十五 封印の剣
2話あります。
旅のお約束の温泉回が終了した後、一行は再び長老宅で朝食を振舞われた。
そのとき顔を合わせた女性陣は、ミーシャは盛大に、サラ王女はほんのりと顔を赤らめただけである。どうやら、旅の恥は掻き捨て、或いは、大事の前の小事と、温泉の件は追求しないことにしたらしい。
フェミニストであるサトラ王子も、女性陣がそのつもりならと殊更謝って過去のハプニングを蒸し返すようなまねはぜず、静かな朝食となった。
おかげでパーティー解散という惨事は免れる。
「なんじゃ。やけに静かじゃな。ハナや、何ぞあったのか?」
「兄ちゃんら、なんや黒コゲになっとった」
長老が若者たちのギクシャクした雰囲気を感じ取り、訝って聞いてきたが、答えるものはいない。
ミーシャがさらに顔を赤らめたのみであった。
「ちょ、長老様、大変あつかましいとは思いますが、着替えなどありましたら貸していただきたいのですが。この服を洗濯する間だけでいいですので……」
温泉の件には触れられたくないのか、サラ王女はこのタイミングで長老にある願い事をする。
女性にとって必需品の着替えだが、当然用意はしていたものの、クガト師のところから直接ここに来るつもりなどなかったので、大きな荷物は馬車に置いたままであったのだ。
非常事態なのはわかっているようだが、さすがに我慢ができないといった感じである。
「母ちゃんのでええなら貸すで?」
「お母様の? ええ。ありがたいですわ。これからご挨拶に……」
「母ちゃん、死んじゃってるんや」
手づかみで料理を頬張りながら、ハナは明るく答えた。
その言葉を聞き、サラ王女はうろたえる。
「まあ……知らぬこととはいえ、申し訳ありません……」
「……おぬしらが気にすることはない。この子の両親が亡くなったのは、もう40年にもなる。ワシらにとっても昔のことじゃ」
長老も何か複雑そうな表情で言ったが、人間の若者たちには別の意味でショックだった。
「よ、よんじゅう……」
若者たちは考える。母親が40年前になくなったということは、このハナという少女は、少なくとも40歳以上であるということではないかと。
「……お前、歳いくつなんだ?」
何事にも躊躇しないシュウがストレートに尋ねる。
残る3人も興味深そうにハナの答えを待った。
「ウチ? さあ、ようわからんわ」
「ホッホッホ。仕方ないこっちゃ。魔族の暮らしは人間とは違うからのう」
ハナの答えにガックリと来る若者たちに、長老は、わかりきっていることだといわんばかりの説明でまとめてしまった。
《そういえば、この子も魔族なんだった……》
見た目からは、ともすれば忘れがちになる。
人間には人間の、魔族には魔族のサイクルというものがあるのだろう。確かに、人間と魔族が過去、どうしても折り合いが付かなかったのも頷ける話だと若者たちは改めて思った。
何となくテンションが下がった朝食も終わり、片づけを皆でした後、女性陣はハナの好意を素直に受けることにして、ハナが暮らす祖母の家に向かう。
「なあシュウ。本当に封印を解くつもりか?」
女性の着替えを待つ間、することもなく再び剣を振り出したシュウにサトラが不安そうに聞いた。
結局昨晩のシュウを除く3人での話し合いでは結論は出なかったらしい。
いや、一応は出たということだが、それは、封印は既に千年も有効であったし、解こうと思って解けるくらいなら既に魔族の誰かが解いていたことだろうから、昨日今日やってきた人間にどうこうできるとは思えない。万が一、解けてしまったら、もうそれは運命としか言いようがない、といった成り行き任せの作戦なのである。
だが、少なくとも、シュウのように意志を以って解こうとする者がいなければ、今回はスルーできただろう。
しかし、既に魔族の伝説は聞いてしまっていた。密かに魔王が復活していた、などということを後になって後悔するよりは、自分の目で確かめたい、というのも本心なのである。
「当たり前だろ。ここまで来て、手ぶらで帰れっか」
サトラ王子の苦悩溢れる質問に、シュウはこともなげに答えるのであった。
大きなため息をつくサトラ王子。どうやらそれ以上悩むのをバカバカしく思ったらしい。
「……うらやましいよ、ホント……」
「おっ、帰ってきたみてえだぞ」
シュウは、サトラ王子の愚痴をいつものことと聞き流し、通りの向こうに目をやった。
その言葉に、サトラも目を向ける。
一瞬反応ができなかった。
ハナに先導されているサラ王女とミーシャは、着慣れぬ服に戸惑いを隠せない表情であったが、男の目を惹くのに、パーティードレスなどに比べても何の遜色もなかった。
「二人とも、似合うじゃねえか」
「そ、そうですか?」
特に女性関係ではまったく物怖じしないシュウが開口一番女性陣を褒める。
