二十三 革命の一歩目
2話目です。
「おお! ユルハン! 無事であったか!」
シナト王国サラトナ城の国王謁見室で現国王、キロエハン・ナガト・シナトーラ陛下は、行方不明だった跡継ぎの顔を見て喜びも一入であった。
この日は、サトラ王子たちが魔族の村を出てから3日後の朝のことである。
正装し、階下に畏まった第一王子の隣には、相変わらず黒ずくめで、フードを深く被った魔導師の姿があった。
国王の再三に渡る催促で、調査隊として出た協会幹部たちの帰還を目前に、第一王子捜索結果の報告をしなければならず、こうして成果の実物と共に謁見に望んだわけだ。
「導師よ。ご苦労であった。やはり魔法協会は頼りになる。何なりと褒美を取らそう」
国王が手放しに協会を褒めるものだから、そばに控えている大臣たちはしかめっ面をしている。
だが、事実自分たちの能力が及ばなかったことを見せ付けられ、無言のままであった。
「身に余る光栄。ですが、ご報告が……」
「なんじゃな?」
「この度の王子殿下失踪に関しましてですが、はじめはいつものお忍びと考えておりましたのですが、裏に陰謀が……」
「陰謀とな」
「はい。殿下の友人である、剣術指南役殿の子息がジャナ王国の人間と通じておりました」
「なんと! あのシュウが! 信じられん……」
幼いころからシュウを知っている国王も、魔法協会の責任者の言うことだとはいえ、頭から信じることはできなかったようだ。
「ユルハン、まことか?」
「はい、父上。左様にございます……」
魔導師の隣で片膝を付いたままの姿勢で第一王子が答える。抑揚のない声であった。
「調べによりますと、陛下もご存知とのことですが、シュウと申す人物、かなり女好きでありまして、ジャナから来た女にいいように騙されたようです。その女というのが、ジャナ王国第一王女の回し者でありまして……」
「なんと……それならわかる……」
タラシのシュウの二つ名は王宮でも有名であるらしく、この魔導師の説明に国王はもとより、廷臣一同納得した感があった。
「で、その女の目的は何なのだ。ユルハンを拉致してどうしようというのだ」
「おそらく、復讐かと……」
「復讐とな。いったいそれは……」
「は。この度の戦にて人死にが出た模様でして、その責は王子殿下にあると誤解し、愚行に及んだものと……」
「なんと……それは酷い誤解じゃ。苦労したのう、ユルハン。早速ジャナに抗議をせねば」
「お待ちください」
我が子のことで激昂する国王を、焚き付けた側の魔導師が制止する。
国王も廷臣一同も怪訝な表情となった。
「……元々戦争は我ら魔法協会が管理するところなれば、我らにも落ち度があるというもの。此度は殿下が無事だったということで、公にするよりも、これを機に一層の戦さへの管理を厳しくするほうが賢明だと存じます……」
「父上、私もそれがよいかと。これからは私も協会の尊い理念に賛同し、その発展に尽力したいと考えております」
「おお! それは何より。これで我が国はますます平和になるのう」
第一王子が魔法協会の方針に傾倒しているかのような発言をし、更に国王が全面的に肯定してしまった。
これを聞いていた廷臣たちの表情は様々である。
ある者は迎合するかのような笑顔を見せ、ある者は不満を顕にした。大半は立ち位置を決めかねたのか、或いは感情を悟られまいとしてか、知らぬ顔を装っている。
密かに廷臣たちの反応を観察していた魔法協会の代表者は満足気にほくそえんだ。
「……では、よりよい秩序のため、さっそく準備にかかりたく――」
「待ちやがれ!」
行方不明だった第一王子を探し出したことで更に魔法協会の実権を強めることに成功した魔導師が立ち去らんとしたとき、不意に若い男の、宮廷にはふさわしくない怒号が響いた。
その場に臨席していた一同は声の方を、広い国王謁見室の東側に設けられたバルコニー側に目を向ける。
いつの間に現れたのか、輝く朝日を背に数人の男たちが立っていた。いや、女性の姿も見受けられる。
「きっ、貴様ら! 死んだはず!」
魔導師・キクラーは驚きを顕にするのであった。
国王謁見室での劇的な対面の少し前、シュウたちはドラゴンのちびの背中にいた。
「さて、どうやって大臣たちを説得するかだケド……」
「かまうこたあねえ。このまま宮殿に乗りつけりゃいいさ」
あくまでも慎重に事を進めたいサトラ王子に対してシュウは相変わらずの短絡的思考で答えるのであった。
「バカ言うな。いくらなんでも『ちび』を王宮に降ろすわけにいくもんか。魔族が襲ってきたと勘違いされるだけだ」
