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グラディウス・サーガ  作者: 一色十郎太
第一章 ジダーン大陸編
19/50

十九 新たな方針

3話目です。

 

 長老の告白はここで終わったと見たサトラは、気まずかったものの、確認したいことが一つあった。


「ちょ、長老様……は、ハナさんの気の毒な身の上は胸に仕舞っておきます。確かに、まだ教えないほうがいいかもしれません。それで……あえてお聞きしますが、ぼ、ボクたちに関わりがあるというのは……」


 長老は、このサトラ王子の質問に、少し間をおいた。何か口にしづらそうである。


「……うむ……それから数年経ったころかの……ここから遠くないところに人間が住み着いたのじゃ。かつて魔族の生き残りが隠れておった地下道のすぐそばにの。人間と関わることを恐れていた我らじゃったが、いつかは出会ってしまうものじゃと覚悟はしていた。心配したとおり、その人間は我らの存在に気づき、たまにここを訪れるようになっていた。初めはワシらも人間のフリをしていたが、何年も経つと薄々はワシらの正体にも気がついたらしい」


「もしかして、その人間というのは……」


「うむ。クガト殿じゃ」


 サトラ王子にこの村の存在を教えた人物であった。

 今の世の中で唯一魔族の存在を確信していた人物というのも、上手い具合に地下道がこの村につながっていたのもわかるが、それでもサトラ王子たちに長老の息子の事件がどう関わっているのか見えてこない。

 サトラは、話の続きを待った。


「クガト殿は、ワシらから見ても、おそらく人間の側から見てもまだ若いというのに、隠棲した、人間の世界とは縁を切ったと言っておった。他の人間にここの存在を言わなかったところをみると本当じゃったのだろう。人間と魔族、種族は違えど同じような境遇じゃからな、たまにここに来て、世間の愚痴を零しておった」


 サトラ王子とサラ王女は、クガト師に会ったのは僅かな時間であったが、何となく判るような気がした。


「その愚痴の中で、クガト殿が人間界を去ることになった原因を話してくれたことがあったが、ワシはそれを聞いて思い当たることがあった。詳しく聞けば、最近は魔法協会とかいうのが力をつけて戦さを遊びに変えていると。それもこれも、数年前に現れた魔導師が好き放題しているせいだとか」


「数年前……それはクガト先生が隠棲する数年前。つまり、今から40年前だと……」


「……ワシは、妙な符合を感じた。魔力だけはやたらと強いというその男に誰も反対できなかったというのも気になった。じゃが、常に顔を隠しおるそうで、名前も決め手にならんし、結局わからずじまいじゃった。隠棲しておるというクガト殿に調べてもらうのも、ワシの手落ちじゃで、気が引けたしのう……」


「つ、つまり……」


 サトラは、頭の中で長老の話を組み立てた。


 当時は確信するに至らなかったのだろうが、今、サトラ王子たちが置かれている状況、これまでに得た情報を加味すれば話が繋がった。

 狂信的なまでに魔王の復活を信じている魔族。財政も国政もギリギリの淵にあり、あと一押しで破綻しそうな、絶妙のバランスで何とか成り立っている二つの国。


 これが、来るべき魔王復活への周到な準備であったら、ちょっとした工作で、例えばほんの一部の荘園で暴動でも起こったら、連鎖的に経済が破綻してしまうことだろう。そうなれば両国の軍事バランスもくずれ、ゲームではない一方的な戦さに発展する恐れがある。

 だが、その戦勝国も中身は同じような破綻寸前の状態なのだ。漁夫の利を狙うには恰好の相手といえよう。


「……魔法協会を操っているのは、長老様のご子息……し、しかし……」


 サトラ王子の推論は、極めて乱暴なものであった。

 最悪の予想を繋ぎ合わせたに過ぎず、確たる証拠は何もない。

 しかも、最後の1ピースが足りなかった。


「……ジャナ王国の魔術管理組合は、何故魔法協会に同調しているのか、それがわからないと決め手に欠けます……」


「サトラ様――」


 サトラ王子と同じ結論に達したらしいサラ王女が最後のピースを填めるべく立ち上がり、サトラ王子の前に歩み寄る。


「わたくし、サトラ様からの親書読みました後、すぐに魔術管理組合について調べましたの。時間的に充分ではありませんでしたが、今のお話を聞いて思い出したことがあります」


