十六 ミーシャ! 後ろ! 後ろ!
2話目です。
「じいさん、これか?」
洞窟から出てきたシュウは、他に剣など見当たらなかったし、サラ王女も強い魔力を感じると言っていたのでほぼ間違いないとは思っていたが、早速長老に確認をしてみる。
「そうじゃ」
長老は、魔王が封印されているという剣に対して恭しい態度で答えるのであった。
「そうかい。じゃあ、どうすりゃ封印は解けんだ?」
「知らん。知っていたら誰かがとっくに魔王様を解放していたじゃろう」
至極当然の答えを述べる長老に、さすがのシュウも返す言葉がなかった。
「……なんだよ。しまらねえな……ブチ折っちまえばいいのか?」
期待が外れたシュウは、いい加減なことを言いながら魔王が封印されているという剣を振り回してみる。
「こっ、これ!」
長老たち、村人がシュウの無作法さに慌てた。
さすがにサトラ王子は人の上に立つ身であるだけあって、この悪友の振る舞いを止めようとする。
「おい、シュウ! いい加減にしろよ!」
「そうです! 少しはみなさんの気持ちを考えてください!」
サラ王女にまで叱られたシュウは仕方なく剣を下ろした。
その代わりといっては何だが、じっくりとその剣を見ることにしたらしい。
何の変哲もない剣。いや、古さだけが特徴といっていい。刃渡りが50センチと短く、逆に肉厚で幅広く、少し不恰好なそれは、グラディウスと呼ばれる骨董品だとシュウは知っていた。
いまどきの剣士は使わない。古株の剣士であるシュウの師匠のヤザン師も少し小型のクレイモアを使用しているし、もっと年配のクガト師も、ちょっと見ただけだったが、ブロードソードと呼ばれる軽めの長剣を使っているのだ。
一同がハラハラして見つめる中、その目も気にせずシュウは刀剣鑑定を続ける。
「グラディウスか……高く売れそうもねえな……あれ? これって……」
シュウは、錆だらけの刀身に何か見つけたようだ。長老たちが心配する中乱暴に錆を擦って落とそうとしている。
「ミーシャ! この紋章って……」
シュウは後ろにいたミーシャを呼び、グラディウスを差し出す。
不意に声をかけられて驚いたミーシャであったが、それでも言われたとおりシュウの持つ剣に目を向けた。
柄のすぐ上、剣の根元に微かだが紋章のようなものが刻まれている。
ジッと見ていたミーシャだったが、シュウと同じくあることに気がついた。
「しゅ、シュウさん……この紋章は……」
反応までシュウと一緒だったミーシャは、懐を探り、あるものを取り出す。
「み、ミーシャ? どうしたのですか?」
友人の反応を心配し、サラ王女が声をかける。
「サラ様! これを見て下さい!」
「え? ああ、ジュナルお兄様がいつも着けていたペンダントですね」
「はい……」
ミーシャが首から外し、サラ王女の前に掲げたのは、ミーシャの兄、カイエン卿が死の間際シュウに託したペンダントであった。
「この紋章はカイエン家のものと違うのに、ジュナルお兄様はご自分の印としてお使いになっていたのでしたね。でも、これが?」
「お、同じなんです! この剣に付いている紋章と……」
「何ですって」
サラ王女は、いや、サトラ王子も慌ててシュウの持つ剣とミーシャのペンダントを比べようとした。
そのとき、一瞬グラディウスとペンダントが触れる。
「あ……」
「おおっ!」
周りに集まっていた村人たちから驚嘆の声が漏れたかと思うと、村人たちは長老を始めとしてその場にひれ伏してしまった。ハナはワケもわからないうちに隣の長老に頭を押さえつけられ、同じような格好をさせられる。
シュウたちは、そのこともにも驚いたが、村人たちの行動の原因がすぐにわかり、もっと驚くことになる。
「み、ミーシャ! 後ろに!」
「え?」
一番に気づいたのは魔力を感じる能力が鋭敏になったサラ王女であった。
ミーシャを含め、残る2人が振り向くとミーシャの後ろに誰かが立っている。
いや、人ではない。何か透き通っているような、現実感がない陰のような存在であった。
「イヤッ!」
「ミーシャ!」
あまりの恐怖に逃げ出そうとしたミーシャであったが、その場に崩れ落ちるとそれまで立っていた影も消えてしまう。
「ミーシャ! おい! しっかりしろ!」
不思議な影も気になるところだが、シュウは女の子のほうが大事らしく、魔王の封じられた剣など放り出してミーシャを抱き起こそうとした。
「シュウさん! 離れて!」
「なに? あ……」
友人が倒れたというのに、何を言っているんだという目でサラ王女を見たシュウだったが、抱き起こそうとしたミーシャが不意に立ち上がり、シュウの手を振り払ったのだ。
「み、ミーシャ?」
「シュウさん! ミーシャではありません!」
「何だと!」
ミーシャの身体から恐ろしい魔力でも感じたのか、サラ王女は震えながらシュウの腕を引っ張り、引き離そうとする。
そのミーシャは、シュウたちのことなど気にも留めぬように平伏を続ける村人たちの前に歩みよった。
『……皆の者、顔を上げるがよい……』
ミーシャの口から聞こえてきた声はミーシャの可愛いそれではなく、話し方といい、もっと野太い、男のものであった。
ミーシャの身に何か起こっているのは明白であったが、シュウたちは何もできずに状況を見守っている。
『……おお、オルドナか。久しいのう……』
顔を上げた長老に向かいミーシャは話しかけた。
「魔王様。ワシはオットーと申します。オルドナは祖父の名ですじゃ」
