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【完結済】未来の君に、さよなら  作者: 朝倉夜空
第三学年・冬〈旅立ち〉と〈ハッピーエンド〉の物語
417/434

第116話 それは誇っていいことなんだろう 3


「8083、1107、2918、8739」

 

 僕のそのつぶやきは、当然ながら隣に座る6歳の娘を困惑させた。


「お父さん、急にどうしちゃったの? 今の数字って電話番号か暗証番号?」


「ああ、ごめん、愛」僕は娘の頭を撫でた。「これはお父さんたちの受験暗号なんだ。あれから十年経った今でもよく覚えてる。四人ともたまたま合格発表が同じ日でさ。あの日は朝からずっと受かってるかどうかって話をみんなでしていたから」


「私知ってるよ」と娘は得意顔で言った。「大学の合格発表って、受かった人の受験番号が張り出されるんでしょ? アニメで見たもん」


「ああ、そうだ」と僕は言った。そして十年前を思い出し、口元を手で覆った。「ただ残念なことに、さっき言った四つの受験番号のうち、一つだけは、張り出されなかったんだ」

「えっ? ということは……」


「話を再開しよう」と僕は言った。「あの日のことは今でも忘れられない。人生でいちばん緊張した日と言ってもいいだろう。あれはたしか記録的な大雪に街が見舞われた日だった」


 * * *


 昨夜未明から降り続けた雪が街を白く覆い尽くしたこの日、俺たち五人は朝から高校の旧手芸部室に集まっていた。


 五人の中でただひとりすでに合格を手にしている柏木はホワイトボードに全員のフルネームを書くと、自分の名前の上に手作りの赤い花をつけた。

「きちんと五つ用意してあるから。余ることがないといいね」

 

 太陽は花を見て苦笑した。「なんだか選挙みたいだな」

 

 柏木は次にみんなの受験番号を聞いて、それをそれぞれの名前の下に記した。そしてわけのわからないことをつぶやいた。

「月島は八百屋さん。優里はいい女。葉山君は憎いわ。悠介は花咲く」


「うちはせんべい屋だ」月島は訂正する。

「それはありがとう」高瀬は否定しない。

「憎しみは何も生まんぞ」太陽はさとす。「柏木おまえ、急にどうしたんだ?」

「なるほど」俺は自分の受験番号を見て意味を理解した。「8739で花咲く・・・。語呂合わせか」


「そうそう。四人ともちゃんと言葉になるから面白いなと思って」

 

 それを聞くと受験番号1107は恥ずかしそうに鼻をかいた。

 

 受験番号2918は羨望のまなざしを向けてくる。

「悠介はいいな。『花咲く』なんてめちゃくちゃ縁起が良いじゃねぇか。それにひきかえオレときたら……。不合格で結果が『憎いわ』なんてことにならなきゃいいが」


「ちなみに柏木はなんだったの?」と8083番の月島が訪ねた。

「あたし? あたしは三桁だった。たしか、081」

 

 俺は太陽と男同士で顔を見合わせた。同じ四文字を思い浮かべているに違いなかった。言わないけど。「それはそれは」


「さて」と柏木は言った。「どういう順番で四人の合否がわかるのかしらん?」


「最初は私だ」時計を見て挙手したのは、東京の有名私大の政経学部を受けた月島だ。「私はもうまもなくわかる。思いのほかママが盛り上がっちゃって、キャンパスまで結果を見に行ってくれてる。ネットでもわかるけどせっかくだから、ママからの連絡を待つことにする。ま、模試ではC判定を一度とれただけだからね。あまり期待しないでおくよ」


「その次はオレだ」と札幌の医大を目指す太陽は言った。「オレはネットで見ちまうぞ。手っ取り早いからな。とはいえ、万が一間違いってもんがあったら大変だから、念のためキャンパスに札幌住みのいとこを向かわせた。大学本部に掲示される番号に、さすがに間違いはないだろ」

 

 残ったのは鳴大を受けた俺と高瀬だ。実はあらかじめふたりで相談して、どうするか決めていた。高瀬が口を開いた。

「鳴大もネット発表はあるけど、私たちは直接キャンパスに行く。同じ市内だし。葉山君の結果がわかったら、ここを出ることになる」

 

