ピザーラお届け
俺は深呼吸して入谷の家の前に立った。何てことだろう。バイトに入ったその日に、いきなり親友の家に配達だなんて……。
――ピンポーン
チャイムを鳴らすと、インターフォンから入谷の声が聞こえた。
「はーい」
「ピザーラです。ピザをお届けしました」
バタバタと玄関越しからでもわかる足音が響いて、やがて玄関のドアが開けられた。
マイクロファイバーのモコフワな淡い色合いの部屋着を着た入谷がそこに立っていた。
「あ、岸本じゃん」
「よう……、まさか入谷から注文受けるなんて思わなかった」
「えー」
そういって入谷は口角を上げて笑った。
「ちょっと上がってよ。少しくらいいいんだろう?」
「うん、まぁ、渋滞だったっていえば……」
初のバイトでさぼりとか、正直笑えないけど、どう見ても女物の部屋着を着てる入谷が気になって、俺は家に上り込んだ。
「一枚つまんでもいいよ」
入谷がペットボトルのコーラを手にしてダイニングの椅子に座った。
俺は宅配の保温袋の中からピザを取り出す。Lサイズ。一人で食べる気なのか?
「家族は?」
入谷がピザの箱を開けながら、答えた。
「温泉旅行。俺だけ留守番。自炊したくないから、ピザ頼んだ」
パステルカラーの部屋着を着た入谷はなんだか性別がないように感じる。
「あ、あのさ……、なんで女物着てんの?」
「あ、これ?」
ようやく入谷が自分の着ているものに目をやって、当然のように答えた。
「かーちゃんが買ってきたんだけどさー、あったけぇの。ふわっふわしてるしさ。おすすめ」
「いや、女物なんだけど……?」
そこで、入谷がにかっと笑う。
「そんなの気にしなーい。あったかければ、それでいいー」
「そ、そうなんだ……」
俺がすとんと椅子に座ると、入谷がコーラを差し出した。受け取って飲んでいると、入谷がチーズでトロンとなったピザにかぶりつこうとしていた。口を大きく開けて、垂れそうになるチーズと具を舌で受け止めようとしている。受け止めそこなった具とチーズが、入谷の口の端に垂れた。それを、行儀悪く舌で舐め取る。
俺は何だか居心地が悪くなってきた。ただでさえ、入谷は綺麗な顔をしていて、きゃしゃな感じがする上に、パステルカラーの部屋着を着ていて、なんだかいやらしい感じの食べ方をする。
「あれ、食わないの?」
俺の気持ちなど意に介さず、入谷が二枚目のピザを手に取った。俺も反対側のピザを取る。はむっと口に入れながらも、入谷のことが気になって目がそっちを向いてしまう。
やっぱり相変わらず汚い食べ方をしている。
「なんか、チーズこぼしてるよ」
我慢できなくなって俺は入谷の頬についたチーズを指で拭った。
「へへっ」
照れ笑いを浮かべる入谷がなんだかかわいいなと感じる。
「はい」
じっと見つめている俺に対して何を思ったのか、入谷が手に持ったピザを差し出した。うけとろうとしたら、入谷が笑った。
「あーんして」
つられて口を開ける。入谷が差し出すピザを俺は食った。
「うまいね」
そういって同意を求める入谷に、俺はうなずくしかなかった。