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あの日に見た夢

お嬢様を家まで送る仕事を引き受けたと思ったら車で宇宙にまで飛び出ちゃってびっくらこいた話

作者: 塚又右

また変な夢を見たので。

 こんな夢を見た。


 夢の中の自分は若い男で、職を探していた。

 道端にあった掲示板にふと目を留める。


【送迎車の運転手募集】


 そう書かれた紙が、特別気になった。給料がよかったのだ。


 他にも張り紙はあったのだが、内容に魅力を感じなかった。


【くっつき虫を取り除く作業員募集】

【急募! サバトの給仕担当】

【ツバメの巣の監視員募集】

【メロンに網目をつけるお仕事】


 目覚めた今はどの仕事も気になって仕方がないのだが、給料が安いため、夢の中の自分は興味を持たなかった。


 運転手募集の張り紙を手に取ると、次の瞬間には狭い事務所の中にいて、周囲を見回していた。

 寂れた繁華街にあるような、ヒビの入ったビルの2階か3階にその事務所はあった。


 事務机がいくつかあったが、社員はいなかった。奥からキューピーみたいな顔をしたおっさんが現れ、社長だと名乗った。


 応接間に案内され、ソファに腰掛ける。

 出されたお茶は梅昆布茶だった。


 仕事について説明をされたが、会話はすべて口パクだった。

 何も聞こえなかったが不思議と無言の会話は成立していた。

 仕事の内容は、会社に来ていた大事なお客様を無事に自宅まで送り届けること。


 渡されたキーを片手に社長について車庫へと向かう。

 黒塗りのセダンが一台、円形の台に乗っていた。


 目覚めてから検索したが、セ◯チュリーに酷似していた。

 しかし、エンブレムは何故かサッポ◯黒ラベルの王冠だった。


 静かなエンジン音をBGMに、ビルの入口へと向かう。

 古びたビルの入り口が、高級ホテルのエントランスに変わっていた。


 ビルから勝ち気そうなお嬢様が出てきた。

 ドアを開けると、お嬢様は後部座席に乗り込み、ふんぞり返った。


「あなた、新人ね?」


 冷たい口調なのに、愛らしさのある声だった。

 いかにも意地を張ってますという感じがあった。


 透き通るような金髪を払い、フンと鼻を鳴らす。強気な娘だ。

 髪は鎖骨くらいまで伸びていて、ドリルがゆるくほどけたような毛先が肩をくすぐっていた。

 白っぽいピンクのドレスを着ており、白いブラウスが胸元から飛び出ていた。

 中華くらげみたいな形だと思った。


「早く車を出しなさい」


 命令されたものの、行き先がわからなかった。

 頭の上に「?」を出した。

 本当に記号が飛び出た。

 お嬢様は「?」を引っ掴んで外に捨てた。無表情だった。


「私の家は行き先の1番に登録されてるわ。ナビに入力なさい」

「はい」


 カーナビの行き先登録ボタンを押すと、2つの項目が出た。


【入力:行き先は地球ですか?】

【カンタン:登録済みの住所へと向かう】


 後者を選ぶ。行き先が地球外のわけがないのに、遊び心のあるナビだと思った。


 1番のボタンを押すと、車が宙に浮いた。

 ジェット噴射の轟音と共に腹を揺すぶられる。


 お嬢様は「相変わらずうるさい車ね」とぼやいたが、車がえらく振動していたので「あああいくゎかわわわらずうるさいくうるまあねええ」になっていた。

 おまけに意地でも頬杖をやめないせいで、肘を置いていた窓の下の部分に何度もぶつかってゴツゴツ音を立てていた。

 痛そうだった。


 自分はそれを淡々と見つめ、シフトレバーを2速に入れた。


 ナビには車を横から見た様子が映っていた。タイヤは横向きに倒れ、地面に向かって火を噴き出していた。