「な、何ですか!」


 サトラも思わず立ち上がった。


「組合の長は40年ほど前から変わっておりません。異例なことなのでハッキリと覚えております」


「ま、まさか、両国の魔法機関が同時に……」


「ええ。その組合の責任者もフードを深く被り、顔を見たものは誰もいないと言われております。二国間を行き来し、不在の間は影武者を立てるのに不都合はないと思われます」


 これでサトラ王子の推測がほぼ完璧に成り立った。

 まさか、たった一人の魔族の手で二ヶ国が踊らされていたとは。


「す、すぐに戻って確認しましょう!」


 あとは証拠だけだ。

 国家の重要機関の責任者が魔族だとわかれば、いくらのんきな国民も力を合わせて現状打破に動くだろう。

 サトラはそう考え、行動に移ろうとした。


 だが、サラ王女は動こうとしない。


「し、しかし、ミーシャが……」


 サトラは、ハッとする。

 確かに、魔王の精神体に乗っ取られている、サラ王女の親友をこのまま残して自分たちだけ離れるわけにもいかない。


「ちょ、長老様……ボクたちは、人間の世界を立て直すため、アナタのご子息と戦わなければならないようです……」


 サトラは、直接ミーシャの中に魔王にではなく、息子のことが最後の気がかりだという長老に、正直なところを言った。


「……やはり、せがれの仕業じゃったか……」


「まだ確定ではありませんが……」


「いや、ワシも間違いないと見とる……お若いの、ワシのことは気にせんでいい。せがれを、ノリヤドを打ち倒すのじゃ!」


「え? そ、それは……」


「魔王様――」


 長老の申し出にすぐに返事ができなかったサトラ王子をから相手を魔王に換え、長老は改めて意向を申し出るのであった。


「せがれのことはこの若者たちに任せることにしましたわい。なにやら、人間には敵役が必要とのこと。せがれには、責任を取らせる代わりに最後の魔族として死んでもらうことにしたほうがよいようじゃ……正直、やつがれの手でせがれの命を奪うのは難儀ですじゃ。魔王様にせがれも人間にしてもらって、罪を背負ったまま残り少ない一生を送らせるのも、先に死んでいくものとして、親として忍びないですからの。一思いに、若者たちの役に立って死んでもらったほうが……のう、イサナ婆ぁよ。それで勘弁してもらえるかの?」