 月島は皮肉っぽい笑みを浮かべた。「一緒に大学に行こう。そう約束し合った男女がモバイル機器で合否を知っちゃうなんて、なんだか味気ないもんねぇ」


「別にそういうことではないけど」高瀬は肩をすくめる。「とにかくずっと夢だったから。私も神沢君も。合格発表の日に大学の構内でたくさんの受験番号のなかから自分の番号を探すのが。待っている結果が合格でも不合格でも、それを叶えに行く」

 

 スマホで合否を知るなんてぜんぜんドラマティックじゃない。俺の記憶がたしかなら昨夜高瀬はそう声高に言っていたはずだが。まぁここは黙っておく。

 

 

 そうこうしていると、ふいに月島のスマートフォンが鳴った。ママンからだ、と彼女は言った。室内はにわかに緊張が高まった。俺たち四人の体はこわばった。しかし当の本人はどうやら受かっている可能性を本当に考えていないらしく、涼しい顔であっさりスマホを手にとった。そして電話に出た。


「うん。うん。うん? うん!? それは間違いないの? 八百屋さんなのね? 八百屋さんがあるのね!? 写真? うん、お願い」

 

 月島は通話を終えると、スマホを操作して、ママンから送られてきた画像を確認した。そしてそれを俺たちにも見せた。8083。そこにはたしかにその数字がある。

「なんかよくわかんないけど、受かっちゃった」

 

 誰からということもなく拍手が巻き起こる。月島は柄でもなくガッツポーズを決めた。

「不思議なもんだね。大学なんて正直あんまり行きたくなかったのに、こうして受かるとなんだか急に行きたくなってきた。うちの店の再建をしながら女子大生になったっていいよね? せんべい屋の娘が日本で最初の女性総理を目指すってのも、アリだよね?」

 

 それを肯定するように柏木はホワイトボードに花を一つ増やした。月島はまたしても柄でもなく俺たちに一礼をした。

「キミたちと出会っていなければ、絶対私はあの大学に受かってなかった。火事でうちが燃えて家族が落ち込んでいる今の状況を考えても、この合格は大きかった。ママ、すっごくよろこんでた。みんな、ありがとね」


 

 次は太陽の番だった。


 発表時間が迫ると彼は左手に日比野さんのお守りを握り、右手でスマホをしきりにチェックしていた。そしてその時が来た。


「大学のサイトが更新された」と言って太陽は大きく深呼吸した。2918、と何度もつぶやきながら、右手で画面を少しずつスクロールさせていく。額には大粒の汗が浮かび、やがてそれは頬をつたって机に落ちた。それからほどなくして、太陽の右手がぱったり止まった。見ればその手は小さく震えている。


「2900台まで来たけど、どうしても指が動かねぇ。すまねえが、誰かオレの代わりにこの先を見てくれねぇか?」

 

 太陽の指が動かなくなるのも無理はなかった。彼は幼馴染みを救うため、なにがなんでも合格を勝ち取らなきゃいけなかった。それも現役で。


「貸して」と柏木が代打を買って出た。彼女は太陽からスマホを受け取ると、画面をゆっくりスクロールさせた。そこに2918番があることを――あるいはないことを――たしかめると、何かを思いついたように眉をわずかに動かした。それから無言でどういうわけか俺にそのスマホを手渡した。

 

 俺は画面を確認してようやく柏木の意図がわかった。この結果はあたしからじゃなく親友ダチから伝えてあげなきゃ。彼女の眉は雄弁にそう語っていた。

 

 俺は今にも失禁するんじゃないかというくらい緊張している悪友に、優しく声をかけた。「太陽、よくがんばったな。おめでとう。春から医大生だ」


「憎いね! やることが!」太陽はお守りを両手で握りしめ、しばし一人で感慨にふけった。それから思い出したように札幌のいとこに電話をかけ、キャンパスにも2918番が掲示されていることをたしかめた。三つ目の花がホワイトボードに咲くと、やっとその顔には安堵が訪れた。


「忘れちゃいけねぇのは、あくまでもオレはこれでようやくスタートラインに立ったってことだ。まひるを目覚めさせるため、ここからまた長い戦いが始まる。でも、でもよ、今日くらいはパーッと遊んじゃってもいいよな!?」


「いいよ!」柏木が許可する。「あたしも遊ぶ! ずっとガマンしてたんだもん。カラオケでしょ。ボーリングでしょ。ダーツでしょ。食べ放題でしょ。今日はもう全部やっちゃおう!」