 ウィンカーを上に出して、空へとアクセルを踏みこんだ。


 ナビの映像は地図へと切り替わり、行き先はヘポ星のウンババと表示されていた。

 もっと詳しい住所があったはずだが、忘れてしまった。


 窓の外に広がる景色について、些細な発見をお嬢様と報告し合った。

 会話は口パクで、内容は覚えていない。

 だが、彼女は笑ってくれていたように思う。


 空の果てにあった黄色いリングをくぐると、宇宙空間へと飛び出した。


 そこで初めて、地球外に車で出たことに驚いた。「わーお。宇宙に出ちゃったよ」などと言っていた気がする。

 そして給料が高い理由はこれかと納得した。


 車の振動は収まり、しばし暗い宇宙を進んでいく。


 バックミラーを確認すると、お嬢様が二の腕を擦っていたので、助手席にあったタオルケットを渡した。


 またバックミラーを確認すると、後ろから箒に乗った魔法少女に煽られていた。

 リアガラスに鼻先が当たりそうなほど近づき、何度も箒で突っつく振りをしていた。


 無限の広さがある道を仕方なく譲ると、魔法少女は車の運転手側に移動し、幅寄せしてきた。

 中指を立ててニタァと笑い、すぐに飛び去った。

 箒の後ろから金平糖みたいな星が飛び散り、フロントガラスに積もる。

 お嬢様が苛立つのを背中に感じた。


「……これだから箒乗りは」


 箒乗りは運転マナーが悪い者が多いらしい。


 星はワイパーでどけた。



 月の側を通っていると、月の裏から多数の白い影が飛び出した。

 蜘蛛の脚みたいな軌道で散開し、あっという間に車を取り囲んだ。


 白い影はよくみると、剣の切っ先のような形をしており、尖った方をこちらに向けたまま、車を中心にぐるぐると回っていた。


 明らかに戦闘用の乗り物だった。

 不穏な空気だった。


「うわ……。一体なんなんでしょうか」

「……お父様だわ」

「お嬢様のお父様ですか? しかし、失礼ながら今にも攻撃されそうではありませんか?」

「されるわ」

「されるんですか!?」


 びっくりしたので、頭から「!」が飛び出た。

 「!」はお嬢様のみぞおち辺りにはいった。

 お嬢様はしばらく俯いたままうめいていたが、やがてこちらをキッと睨むと、「!」を引っ掴んで窓を開け、宇宙へ向かってぶん投げた。涙目だった。


 やけにゆっくりと飛んで行く「!」


 お嬢様はフンと鼻を鳴らし、窓を閉めるボタンを押す。

 窓が完全に閉まるのと同時に、「!」が戦闘機にコツンと当たり。


 ――爆発した。


「おわー!」

「逃げるわよ。早く発進なさい!」

「殺した!? 殺しちゃいました!?」

「どうってことないわ」

「本当ですか!?」

「安らかに逝ったわ」

「殺しちゃったんですね!?」


 「!」が当たった戦闘機は、残骸を散らしている。

 原型などなかった。

 あんまりな光景にしばしパニックに陥ったが、罪悪感などなく、前科者になってしまったのかというショックだけがあった。


 清々しいまでの保身の心。

 我ながら下衆であった。


 すぐさま発進しようとアクセルを踏み込む。

 ハンドルを持つ手がわたわたしてしまってワイパーを無駄に動かしてしまった。

 ウォッシャー液が垂れるのを見て、妙に冷静になった。


「行きますよ!」

「ええ!」


 お嬢様が運転席のシートをぎゅっと掴む。

 車はぐんぐん加速し、包囲網の穴(たった今ぶち抜いたところ)を抜けて走る。


 少し距離ができたところで、戦闘機が追いかけてきた。


「う、わ、わ! まずいまずいまずい! 追いつかれる!」

「口を閉じなさい! 舌を噛むわよ!」


 お嬢様が身を乗り出し、ナビの画面を上に向けた。

 そしてナビの裏側にあったボタンを躊躇いなく押しこんだ。


