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盗み聞くなら夢までも

作者: 矢将未和

いつからだろう。忘れてしまった。

子供の頃は道を歩いていても、楽しいことがあれば笑えていた。

大人になった今は、何を思っていても仏頂面である。

いつのまにかそれがルールであるかのように癖になっていた。

楽しいことがあれば笑えばいい。

悲しいことがあれば泣けばいい。

ただそれだけのことなのになあ。


初めて会ったのは彼女が新入社員として配属されてきた時のこと。

「田辺美琴です。私は・・・」

最初の挨拶では、特になにも感じなかった。

それどころか名前以外、彼女が何を喋ったかも覚えてはいない。

髪は肩を越える長めの黒、黒ぶちめがねのリクルートスーツという、いかにも大学卒業したてのフレッシュマンだった。

似たような背格好の人がたくさんいたことも印象が薄い原因かもしれない。

俺は他のベテラン社員と同じく、彼ら新入社員の挨拶が終わるとさっさと自席に座り、仕事を続けた。

その後彼らは案内役の先輩社員に連れられて何処かに去っていった。


毎年のことだ。

毎年のこと、いつもと同じ、はずだった。


それがなんで、一体どうしてこうなってしまったのだろう。


申し遅れました。俺は平野良平と申します。

株式会社ほにゃらら…で働く奴隷もといシステムエンジニアでございます。

今年で気がつけば34歳です。来年の健康診断はバリウムですね。

うわ~そうなんですか、やりたくねぇ~あはは…


うるさいわ。余計なお世話だわ。誰がおっさんだいや十分おっさんか。


道行く女性が苦手だ。

彼女たちは二人以上で徒党を組むと、必ずこちらを値踏みしている。ような気がする。

やだ~こっちみてきてるよ~っていやいや、前見ないと危ないでしょうが。

おっさんは前見て歩いちゃダメですか。このくそ。

現実はこんなもんだ。

生きにくいというより常に居心地が悪い。

どこにいてもなにをしてても。

すれ違い様に笑う人達に問いたい。何がそんなに面白いのかと。


ネガティブだああネガティブだ。

こんな気持ちになるのもこの状況のせいだ。

今どうしてるのかって?

件の彼女の独り暮らしのご自宅ですよ。

ほにゃららの社員、よっぱらりん男女混合数人とセットでね!!


