六 遺体引取りと王宮
3話目です。
シナト王国サラトナ城城内にある魔法協会本部。
そこに3人はやってきた。
シュウが来意を告げる。するとすぐに協会職員が遺体安置場まで案内してくれた。
「……しっかりしろ。もうすぐだ」
「は、はい……」
震えるミーシャをシュウと王子が横から支えるように歩き続ける。
遺体が置かれた部屋についにミーシャは足を踏み入れた。
「に、ニイサマ……おかわいそうに……」
大泣きが予想されたミーシャは、静かに兄の遺体に取りすがって泣いていた。それでいて今までで一番悲しそうに見える。
ミーシャの兄の死に直接関係のあるシュウも平静ではいられなかった。
「……お世話様でした……このまま国に連れて帰ります……」
やはり芯が強いのか、一人で泣き止んだミーシャがシュウと王子に丁寧に挨拶をする。
「ああ。手続きはボクに任せてください。ミーシャさんにはもう少し聞きたいこともありますし」
「え? ですが……」
「すぐに済みます。馬車の手配が済むまでの間ですから」
「……わかりました。お言葉に甘えます」
「じゃあ、シュウ。彼女をボクの部屋へ」
「ああ。わかった」
後事をシュウに託し、一足先に宮殿に戻る王子。
王子の正体を未だに知らないミーシャはポカンとしていた。
「さあ、一旦ニイサマとお別れだ。行こう、ミーシャ」
「は、はい……」
そう答えたものの、やはり兄とは別れがたかったのか、足が動かないようである。
シュウは少し強引にミーシャの手を取った。
「あ……ニイサマ……」
後ろ髪引かれる思いはシュウにもわかる。だが、前に進まなくては。そんな思いでミーシャを協会本部の建物から連れ出すのであった。
「やれやれ、王子殿下がお出ましとは……報告したほうがいいな……」
シュウたちが出て行ったあと、協会職員は煩わしそうに呟く。
「こ、ここは……」
その後いつものように、忍び込んだか王子の威光で堂々と入ってきたかはわからないが、シュウはミーシャを連れて王子の私室に上がりこんだ。
人払いはできているらしく、二人きりである。
「ちょっと待ってろ。サトラがもうすぐ来る」
「は、はあ……」
ミーシャ自身は貴族のお嬢様なのであるから、建物の豪華さ自体は驚くに値しないものの、一兵士であるシュウによって王宮の一室に案内されたことに言葉を失う思いのようだった。
「ところで、今更だが、お前一人でここに来たのか?」
「へ? ……あっ!」
シュウの質問が曖昧だったせいか、貴族令嬢としてはいささか間抜けな反応だった。
まあ、シュウにしてみれば、散々泣き顔を見せられたので評価は変わらないだろうが。
「……家の者たちと一緒に参りました。ど、どうしましょう……」
聞けば、馬車一台で何人かの使用人とともにシナト国に入国し、とりあえず貴族向けの宿に逗留することにしたそうだが、先行して魔法協会で詳しい情報を聞いてきた執事からシュウの情報も得たそうだ。
居ても立ってもいられなかったミーシャはつい宿を一人抜け出してしまったようだ。
「うん……ゆうべ確認しなかった俺もどうかしてたが、無茶するヤツだな。あんなガラの悪い街をうろついてよ。よく攫われなかったもんだ」
「す、すみません……」
攫われると聞いて、今更のように恐ろしくなったミーシャは顔を青褪めさせながら受け答えする。
「で、でも、兵士の方にお聞きしたところ、すぐにシュウさんの居りそうなお店を教えていただいて……シュラバか? とかおっしゃって丁寧に道まで教えてくださいましたが……」
「誰だよ! 風評被害だよっ! 最近フラれたばかりだよっ!」
「は、はあ……」
ミーシャの無鉄砲さを懸念したシュウだったが、地味にダメージを食らったようだ。
確かに一人出歩くにはハードルの高い歓楽街だが、一兵士として戦争に参加したシュウの情報を得るために、同じような兵士に接触するのは間違っていない。その兵士がシュウのことを知っていたのは偶然だったのだろうが。
