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グラディウス・サーガ  作者: 一色十郎太
第一章 ジダーン大陸編
7/50

七 王女出撃

本日2話あります。

 

「正気ですか! ミーシャ」


「はい。本気です」


 ここはジダーン大陸の西側、ジャナ王国国都。スルナダ城の一室である。


 3日かけて故郷に戻ってきたミーシャは、夜も遅かったが王女への面会が許され私室に通されている。

 王女が興奮しているのは、婚約者であったミーシャの兄、ジュナル・カイエン卿の死を正式に報告されたことだけが理由ではなかった。

 もしそれだけなら、王女も悲しみの淵で泣き崩れているだけだったろう。


 ミーシャは王女に、シナト王国でシュウやサトラ王子から聞いた話を告げ、あまつさえ実際に兄の命を奪った人物と共に真実を追究すると宣言したのだ。


「ああ……」


「姫様!」


 ミーシャの驚きの報告に、悲しむ暇もなかった王女は頭を押さえてふらついた。


 この王女、ミーシャより幾分背が高く、そして人の目を釘付けにさせずには置かないプロポーションの持ち主である。部屋着であろうが、床を引きずるほど長い裾とは対照的に胸元が大きく開いたデザインは悩殺的だ。

 輝く黄金のロングストレートヘアと相まって、文句のない美女であった。


 その美女が今にも倒れそうなのを泣き虫のミーシャが必死に支えている。


「……ミーシャ。あなたは本当にあのミーシャなの?」


 ミーシャに抱きかかえられた王女は、思うところを尋ねる。以前なら自分の役どころだったはず、との思いからであろう。


「……はい。もう泣きません。自信ないですケド……」


「そう……わかりました。わたくしもそのお方にお会いいたしましょう」


「姫様……ありがとうございます……ウエ~ン……」


「こらこら、泣かないって言ったのに……やっぱりミーシャね、良かった……」


 今度は反対にミーシャが王女に抱きかかえられる形になった。

 王女は優しくミーシャの頭を撫でてやる。可愛い妹のように。


「ウエ~ン……すみません……あ、これがサトラ王子からの親書です……クスン……」


 急な成長などあるはずもなく、ミーシャは泣きながらサトラ王子からの密書を手渡した。


「わかりました。ミーシャ、まずはジュナルお兄様を弔わなければなりません。ゆっくりとお眠りになっていただかないと……」


「……でも……」


「わかっています。真実を明らかにしなければ、本当の意味でお兄様が安息なさることはないというのですね?」


「はい」


「そのためには一つ一つ解決していかなければなりません。例え単なる儀式だとしても」


「はい、わかりました」


「……よろしい。ではミーシャ、お帰りなさい。お兄様をお一人にしておいてはお寂しくお思いでしょう。わたくしも明朝きっと参りますから」


「はい。では姫様、失礼いたします」


 ミーシャは王女に元気付けられ、愛する兄の待つカイエン家の屋敷に戻るのだった。


「やっぱり、少し変ったかしら……」


 幼いころから見知っている、妹のような存在であったが、ここ数日国外に行っただけでミーシャが強くなったようだと王女は実感した。

 そんな感傷に浸りながら机に向かい、王女はサトラ王子からの密書の封を切る。


「……これは……」


 王女も驚く、恐るべき内容が記されていた。


 それは、サトラ王子がシュウの報告とミーシャの証言から推測した、シナト王国の魔法協会、引いてはジャナ王国の魔術管理組合が何か陰謀を企てていて、邪魔と見なされたカイエン卿を人知れず抹殺するために一兵士のシュウが利用されたのではないかという内容である。

 無論、今は何の証拠もない。だからこそ却って疑わしいと結ばれていた。


 王女は密書の内容を吟味してみる。

 シュウの、下級兵士一人の報告だけなら、人の命を奪っておいて何を言い訳するのかと、聞く耳も持てないような内容なのだが、被害者の妹であるミーシャもカイエン卿の生前の言動の不可思議さを指摘している。


 しかも、やはり一番腑に落ちないのが監視者の行動である。シュウの報告が正しければ、カイエン卿がルールを破ったと同時に拘束されて然るべきところを、そのままにされているのだ。