 遡ること数時間前。


誰かの送別会は始まった。誰だったかは忘れた。そんなもんだ。

部長か部門長か、どちらがが乾杯の音頭をとるかでにこやかに揉めていたが、どうやら部長に決まったらしい。

どうでもいい件のためにグラスを持った皆の手を待たせるんじゃない。

それにしても乾杯の前説が長いのは仕方ないとしてせめてもう少しユーモアのある話ができないものかと毎度思う。

年をとるってのは同じことを何度も繰り返し言っちゃうちゃうってことなのかもな。

部長、春夏に続き今年3回目だぜ、その話は。

飲み会というものは、全員の酒が進み、コース料理も終盤になると参加者の席がちらほら移動する。

無茶な飲み方をする者、ネクタイを頭にまく者、いつも以上に長話をする者。

以上、久々の飲み会でご機嫌の部長でした。

調子に乗りすぎです。

被害を受けないように俺も適当に席を移動する。

参加者の半数以上の面子は1年以上ほぼ毎日職場で顔を合わせている。

暇を潰す程度の世間話ならば対応可能だ。


 気が付けば幹事やら田辺美琴やら他数名とカラオケボックスにいた。

時間にもよるが二次会のカラオケは複数人で行くと一人あたり2,3曲しか歌えないのに

酔っぱらいどもが遠慮なく注文する料理と飲み物により一人あたり何千円か支払うことになるという理不尽さを秘めている。

俺も流れに逆らい止めることができなかったとはいえ、ひたすら注文される料理。

たいてい支払いの時、酔っ払いどもは驚いた顔をする。

注文するときに勘定くらいしとけよ、まったく。

二次会のぐだぐだなカラオケが終わったあと、帰ろうとする俺を捕まえたのは幹事だった。


「俺、もっと平野さんともっと話したいと思ってたんすよねー!」


もっとを重ねるな、そして息がくさい。

こいつ、にんにく食べたな。

もっとも俺の息も十分酒臭いが。

シャレじゃないぞ、念のため。

仕事はそこそこだが、飲み会になるとえらくはしゃぐ幹事。

昔風に言うと、宴会部長である。


話したいと思ってたんすよねー!と言っていたにも関わらず幹事が俺に話しかけてくることは今現在をもってしてもまったくない。

どうやら飲み会特有の適当なノリに付き合わされたようだ。

ただ、そのノリの御陰でこうして彼女の家まで来ることができたわけだが。


ここはどこだ。

何故俺はここにいるんだ。

何をやってんだろう。


不意に自分が自分でなくなるような、こんな気持ちになることは、今までの人生で何度もあった。

思い返せば仕事で忙しい合間にタバコ部屋で空をぼーっと見ながら休憩している時によくあったかな。

あとは、そうだな、何故か寒い時期よりは暖かい時期によく感じた気がする。

そして今の感じは、思わず生まれてきたことを後悔するほど居心地が悪い。

両親には大変申し訳ない思いを抱きつつ、やることがないので部屋の中を観察する。

小奇麗に片付けたワンルーム。

シングルベットにテーブル、背の低い本棚には会社の資料らしきもの、自己啓発本のようなものが並んでいた。

俺が妄想していたような、ピンク色で部屋を飾ったり、はたまた逆に散らかっていることもなく、ごくごくシンプルな部屋だ。

うむむ、女子の部屋に入るのは生まれて初めてだ。

だがようやくできた彼女の部屋に初めて入っていざうふふっというわけでは残念ながら、ない。

現在、この部屋にはその他大勢もいるのだ。

俺以外の人間は楽しい、というか聞いていて支離滅裂な会話を楽しんでいる。


「それで、それからどうなったの?」


同僚の女子が何のことかわからないが部屋の主に質問した。

部屋の主の田辺美琴は、何かしら皆が納得のいく内容を答えていたが俺の耳には入ってこなかった。

いや、正確に言うと知りたくなかったので聞かなかった。

ワンルームに6人。

二酸化炭素の濃度が上がったのではないかと感じるほど息苦しい。

俺。美琴とその彼氏。その他、会社の同僚3名。


 幹事から案内メールが部署全員に配信されたのは数日前。

日時や店の場所など簡単な文章の後に候補者全員の名前が書いてあり、既に出席が決まったらしい者の名前の後に「○」と書いてあった。

不況時とはいえ誰かの転勤が決まったときは送別会くらい催すらしい。

俺は何気に美琴の名前の後に「○」がついているのを確認し、参加の意思を示すメールを幹事に返信した。

気のせいか、この手の会では正式な案内メールの前にほとんどの女子参加者の出欠が決まっている。


「ええー、でも上手だったよぉー!」


会話内容がよく分からない。

そして小さい「ぉ」を入れるとかわいいと思ったら大間違いだからな。

それにしても、楽しそうではあるが適当に返事しているように見える。

てか適当だろ、さっきからノリノリで喋ってる同僚女子。


気が付けば終電がなくなっていた。

4時間も経てば始発も動き出す。

流れ上、仕方ないので全員で美琴の部屋で始発まで語り合うことにした。

みんな、明日は休みなので問題なさそうだった。

とはいえ、体力には限界がある。

午前3時ともなると一人、また一人と眠りに落ちていった。


俺もそろそろ限界だ。冬にはコタツになるであろうテーブルに突っ伏して寝ようとすると、スーツズボンのポケットの中にあるらしい固いものがやけに気にかかる。

手をつっこんで確認すると、確かに固くて小さいものがある。

酔った手に機械じみた冷たい感触が伝わってくる。

なんだっけか、これ?