「やぶさかではない」月島はワクワクを隠せない。「私も今日くらいはイヤなことを忘れて、楽しもう。歌って倒して投げて食って飲もう!」


「よし、それじゃさっそく予約しとくか。どこもオレたちみたいな受験生で混みそうだからな。今日はとことんみんなで――」みんなで、と太陽は小声で繰り返し、俺と高瀬の顔を気まずそうに見た。「す、すまねぇ。ふたりは、これからなんだよな。合格がわかってつい、舞い上がっちまった……」


「いいよ、謝らなくても」俺は手を振る。まぁ気持ちはわかる。


「神沢君、そろそろ行こうか」高瀬は時計を見て、凛と立ち上がった。「葉山君。予約を入れるなら、五人分・・・お願いね」


 ♯ ♯ ♯


 鳴大の構内は受験生やその家族でごった返しているかと思いきや、意外と人出はそこまで多くなかった。きっと悪天候のせいだろう。こんな数年に一度あるかないかの大雪の日にわざわざ外出しなくたって、ネット環境さえあれば家でこたつにこもっていながら大学の合否くらい知ることができる。ドラマティックかどうかは別として。


「いよいよだね」と高瀬は言った。

「いよいよだな」と俺は言った。


「神沢君」と高瀬は言った。「もう少しで発表だけど、今何を思ってる?」


「もし不合格でも悔いはないな、って思ってる」俺はそう答えた。「高校に入ってから今日この日を迎えるまでの過程のなかで、多くの大事なものを手に入れることができた。望むような結果が得られなかったとしても、その多くのものは消えたりしない。試験は来年も受けられるけど、大事なものはもう手に入らない。だからどんな結果でも俺は受け入れる」


「本当にそう思ってる?」

「嘘です!」と俺は情けない声で打ち明けた。「格好つけた! 不合格なら立ち直れないくらい落ち込むと思う。そんな結果は受け入れられない。本当は受かりたくて受かりたくて仕方ない。絶対落ちたくない!」

 

 高瀬は苦笑する。「素直でよろしい」


「そういう高瀬は?」と俺は聞き返した。「今何を思ってる?」

「三人とも受かって良かったな、って思ってる」


「本当にそう思ってる?」

「本当は三人とも受かっちゃったか、って思ってる」と彼女は泣きそうな声で答えた。「現役合格を熱望していた葉山君はともかく、ほぼ記念受験みたいな晴香と月島さんが受かってるのに私が落ちるわけにいかないっていうプレッシャーがものすごい。どっちか一人でも落ちてくれればちょっとは気楽だったのに。もし受かってなかったら、十年後の花見は欠席する」


「素直でよろしい」

 

 そんな話をぽつぽつしていると、ほどなくしてスーツを着た大学職員が建物から出てきた。手には大きな紙がある。構内にまばらにいた人たちはいっせいに掲示板の前へ群がった。いよいよその時が来たようだ。

 

 まず張り出されたのは、文系学部の合格者番号だった。つまり高瀬の合否が先にわかるということだ。


 文学部の日本文学科に続いて彼女が受けた英米文学科の合格者が掲示された。高瀬は1107、と俺はつぶやき、私はいい女・・・、と高瀬はつぶやいた。


 群衆のなかから、続々よろこびの声があがっていく。それと並行して、落胆のため息も漏れる。笑う者がいれば、泣く者もいる。せっかくなら俺たちも笑いたい。いや、同じ泣くのでもうれし泣きならいい。


「1085」と高瀬はつぶやいた。

「1087」と俺は続いた。1050を過ぎたあたりから、どちらが言い出したわけでもなく、交互に掲示板の番号を読み上げていた。


「1088」

「1089」


「1090」

「1101」と俺は言った。


「1101!?」高瀬の声は裏返る。「いきなり十個も飛んだ。もし次も十個飛んでいたとしたら――」

 俺は彼女の口をふさいだ。「それ以上はやめよう。さぁ次は?」


「1103」

「1105」


「1106」

「1107」俺は高瀬の手元の受験票をあらためて確認した。そこにはたしかに受験番号1107と記されていた。「1107!」


「いい女!」と高瀬は叫んだ。そして人目もはばからず俺に抱きついてきた。「やった! あった! 1107! いい女! 私はいい女なんだよ!」

 

 周囲からは冷ややかな視線が注がれたが、高瀬はおかまいなしで心ゆくまではしゃいだ。はしゃぎすぎて酸欠になりかけたくらいだった。


「お、おい、大丈夫か!?」

「Don't worry, it's okay.」すっかりもう、英米文学科の学生気分らしい。「さ、次は神沢君の番だよ。ちょうど理系の学部の合格者が張り出されてる。行こう。大丈夫。絶対受かってるから」

