第一話 誘拐?
処女作ですので温かい目でお願いします!
ガタゴトと耳に障る不快な音。
車やスポーツバイクのような爽快感を生じさせない、不愉快な速度を作出す車輛。
時折、小石のような異物に車輪が乗り上げ宙に浮くような感覚に陥る忌避感。
これら、全ての悪感情が纏めて身体に降りかかる今の状況。
――最悪だ。
おそらく、馬車であろう車輛に体を揺らされながら少年の心中は喜怒哀楽全ての感情を覆いつくしてそんな一言で埋まっていた。
自分が乗っているものに粗悪感を感じながら、彼は長いため息をつく。
そして、現状理解を試みる。
四方八方、暗幕に包まれ自分がどんな状態かも分かりかねる状態。
そんな中でも日頃、ニュースや推理小説を読んでいた影響なのかある疑念が胸のもやもやとした部分から汲み取るように湧き上がってくる。
周りを見渡そうと目を大きく見開かせ、ただでさえ薄暗い周囲の中を自分の視界に移りこんだ様々な物的証拠も問い判断材料で、抱いていた疑惑が確証へと移行する。
そして、彼の脳が一つの結論を紡ぎだした。
「まさか。いやいや、それはないって。でも、嘘だろ?・・・・・・誘拐されちゃった?」
彼が頭を打っておかしくなった。とかの類ではもちろんなく、この状況下におかれた人間なら苦しくも全体の8割以上が同じ答えを導き出してしまうだろう。
彼の視界に移り込んだ、それらの材料をよく練りこみ煎じ詰め考え、考え、考え、考え抜いた結論がそれすなわち誘拐なのだから。
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は何処にでもいる極々普通の少年だ。
唯一無二のチートスキルをもっているわけでもなければ王道ラブコメのようなハーレム特性を持つ主人公でもない普通の高校生、根強く個性的な印象を与える素材を挙げるとするならば、両親がいないことぐらいろう。
正確に表現をするならば、いなくなった。の方が、正しいのだろうけれど。
俺の両親は、優斗が高校2年生の時期にこの世を他界。
自然の摂理ということなのかもちろん優斗のこの後をどうするか、という議論が親戚間で繰り広げられた。
しかし、当本人は当時親戚共々に引き取られることを必要なまでに忌み嫌った。
不幸中の幸いとでも言うべきか、泣きっ面に蜂と言うべきかは今でも判断しづらいが、
彼を率先して引き取りたいという人物は、いなかった。0とまでは行かなかったが、優斗にとっては1も2も3も大差などなかったのだ。
優斗は、親戚間であまり評判は良くなく、それを自負していたし自覚もしていた。
なので、彼らを無碍に扱っていたことは否めない。これは、自分にとっての報いなのだと勝手に解釈していた。
そんな、優斗も天涯孤独という訳ではない。
優斗には実の妹が一人存在する。義理の妹などではなく正真正銘血のつながった妹が。
妹の方は、優斗とは違いスペックが高く親戚からの信頼もぶがつくほどに厚かった。
この子は兄と違い将来有望だ、と。
故に、優斗とは反発するかのように先程まで名乗り出ていた親戚はもちろんのこと名乗り出なかった多数の親戚等が新たに手を挙げた。
その瞬間、優斗は何かやるせない焦燥と、それでいてしっかり苛立ちはこみ上げてくるような、味わったことのない感覚に突き落とされた。
そんなこんなで、優斗は引き取られることを拒絶し一人で生きていくことを要求した。
結果を述べてしまうと、優斗の無謀とまでいえる要望はそのまま通り実家は好きにしていいという権利を得た。
長男だから、当たり前という指摘は言わずもがな無視というのはどうでもいいのだろうか。
ただ、生活の方は幾分か厳しいだろうという結論に至り親戚の手回しによって割と給金の良い職に就けさせてもらうことになった。
高校は言うまでもなく中退。
両親亡き後、優斗は1年間アルバイトに勤しんだ。
妹の方は、詳しくは知らされていなかったが中学卒業までは預かられ高校からは寮生活だそうな。
あくまで、本人から直接聞いたわけではないのでいまいち要領のつかめない話であったが。
そして今現在、優斗は仕事から家に向かっての帰路を歩いていた。
「はぁー、今日も疲れたなー。店長の不在だったにしろあの仕事量ありえないだろ」
優斗は長いため息をつきながら、街灯の少ないアスファルトの路地を手擦りしながらとぼとぼと歩いてゆく。
