2-08 『鍵』の効果
『……ふむ。予想通りとはいえどうしたものか……』
魔王の封じられた勇者の剣をミーシャが何度か結界に突き刺そうとし、結局結界を通り抜けられなかった魔王のコメントがこれだった。
「おいおい、オッサンが頼りなんだぜ」
ここで、気が抜けてしまったシュウが意外な事態を引き起こす。
「おわっ!」
「兄ちゃん!」
結界=障壁=壁。
そんなイメージが出来上がっていたシュウは、実際グラディウスがぶつかるような状況も見ていたためもあり、何の考えもなしに『壁』に寄りかかろうとしたのだ。椅子があるつもりで座ろうとして引っくり返る。壁に寄りかかったつもりで後ろに倒れる。まさにそのままであった。
触っても大丈夫か、などと心配していたのは何だったのかと突込みが入らなかったのは、そのシュウの惨状のせいである。
朝に引き続き、上半身が見えず足だけが地べたに転がっているのだから。
「シュウさん! 生きてますか!」
もし初めて目にしていたならミーシャの精神は持たなかっただろう。幸い、クロ、ちびと魔獣のことではあったが実際身体の一部が消えるのを見ていたのでそこまで取り乱さずに済んでいた。
ミーシャがシュウの足を引っ張るのもこれで二回目となる。
「兄ちゃん! しっかりせい!」
「ガウガウ?」
女性陣が慌てる様子をちびは不思議そうに見ている。おそらくちびにはシュウの姿がしっかりと見えているのだろう。
事実ミーシャとハナによって引っ張り出されたシュウは五体満足であったのだから。
「だ、大丈夫だ。ちょっとビックリしただけだ」
転んで頭を打った様子もなく、また、何か結界の影響を受けた様子も無いシュウは立ち上がると若干恥ずかしそうに答える。
ミーシャはホッとした表情を見せた。
そしてシュウの無事を確認したハナは、ハナらしい行動に出る。
だが、
「兄ちゃん! ウチは通れんで!」
すでにシュウが通り抜けられたのだから大丈夫だとでも考えたのか、ハナも結界を通り抜けようとする。しかし生身の身体では妨げられるようだ。ペタペタからバシバシに手の動きが変わる。
「なんだって? おおっ!」
シュウがハナの様子を見て今度は慎重に手を伸ばした。
結果、シュウの手首から先が消える。
流石に自分の身体の一部が消えるのを見ると冷静ではいられないのか、思わず手を引っ込めてしまう。
何度か手を握ったり開いたりして異常がないのを確かめるシュウ。
再び結界に手を突っ込み、消えたままの状態で指先の感覚を確かめることもしていた。
やはり怖いのは向こうの様子が見えないことである。まさかとは思ってるようだが、もし姿の見えない魔物に齧られたらという恐れもあり腕だけの実験は短時間で終える。
「シュウさん、私も通れません」
「そうか。そうすると、オレだけが……」
ミーシャも直接手を伸ばして見たが、ハナと同じように結界に妨げられていた。
『……鍵とはこういうことなのだろう……』
「何? こういうことってどういうことだ?」
先ほどシュウを助けようとグラディウスを放り出してしまったミーシャだったが、背中の鞘に戻すと魔王が早速コメントを出す。シュウには理解できないようであったが。
『……今度は若き剣士が我を持つがよい……』
「若き剣士って、名前覚えろよ……まあいいケドな」
元々ミーシャでなくシュウがグラディウスを試すつもりだったのですぐに魔王の提案に乗る。
シュウはミーシャから剣を受け取ると躊躇いなく結界に差し込もうとした。
「おおっ! オッサン! 通ったぞ! ってしゃべれねえか。ミーシャ!」
「はい!」
先ほどミーシャがいくら試しても通らなかった結界をシュウが試すと呆気ないほど簡単に刃身が結界内に消えて行った。
シュウは魔王の意見を聞くためすぐさまミーシャの手にグラディウスを戻す。
『……ふむ。やはりお主の中にある魔力が結界を通り抜ける『鍵』であったようだ……』
「はあ、なるほど。鍵ってそういうことか。じゃあ、ミーシャたちは……」
『……お主の身体に触れながら進めば通れるであろう……』
「だろうな。じゃあ、行ってみるか。ちびがさっき進んだ時は問題ないみたいだし」
『……うむ。我も結界の向こうに出てみて更に魔力の流れを強く感じた。基点は近いであろう……』
「よし決まった。みんな! 結界を越えるぞ!」
「おーっ!」
「お、おーです!」
「ガウガウ!」
「と。その前に腹ごしらえだ! 腹が減っては戦はできねえからな」
「おーっ!」
「ガウーッ!」
「シュウさん……」
シュウの提案にハナとちびは何でもノリノリだったが、ミーシャは呆れ顔である。とはいっても反対のわけではない。黙々と食事の準備をする。
ちびの分はちび自身が今朝捕ってきた魔獣とクロからもらった残りを背中に乗せているので問題ない。人間たちは携行用保存食と森の果物で済ませた。
昼食を終え、シュウたちは再び結界の前に立ち並ぶ。
ここでシュウは魔王に一つ確認する。