我に返ったサトラも、無言のままであったが頻りに頷いて賛同を表明しようとする。
二人の男性に、特にシュウに褒められた女性陣は、顔を赤らめて喜びを顕にしていた。
サトラもシュウも、元の服の洗濯の間だけの着替えと聞いて、他の村人が普段着ているような、染色もしていない地味な服だと思っていたが、さにあらず、紺色を基調とした、赤や黄色の斑模様で彩られた見事な衣装であった。
胸の前で合わせるタイプで、太目の帯も複雑に染められたものである。
輝くような金髪で、それだけでハデな見た目のこの二人の女性が着ていても見劣りはしない、いや、逆に美しさが際立つようであった。
おそらくは、ハナの母親の持ち物で40年以上前の普段着などは既になくなっているだろうが、この服は特別の、礼服のようなもので、どうやったかはわからぬが、魔法の力か、魔族特有の保存法があるらしく、ハナが大きくなるまで取っておかれていたに違いない。
「……似合うことは似合うが、残念だな……」
シュウは、褒めておきながら最後にダメ出しをした。
当然サラ王女は理由を聞く。
「何がですか? シュウさん」
「ハナみたいなカッコしてくれたら、もっとよかったのにな。なあ、サトラ」
シュウに意見を求められたサトラは、思わず目の前のハナの、フンドシに小さめのチョッキ一枚を羽織った恰好と、二人の年頃の女性を見比べてしまった。
「まあ! なんて人たちなのかしら!」
「そ、そうです! しゅ、シュウさんならともかく、サトラ様まで……」
女性陣は、男性の視線がこれほど気になったのは初めてのようで、先ほどの温泉のこともあってか、服の上からだったが、思わず大事な箇所を庇うようなポーズになってしまう。
「いっ、いや! 違います! こら、シュウ! ボクまで巻き込むな!」
シュウの女癖の悪さを知らないこの天使のような女性たちにシュウと同レベルに見られたことを、我が人生最悪の濡れ衣とでも思ったのか、サトラは必死で弁解を始める。
「なんじゃ、なんじゃ。騒がしいな……お、着てきたか。うん、うん。やはりその服は若いモンに似合うの」
朝食の後、どこかに出かけていた長老が戻ってきた。
サラ王女とミーシャの姿を見て感慨深そうに髭を撫でながらコメントする。
「ウチも若いじゃろ」
「ホッホッホ。そうじゃったな。まあ、その服が早く着られるようになるとよいな」
人間ならあと10年というところか。ナリは小さくとも、女であるということを主張するハナに長老はそう言ってごまかした。
サトラ王子たちは、今気づいたが、長老の後を追うようにして村人たちが集まってきている。
見ると、服装が先ほどの農作業着ではなく、サラ王女たちと同じような礼服のようなものであった。長老も、柄こそ無地だが、黒く染められた喪服、或いは神官のような衣装を纏っている。
「長老様。これは……」
一旦自己弁護を諦めて、サトラは異様な雰囲気が漂う村人たちについて言及する。
「魔王様の封印を解くという人間が現れたのじゃ。ならば、我らが立ち会わんでどうする」
「な、なるほど……」
サトラは改めて村人たちを見回してみる。
長老とハナ以外の村人とは、ほとんど会話を交わしたことはないが、人間に危害を加えようとしているふうには思えない。だが、積極的に交流しようというわけでもなく、ただ、淡々と仕事をこなすついでに関わっているぐらいの様子であった。
人間からすれば、よく言えば朴訥、悪く言えば無気力と表現できる。
しかし、これも人間とは違う魔族の特性かとサトラは口にして評価することを控えた。
「では、行こうかの」
「待ってました!」
長老の号令でシュウをはじめ村人一行は動き出す。
サトラ王子ら、人間の若者3人も仕方なしに後を追うのであった。
集落を離れ、山道に入る。ちょうど温泉と反対の方向だ。
「長老様。少しよろしいですか?」
「何じゃ?」
サトラが歩きながら長老に話し掛ける。
「少ないとは聞いていましたが、魔族の皆さんは本当にこれだけなのですか?」
後ろに続く村人の列をちょっと顧みながら、サトラはある疑問を持ったようだ。
「そうじゃが……」
「ハナさん以外に子供の姿が見えませんが、家に置いてきたのですか? それに、ボクたちぐらいの、魔族の年齢はともかく、若い人たちの姿もないようですが……」
「ふむ……」
長老は即答せず、なにやら考え込んでいた。
サトラは、もともとちょっとした疑問だっただけに殊更追求することもなく黙って長老の答えを待っている。
「……隠すつもりはなかったが……まあ、お前さんなら言ってもよかろう……」
「な、何がでしょうか……」
「もうこの村に若い魔族はおらん。ハナが最後の一人じゃ。あと数百年で魔族は滅びることになるじゃろう。この広い世の中に他の魔族の生き残りでもおれば話は違うのじゃろうが、それを思うとハナが不憫でのう……」