そんな優斗の独り言を聞いてか聞かずか、前方にいかにも柄の悪そうな3人組がテンプレの台詞で絡んでくる。
「よう、兄ちゃん!こんな人気の少ない場所でお散歩ですかー?」
「俺ら、さっきコンビニでちょっと買い物しちまってよ。今財布が軽いんだわ」
「お金を貸してくれると、ありがたいんだけどなー。いやなに、後できちんと返すからさ!」
一昔前の台詞が突飛的に飛んできて少々顔を引きつらせながらも脳司令部は冷静で今自分の身に置かれている危険性を分析しすぐに我に変える。
力仕事なのでそれなりに筋肉は付いているものの、喧嘩なんてしたことのない優斗にとって唯一の生きる術、即ち金銭を盗られることはなんてしても避けたいところだ。
一か八かで勝負を挑もうにも、3人も相手がいるとなると完全に八か罰かでの賭けになってしまう。
さらに言うなれば八でも罰それを引くことは目に見えている。
そうなってしまうととるべき行動は一つに絞られる。
「ここは、見逃してもらうっていうことは・・・・・・」
「「「あるわけねーだろ」」」
「デスヨネー」
全身全霊で逃げること。
決意を固め、大腿四頭筋に力を込めその反動で素早く相手から距離をとる。
つもりだったが、優斗のスタートダッシュに3馬鹿は素早く反応。
ヤンキー何故か運動神経が良いの法則、は現代社会の日本でも適応されていた。
唖然としても尚、走り続ける優斗に渇が入る。
―どれだけ走っても見知った場所にたどり着けない―
先刻、優斗が歩いていた路地はいつもとは違う帰路だった。
それでも家から仕事先の道順など今更間違えるはずもなく、順当に自宅への帰路を歩いていたのだ。
しかし今現在、前方は暗闇に閉ざされ月は不気味と薄紫色に玲瓏し、
見渡せば左右にある塀が自分の背丈より2,3倍の高さで終わりを知らないように屹立していた。
「ハァ、ハァ、なんだよこれ!何処だよここ!」
気づけば優斗から金銭を剥ぎ取ろうとしていたヤンキーの気配はなく、変わりに後ろから形容し難いなにかが迫っていた。
時折ラノベや漫画などで、主人公が強大な相手に向かい“こいつは死そのものだ”だとか、“おまえは恐怖の権化みたいなやつだ”だとかそんな台詞をよく耳にする。
その時々で感じていたのは、漠然としていて分かりにくいという感想だった。
迫っている、それも良く分からない何かが。
恐慌心、鬼胎心、畏怖、虞、どれをとっても決定打に欠く。
これらの感情は一転して、恐怖という言葉でくくる事が出来る。だが、恐怖という言葉ではうまく纏められないのだ。
優斗の脳裏に浮かび上がったのは、先の事例だった。
言うなれば負の感情そのものが自分を飲み込もうとするような、そんな先の例で挙げたような漠然としたイメージ。
そこまで考えると、優斗は自分の体力が限界に近いことを思い出した。
グングンと距離を詰められて明らかに体温調節を目的としてない嫌な汗がつーと頬を伝い地面に落ちる。
「こりゃ、だめ、かも、な」
優斗はぜぇ、ぜぇと体内に大量の酸素を吸収しながらついに足を止める。
今までに掻いたことのない量の汗を拭うこともせずに優斗は憂いな表情を浮かべ徐に空を見上げる。
そこには日頃見慣れた白く美しく輝く月などなく未だ尚、不気味な色で照り輝き続ける月が優斗を嘲笑うかのように嫌味な表情を浮かべていた。
そして、いるかいないかも分からない相手に問いかける。
「なぁ、見ろよ。お月さんが笑ってるぜ。・・・・・・っていうのを言ってみたかったんだ。もう俺の人生に悔いはないよ」
返事はない。
それでも何かは徐々に迫ってきていた。
優斗は今までの半生を思い出すかのようにそっと目を瞑る。
ついに、気配が優斗の半径5mを切った。
ぐーと背中に圧迫感を感じながらだらだらと気持ち悪い汗が汗腺を開き溢れ出してくる。
刹那、優斗は覚悟を決める。
「・・・・・・なわけあるかー!」
一矢報いよう、と。
意を決し、すぐさま後ろを振り返って渾身の右ストレートを繰り出す。が、その拳は何も捕らえることができず、ぶんっと音を鳴らし盛大に空を切る。
拳を引っ込めて、恐る恐る前方に視線を向ける。
そこには、男が立っていた。
気持ちの悪い男が立っていた。
身長2m程の体を黒いコートで覆った男である。
巨漢ではなくコートの上からでも気持ち悪いほど体の線が細いのが分かる。
頭にはこれまた黒く長いシルクハットを被っていてどこかの奇術師を彷彿とさせた。
しかし、これらは飾りに過ぎなかった。
