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グラディウス・サーガ  作者: 一色十郎太
第一章 ジダーン大陸編
5/50

五 疑惑

2話目です。

 

「おう! ここだ!」


 昨夜の繁華街近く、サラトナ城とを結ぶ街道の中間地点にある円形広場がシュウと王子の秘密の待ち合わせ場所であった。

 王子ともなると外出にも面倒な仕来りがあり、悪友と羽を伸ばすとき、庶民の視察という名目で度々城を抜け出しているらしい。


 噴水のそばに腰を掛けているシュウが手を振ったのを見つけた王子は、きらびやかな衣装ではなく、シュウとほとんど同じような目の粗いシャツを着ている。腰に長剣を差しているのは剣士に変装したつもりなのか。


 二人は改めての挨拶もなく、すぐさま目的地に向かった。

 これは、何かを心配している王子の意思であったが、シュウも何となくわかったらしい。自然歩くスピードが上がる。


「ここだ」


 繁華街に再び入ったシュウは、一軒の食堂らしき門構えの建物の前で立ち止まった。

 王子も存知よりの店らしく、無駄な話はいらないと二人はドアを開けて中に入っていく。


「いらっしゃい! あら、シュウちゃん。それにサトラちゃんも」


「おばちゃん。あの子は?」


 商売人らしく元気に声をかけてきたのは、中年の、ふくよかな体型をした女性だった。女将さんというところだろうか。


「ちゃんといるわよ。シュウちゃんも相変わらずだねえ」


「そんなんじゃねえって。上か?」


「ちょいと! ミーシャちゃん!」


 女将が奥に声をかけると、厨房の方から顔を出すものがいた。

 金髪の美少女、ミーシャその人である。


「おいおい、おばちゃん、何してんだ……」


「人手が足りなかったからね。ちょいと手伝ってもらったんだよ」


「ふえ~ん……」


 ミーシャはシュウの顔を見るといきなり泣き出した。

 シュウも、初めて会う王子も、預かっていた女将もこれには驚く。


「おい、おばちゃん! 何したんだよ!」


「し、知らないよう、あたしゃ……」


「え~ん……よかった~……売り飛ばされたかと思った~~」


 ミーシャが泣きながら心境を説明してくれたおかげで女将さんの濡れ衣は晴れた。

 逆にシュウが責められる展開となる。


「ほら! 悪いのはアンタじゃないかい!」


「……日頃の行いのせいだな……」


「ま、まあ……細かいコトは置いといてだな……あーっ、もう! ミーシャも泣くな! 誰もこんなトコに売り飛ばさないって!」


「こんなところで悪かったわね!」


 どうもシュウの発言は波紋を呼ぶようであった。

 元々賑やかな繁華街の食堂が爆笑の渦に巻き込まれる。


「おばさん。ちょっとこの子と話があるんですが、いつもの二階の部屋、お借りできますか?」


 冷静な王子様は、バカ騒ぎにも心乱れず、といったところだ。


「ああ、いいよ。でもねえ、女の子とシュウちゃんを一緒にしとくと……まあ、サトラちゃんが見張ってれば大丈夫か」


「だから! この子は違うって!」


「さあ、いつまでもバカやってないで行くぞ。キミも」


「は、はい……クスン……」


「ほ、ほら……そんなエプロン脱いで……じゃあ、悪いな、おばちゃん」


「いいよ、いいよ。アンタらしくもない」


 シュウはまだ泣いているミーシャの手を取って店の奥に入っていく。そこからはプライベートな空間で、二階は女将さんたちの私室などがあるのだ。

 シュウと王子は、秘密の話があるときはたまにここを借りている。


 二階の一室、客間にでもしているのか、簡素な部屋に入ると3人はテーブルに落ち着いた。


「さて、さっそくだけど、ミーシャさん。話を聞かせてもらえるかな?」


「は、はい……え? な、何を……」


 冷静なはずの王子だったが、いきなり初対面の女性に尋問のような態度を取ってしまう。


 シュウは、滅多になく王子が慌てていると感じた。


「さ、サトラ。どうしたんだ?」


「ん? おっと……ボクとしたことが……」


 シュウの発言に少し冷静さを取り戻した王子がはにかむ。


「失礼しました、お嬢さん」


「い、いえ……あなたは……」


「おっと。またもやレディーに失敬を。自己紹介もまだでしたね。ボクはサトラ。シュウの幼馴染みで悪友です。少々気にかかることがありまして、是非ミーシャさんのお話をと」