『……孫か……あれから幾年になる……』
「千年にございますれば……」
『……千年……なるほど、我が魔力も残り少ないワケだ……我が同胞も数を減らしたと見える……』
長老によって『魔王』と呼ばれたミーシャは、空を見上げて嘆息している。
「お、お待ちください!」
先ほどの影が魔王の精神体で、ミーシャに取り憑いたと見たサラ王女は、恐ろしさを振り切り、魔王ミーシャの前に立ちはだかった。
「わ、わたくしはジャナ王国第一王女、ヤシマ・サラジェーン・ジャナーヤ! 人間にございます! そ、その人間の娘はわたくしの友人! 魔王陛下! どうぞお返しください! もし肉体が必要でしたら、わたくしの身体を――」
「いけません!」
サラ王女の行動にハッとなったサトラが、遅ればせながらとサラ王女を庇うように前に進み出る。
「サトラ様……」
「じょ、女性にそんな真似はさせられません! ま、魔王陛下! 私はシナト王国第一王子、ユルハン・サトラ・シナトーラ。身体がほしいなら、ボクのを使ってください!」
「いいえ! ミーシャはわたくしの妹も同じ! わたくしが!」
「ダメです! あなたに何かあったらボクは―ー」
二人で庇い合っている姿を見て、魔王が取り付いているミーシャはポカンとした表情になる。
その上シュウまで加わってきた。
さすがにミーシャに剣を向けるわけにもいかず、鞘に入れたまま肩をトントンと叩くようにして担いでいる。
「おいおい、オレを差し置いて何いい感じになってんだ? よう、魔王のオッサン、さっさとその子の身体から出てくれねえか? 中身がオッサンだと口説く気も起きねえ。あ、別に取り憑くんなら、姫さんも止してくれ。ヒイヒイ言わせられなくなっちまう。サトラなら、まあ、王子サマが魔王サマになるだけで大して違いはねえ。かまわねえよ。オッサンだって女の身体じゃ女は抱けないだろ? いい子紹介してやるからよ」
シュウは特に身体を差し出すつもりもなく、相変わらずの女好きを公言しただけであった。
「まあ! シュウさん、何ですか! こんなときに!」
「シュウ! それでも親友か!」
王子王女のコンビは矛先を、どこまでも気楽な仲間に向ける。
『……クックック……ハッハッハッハッ!』
シュウたちの遣り取りを見ていた魔王は、ミーシャの姿のまま大笑いしだす。
その姿が、その声が慣れない3人は訝しそうに見ていた。
『……人の子らよ……やはり人間とは面白いものだな……』
「……………」
シュウたちは魔王の言葉にどう反応していいか迷う。
『……安心するがよい。この娘の身体、一時拝借したに過ぎん……』
「え?」
すぐに安心などできなかったが、期待を込めてサラ王女がミーシャの姿の魔王を見つめる。
『……千年か……ジャナやシナトなど聞いたこともない国の名だ……魔族とはいえ長い時が過ぎたものだ……』
独白するようにミーシャの身体を借りて魔王は語り始めた。
シュウたち人間も、座り込んでいる魔族の村人たちもジッと耳を傾ける。
『……あのとき、人間側の剣士によって我が身を剣に封じられたときは悔しかった……だが、おかげでその人間と一体になれ、人間の心がわかり始めた。我ら魔族とは違い、短い命を繋ぐため子を多く残し、他人をいたわる心の働きが強いのだと……魔族がこれほど数を蹴らしたのも納得じゃ……』
魔王は平伏する村人を見渡し、そう言った。
『……これでは魔族が最終的に負けるのも仕方がない。剣士の意識はとうに消えてなくなったが、我は今はそう考えるようになっていた。そんな時、懐かしい気配がした。あの剣士の気配じゃ。おお、これがそうか……』
ミーシャが持ったままだったペンダントを掲げ、魔王は感慨深そうに見つめる。
『……強い念を感じる。おそらく剣士の子孫の物じゃろう。大事なものを守ろうとする強い思念が……』
「……お兄様……アナタは知っていたのですね……ご自分が勇者様の子孫であることを。千年経った今では誰も信じるものはなく、それでお一人でこの世を救おうと……」
魔王の話を聞いて、婚約者でもあり、兄と慕う存在でもあったカイエン卿の心中を垣間見た気がしたサラ王女はその場で崩れ落ちるように泣き出してしまった。
サトラはそっとサラ王女を抱きしめる。
シュウは、さすがに二人を冷やかすような真似をせず、無言でカイエン卿の残したバスタードソードを見つめていた。
『……この娘も剣士の血が流れていると見える。でなければ我もこうは容易く身体を拝借できなかったであろう。強き意志の持ち主だ……』
「泣き虫ではあるがな」
『……さて、懐かしさに惹かれて出て来たが……』
ミーシャの中の魔王はシュウの軽口など無視して長老たちに話し掛ける。
『……我の肉体も滅び、意識もまもなく無に帰すであろう。それも天の理であるが、最期に同胞の子らに伝えたきことがある――』
「なんなりと。ワシらも滅びはとうに覚悟しております。魔王様にお会いできたことで思い残すことはございませなんだ」
長老が代表して答えたが、村人たちも同じ気持ちらしく、平伏を以って答えとした。
「最期に魔王様が道を示していただけるならば、ワシらはそれに従いますじゃ」
『……うむ、なれば……魔力を捨てよ。人として暮らすがよい――』
「えっ!」
長老を始め村人たちは一斉に顔を上げ、魔王、ミーシャを見つめるのであった。
シュウたちも意外な思いが拭いきれない。
魔王は無言であったので、ミーシャのかわいらしい顔が違和感を増すばかりであった。