時間的に余裕がないとはわかっていたサトラ王子だったが、余計な騒動は控えたいところである。
「じゃあ、飛び降りるしかねえな……」
「お前はまた……」
「大丈夫です、サトラ様」
シュウの発想に呆れるサトラだったが、ここで珍しくサラ王女がシュウの肩を持つような発言をしてきた。
「サラ王女……あなたまで……」
「浮遊術を使えばいいだけではないですか」
「そんな……一人や二人ではないのですよ」
まるでシュウの性格が伝染ってしまったかのようなサラ王女を心配そうな目で見るサトラであった。
「大丈夫です。サトラ様もご自分お一人ならできるでしょうし、ミーシャには魔王様がついているのでシュウさんをお願いします。ヤザン先生たちはわたくしが引き受けますから……」
「……つ、強くなられましたね……」
「お褒めいただいて光栄ですわ」
これからどんな戦いが待ち受けているかわからない状況で、悪戯っぽい目を向けるサラ王女にサトラはなんともいえぬ気持ちになる。
「……で、では、サラ王女の提案に乗りましょう」
「オレの提案だろ?」
「ハナさん! ハナさんはボクたちが降りたら、このまま村にもどってください!」
サトラはシュウの抗議など無視して、ドラゴンの頭にちょこんと座っている魔族の少女に声をかける。
それは、サトラ王子の精一杯の好意のつもりであった。
確かに、ハナとドラゴンの『ちび』はこれまで人間のためによくしてくれた。ハナたちがいなければ、こうも順調に行動ができずにいただろう。
しかし、例え長寿の魔族とはいえ、精神的にはまだ子供のハナをこれ以上醜い大人の争いに巻き込みたくはない。何より、敵はハナの両親の命を奪った人物と目されているのだ。これからは人間の女の子として何も知らずに幸せに暮らしていけるものを、深く関わらせるわけにはいかないとサトラは思っている。
だが、ハナはシュウたちとの別れを嫌がるのであった。
「いやや! ウチも行くんや! ちびも行く言うとる!」
「ガウ、ガウガウ!」
ハナの意見に賛同するかのようにドラゴンが天空に響き渡るような鳴き声を上げる。
思わず耳を塞ぐ一行だったが、サトラはどうするべきかと思案気の様子であった。
「……ワシも残ろう」
折衷案のつもりか、クガト師がある提案を出す。
「……お願いできますか?」
「ああ。既に隠居の身、今更堅苦しい王宮になど顔を出したくもないしのう。おハナ坊よ。ワシと一緒にこやつらの帰りを待つことにせんか。なに、仕事が終わったら、すぐに戻って来るだろうよ」
「……ウチも行くもん……」
「わ、私も残りたいです!」
口を尖らせたハナのセリフに、かぶり気味で発言したのは魔法協会の下っ端、ジョナンであった。
「……何言ってやがる。テメーは証人だろうが!」
雲の上、それでも逃げられないようにとヤザン師が首根っこを押さえるが、ジョナンは必死に訴える。
「し、しかし、魔導師さまにお会いしたくは……」
「……いいでしょう。この際、証人は最後の切り札に採っておくことにしましょう。下手に存在を知られて消されても困りますし。クガト先生、この人もお願いできますか?」
「おお。かまわんぞ」
サトラ王子の決断により突入メンバーが決まる。
ハナには証人の保護も仕事のうちだと納得させた。
「あ、魔導師様が陛下にお会いなされるようです……あっ! で、殿下が……」
突入は無しになったが、仕事はしてもらうと、ジョナンの特技、遠見の魔法で空から宮殿の様子を探らせたときであった。
国王謁見の部屋で魔法協会の代表者が第一王子らしき人物を従えているという。
「替え玉とはこのことか……」
「サトラの偽モンか? おもしろそうだな。早く行こうぜ!」
「……気楽でうらやましいよ……でも、そのとおりだ! ハナさん! 宮殿の真上までお願いします!」
「任しとき! ちび! 頼んだで!」
「ガウーッ!」
ハナの声に応じ、ドラゴンは一声雄叫びを上げると、スピードと高度をも上げるのであった。
「いいですか! 宮殿の国王謁見室は東側にあります! 宮殿の屋根を越えたら飛び降りますから、サラ王女! ミーシャさん、ボクについてきて下さい!」
「はい!」
サラ王女もミーシャも力強く答える。
ドラゴンの飛翔能力は素晴らしく、まもなく宮殿が見えたと思ったら、あっという間に行き過ぎてしまった。
空中で急旋回し、ドラゴンのちびは再び宮殿上空を目指す。
「今です!」
サトラ王子の掛け声で、突入班がドラゴンの背から躊躇することなく飛び降りた。
ミーシャは、覚悟するまでもなくシュウに抱えられて、ではあるが。
1月18日編集。
ちびのセリフ? 追加。