 長老は振り向き、ハナの祖母にも確認した。


「……ああ。お前様もつらかろう……」


 肉親の死については誰しも悲しいものだ。ハナの祖母は涙を流しながら承諾する。


「……お若いの、そういうことだ。嫌な役目を押し付けるようじゃが、年寄りの頼みじゃ、一思いにせがれを討ち果たしてくれ! 頼む!」


「そ、それは……」


 人間界が正常になればよいと思っているだけのサトラは悩む。たとえ相手が魔族だろうと、まして、既に心を通わせた長老の肉親の命を奪う覚悟はできていなかった。


『……人の子よ……長く生きるだけが幸せではあるまい。長く封じられていた我にはそのことがよくわかる……』


 魔王が長老の申し出を補足する。その言葉にはなんともいえない重みがあった。


「わ、わかりました。善処します……」


 シュウだったら、どう答えただろうか。良くも悪くも即断しただろう。そんなことを考えながら、サトラは心の中でその判断は保留とし、官僚が使うような答弁をする。


「で、では、私たちは国に戻ります。ですから、ミーシャさんの身体をお返しください!」


 これからの方針が一応決まったところで、サトラは目下残っていた問題の解決に取り掛かった。


 サラ王女が心配そうに魔王を、ミーシャを見つめる。


『……ふむ……人の子よ。勇者とやらの剣をこれに……』


 魔王は、サトラ王子の要求に直接は答えす、逆にある要求をした。

 サトラは、シュウが放り出していた、千年前の勇者の剣・グラディウスを拾い、不安そうな表情をしながらも魔王に、ミーシャに手渡す。


『……では、我が同胞よ。これよりそなたらは人間となるのだ……』


 魔王はいきなり重大な発言をした。


 いや、その件は何度も村人との間で遣り取りがあったので、いきなりという表現は当てはまらないかもしれないが、少なくとも、人間界にいる魔族の件が片付いていないのに、という思いがサトラ王子にはある。


 そんなサトラ王子の感想はさておき、魔王は、ミーシャの華奢な身体を使い、無骨な剣を振り上げる。クレイモアなどの大剣であったら持ち上がらなかったかもしれないというサトラ王子の心配もよそに、魔王は何かの呪文をグラディウスを掲げたまま唱え出した。


「……すごい……」


 目には映らなかったが、サラ王女は魔力の流れを感じている。膨大な魔力が村人の身体からミーシャの持つ勇者の剣へと流れ込んでいるらしい。


「……あれはもう、『魔剣』だ……」


 何となくだったが、サトラ王子にも感じられるくらい魔力がグラディウスに装填されたようだ。

 長老の昔話によると、古の勇者も人間から魔力を剣に集め魔王と戦ったそうだが、魔族から魔力を集めた剣ならば、確かに『魔剣』と呼ぶのがふさわしいかも知れない。


 しばらく後、ミーシャの身体では長く振り上げていられないといった感は拭えないものの、儀式が終わったのか、魔王は魔剣を下ろした。


『……我が同胞よ。これよりそなたらは人間である。余生を楽しむがよい……』


 魔王の言葉に、村人は目を輝かせる。


 サトラは、外見こそ変わらないが、雰囲気が、あの無気力に見えた村人たちに生気が感じられるのを不思議そうに見ていた。

 魔族のままであったなら、老年とはいえ、残り百年や二百年は生きられただろう。それがその寿命を捨てて喜んでいるというのが、元々人間として生を受けたサトラには理解の及ばぬ感覚であったのだ。


「あ、ありがたき幸せにございます……で、これから魔王様は……」


『……うむ……人の子と共に人間界に赴き、そなたの子の最期を見届けることが、我の最後の務めであろう……』


「……長き眠りよりお戻りになられて、なおワシらのために尽力なさるか。かつて巫女の婆さんが予言したのはこのことであったんじゃな。それを、ノリヤドのバカモノめ、要らざる面倒を起こしおって……」