ちょっと待て。これはもしかして。

先週会社帰りに行ったのは秋葉原。仕事で使う部品を買いに行ったのだが、俺はいつもの癖で余計なものを買っていた。

部品を買ったあと、何気に路地裏に入るとマニアックな店が並んでいた。

軽い気持ちで店に入って、黒くて小さな部品がダンボールに無造作に置かれている床を掻い潜り店の奥に進んだ。


「お兄さん、気に入ったのがあった?」


不意に声をかけてきたのは初老の男性だった。状況から考えて店員だろう。

話を聞くと店主らしい男性は俺にいろいろと薦めてきた。

盗聴器もそのうちの一つ。店主が盗聴器をコンセントに設置し、受信機を準備すると音が聞こえてきた。

確かにずいぶん性能がいい。

店主が盗聴器に向かってささやくと、受信機からお経のような声が聞こえてくる。いやいや怖いって。


「どうだった、俺の歌?これ仕掛ければワンルームくらいの部屋だと何もかも全部聞こえるよ」


お経じゃなかったらしい。まるで俺がワンルームの部屋に盗聴器を仕掛けることを予言するように店主はセールストークを始めた。

そして想像していた価格より零がひとつ少なかったので思わず衝動買いしたのだった。


ここからの話は罪悪感との戦いになる。

出来心だったというしかない。推理物なら完全に犯人のセリフだ。

みんな酔いつぶれていたのでトイレに行くついでにタンスの裏に隠れていたコンセントに盗聴器を仕掛けるのは簡単だった。

酔っていたからか?

眠かったからか?

怠かったからなのか?

どれだけ言い訳を並べてみても、なにひとつ俺が仕出かしたことを俺自身に納得させるだけの理由にはならなかった。


ちょっとまて、誰だこいつ。

知らない奴が俺の家にいる。

いや、ここは俺の家ではない。美琴の家だった。

ほんの小一時間程度だろうか、眠っていたらしい。

深酒すると不思議と長くは眠れない。

いやいや、ちょっとまて誰だこいつは。

いかん、思考がスパケティだ。

そういえばミートスパケティが食べたい。

でも肝臓的にはしじみの味噌汁をきゅっと、いや、だから誰だこいつは。


見慣れた会社のメンツではない、若いお兄ちゃんが俺の隣で寝ていた。

うん?うーん。首を回して思い出してみる。

ああ。やれやれ。

どうやら嫌なことがあったから深酒してしまったらしい、俺は。

今風に美容院でカットしたであろう、ツーブロックかなんか知らんがこの茶髪のお兄ちゃんは。


美琴の彼氏だった。

少し前の記憶よ、甦りたまへ。できればオブラートに包んで。


美琴の家にきたばかりの俺たちのテンションはどうかしていた。

勝手に美琴の携帯をいじる女子、誰かに電話をしている模様。

焦る美琴、鳴る玄関のチャイム。

入ってきた茶髪兄ちゃん、「俺、彼氏。」


あほかと。意味がわからんわ。


いきなりきて彼氏って。彼氏ってあれだぞ、付き合ってる彼女がいるってことだぞ。意味わかって言ってんのか。

いや、わかってないのは俺のほうか。

周りのノリでいちゃつかされる彼らは、紛れもなくカップルであった。

カップルって。もうちょっと別の言い方あるだろ、俺。

ええーなにそれ。もうちょっとセンチメンタルというか、なんというか。

なんというか、なんというかしか言えない自分がなんというかだが、

失恋って、もうちょっと緩やかに優しくきていただくわけにはいかなかったんでしょうか?

なんだか訳のわからないうちに事が進んでた感じだよ。

いや?今までの人生、だいたいそんなもんだったか、そういえば?


やってしまった。

盗聴器を仕掛けた後は、そんな思いに潰されそうな数日間だった。


そして気が付けば俺は夜の繁華街、路地裏にて茶髪の兄ちゃんのジーンズにとんがり革靴のおしゃれな足に地べたを這いながらしがみついていた。なんで?