「そ、そんな……」
サトラも、そばで聞いていたサラ王女、ミーシャも絶句してしまう長老の告白であった。
長老の話によると、魔族は元々長寿のためか、子供ができることが稀であるそうだ。数百年の寿命の中、生んでもせいぜい一人か二人。特に、千年前の人魔戦争以降は環境が変ったせいか更に出生率が下がり、残った若者はハナの両親だけだったが、その二人も今はいないとなればこれ以上この村の人口が増えることはない、ということである。
村人たちがやけに無気力に見えたのは、自分たちの運命がわかっているからかもしれない、とサトラは考えた。
もしこれが人間の集落の話であれば、せめてハナだけでも引き取ってやれるのだが、そのハナも魔族、これから何百年も生きることになる。とても人間である自分が最後まで面倒を見られるものでもないと、かける言葉が見つからない。
サトラ王子が苦悩している様子を、ハナが不思議そうに見ていた。
無邪気そうな瞳と目があったサトラは思わず顔を背ける。
「なあ、兄ちゃん。こっちの兄ちゃんはどないしたんや?」
ハナはシュウの服の裾を引っ張り、サトラ王子の奇行について訪ねた。
「……気にすんな。コイツはくだらねえことでグダグダ考えんのが趣味なんだよ」
「おいっ! ボクがいつそんな趣味を持ったんだ!」
シュウが、特に気を使ったわけではないだろうが、いつもどおり一国の王子サマをからかったことで場の雰囲気が改善されたようだ。
サラ王女もミーシャも笑顔を取り戻す。
「さあ、着いたぞ」
山道を進むことしばらく後、太陽がかなり高く昇ったころ、目的地に着いた。
そこは魔族の集落を見下ろす小高い山の中腹辺りで、おそらく村人によって定期的に整備されているのか、ちょっとした広場になっている。
山側の崖下に小さな祠のようなものが見えた。
サトラは、ここは魔族の神殿かもしれないと考える。
「さて……人間の若者たちよ。魔王様を本当に復活させたいと思っておるのか?」
長老は祠の前に立ち、シュウ一行に向かって最終確認した。
「勿論だ!」
答えたのはシュウ。サトラ王子たちは成り行きに任せることにしている。
シュウが元気よく答えたことで、後ろに並んでいた十数名の村人の間にどよめきが起こった。
《これは……やはり魔族として期待していないわけでもないんだな……もしかして、魔王が若い魔族だったら、将来ハナと結婚して子供ができるかもしれないし、この村にも変化があるかもしれないだろうし……》
村人の反応を見てサトラも思うところがあったらしい。少しはやる気になったようだ。
「……魔族の伝説……今はもうおらぬが、かつて魔族にも巫女がいた……その者が予言したことじゃが、千年の時を経て魔王様が蘇ると……ワシらは人間と違って細かく年は数えんが、そろそろ千年にもなろう。おぬしらがここに来たのは、偶然ではないのかもしれぬなあ……」
長老は感慨深そうに呟いた。
サトラも、より詳しく魔族の伝説を知ることができて今更のように戦慄を覚える。
「では、この奥に進むがよい。魔王様は中におられる」
「中にって、あ、洞窟か……」
長老に言われなければ気がつかなかっただろう。祠に隠されるように、崖に小さな洞窟があった。
「ところで、封印てどんなんだ?」
中に入ろうとしたシュウが、今更のように確認する。
「人間の勇者の剣じゃ。かの対戦の折、じい様たちが回収してきたのじゃ」
「剣か……ま、行きゃわかるか」
そう言うとシュウは洞窟に飛び込んでゆくのであった。
直情的なシュウに呆れながらもサトラ王子が続き、遅れまいとサラ王女、ミーシャも中に入っていく。
洞窟の中は、狭く暗かったがそれほど長いものでなく、入り口から差し込む光で充分に周りが見えた。
洞窟と聞いてクガト師の山小屋の長く険しい地下道が思い出された上に、魔族の、それも魔王が封印されているので罠があってもおかしくないと心配し、シュウとサトラは剣を抜き払い、辺りを警戒する。ミーシャは不安そうにシュウにしがみついていた。
しかし、あっけなく突き当たりにたどり着いてしまう。そして一番奥に祭壇のようなものがあり、剣が突き立てられているのを発見した。
一行は恐る恐る、やはり罠を警戒しながら近づく。
「……強い魔力を感じます……」
この村に来て以来、どんどん魔力が強まってきているサラ王女が、これもクガト師の地下道のときとは比べ物にならないほどの明るさのライトニング魔法で剣を照らしながら感じたことを述べた。
「ま、とりあえず持って行こうや」
「あ……」
シュウがこともなげに祭壇から剣を抜き、残る3人は、その無思慮さに言葉も出なかった。
だが、既に抜いてしまったものは仕方がない。特に罠が発動したわけでもないので、拍子抜けしながら一行は洞窟を引き返すのであった。




