十二 実食! 魔族料理
2話目です。
「兄ちゃん! 起きいな!」
「う~……もう喰えねえ……」
ここはシナト王国の北の地、前人未到といっていい山岳地帯にある隠れ里。住人は魔族の子孫だという。
歴史の暗部がいろいろ発覚してきたものの、人間睡眠を取らねばまともに活動できないと、シュウ一行は敵か味方か未だ不確定の魔族の長老の屋敷で眠りこけていた。
明け方に眠りにつき、とうとう日が暮れてきたので、長老は4人を起こすことに。
魔族の少女・ハナがその任に着いたが、他の3人はともかく、ベタな寝言で寝とぼけようとするシュウを起こそうとして、馬乗りになり揺り動かす。
効果がなさそうなので、ハナもベタな手段に出た。
「メシやで!」
「メシ! どこだ!」
シュウは飛び起きた。睡眠もそうだが、食事もロクにとっていなかったので、食欲中枢が刺激されたのだろう。
その勢いでハナが転がり落ちる。
「アタタ……兄ちゃん、元気やな~」
「……あ? ここは……」
「ここはオジイの家やん。まだ目が覚めとらんのか?」
頭をさすりながらハナは再びシュウの膝に乗った。
どうやら豪快に眠るシュウが気に入ったらしい。
そんなハナも気になったが、状況がいまいち理解できていないシュウは辺りを見回す。
「お前も顔洗って来いよ」
シュウの起きぬけの目にサトラ王子の姿が確認できた。
ここで、さすがのシュウもホッとする。だが、女性陣、ミーシャとサラ姫の姿が見えないので一瞬不安になった。
親友が笑顔のままであったので、本当に一瞬の不安で済む。
サトラ王子によると、起床後の女性は身支度に時間がかかるという。
女性経験が豊富すぎるシュウは、なるほどと思っただけであった。
「それよりメシは?」
「落ち着け。皆が揃ってからだ。お前もさっさと顔洗って来い!」
「兄ちゃん! こっちや!」
ハナが気を利かせて水場へ案内しようとする。シュウの手を引っ張って立たせた。
仕方なくシュウもハナに手を牽かれて建物を出て行く。
しばらく後、手早く顔を洗っただけで戻ってきていたシュウの後に、女性陣が長老の館に揃って帰ってきた。
部屋には魔法の力か、不思議な灯りが燈される。
「ふむ。ではメシにするか」
「待ってました!」
長老の食事の開始の告げる言葉に、既に床に並べられた数々の料理を前にしてそわそわしていたシュウが歓喜の声を上げた。目の前の大きな肉の塊を無造作に手づかみにする。
フォークやスプーンなどの食器は用意されておらず、サトラ王子をはじめ、宮廷晩餐会に慣れた女性陣はなかなか手が出ない。
第一、魔族料理など見たことも聞いたこともないのだろうから。
サトラは、そのことをごまかすためか、既にシュウと同じように手づかみで食事を始めている長老に真面目そうに話を振る。
「長老さま。お聞きしたいことが色々あるのですが……」
「なんじゃ。メシくらいゆっくり喰わんか。時間はいくらでもある。どうせ今晩は眠れまい。遠いところからやってきたクガト殿の友人たちじゃ。何でも話してやるぞ」
「はあ……」
「お前ら、何してんだ? 食わねえとオレが全部喰っちまうぞ。ほら、ミーシャ、うめえぞ、この肉」
シュウは向かいのミーシャに正体不明の肉の塊を差し出した。
「いっ、いえ。私、お腹が空いていないもので――」
恐々とした表情で後ずさったミーシャだったが、その瞬間腹の虫が盛大に鳴き始める。
「……ミーシャは腹の虫まで泣き虫だな」
「ふぇ~~」
ミーシャは恥ずかしさのあまり顔を伏せて泣き出す。
シュウにとっては、いつもの泣き方と違うと判断できた。もう女の涙のエキスパートになれそうだと密かに考えている。
「ほれ、せっかくの料理だ。喰えるときに喰っておけ」
そのシュウの言葉は、これから如何なる戦いが待ち受けているかわからないサトラ王子たちの胸に突き刺さる。
「そうだ。食べよう! サラ王女、ミーシャさん。ボクたちはそれぞれ決心してここまで来たんじゃないか。せっかくの長老様の好意も無下にしてはならないでしょう」
人の上に立つ身の上らしい言い方だったが、シュウを除いて同じような立場の王女たちには効果的であった。
「そ、そうですね。わたくしとしたことが。ありがたくいただくのが礼儀ですわね。さ、ミーシャもいただきましょう」
「は、はい……」
3人はついに食事に手をつける。言葉どおり直接料理を手づかみにしたのだ。
シュウに付き合って庶民の食堂で食事をしたことがあるサトラ王子も、パン類を除けば、手づかみは初めての経験だった。女性陣は言わずもがなである。
「おいしい!」
中でも気が強そうなサラ王女が一番に口をつけたらしい。
既にシュウによって証明されていたが、魔族の味覚も人間と変らないようだ。
その、王女にしては少々はしたない反応を見て、ミーシャも恐る恐る口に入れた。
「……おいしいです。サラ様」
「本当だ。長老さま、これは何の肉なんですか?」
サトラは、あまりの意外さに思わず尋ねる。
「ワシらはミドリオオトカゲと呼んでおる」
