川守の献身
ブラストウルフは憤怒していた。
追い詰めた獲物を、まんまと逃した自分自身に。
まさか、自分ですら落ちたら助からない『死の川』に自ら飛び込むなど思いもしなかった。
しかし、そんな事は関係無い。
今、ブラストウルフを支配する感情は怒りのみだ。
ブラストウルフはその優れた身体能力で流れていく直人を追いかけた。
途中見失ってしまうが、それがまた怒りを激しく燃え上がらせた。
そして、直人の匂いを追って、とうとう川守の家を見付けた。
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『ガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!』
それはもはや鳴き声や唸り声と云うより咆哮に近かった。
そして、小屋は炎に破壊された。
「っ!?うわぁぁぁぁぁ!!!」
間一髪。
直人と川守が居た場所は、ぎりぎり炎の直撃を逃れた。
「ブラストウルフ!?」
川守は焦る。
ブラストウルフはオルフェンリル大森林の魔物の中でも上位の強力な魔物だ。
身体能力はもちろん、知能も高く。極めつきに炎まで操るスキルを持っている。
そして執念深い。
多くの熟練冒険者の死因は、この魔物に殺られる事だ。
さらに、何処までも追いかけてくるため、下手をしたら街まで来る。
オルフェンリル大森林の魔物の中でも最も厄介な魔物である。
「街まで行かなきゃ!」
川守は急いで逃げようとする。
が、
「っ痛!?」
川守の足に鋭い痛みが走る。
破壊された衝撃で家の破片が川守の足に刺さったのだ。
この足では川守が逃げることは難しい。
死ぬ。
両親のように魔物に殺される。
しかし、ブラストウルフは川守に目もくれず吹き飛ばされた直人を探している。
今がチャンスだ。
川守は痛む足を引きずり、逃げる。ブラストウルフは川守に興味がない、探している人間は自分の獲物・・・直人だけなのだから。川守は直人を見捨てて逃げ出した。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい。」
直人は吹き飛ばされた先にあった草むらに隠れていた。
川守に見捨てられたことよりも、今は目の前の恐怖が勝っている。
ブラストウルフはここまで直人を追いかけることが出来たのだ、直人が見付かるのは時間の問題である。
そして、
『ガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!』
ブラストウルフが雄叫びをあげる。
見付けたのだ。
強者である自分から逃げ延びた弱者を。
「あっ、あああああ!!!」
直人は逃げようとした。
が、圧倒的な恐怖によって全身が竦む。
もう、立つことすら出来ないだろう。
ブラストウルフはゆっくり近付いてくる。
そして、大きく口を開け・・・・・・
ドンッ!!
ブラストウルフの体が僅かに揺れる。
川守が体当たりしたのだ。川守は直人を見捨てきれなかった。
ブラストウルフは再び憤怒した。
最高の気分を邪魔された事に。
「あぁっ!!」
川守が吹き飛ばされた。
「に・・・げ・・・て。」
川守はそう言うと気絶した。
川守の行為はブラストウルフの機嫌を損ねるものだ。これによってブラストウルフのヘイトは直人から川守に移った。
直人を逃すために川守は自らの身を犠牲に・・・。
「そん・・・な。」
直人はどうすればこの状況を打開できるか思考する。しかし、そんな事が出来れば最初からしている。
ブラストウルフは川守に近付いていく。
このままでは確実に彼女は死ぬ。
「頼む・・・。何でもいい。誰でもいい。僕は死んでもいい!だから彼女だけでも!!」
誰にも届く筈の無い願い
「助けて・・・くれ。」
『了解しました。』
「えっ?」
返って来るはずのない返事が聞こえた。
瞬間、
『ガァ゛!!!???』
ブヂッ!
ブラストウルフの悲鳴と何かが潰れるような音が聞こえた。
『対象、死滅しました。』
エコーの掛かった無機質は声だった。
直人はその声の主を探した。目の前の壁のような物に遮られ、何も見えない。
「・・・だ、誰だ?何処に?」
『目の前に居ますよ。』
そう言われきずく。
さっきまで無かった目の前の壁のような物が、巨大な足の形をしていることに。
視線を上げて絶句する。
それは、全長20メートルの巨大なロボットだった。そして。
『お怪我はありませんか?』
ブラストウルフを踏み潰したロボットは直人にそう問いかけた。
明日も投稿