 車の推進力が急激に力強くなり、シートに体が押しつけられた。強力なGをぐっと堪える。

 お嬢様もバランスを崩し、リアガラスに頭をぶつけた。


「大丈夫ですか!?」

「超痛いわ!」


 大丈夫そうだった。


 Gはすぐに収まり、息がしやすくなった。

 バックミラーに映る戦闘機集団は遠くの星より小さくなり、やがて見えなくなった。


 お嬢様の押したところを見ると、ボタンは2つあった。


【ニトロ?】

【ニトロ!】


 お嬢様が押したのは、【ニトロ!】のほうだった。


「なんですかこれ?」

「ニトロよ」


 それはわかります。


「……。ちなみにこの、【ニトロ?】と書いてあるのはなんですか?」

「ダメよ!」


 指差した手を取り押さえられた。


「そっちはニトロなの!」

「さっきのと同じですか?」

「違う! ガチでやばいほうよ! ニトログリセリン!」


 自爆ボタンだった。


 そっとナビの画面を元に戻し、手をハンドルに戻す。

 車内は妙に静かだった。


「あ、そこのワープゲートを通ってちょうだい」

「はい」


 巨大リングが連なった場所へ向けてハンドルを切る。

 リングは大型車がちっぽけに思えるような巨大さで宇宙に鎮座していた。黄金色のそれがいくつも続き、首長族の首飾りみたいだなと思ったが、口に出す空気ではなかったので黙っていた。


 ワープを抜け、料金所で減速する。

 人型のピラニアみたいなヤツにお嬢様が手を振ると、通過を許可された。


 目的の星にはいつの間にか辿り着き、コンクリートロードに接地する。


 緑の多い星だった。海のほうが狭かったと思う。

 ナビに従って走っていると、ようやく目的地に着いた。

 巨大なしいたけの隣にお菓子の家が建っていて、そこがお嬢様の家のようだった。

 しいたけも家のようで、軸の部分に窓があり、布団が干してあった。


 エンジンを切り、車を降りて後部座席のドアを開ける。


 コツ、とヒールで地面を鳴らし、お嬢様も車を降りた。


 車の中では沈黙が続いていたので、自分は妙に緊張していたが、お嬢様は欠片も気にしない様子で自分に向かってふにゃりと微笑み、頬を撫でてきた。


「ご苦労様」


 夢の中なのに、頬を撫でられたときだけ感触があった。


 お茶に誘われ、頷くと顎にふかっと優しい感触があった。

 そこで目が覚めた。

 ふかふかしていたのは布団だった。

頭を撫でられたりとか、夢の中で軽い接触をするときに本当に触れられた感触があるときがたびたびあります。

不思議ですね。



運転手:男。20代前半の地球人。宇宙空間で車を運転できる能力があるのに無職。きっと彼のいる世界は優しくない。

お嬢様:透き通るような金髪にガラスみたいな蒼い瞳をした美少女。10代後半の宇宙人。ツンな性格だが優しい娘。意地っ張りな性格が災いし、父親との仲が大変悪い。殺しあうレベル。

社長:男。50代くらい。多分地球人。太った中年男だが、つぶらな瞳は汚れを知らない。

魔法少女:魔法で敵をぶっ飛ばし続けている常勝の魔法少女。魔法と煽りのスキルがバリ高。悪党笑いがよく似合う。戦いが長らく続いて心が荒んでしまった……というわけではなく、元々こんな性格。スピード狂。

戦闘機:お嬢様と運転手のよくわからない攻撃で爆発した。別に耐久力が低いわけではない。

料金所の担当:ピラニアの頭をした魚人。紺色のスーツを着用していた。体を鱗で覆われ、歯を鳴らして会話する。仕事の合間に天体観測をするのが趣味。

しいたけの家:雫をひっくり返して足を生やしたような体の住人たちが一家で住んでいる。住人は皆しいたけみたいな目をしている。

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