「と、トカゲ……」
シュウを除く3人の王侯貴族の子女たちの手が止まってしまった。心なしか顔が蒼ざめている。
「心配せんでも毒はないぞ。それに、コイツは草食じゃから肉は美味い。よく畑を荒らす困り者じゃが、おかげで度々ご馳走にありつけるわけじゃ」
「は、はあ……」
王子サマたち、坊ちゃん嬢ちゃんは動きが緩慢になる。
「兄ちゃん、これも食え。ウチが捕ってきたんや」
シュウの隣に引っ付いているハナが料理を指差した。料理の手渡しはここでもタブーらしい。
「こりゃ、何だ?」
「シマシマ蛇の煮込みや」
「ふーん……」
シュウは王子たちと違って躊躇せずに口に放り込む。
それを見てうれしくなったのか、ハナは精一杯料理の、素材の解説を始める。
「これがキノボリガエルのフライ。これが魔獣ゴルゴンの内臓。これが……」
シュウは特に気にならなかったが、王子たちはだんだん食欲がなくなるようで、なるべく野菜系を選んで黙々と食事を進めている。
「ホッホッホッホ……」
長老はそんな人間たちを興味深そうに見ているのであった。
人間の若者たちにとって未知なる味だった食事が終わり、一同はやっと人心地ついた。
クガト師の山小屋から脱出したときに辛うじて持ち出せた荷物の中に女性陣が準備していた茶葉があったので、それを提供し、ついに魔族の長老との会談が始まる。
これまでいろいろ世話になった魔族の少女・ハナには、残っていた人間界の菓子をお礼代わりに渡して引き取ってもらうことに。
「兄ちゃん、また明日な」
本当にシュウに懐いたようで、元気に再会の約束をして長老宅を出て行くのであった。
「では長老様。まずは私たちの話を聞いていただけますか?」
お茶の入った器が全員に行き渡ったところで、サトラが話を切り出す。
シュウがこのような話し合いに参加するのは最近では珍しい限りだが、睡眠も充分取ったらしく、寝そべりもせずに話に耳を傾けていた。
まずは、サトラが人間界の状況を説明し始める。
繰り返される、とても戦争とは呼べない軍事訓練もどきのマント争奪戦。暗躍する魔法協会と魔術管理組合。ミーシャの兄、カイエン卿の不審死と遺志。
そして、クガト師から聞いた魔族の伝説が、これらのことに関連しているのではないかという推測。
サトラはまっすぐに長老を見詰めてズバリと尋ねる。
「長老様。あなた方魔族の伝説の正確なところを教えてください」
「え? こいつら、魔族なのか?」
素っ頓狂な発言をしたのはシュウであった。
そういえば、ここに着いてすぐにダウンしたため、シュウはサトラ王子たちが長老にそのことを確認したのを知らない。起きてからも改めて説明はされていなかったのだ。
しかしサトラはそんなシュウの感想など無視して長老に再度確認する。
「長老様。魔王が復活して人間界に攻め込むというのは本当なのですか?」
思い切った質問である。
聞いていたサラ王女もミーシャも息を呑んで長老の答えを待った。
「……確かに魔王様が復活するという言い伝えはある……じゃが……」
事態が把握できていないシュウを除き、3人の若者は戦慄する。
しかし、何となく歯切れの悪い長老の物言いに、続きを待つほかはないと無言のままを通すのであった。
「……この村を見たじゃろう。今や数えるほどしか魔族は残っておらん。とても人間と争いなどできんじゃろうな……」
サトラは、長老の言葉と、朝方見た村の光景を重ね合わせてみる。
確かに、いくら魔力が強いといっても、この人数で大規模な戦争に発展することはあるまいと胸を撫で下ろすのであった。
だが、心配事がなくなったわけではない。
「で、伝説なのでしょうが、本当に魔王は復活するというのですか?」
仮に、魔族の戦闘員はいなくとも、魔王が復活し、人間に復讐しようとしたらどれほどの被害が出るか見当もつかない。もしかすると、勇者のいない現状では、魔王一人によって人間界が蹂躙される恐れがあるのだ。
「伝説じゃからの。ワシらの中にも信じておるモンもいれば、そうでないモンもおる」
「……長老様は?」
「答えにくいことを……ワシは村の長として信じている、としか言えんではないか」
その答え方に、何となくホッとする一同であった。
「あの……」
サトラ王子に話し合いを任せていた感があったサラ王女がここで発言する。
「魔王の復活とは、具体的にどういうことなのでしょうか。わたくしが知っている限り、魔王は勇者様に倒されたはず。今残っている魔族の方の中から新たな魔王が誕生するという意味なのでしょうか?」
サトラは聞いていて、なるほどと思う。
「人間界ではそんなふうに伝わっておるんじゃったな……」
「ち、違うのですか?」
長老の呟きに困惑するサラ王女。
サトラも衝撃を受ける。
「ぜ、是非本当のところを教えてください!」
「ふむ……もう千年も昔になるかのう。ああ、ワシは生まれてはおらんかったが、実際に戦いに加わっておったワシのジイサマに聞いた話じゃから間違いない……」
長老はサトラ王子の要請を聞き入れ話し始めた。