 無論、うっかりしていたとか、回復魔法も間に合わなかったと言い訳されたらそれまでだが、それでもサトラ王子の指摘はもっともだと言わざるを得ない。


「これは、わたくしも腹を据えねば……」


 深夜、婚約者を亡くしたばかりの身で、王女は深く心を決めたのであった。




 翌朝。王女は自らジャナ王国の廷臣一同に婚約者、カイエン卿の死を告げた。

 だが、事故死とされていることを理由に、カイエン家とジャナ王国の名誉を守るため葬儀は内々に処理することを命じる。

 事実上、カイエン卿の死に関して余計な詮索はするな、というお達しであった。


 秘密裏に行動することを既に決めていた王女は、対外的にも、また、疑惑の中心である魔術管理組合に対しても恰好の言い訳をしたことになる。

 自らはお忍びで葬儀に参加するということも当然のことだと、廷臣たち、管理組合の役人たちも見て見ぬ振りの姿勢を取るようだ。

 スルナダ城での朝見の後、早速王女はカイエン家に向かった。


「……姫様……に、ニイサマが……」


 王女が立ち会ったのは埋葬の儀式のときからである。

 喪服を纏ったミーシャは、同じく喪服姿の、ベールで顔を隠した王女に取りすがり泣いていた。


 シュウも、遠くからその様子を眺めている。


「お泣きなさい。お兄様も許してくれるわ」


「ふ、ふえ~~~ん……」


 柩の入れられた墓穴に使用人たちの手により土が落とされていく。

 それを見るにつけミーシャの涙は溢れるばかりであった。


 ミーシャの手をしっかりと握っていた王女の頬にも涙が伝う。


 《きっと真実を明らかにして見せます……》


 仇を討つというよりは遺志を継ぐといった王女の決意であった。


 葬儀を形式どおり済ませたミーシャは、既に人払いをしているカイエン家の屋敷の中に王女を案内する。


「グスン……姫様……ありがとうございます。ニイサマもきっと喜んでます……」


 泣きながらではあったが、ミーシャは喪主としてしっかりと挨拶した。


「いいえ。お兄様に喜んでいただくのはこれからでしょ? ミーシャ、例のお方は?」


「は、はい……では、お引き合わせいたします……」


 少し不安を覚えたが、自分がシュウに初めて会ったときも穏便にことが運んだし、平素穏やかな王女が無茶なことはするまいと、躊躇うことなくシュウの控えている部屋に向かう。