 人間になって、少し感情が高ぶりやすくなったようだ。

 魔王はそんな長老を慰める。そして――


『……もう気にするでない。これもまた運命であろう……さて、この娘に身体を返すと……おお、もう一人忘れておった……』


「キャッ!」


「きゃ? あ、ミーシャさん!」


「ミーシャ! 元に戻りましたのね!」


 突然、ミーシャの口からかわいらしい悲鳴が聞こえてきた。


 サトラ王子とサラ王子はミーシャの意識が戻ったことのほうに気を取られて、悲鳴を上げた理由については気が回らないようだ。


「おーい! 話は終わったか!」


 ミーシャに悲鳴を上げさせた原因が現れる。相変わらずのんきそうな声をかけてきたのはシュウであった。

 なんと空から、しかも、巨大な飛龍、ドラゴンの背にまたがっているのだ。ハナも一緒である。


「しゅ、シュウ! な、何だ、それは!」


 やっと気づいたサトラが叫ぶ。

 サラ王女は意識が戻ったばかりのミーシャをしっかりと抱きかかえていた。


 村人たちも慌てて避難する。が、これはどちらかというと着陸しようとするドラゴンの巨体を物理的に危険と判断したためであり、恐怖心はないようであった。


「コイツ、スゲーだろ? ハナの友達だってよ」


 広場中央にドラゴンを停め、シュウとハナが背中から降りてくる。シュウは興奮を抑えきれないようであった。


「そ、そうか……」


 気楽極楽の友人を今更心配してやるのもバカらしくなったサトラは力なく答える。


「で? どうなった? 話が終わってないなら、もう一回りしてくるケド?」


「い、いや、話は……終わった……一応は……」


「一応? 何だ? サトラらしくねえな」


「あ、後で話すよ。それより! ミーシャさんが元に戻ったぞ!」


 長老の息子の件はサトラ王子の中でまだ結論が出ていない。それに、シュウのそばには長老の息子に両親を殺されたハナがいたのだ。口を濁して、話題をすり替えてしまうのも当然であろう。


「お、本当か? ミーシャ、調子はどうだ?」


 シュウは素直にサトラ王子に誘導される。

 サトラはホッとしたことだろう。


「しゅ、シュウさん……うえ~~ん――」


「あ、また泣きやがった……確かに元通りだな……」


「ミーシャ、しっかり! もう魔王はいないのよ」


「うえ~~ん……ヒック……ち、違うんです……ま、まだいるんです……剣に……離れないんです……」


「えっ!」


 見ると、ミーシャはまだしっかりとグラディウスを、勇者の『魔剣』を握ったままであった。


「おい、こら! 魔王のオッサン! さっさとこの子から離れろよ!」


 シュウは躊躇なくミーシャの手からグラディウスを取り上げようとした。


『……人の子よ……もうしばらくは付き合ってもらうぞ。鞘にでも入れ、常にこの娘と共にあらば、我も役に立とう……』


 また魔王の声が聞こえてくる。

 だが、今度はミーシャの意識はしっかりとしているようだ。自分の意思に関係なく口が動くことが、ミーシャにとって恐怖を感じずにはいられない。


「うえ~~ん! シュウさ~~ん! どうなってるんですか~~わたし~~」


「こら、オッサン! 勝手にしゃべるな!」


 シュウは、あくまで魔王がグラディウスの中にいるとして、剣を目の前に持ち上げて怒鳴り出す。


『……致し方ないことだ……勇者とやらの血筋の肉体が媒体としてふさわしいのだ。いずれことが済んだならば、我は消える……』


「ことって何だよ!」


「しゅ、シュウ! そ、それはボクが後で説明する! み、ミーシャさん! ここは我慢してください! 世界のために、いいえ、お兄さんのために!」


 事情を知らないシュウを押し止め、サトラはミーシャの説得を試みる。


「に、ニイサマ……クスン……は、はい! 私、がんばってみます!」


 やはり、この旅がミーシャを成長させたのだろうか、以前なら兄のことを思い出すたびに泣いていたのが、逆にミーシャを奮起させるきっかけとなった。

 シュウたち4人の若者の中で、今回の事件に一番深く関係があったのは、実は一番大人しかったミーシャであるのだ。


 兄、カイエン卿のことがなければシュウと知り合うこともなく、サラ王女と優雅な生活を送っていたに違いない。また、シュウも、のほほんとした戦争で酒代を稼ぐ剣士のままであっただろう。


 それもこれも、カイエン家が千年前の勇者の末裔であることに起因するとわかり、納得なのだが、女性にとっては重いグラディウスを持ってよろめいている姿を見ると、とても想像がつかない。


「……やれやれ、お前さんらに任せてよいものかの? ワシが、あと五百年若ければ一緒に戦ってやれるのじゃがな……」


 シュウたちの遣り取りを見ていて、長老が呟いた。

 だが、その言葉とは裏腹にスッキリとした表情であることに、シュウたちは不安にさせられることもなく笑い出した。


 そばで大人たちが意味不明の討論をしているのを見て、ハナはキョトンとしている。







今年最後の投稿です。

よいお年を。

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