「なあオッサン。通れるのはいいが、完全に向こうに行ったら戻れないってことはないよな? ちびは行ったり来たりできたみたいだけど」
シュウの心配は結界の向こうに入ったままキャンプ地に戻れないことである。船もそこにあるのだ。今までの実験も身体の一部だけに留めていたのはそれが原因だった。ちびに伝言を頼みクロに島の北側まで船を運んでもらうことも出来るが、そもそもジダーン大陸に戻ることも出来なくなるのは問題である。
『……残念だが、我にも確実なことは言えぬ。結界の基点がわかれば解除できるだろうが……』
「ああ、なるほどな。最悪ぶっ壊せばいいのか」
「シュウさん。あまり過激なことは……」
シュウにはジダーン大陸を危うく両断しかけた前科があるのでミーシャは結界が島ごと吹き飛ぶ光景を想像してしまった。
「大丈夫だって。その辺はオッサンに任せるから」
「はあ……」
「とにかく行くぞ」
「っ! しゅ、シュウさん……」
シュウにいきなり手を握られ、ミーシャは顔を赤くする。シュウと出会ったその夜にすでに手を繋がれてはいるのだが、やはり箱入りのお嬢様だけあって免疫がないのだろう。逆側で手を繋いでいるハナは至極楽しそうにしている。
「オレたちは向こう側が見えない。ちび、先行しててくれ」
「ガウ!」
今まで通りといえば今まで通りなのだが、安全確保のため改めてちびに先導してもらうことになる。
ちびの姿が結界内に完全に消えた後、シュウは一歩前に踏み出した。ミーシャもハナもそれに習う。
「さあ! 入るぞ!」
シュウはまさに両手に花の状態で、まずはミーシャたちの手を結界内に触れさせてみる。
「シュウさん! 手が!」
「兄ちゃん! 手が消えたで!」
先ほどは何もない空間に壁のような感触があったのに、シュウに手を握られた状態では結界を通過することが出来るようだ。魔王の予想通りである。
「よし!」
これで大丈夫だろうと、シュウは全身を結界内に踏み入れた。
一歩遅れたミーシャとハナはシュウの身体が消えるのを目にする。そしてシュウに引っ張られて自分たちの腕がどんどん消えていく様子も見ることが出来た。幸い手を握られている感覚はそのままだったのでパニックにはならずに済んでいる。
「ちび! ウチも入れたで!」
「ガウ?」
ついにシュウたちは結界を潜ることが出来たようだ。
ちびに再会できたハナは喜びのあまりちびに飛びついた。ちびは最初からハナたちの姿が見えていたのだから、何を喜んでいるかわかっていないようだ。
「ここが結界の外側か……あんまり向こうと変わんねえな……」
確かに、シュウの感想どおり同じジャングルの様相を呈している。ちびやクロが結界を越えると姿が消えるので、もしかしたらこちら側には魔獣が山ほどいるのではと心配したのだ。
だが、
『……いや、こちらに来て魔力の流れがハッキリした。すぐ近くに結界の基点がある……』
魔王には違いがわかるようだった。
「そうか。そこも調べなきゃだが、向こうに戻れるかも試さないとな」
「ウチも調べる!」
「まあ待て。まずオレが行く。ミーシャ、オレが向こうに行けたら消えるかどうかみててくれ」
「はい、わかりました」
シュウはテンションの上がったハナを宥め、一人で戻ってみることにした。
「お、こっちからでも結界を通ると手が消える」
結果、シュウ一人で自由に通れることがわかった。これでキャンプ地に戻れると安堵する。
更に実験を続ける。
その結果わかったのは、結界越しには人間、魔獣の姿が見えなくなるということ。ミーシャ、ハナだけでは結界のどちら側からも通れないこと。ちびにハナが乗っても通れないこと。などである。
「さて、結界も通れることがわかったし、これからどうする? もう少し探索してみるか? それとも一度浜に戻るか?」
シュウたちは作戦会議を行った。
「ウチは兄ちゃんと一緒がいい!」
「ガウガウ!」
ハナとちびは特に意見はないようである。
「私もシュウさんにお任せします」
『……結界の基点は近い。戻るのはその場所を確認してからでも日暮れまでには戻れるであろう……』
「よし! オッサンがそう言うんならそうしよう!」
ミーシャの口から出た魔王の意見が採用されたようだ。
『……娘よ。剣を抜き構えるのだ……』
「あ、はい」
意味はわからなかったが、ミーシャは魔王の指示に従う。
『……ゆっくりと右を向くのだ……』
「はい」
どうやら魔王の言葉の意味するところがわかったようで、ミーシャは剣を左から右へと動かした。
『……止まれ……』
「はい!」
『……この方角だ。まっすぐに進むがよい。後は適宜指示を出す……』
「よし! ちび! また先導してくれ。頼むぞ」
「ガウ!」
黙って魔王とミーシャの遣り取りを見ていたシュウは、方向が決定したところで早速ちびに先行を依頼する。
「さて、何が出てくるのやら……」
目的の新大陸も魔族の子孫も見つかっていないが、何かワクワクが止まらないシュウであった。
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