「あなたが……お兄様を……」


 椅子に座っていたシュウは、二人が入ってくると静かに立ち上がった。


 王女は正面からシュウを見つめる。

 初めてミーシャがシュウに会ったときと同じ、キッとした目つきであった。


「アンタが王女サマ……司令官の婚約者の……」


 既に二人の涙を見ているシュウはそれ以上何も言えなかった。ただ二人の前に立ち尽くす。


「シュウさん、王女殿下ですよ。ご、ご挨拶を……」


 シュウの気持ちがわかったのか、とりあえず形式どおりにことを運ぼうと考えたミーシャが横から口を挟んだ。


「ああ、すまねえ……」


 シュウもミーシャのおかげで気を取り直したのか、素直に片膝を付いた。胸に手を当て頭を下げる。


「お、お立ちください。今は忍びです。礼は必要ありません」


「……ああ。そうしよう……」


「こ、こちらに……」


 シュウが立ち上がると、ミーシャは二人をテーブルに招いた。

 用意させてあった茶菓子を勧める。


 3人は、一人は豪快に、一人は優雅に、もう一人は不安そうに茶をすすった。


「では改めて名乗ります。わたくし、ジャナ王国第一王女、ヤシマ・サラジェーン・ジャナーヤと申します。ジュナル・カイエン閣下の許婚でございました」


「あ、ああ。オレはシュウ。ただの兵士で、司令官を殺した男だ」


「くっ……」


 二人の間に火花が飛ぶ。少なくともミーシャはそう思ったようだ。


「ひ、姫様、落ち着いてください。シュウさんはいい人です! シュウさんも、相手は姫殿下なんですから……」


「ミーシャこそ落ち着きなさい。わたくし、このような粗野な男性とのお話しは慣れていないだけですから」


「そうなのか? オレは気の強い女には結構慣れてるけどな」


「シュウさんてば! ふ、ふえ~~ん……」


 ついにミーシャが泣き出した。

 シュウが慌てて席を立つ。ミーシャのそばに寄り、ひたすら謝った。


「おいおい、わかった、オレが悪かったから、な? 泣くな、な?」


「ふ、どうやら女性の涙には慣れていらっしゃらないようですのね」


「……悪かったな。どうせ庶民の女ばかりよ。泣き虫はいなかったな……」


「ふえ~~ん。ごめんさなさ~~い」


「ああ! 悪い! そうじゃなくてな……」


「クスッ……」


 王女は、婚約者の葬儀を終えたばかりだというのに、シュウとミーシャの遣り取りを見て思わず笑っていた。

 だが、楽しかった過去のことも思い出したのか、涙も滲んでいる。


「姫様……」


 王女が笑ったことで、ミーシャはぴたりと泣き止んだ。


 シュウはホッとする。


「……笑ったりしてごめんなさい。そうね……ミーシャが泣かないって決めたのはこの方に会ったからなのよね。友人として感謝しなければ……」


「そんなこと誓ったのか? 泣きっぱなしのクセに……」


「も、もう! 姫様も、シュウさんも!」


 今度は泣かずにムクレ顔を披露するミーシャであった。少しは成長しているということなのだろうか。


 一頻りの笑いの後、王女はシュウに肝心の、カイエン卿の最期を尋ねる。

 シュウは、ミーシャに話して聞かせてやったように、王女にもすべてを語った。


「……そうですか……戦場での殿方同士のこと、女が立ち入るべきことではないのかもしれませんね」


「姫様……」


 王女の感慨深そうな感想であった。


「それでも、わざわざお兄様のご遺体を運んでくださってありがとうございます」


 王女は立ち上がり、シュウに向かって礼を述べる。


「いや、結局オレのしでかしたことだったし……ところでさっきも気になったんだが、お兄様って?」


「え? ああ、わたくし、兄弟がいませんもので、小さなころからカイエン家のジュナル閣下がお兄様で、ミーシャが妹のつもりでおりましたから……」


「そうか……余計に悪いことしちまったな……」


 シュウはさらに項垂れた。


 しかし、王女は意外な提案をしてくる。


「では、出かけましょうか?」


「は? どこに……」


「決まってます。シナト王国にです」


「な、なんで……」


「何故とは心外な。わたくしに協力しろとサトラ王子はおっしゃいませんでしたか?」


「い、いや、それは、こっちの魔術管理何とかってところを見張ってろ、ってことじゃなかったかな……」


 シュウは、見かけどおり気の強そうなお姫様の提案をどうするべきか判断に迷う。


「わ、私も行きますから!」


「おいおい……」


「話はついております。わたくしとミーシャはお兄様の喪中で、しばらくはこの館に籠もることになっております。後顧の憂いはありません」


「マジかよ……」


 いつからそんなことを考えていたか気になったシュウであったが、結局は王女たちの剣幕に押し切られてしまう。


「しかたねえ! 庶民の生活、ナメんじゃねえぞ!」


「はい!」


 王女とミーシャは、シュウの意味不明な発言に元気に答える。

 こうして3人はシナト王国に向かうことになった。


 ◇◇◇


「なに! ジャナの王女が! 小娘と……」


 シュウがサラ王女とミーシャを連れてジャナ王国を出発したころ、シナト王国の魔法協会ではちょっとした問題が起きていた。

 黒ずくめの代表者のところに、同じような黒ずくめの部下が何か慌てて報告しに来たのだ。


「はい。管理組合からの報告では、喪中と称して、館に籠もることを理由にして屋敷を抜け出したそうです。どうやら、ユルハン王子から親書を受け取ったようで……」


「親書だと? 内容は?」


「そこまでは……何も知らない小娘の監視ということで、術の程度の低い職員が監視の任に当たったらしく……」


「それで、小娘たちは?」


「どうやら、例の、貴族を殺した剣士と同行したようです。おそらくこちらに……」


「あの剣士か。王子の知り合いだったのは偶然だろうが、嫌な流れだな……」


「いかが致しましょう」


「こちらに到着次第監視を強めろ。王女の目的が何か探るのだ」


「はっ!」


「婚約者が死んで、お忍びの物見遊山ではあるまい。単に王子への責任追及であればよいのだが……」


 代表者の不安そうな言葉を聞き、部下は血相を変えて部屋を出て行った。



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