本部に指示を求めている。
「見失うな。どこまで知ったか確認するんだ」
「はい」
それぞれ、遠見の魔法使いと、盗聴術の使い手がシュウ一行の動向を絶えず窺っていた。
シュウたちはまだ知らなかったが、それは予想通りの魔法協会の監視者たちである。
どうやら協会の代表者が恐れていた通り、シュウたちは何か彼らが隠している真実に近づきつつあるようだ。