泣き虫のお嬢サマにしては、などとシュウのミーシャに対する評価は一段上がる。
「ま、まあ、宿屋がわかっているんならすぐ合流できんだろ。その辺もサトラに任せりゃいい」
「お、お願いします……」
シナト国に来た最大の目的を果たしつつあるミーシャは、優先順位を間違わぬように判断する。
そんな場面で二人に声がかけられた。
「二人とも、待たせたかな」
二人がこの部屋に来てからしばらくして、部屋の主がやってくる。
先ほどとはまるで違う衣装。一目で王侯貴族とわかる格好であった。
「あ、あの……あなた様は……」
「ミーシャさん。先ほどは失礼しました。身分を偽ったわけではないが、ボクは、いや、私はシナト王国第一王子。ユルハン・サトラ・シナトーラと申します」
「お、王子……王子殿下……しっ、失礼致しました! わ、わたくし、カイエン家長女、ミーシャにございます」
いきなり正体を明かされたが、この宮殿の中の上等な一室での対面では疑う余地もない。
ミーシャは慌てて正式な、スカートの両側を持ち上げるような貴族的な挨拶をする。
「ミーシャ、そんなに畏まることはねえぞ。サトラはサトラだからな」
「そうですよ。シュウの無作法さをマネろとは言いませんが、あなたに窮屈な思いをさせるために名乗ったわけではありませんから。これまでどおり、サトラとお呼びください。ミドルネームで、ほとんどの人が使わない名前です。ま、友情の証、ってとこですか」
「よく言うぜ」
「あ、あの……そ、それではシュウさんも王族なので……」
お忍びのときなら演技かもと考えられるが、王子とわかる格好をしているサトラに対し全く態度が変らないシュウを見て、ミーシャは当然の結論に達した。
「いやいや。オレはただのシュウ。長ったらしい名前はねえよ。孤児だからな」
「え?」
「ミーシャさん。コイツはね、ボクの、王家の剣術指南役の先生に拾われたんですよ」
サトラが友人の言葉を補足説明する。
「もう十年になるかな……お互い7歳のころに初めて顔を合わせて、そのころはすでに先生に鍛えられていたんだろうね、ボクの剣術の相手をしていたとき、思いっきりやられたよ。真剣だったら死んでたかも」
「まあ……」
「先生も家老たちに怒られてたみたいだけど、コイツはそのころから平然としててね、次の日まだ病床にあったボクを無理矢理外に連れ出して剣の特訓させられたよ。まあ、それ以来の腐れ縁ってところかな」
「……えーと……では、シュウさんはまだ17歳なんですか?」
「そこかよ!」
サトラ王子の話を聞いていてミーシャが気になったことはシュウの年齢だったらしい。
「でも、あんなお店でお酒を飲んでいて……」
「これだからお嬢さんは。仕事ができたら一人前の大人だ。師匠もそう言ってるしな」
戦時の荒くれ男の感覚についていけないお嬢様育ちにビシッと言ってやる。
だが、それでも何か気になる様子のミーシャであった。
「わ、私より年下だったなんて……」
「いくつだい?」
「じゅ、18になります……」
「へ~。泣き虫なのにな」
「す、すみません……」
「ま、泣かなきゃ、いい女なんだがな」
「え? そ、そんな……」
元々敵討ちに血眼になるタイプではなさそうだが、それでも自分の兄を手にかけた人間にちょっと褒められただけで頬を赤らめるお嬢様を不思議な気持ちで見ているサトラであった。
気を取り直して本題に入る。
「エヘン……キミたち、仲がいいのは結構だが、大事な話があるんだよ」
「あ、す、すす、すみません王子殿下」
「あ、いいんですよ。でも、ボクのことはサトラと呼んでくださいね」
「は、はい。すみません……さ、サトラ様……」
「んー。まあ、いいか。で、ミーシャさん。シュウの話では、お兄様のカイエン卿はジャナ国の王女と婚約していたとか」
「ええ。間違いありません」
「ミーシャさんはその王女とご面識は?」
「はい。同い年でしたので幼少のころからよくしてもらっております。あ、ちょうどサトラ様とシュウさんのように……」
