三十五 新たな冒険の始まり
大魔導師との決戦から数ヶ月経ったある日のこと、突然シュウがサトラ王子の前に現れた。
いや、既に統一国、ジダーン王国国王、ユルハン陛下というべきだろう。
「いよう! 久しぶり」
だが、国王相手にシュウは相変わらずのようである。
国王側近の者たちは、シュウの存在は知っていたが、史上初の統一を果たした偉大な国王陛下に対する無礼極まりない態度に、苦虫を噛み潰したような表情になった。
だが、サトラ国王も相変わらずのようである。ただ、懐かしさだけが溢れんばかりのようであった。
「シュウ! 今まで何してたんだ……おや、ミーシャさん、ハナさん? ですか……」
同行者がいたようだ。
仕事上度々顔を合わせているミーシャはともかく、元魔族の少女・ハナとは事件以来であったが、ミーシャの見立てか、街に住む普通の少女がよく着ているノースリーブのワンピース姿であったので見間違いそうになる。
「ハナさん、お久しぶりです。そういえば、大きくなってませんか?」
「へへへ。わかるか? 兄ちゃん」
人間になったことで、年相応の成長をしているらしい。特にこの年ごろの子供の成長は著しい。数年もすれば立派な女性になることだろう。
「で、どうだ? 仕事は」
「ああ……全く以って忙しい……」
どうやらシュウだからこそ強引に入ってこれたようだ。
ユルハン陛下は書類を抱えた家臣たちに囲まれていて、シュウたちとの会話も書類仕事をしながらだったのだ。
「お前こそ、何の用だ?」
サトラは書類から目を離さずにシュウの来意を尋ねる。親友同士、回りくどい話は必要なさそうだ。単に時間がないからとも取れるが。
「いやな、この前、お前んトコの嫁さんが来てな」
「え? そうなんですか? ミーシャさん」
「はい、陛下。アルカーノ卿とシンシア卿のところへご挨拶に伺ったついでとサラ様が申しますので……」
「そうですか。で? サラは?」
「サラ様は引き続き各領主様たちのところへご挨拶に――」
「それでな、例のグラディウスだけどな――」
ミーシャの言葉をシュウが引き取る。些細な事情はどうでもいいようだ。
「グラディウス? ああ、勇者の剣な。そういえばミーシャさん背負ってますね。どうしていまさら……」
美少女に似合わぬミーシャの背剣姿も、考えようによっては慣れてしまっているサトラが改めて尋ねる。国王の前に武器を携えたままという異常事態は完全無視である。
「長老のじいさんがまた祠に置いておいたんだが、お前の嫁さん、その剣を見てすぐに魔力を感じるとか言いやがって」
「え? だって、魔王は消えたんじゃ……」
国王と王妃をつかまえて暴言三昧のシュウだったが、眉を顰める家臣たちとは違い、サトラは話に夢中のようである。
「オレだってそう思ってたよ。仕方ねえから、ミーシャに持たして、兄ちゃんの形見の剣でぶっ叩いてみたんだ」
「おいおい。相変わらず無茶するなあ。ミーシャさん、大丈夫でしたか?」
「え、ええ……」
サトラは呆れ顔であったが、ミーシャはもう慣れたと言わんばかりの表情である。
「そしたらな、やっぱり魔王のオッサンが起きてきやがって……」
「ええっ!」
『……そこからは我が説明しよう……』
サトラ国王の驚きの後、更に驚くべき事態となった。
ミーシャの口から、野太い声が聞こえてきたのだ。サトラにもすぐにわかった。魔王である。
「み、皆の者! 退席するのだ……」
「へ、陛下……しかし……」
「これは命令だ! 速やかに下がれ! この部屋には誰も近づいてはならん!」
「はっ、ははーっ!」
書類仕事どころではないと判断し、サトラは廷臣たちに人払いを命じる。
シュウたちを残して、不安そうな家臣一同は静々と退場した。
「陛下か。らしくなったもんだ」
「からかうな。で、魔王陛下、一体どういうことなので?」
シュウの冗談に付き合う気も無く、サトラはミーシャの中の魔王に問いかけた。
『……我も消えたと思っておった。だが、最後に魔力を取り込んだこの娘のことを失念しておった。若いだけに多量の魔力が残っておる……』
「ははあ。それは道理ですね……」
「それでな、オッサンがとんでもねえコト言いやがってよ」
「とんでもないこと? ま、まさか、まだ魔族が残ってて、何か陰謀を……」
口を挟んだシュウの発言に、サトラは悪い想像をしてしまう。
「いや、半分正解だけど……その可能性もないことも……」
「どっ、どこに! もっと山奥か? それとも、まさか街中に……」
「待て待て。落ち着けよ、サトラ」
自分で不安にさせるようなことを言ったくせに、シュウはサトラをなだめた。
『……千年前の人魔戦争の終結後……』
シュウに任せていては話が進まないと、魔王が自ら語りだす。
『……魔族は散り散りになった。北の山地に逃げ込んだのは少数。残りはどこに行ったのか我にもわからぬ……』
「ああ……伝説にもありますね、人間の街に潜んでいるとか……まさか、その連中がまた陰謀を……」
『……安心せよ、人間の王よ。仮にその話が本当だとしても、昔のことだ。人間に意趣を持って潜伏したノリヤドとは違うはずだ。千年という時間は魔族にとっても長すぎる。もし人間世界で暮らしている魔族がいたとしても、今では人間と交じり合い、子孫は単に魔力が強くて少し長生きの人間になっていることであろう……』
「そ、そうですか……」
サトラは魔王の説明を聞いてホッとする。
しかし、まだ疑問は残っていた。
「で、では、一体なぜ魔王陛下がここに? まさか人間界の観光ではないでしょう?」
『……我の魔力が尽きるまで、人間となった我が同胞を見守るつもりであったが、この世に魔族の生き残りがいるのならば、我は彼らを人間にしてやらねばならぬ……』
「な、なるほど……」
一応納得はする。だが、具体的にどうするつもりなのか、サトラには想像がつかなかった。
「では、どこを探すつもりなのです? 地底世界なんて本当にあるのでしょうか?」
「サトラ。伝説はまだあっただろ?」
サトラは冗談で言ったつもりだったが、シュウは真面目に話を繋げてくる。
「え? ああ、魔族が海の外に逃げたっていうアレか……」
「そうだ。だから、オレたちは海に出る」
「えっ!」
久しぶりに会った親友が、いつものことだといえば、いつものことなのだろうが、奇想天外な発言をする。
ジダーン大陸は大海に囲まれている。周囲の小島を除き、現在の操船技術で行ける範囲に陸地が発見されたという記録が無いのは周知の事実なのだ。
それを、いくら伝説の一部が真実だと判明したからといって千年も昔に海に出た魔族の消息を尋ねようとするなど、正気の沙汰とは思えない。
しかし、相手はあのシュウなのだ。冗談に聞こえても、結局実行に移してしまうような性格であることをサトラは知っていた。




