二十四 暴露
すみません。投稿時間遅くなりました。
2話あります。
「こ、これは一体! 殿下が二人!」
紆余曲折はあったものの、こうして国王のみならず廷臣たちの前で魔法協会の代表と顔を合わせることになったシュウたちであった。
サトラ王子の顔を見たシナト国の面々は驚愕する。
たった今まで、いや、今もこうして目の前にいる第一王子と同じ顔の人物が突然バルコニーに現れたのだ。
衣装は地味なものであったが、お忍びの常習犯であったので、それを理由にはできない。
謁見の広間はどよめきに包まれる。
「皆の者! お静かに! 見よ! あれこそジャナ王国の王女! そして剣術指南役の子息もおる! これはシナトの国を陥れる陰謀じゃ! 偽者じゃ!」
さすがに大魔導師として恐れられている人物だけあって頭の回転は速い。すぐさま部下たちの失敗を悟り、シナリオを変えてきた。
「……語るに落ちるっていうのは、このことだぜ。そうだろ? 二人のうちどっちかが偽モンてこった。なあ、おっさんら、どっちを信じる?」
陰謀とやらの共謀者にされたシュウは、慌てもせず、師匠譲りのガラの悪さで並み居る王宮の重臣たちに問いかける。
どよめきはざわめきに変わった。
少なくとも、シュウたちには廷臣たちが少しは頭を使い始めたと感じられる。
「あ、あれは北の領主、アルカーノ卿ではないか?」
「あ、ああ……ヤザン殿ならわかるが、なぜここに?」
「そ、そなた、どちらが本物の殿下か、わかるか?」
「わ、わからぬ……だ、だが、殿下なら、ヤザン殿の子息と一緒にいてもおかしくない……」
廷臣たちは互いに言葉を交わし、自分だけが混乱しているのではないということを確かめているようでもあった。
「各々がた! 騙されてはなりません! こちらのお方こそ本物の王子殿下にございます! 陛下もお認めになられたではございませぬか!」
「陛下! すぐに訂正を!」
廷臣たちの動揺に、更なる悪足掻きをする魔導師であったが、大臣の中で、以前も魔法協会を目の仇にしていた年配の男が国王に向かってハッキリと反協会の立場であることを明言した。
「う……し、しかし……わ、わからぬ……」
「陛下、その者もジャナの回し者! 惑わされてはなりませぬ!」
魔導師は反協会の大臣までも謀反人だと訴える。
「導師殿。不毛な言い合いなどやめましょう」
不意にサトラが、シュウの隣にいたホンモノの王子様が魔導師に声をかけた。
廷臣たちは無言になり、状況を見極めようとする。
「何を不埒なことを。偽者と認めたか!」
魔導師はあくまでも演技を貫いた。
「どちらが偽者かは、この際いいでしょう。それよりも、皆さんに提案があります。アルカーノ閣下、お願いします」
「はっ……」
不毛と言うだけあって、サトラは魔導師との直接対決は避ける。
アルカーノ卿は事前の打ち合わせどおり廷臣たちの前に進み出た。
「……これは、シナト王国各領主の誓約書です。我々は『こちら』のサトラ王子殿下を盟主とし、魔法協会の支配からシナト王国を解放すべく盟約を結びました。皆様方も国王直属の家臣とはいえ領地を持つ者、いかがいたしますか?」
「……なんと、税を40年前の水準に戻すと!」
「そ、それなら、考えんでもない……」
廷臣の大半が、中には魔法協会に取り入り甘い汁を啜ってきた者もいることだろうが、王子連盟加担の条件に心を揺らす。
「こ、これは謀反だ! 各々よく考えられよ! これは陛下に対する謀反にございますぞ!」
「……陛下自ら許可すれば問題はありますまい。彼らの目的は魔法協会への抗議でしかないのですからな。陛下、ご裁断を」
「よ、よきにはからえ……」
「はっ!」
大臣の老獪な解釈に仕方に助けられ、サトラ王子の維新は成功したようだ。
「ば、バカな! それではジャナとの戦さはどうなる! また血で血を洗うことになるのだぞ! 我ら魔法協会が管理しなければ……」
「もう戦う必要はありません」
魔導師の最後の悪足掻きにサトラは冷静に答えた。
「なにぃ……」
「そもそも、ジャナ王国とシナト王国が争う理由などどこにもないのです。今までも、これからも……」
「何をバカな。たとえシナトが戦うつもりがなくとも、向こうが止めはせん! 今度こそ魔法や武器を使ってくるぞ。それでもよいのか!」
魔導師の、この脅しに廷臣たちは一瞬怯んだ。
だが、サトラは落ち着いて言葉を紡ぐ。
「一介の役人に過ぎないあなたが、なぜそう言い切れるのですか? ジャナ王国の魔術管理組合とどんな繋がりがあるのですか?」
「うぬ……」
「そろそろ正体を見せたらどうです? キクラー導師。いいえ、ノリヤド殿」
「キサマっ……な、何のことだ……」
一瞬であったが、サトラ王子に名前を呼ばれた魔導師、いや、ハナを除いて最後の魔族にして、魔族の隠れ里の長老の息子、ハナの両親を殺害した張本人が動揺を見せた。
「……その反応で充分だ。ミーシャ! 魔王のオッサンを呼べ!」