「うん。それは置いといて、その王女様、カイエン卿のことは?」
「……ええ。こちらに出向く前に報告してまいりました。誤報かもしれないので確かめてくると」
「そのとき、王女様のご様子は?」
「……ひどくお悲しみのご様子でした。それでも、カイエン家の行く末のことまでお気にかけていただきました。おやさしいお方でございます」
シュウは、二人の話を聞いて、また一人女の子を悲しませていたのかと無言で自分を責めるのであった。
サトラもミーシャの話を聞いて少し考える。
「よし。やはりその王女にも協力願おう」
「え?」
「お、おい。どういうことだ、サトラ」
サトラ王子の突然の提案に二人は驚く。
「ことは両国家の存亡に関わるかもしれない。ボク一人で足掻いても無意味だ。婚約者を亡くされた王女には申し訳ないが、彼女も責任ある立場にいる。ミーシャさんが言うような立派な人ならきっと協力してくれるはずだ」
「そうかもだけどよ……何させるつもりなんだ?」
「わからない……」
シュウの質問にきっぱりと回答不能という答えを出したサトラであった。
シュウは呆れるしかない。
だが、友人が頼れる人間だということをよく知っているシュウは、明るく対応するのだった。
「そうか、わからないか……ま、そのうちわかるんだろ?」
「そうだといいんだが……」
「あ、あの……私も協力しますから……」
二人の遣り取りを見て、ミーシャも協力を申し出る。
サトラは笑顔でミーシャの申し出に感謝する。
「勿論! まずは王女殿下にボクの親書を。あ、極秘でお願いします」
「はい!」
ミーシャも笑顔で王子の要請を受け入れるのであった。
一国の王子が手配しただけあって、ミーシャの兄、ジャナ王国第一司令官の柩護送の手続きは滞りなく行われた。
午後、日が落ちる前に出発の準備は完了する。ミーシャの希望で翌日を待つことなく出発が決まった。
ちなみに、3人で話し合った後、サトラもミーシャの同行者が居ることに気付き、慌てて警護役の騎士を宿に走らせた。何故もっと早く言わないのだ、とシュウに愚痴を零しながら手配するも、シュウではなくミーシャが平謝りしたため、サトラも慌てて怒っているワケではないと何故か謝り返す。シュウはニヤニヤとしていただけであった。
城門前でミーシャと合流したカイエン家家臣一同は、ミーシャの無事を喜び、無断外泊を咎め、主の遺体と対面しては泣き崩れ、カイエン家の将来を思って不安を滲ませていた。喜怒哀楽の楽以外をすべて表現したカイエン家の者たちは、ついでにシュウにも感謝したようである。
「じゃあ、ミーシャさん。お元気で」
「はい。王子殿下にはお手数をおかけいたしました」
緊急ということで非公式ではあったが、相手が一級の貴族だっただけに、王子自らが采配を振るうのも当然とサラトナ城に勤める人間は思ったことだろう。
それがサトラ王子の狙いであった。
堂々と城の正門から王家専用馬車でミーシャを送り出すことができる。
大勢の廷臣を従えているサトラ王子に見送られ、ミーシャの乗る馬車は走り出した。カイエン家の馬車が先導する。
《ニイサマ……この国の人たちは良い人たちばかりでした。では誰がニイサマを……》
馬車の中、柩を前にしてミーシャは涙を堪えた。
単なる戦死と伝えられた兄の死に不審な点がある。生前の兄の言動から察しても疑いが強まるばかりであった。
では、その不審な点は何かといえば、あまりに茫漠としていて掴みどころがない。
ミーシャは、もし自分一人であったら何もできなかっただろう、兄を無念のまま葬らねばならなかっただろうと、身が震える思いだった。
チラリと前方の御者台を見る。
たった一人で4頭の馬を操っていたのは、いつの間にかシナト王国の近衛兵の制服を身に纏っていたシュウであった。
道理で王族専用馬車にしては御者の数が少なかったわけだ。
《なぜかしら……あの方を見ているとホッとします……》
ミーシャは、シュウを見て微笑んでいる。
12月18日 ミーシャの入国・出国に関して加筆・修正。