打ちのめされることを恐れていた。

殴られて地面に這いつくばった自分は自信もなくし惨めな屈辱を味わうをすると思っていた。

でも違っていた。

自分が本当に納得する道を選んだ結果、地面に這いつくばるならそれもいい。

這いつくばってみるまでわからなかったことだ。

俺はやりもしないうちから怖がりすぎていたのかもしれない。


目標がない。

わからない。

自分が何をしたいのか、何を求めているかわからないのに説明を求められる恐怖。

何がなんでも説明しなければならないなら、嘘をついたっていいじゃないか。

相手の考えを読み、適当にその思考線上に理由を与えてやれば納得するのだ。

ばかばかしいほど簡単だ。それでいいじゃないか。

適当に生きたっていいじゃないか。

不安で不安で仕方ない時はそんな風に自分に言い聞かせてみる。


欲望は循環させるものなのだよ。

受け入れて与えて、生命は巡り巡る。

頭ごなしに押さえつけることができる対象は自分より弱いものだけだ。

そんなことばかりしてると、気がつかないうちに自分が削れて弱くなっていく。

欲望は周りを焼き付くす炎にしてはいけない。

優しく他者を温める光であるべきなのだよ。

ふと近くにあるものを愛でる感覚で、自分の隣を併走する目標を意識してごらん。

きっと今までとは違う世界が見えてくると思うよ。


なんだって・・・?


気持ちいいこと、と表現すると金のかかることかエッチなこと、悪いこととしか伝わらないのは何故だろう。

その点において、常識とは宗教よりタチが悪いかもしれない。

常識とは、立場の違いはあれど多くの人々が自分は正気だと信じながら思い込んでいるのだ。

気持ちいいことを邪悪に受け取ることこそ気持ちが悪い。

そう感じるのはおかしなことだろうか。

自分が感じるままに感情を表現する。

感じるままに歌い、踊る。

そんなことをしていたらよくて変人、もう少し悪ければ狂人扱いされるだろう。

常人から彼らを見るのと同じくして、変人、狂人側から見ても常人がおかしく見えてるのは、いた仕方のないことだ。

となると自分が正常である、とはどのように判断すればいいのだろう。

多くの人々は相対的に判断するために、周りの人間を味方につけることをするらしい。

自信をつけるために時には集団で他人を傷つけ、そして正当化する。

加害者というものは得てしてとんでもなく大きい被害者意識を持っているものだ。


ホントの気持ちよさとは、失う心配がほぼないものである。

春のひだまりは、季節や天気が変わればなくなるが、春がくればまたやってくる。

身体を動かすこともそうだ。

自然のなかで深呼吸をすると気持ちがいい。おそらく生きている限りは失わない。

歌や踊りもまた、昔から受け継がれてきた人々のホントの気持ちよさ、そんなものが詰まっているような気がした。

悪人達の欲望に乗っ取られた経済の尺度ではわからないことなのかもしれない。

また、気持ちよさとは中毒性のないものである。

自然の風が頬をなでるように、囚われた心はない。


これは・・・どこぞの・・・自己啓発本にでも書いてそうな・・・

あれ、じいちゃん?じいちゃん!?


祖父は兵隊に行っていた経験があった。

中国の満洲というところらしい。歴史の授業で聞いたことがある。

当時ソ連との国境であるアムール川周辺を守備していたらしい。

ただし終戦直前、日本の戦局が悪くなると高知県に配属されたとのことだった。

これは後で知ったことだが、そのまま満洲に残っていたら、終戦直前のソ連侵攻によってシベリアに連れていかれていたかもしれなかったらしい。

シベリアの強制労働は歴史の教科書通りである。そうなると俺も生まれてないだろう。

まったく、運が良かったとしか言いようがない。

じいちゃんが時折話してくれる昔の話は歴史の教科書より現実味があって、とても興味深かった。

「それでそれで?」

「それでな。満州から帰ってくる途中の船は狭くてのう。儂は息苦しくなってしもうて、ちょっと散歩に出かけたんよ」。

「船で帰りよったんよね?中は狭いんじゃ?」

「いや、もちろんすんなりと歩けはせんよ。人と人の間を縫うようにしての。」


満員電車に乗るとすぐにトイレが恋しくなる良平は船内を地獄と断定した。


「そいで倉庫の前を通ったときにな、珍しく鍵がかかっとらんかったんよ。中に入ってみると、まあ、缶詰がな。肉の缶詰よ。あれは牛肉やったかの。倉庫の入口の丈より高い棚にぎっしりと大量に置いてあったんよ。誰がこんな贅沢をと、頭にきての。儂らは兵隊にとられてから、まともなもん食っとらんかったからの。」