男の気味の悪さを印象付けていたのはその顔立ちだった。
仮面でもつけているのではないかとおもわせるほどの白過ぎる肌のようなもの。
鼻筋は見当たらず、目と口は白に反して黒ずんでいる。
目に強膜はなく、口元にもさらにはその中にも、つまり人の赤が見受けられない。
その三箇所が優斗を捕らえて弧を描くように歪んでいく。
反射的に筋肉が収縮して全身に鳥肌が立つのを感じた。
男はゆらーとした足取りで優斗の元へと足を運ばせる。
男の一挙手一動足に畏怖を抱いて自分の身体を制御でいなくなった優斗は何もする事が出来ずに、自分のパーソナルエリアへと男の侵入を許す。
「楽にお願いします」
掠れて弱々しい声を出したのを最後にフッと意識が消える。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あー、クッソ。嫌なことを思い出しちまった。・・・・・・自我、意識があるってことは殺されてはいないのか?」
優斗は、自分の身体を弄りながら今一度確認しようとする。
しかし、動かそうとした手が中世のような手枷で制限されていることに気づく。
ジャリ、ジャリと音を響かせながら手枷の破壊を試みるもそう上手くはいかず失敗に終わった。
「何なんだよあいつは、ってか何処だよここは。本当に誘拐?それにしては、あいつの気配は感じられないけど・・・・・・」
先刻、あの男の気配を嫌というほどその身に刻んでいた優斗は今ここにその気配がないことは智覚していた。
そこまで思考を張り巡らせると、ついに第三者の声が優斗の鼓膜を打った。
「いやー、ラッキーだったな!」
「まさかあんなところに黒髪で、しかも病持ちじゃない生きの良い子供が昼寝なんてな」
「黒髪なんて、珍しいからきっと顧客たちも喜んで金出すぜ!」
「違ぇねぇや!」
ワッハッハ、となんとも騒がしい声を上げながら話している2人の会話に耳を傾けていた時、優斗に懸念が生じた。
「あれ?ただの誘拐じゃなくて、売り飛ばされんの?」
この平成の日本に生きる人ならだれでも知っているような常識。
つまり、人身売買は法的違反ということだが今の口ぶりからしてそれが仕事だと言わんばかりの会話。
そして車ではなく馬車。手錠ではなく手枷ここまで来れば自ずと答えも見えて来るというものだ。
「海外?もしくは・・・・・・」
自分の中で論決しようとした時。
「おい、検問だ。クソ、この道はたしかな情報から得たルートじゃなかったのかよ!」
「そう、苛立つなよ。まだ捕まったわけじゃねーだろ。」
「でもよ・・・・・・」
先ほどの男たちの、明朗な雰囲気は一変し悄々たる空気に変わる。
優斗は会話の内容を一字一句聞き洩らさないようダンボする。
「どーすんだよ」
「あいつを人質に使う。あの道にさえ入れれば逃げ切れる」
そんな計画を企てようとする二人組にどうやって逃れようか優斗は考える。
1,大声で助けを呼ぶ
→敵を刺激して死。
2,腹をくくり戦う
→2対1で勝ち目がない。
3,何もしない
→うまく乗り切られて売り飛ばされる。
4,検察の腕を信じる
→笊だったらお終い。
「あれ?全部バットエンドじゃ・・・・・・」
「5,誰かの助けを信じて待つ!」
不意に、聞きなれない声が優斗を襲う。
激しい衝撃とともに自分が乗せられていた荷台が破壊され視界に映し出された日の光が優斗の目に注ぎ込まれる。
「眩しっ!何が起きたんだ!?」
「大丈夫ですか!?」
耳に届けられた音、それは先ほども聞いた女性の声だった。綺麗なソプラノのように鼓膜に響きそれでいて力強く安心できる声。
優斗は、無意識にその声の持ち主の方へ顔を向けその姿を目に映した。
「あの、大丈夫……ですか?」
心配の言葉を 自分に投げかけた相手に優斗は目を奪われた。
それは、なぜか。答えは簡単。
美しいから、だ
高貴な人形のように整った顔に、透き通った白い肌。
栗色の髪を三つ編みに結って肩口から前に垂らすスタイルは何とも男ごごろをくすぐられる。
軽装備鎧のコスプレの上からでも分かる出過ぎず足りなすぎずの躰はまさに美躰。
彼女の姿に見惚れていると、その美少女が一つ咳払いをして。
「助けに来ましたよ!私の婚約者さま!!」
訳の分からない事を言い放った。
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