「……はあ、そうですか……」


 王子様は身分を隠したままミーシャに話を聞くつもりのようだ。


「あなたに話を聞く前に、ここにいるシュウの話を聞くべきでしたね。あなたもそれが目的でシナトにやってきたのでは?」


「は、はい、そうです!」


「では、シュウの話を聞いた後で、感じたこと、それから兄上の生前のことについてお聞かせ願いますか?」


「ニイサマ……ふ、ふえ~~ん~~」


「あっ、また始めやがった……おい、泣くなよ……話しづらくなるじゃねえか……」


 シュウは、こうなることがわかっていたように、あらかじめ用意していたタオルのようなスカーフのような布をハンカチ替わりにミーシャに渡した。


「ヒック……ご、ごめんなさい……」


「……いいさ……じゃあ……我慢して聞いてくれ……」


 泣き止ませるのは諦めたシュウは、もう一度、この間の戦争ときに何があったかを細大漏らさず二人に話して聞かせる。

 細かく、シュウが覚えている限りの、敵司令官、ミーシャの兄との会話も語って聞かせ、司令官が絶命した場面の描写では、ミーシャは大粒の涙を零していた。


「に、ニイサマ~~」


「……すまなかった……だが、オレも殺されるワケには……」


 泣き崩れるミーシャにかける言葉は無かったが、シュウは戦争のせいにするよりほかはないようである。


「……ミーシャさん……お気の毒ですが、亡くなった方はもう戻ってはきません」


「ふえ~~ん……」


 お決まりの慰めにミーシャはさらに泣き声を激しくする。


「おいおい……オレが悪かったよ。謝るから……」


 小さな子供をあやすような言い方では誠意は感じられず、ミーシャは泣き止むはずもない。


 そのミーシャを泣き止ませたのは王子の一言であった。


「ミーシャさん。もしかすると、兄上を亡き者にしたのはシュウではないかもしれませんよ」


「……え?」


「あ? サトラ、何言ってんだ? 間違いなくオレがこの手で……」


「いや、そういうことではなくて……」


 王子は椅子から立ち上がると、部屋のドアを開け、廊下を確認し、その上で窓の外まで確認している。


「……大きな声では言えないが、何かがおかしい」


「な、何かって……」


「ミーシャさんはご存じないかもしれないですが、シュウの使っている大剣、クレイモアはスイングの軌道が変るというのはありえないんです。意図的ならともかく……」


「そ、そうなんだよ! それに……」


「しっ! 声が大きい」


 何を警戒しているかわからないが、王子はシュウに注意を与える。


 長い付き合いで、理解できなくても何か理由があるとわかったシュウはその指示に従う。


「……それに、司令官も首を差し出すようにしやがった。いくらダメージがあったからってありえねえ。まるで……」


「まるで?」


「……まるで誰かに後から突き飛ばされたみてえに……」


「そ、そんな……」


 驚くべき新事実に、ミーシャは泣くことも忘れてしまったかのようであった。


「しかし、その場には誰もいなかった」


「ああ。そのとおりだ……」


「ならば、考えられるのは一つ……魔法攻撃しかあるまい」


「そうなんだと思うけどよ。戦さでは禁止されてるぜ。監視員がいるんだし……」


 この世界の常識に従った答えであった。

 だが、王子はその常識に盲目的に従おうとする性格ではないらしい。ジッとシュウの目を見つめる。


「……魔術を使ってもなお、監視員に見咎められることがないとすれば……考えられる黒幕も一つだけ……」


 《魔法協会!》


 シュウと王子は同時に、ある機関の名を心に思い浮かべた。

 おそらくミーシャも、ジャナ王国の相当機関が思い当たったことだろう。二人の顔を交互に見渡す。


「でっ、でもよ、なんでアイツらが……」


 王子が部屋の周囲を気にしているのを思い出し、なるべく固有名詞を出さずにシュウは根本的な疑問点を挙げた。


「ふむ……それは、シュウがミーシャさんの兄上と交わした会話と、これからミーシャさんがお話してくれる内容に関わってくるだろうな……」


「わ、わたしの?」


 ついに自分が話を聞かれる番が来たと知って身構えるミーシャであった。


「ええ。シュウの話を聞いて、何か関連する話を聞いたことはありませんか。どんな些細なことでも構いません」


「……ええ……でも……」


「おそらくあなたのお兄様は戦争を止めたがっていた。その方法として敵兵を皆殺しにするというのは穏やかではありませんが……このシュウが出鱈目を言っている可能性もありますし」


「おいっ! お前、言うに事欠いて……」


「いえ、シュウさんの言ったのは本当だと思います」


「ミーシャ……」


 驚いたことに、兄の仇のはずのシュウをミーシャは庇った。いや、信じたのだ。

 ミーシャからすると、兄の死に疑問が生じ、実際に手を下したシュウすら被害者かも知れないと感じ始めていたのだろう。


「兄は生前言っていました。自分の手は血で汚れるが、早く本当の平和が訪れてほしいと。今になって思えば、そのことだったのではないかと……」


「ミーシャ……アリガトな。そう言ってもらえてうれしいぜ。一人で敵国に乗り込んできたことといい、ただの泣き虫じゃねえんだな」


「そ、そんな。わ、わたしは……フ、フエ~~ン、ニイサマ~~」


「おっと、またかよ……」


 シュウに礼を言われ、緊張が解けてしまったのかもしれない。

 シュウと王子はしばらく放っておくことにする。


「しかしよ、結局戦さのルールを破ったってことだろ? すぐに捕まえればよかったんじゃねえか? 何もオレに手を下させなくたって……」


「いや、逮捕だけでは、司令官クラスなら罰金を払って終わりだ。何かジュナル閣下はやつらにとって目障りな存在だったのかもしれない。暗殺も避けたいと思っていたのだろう。戦闘による不慮の死に見せかけたのかもしれない」


 証拠こそないが、二人の間では魔法協会の陰謀が確定したような会話になっている。


 その後も、泣き続けるミーシャを挟んで二人は疑問点の確認作業を続けた。


「さて、そろそろ次の行動に移ろうか」


 解決はまだ無理のようだが、あらかた疑問点が出しつくされたところで、王子が席を立つ。


「そうだな。ミーシャもニイサマに会いたいだろうしな」


「は、はい!」


 シュウの言葉に涙を拭って立ち上がるミーシャであった。

 表面上は泣き虫だが、芯はしっかりしている。二人の男はそう思わずにはいられない。


「じゃあ、例のところに行くか」


 例のところとは、今まで話し合った中で疑惑の中心とされている魔法協会本部である。

 ジャナ王国第一司令官、ジュナル・カイエンの遺体は、一応回復魔法を試してみるという名目で支部から移送されてきていて、今はそこに安置されているはずだ。


 ミーシャが遥々シナト王国までやってきたのはシュウに会うためだけではない。兄の遺体を引き取るのが一番の目的といえよう。


 3人は、食堂の女将に礼を言うと、連れ立って繁華街を後にする。


 

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