まさか。

「おおよ。缶詰をの。服のなかに持てるだけ持って皆のとこに戻ったよ。隊長のとこに戻っての。皆で山分けよ」。

戦時中といっても、食料はあるところにはあったらしい。

でも、それって誰かしら偉い人の食料だったのではないだろうか。

だとすればまずくないか。

「隊長はの。よくやったと褒めてくれたよ。しかし、盗みは盗み。隊長と儂とで上官に報告にいったよ。そしたら上官がの。」

「それはお前たちが見つけたものだ。一兵卒の拾得物まで私に管理しろというのか!

ちゅうての。怒られてしもうた。隊長がの。」

祖父は昔から要領がいい。

はー、粋な人やな。

粋な人って言える俺もなんか粋な人だな。あら、自画自賛?

「そやな。名前も聞けんかった。あれからどこでどうされたのやら。」

「でも、盗ったんは黙っとっても分からんかったんとちゃう?」

「・・・そうかものぅ。でもの。誰も見とらんいうて、悪いことをするのはいかん。いや、誰も見とらん時は余計いかん。誰も見とらんでも、悪いことを、よお見とるもんがおるんや。」

じいちゃん、ゆうとることがナゾナゾやで。

「んー神様?」

「おー神様も見とるかもな。でも、神様と同じかそれ以上によー見とるもんがおる。」

なんやろ?

「それはな、自分自身や。」

「えー自分は自分やから見とるのは当たり前やん。自分しかおらんのやったら隠しとけばええ。」

「良平よ。自分にな。悪いこと隠しとくんはめんどいぞ。そらもうめんどい。めんどいからの。悪いこと隠したり、自分で自分はごまかしたらいかん。他人様をごまかそうとしても頭のええ誰かが気づいてくれるかもしれんけど、自分をごまかしたら誰も気づいてくれん。そいで忘れる。忘れたら悪いんだけが残る。忘れた後にいつか自分の表に出てくる。表に出てきたらその時に大切にしとったもんを失う。何がいかんのか、わけもわからずな。じわじわとわけもわからず失うよ。そら、怖いで。やからの・・・」

じいちゃん、セリフが長いって・・・

じいちゃんの声が遠くなる。やからの?輩の?や、からのぉ~?

じいちゃん、続きが、聞こえんで・・・

そこで良平は気が付いた。


しがみついている美琴の彼氏の足に話しかける。

「あーそっか。お前、忘れたんだな。」

「あ?何言ってんだおっさん?」

「忘れたんだよ。ずっと前に自分をごまかしたこと。俺もお前もな。」

同類とは思われたくない。しかし、悔しいがこいつと俺は生きる力の方向が似てやがる。くそっ。

「とっくに忘れちまってたんだよ!」


あらん限りの力で奴のジーンズの裾を握る。彼女を追うのがちょっとでも遅くなればいいや。

お、俺かっこよくね?

次の瞬間、流行りなのかなんなのか、先が細い大変硬い靴にて、あらん限りの力で脇腹を蹴飛ばされる。もれなく咽せる。いや、吐血って初体験だわ。

くそっ、お前、外反母趾になってしまえ!

訂正、俺、かっこ悪い。いやいや、その前に結構な神経速度であちこち痛い。てへぺろ。いやいや、やってる場合かよ俺。


痛みのなか聞こえてくる罵声と・・・

ここ数日、盗聴器で毎日聞いちゃった彼女の歌声。

この日のために頑張ってきたんだもんな。

知ってますよ、この俺がね!

盗聴料金だ、せめてこれくらいはやってもいいだろう?


薄れゆく意識の中、良平はじいちゃんの言葉と茶髪革靴の匂いと彼女の歌声の感覚を噛み締めていた。


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