「は、はいっ!」
シュウに突然声をかけられたが、前もって打ち合わせ済みなのか、ミーシャは一歩前に進み出た。
おぼつかない手つきで背負っていたグラディウスを手にする。
国王のいる場所で武器を手にするなど以ての外なのだが、廷臣たちは、それが見た目にもかわいらしい少女であったからかはわからないが、誰一人咎めようとはしなかった。ただ成り行きを見守るばかりである。
「小娘、その細腕で何を……キサマ! その剣は!」
人間の少女如きの戦闘力など眼中にもないようだった魔導師キクラーことノリヤドが叫ぶ。
「やはりその剣に心当たりがあるのですね? ノリヤド殿」
「くっ……抜け道のことを報告してきた者がいたが、まさか貴様らがあの村に行ったとは! 小娘! 放せ! それは貴様ら下等な人間が手にしていいものではないわ!」
ミーシャの持つグラディウスとサトラ王子の言葉で、ノリヤドはとうとう認めてしまった。自分が魔族であることを。
「ま、魔王さま……お、お願いします……」
ノリヤドに激しく罵られたミーシャだったが、シュウが後ろから肩に手を置いてくれたのが心強かったのか、怯まずに魔王を呼ぶ。
『……我が同胞の子よ……このような事態に至ったのすべては我が責任……せめて苦しまぬように魔力を吸い尽くしてくれよう……』
「ま、まさか、魔王様――グウッ」
ミーシャの口から、男の声が聞こえてきたことにも驚いただろうが、廷臣たちは魔導師がいきなり異様な声を上げて倒れたことに驚愕した。
目には見えなかったが、魔導師、ノリヤドの身体から魔力がグラディウスに吸収されたのだ。
『……む、これは本体ではない……』
「どうした? オッサン」
『……傀儡の術だ……』
「おおっ! 見ろ! 導師と殿下の身体が……」
シュウが魔王に聞くまでもなく、その場にいた一同は異変をハッキリと目にしていた。
何故か魔導師と同時に倒れた着飾ったほうの第一王子だったが、見ると人ではない。いくつかの木片を糸で繋いでいた人形であったのだ。ローブの下の魔導師の身体も同様である。
「で、殿下!」
ここでやっと地味な服を着ていたほうがホンモノの王子サマと認められたようだ。
廷臣たちが我も我もと寄ってくる。
「見ての通りです……魔法協会はこの40年、あの魔導師に操られていました」
「なんと……40年も……」
「魔王……と言っていませんでしたか……」
「そ、それは……」
サトラはこの期に及んで口を濁す。
初めは、敵が魔族であると公表し、人間同士の統一を計ろうとしていたのだが、この廷臣たちを、流されやすい人間たちを見て不安になったのだ。
人間とは信じたいことを信じる生き物である。
自分たちが魔族の子孫だということは全く信じないが、ハナや長老たちが元魔族だということはすんなり信じるかもしれない。ノリヤドはともかく、人間になってまで同じ人間から迫害を受けたのではあまりに哀れではないか、といった不安であった。
短い間であったが、魔族の少女と行動を共にしたヤザン師やアルカーノ卿もサトラ王子の心境がわかったようだ。無言のままで王子の選択を待つ。
サラ王女や、自身の身体に魔王を宿したミーシャも自分のことのように心配する。
「御伽噺だよ! アイツ、頭が変だろ?」
そんな張り詰めた空気の中、シュウが極あっさりとまとめてしまった。
「そ、そうなんです! おそらく、伝説を信じて魔王の復活を夢見ていたのでしょう。なまじ魔力が強かったために、残念なことです……」
親友のサポートをありがたく受け取り、サトラは廷臣たちに敵の正体は精神異常の、強力な魔力を持つ魔導師であると告げる。
目の前でありえない光景を目撃した廷臣たちは、なるほどと納得した。
確かに、信じやすい人間というものは扱いが難しい。
「で、では殿下。これから我らは如何いたせば……」
反魔法協会を明言していた大臣がサトラ王子を頼もしそうに見つめる。
「……そうですね、すぐに陛下の名で魔法協会各支部の封鎖を。抵抗する者がいても、なるべく説得してください。騙されていただけですから……」
「御意……陛下、よろしいでしょうか?」
大臣は、一人雛壇の上に座っていた国王に許可を求めた。形式を無視できない性格なのだろう。
「す、すべてはユルハンに任せる……余は疲れた……」
サトラ王子の父親、シナト王国国王は、領主たちだけでなく、家臣までも息子に加担してしまったと見て、自分の器を知ったようだった。
国王として責任を追及される前にとでも思ったのか、力なく立ち上がる。
「陛下はお休みになられる! お部屋にお連れしろ!」
大臣は額面どおり受け取り、速やかに衛兵を呼ぶ。
形だけは守られ、国王の退場となった。
《申し訳ありません。父上……すべては民のために……》
「シュウ……」
唇を噛み締め、無言で父親の後ろ姿を見送ったサトラ王子の肩を、シュウが軽く叩く。
何も言わずとも気持ちが伝わった。
まだ何も終わったわけではないと。