 

 俺は高瀬に手を引かれて、獣医学部の合格者が掲示されているところまで移動した。受験票を最終確認する。間違いない。受験番号は8739だ。その四桁の数字があれば俺も高瀬に抱きついて、心ゆくまではしゃげる。

 

 験担ぎというわけではないけれど、高瀬の時と同じように、俺たちは8650を過ぎたあたりから順番に番号を読み上げていた。

「8689」と俺は言う。

「8694」と高瀬は言う。


「8702」

「8706」


「8709」

「8730」と高瀬は言う。


「8730!?」俺は取り乱す。「いきなり二十も飛んだ。もし次二十――いや、十飛んだだけでも――」

 

 そこで高瀬に口をふさがれた。「それ以上はやめよう。さぁ、その次は?」


「8731」と俺ははらはらして言う。

「8732」と高瀬は言う。


「8734」と俺はひやひやして言う。

「8735」と高瀬は言う。


「8737」と俺はびくびくして言う。そして気づけば目を閉じ、花咲く、と祈っている。


「はちなな」と高瀬の声が聞こえる。しかしそれに続く数字が聞こえない。はちなな、と何度も繰り返す。その声は次第に小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなった。


 そうなる理由はひとつしか思い当たらない。俺は腹をくくって目を開いた。案の定、8737の後に8739はなかった。あったのは8789だった。


「そんなわけない」と高瀬は言った。「十個や二十個飛ぶならまだしも、いっきに五十個近くも飛ぶなんて……。8738番から8788番までひとりも受かってないっていうの? そんなことあり得る? これは何かの間違いだよ!」

 

 大学本部に掲示される番号に、さすがに間違いはないだろ。ここに来る前太陽が言っていたその言葉を思い出す。もっともだ。同感だ。俺もそう思う。つまり、すなわち、認めたくはないが、受け入れたくはないが、俺は落ちたということだ。不合格ということだ。

 

 花は咲かなかった。


「神沢君、こんなのおかしい。絶対受かってるはずなんだから。文句言いに行こう?」


「いいんだ」と俺は彼女を制した。「高瀬、ありがと。俺の合格を信じ続けてくれた、その気持ちだけでうれしいよ」

 

 ひとしきり沈黙があった。やがて彼女の二つの目は潤いを帯び始めた。


「神沢君、よくがんばったよ。私はその努力をとってもとっても評価してるから。だからどうか、落ち込まないで。なんにも恥じることはない。それにほら、まだ、後期日程だってあるし――」

 

 そこで俺の携帯に着信があった。電話をかけてきたのは柏木だった。なるほど。高校にいてもスマホで鳴大の合否はわかる。なぐさめの言葉をかける気なのだろう。そう思ってしんみり電話に出た俺の耳を、彼女の歓声がつらぬいた。


「悠介! おめでとう! やっぱり8739は縁起が良かったね! 優里も受かってたね。花は余らなかった。バッチリ、五つとも花は咲いてるよ!」

「柏木おまえ、それはなんのイヤミだ?」

 

 返答はなかった。次に聞こえたのは太陽の声だ。


「五人分予約しておいて正解だった! 悠介! さぞ良い気分だろう。さぁ堂々と帰ってこい。今日は今からみんなで朝まで遊び倒すぞ!」

「おい太陽、俺は落ちたんだぞ。呑気に遊べるわけないだろ」

 

 いつの間にか電話の相手は月島に変わっていた。


「神沢。こっちも大盛り上がりだよ! 私個人としては正直フクザツな気持ちではあるが、でもめでたい! 獣医兼せんべい屋店主だってアリだからね! じゃあね!」

「おい! おまえたち、さっきから何わけわかんないこと言ってるんだ!?」

 

 そこで別の電話番号から着信が来た。俺は頭が混乱したまま電話に出た。


「神沢悠介さんの携帯電話でよろしいですか?」

 それは無愛想な中年男の声だった。

「はい」


「わたくし、鳴大の入試担当の者です」とその男は言った。「神沢さん、今、どこで合格発表を見てらっしゃいます?」

 

 どこもなにも、お宅の庭だ。俺はやんわりそれを伝えた。


「実はですね。きのうからの大雪のせいで職員の数が足りていなくてですね、それで何かと問題が起こっておりまして。神沢さんは本学の獣医学部をお受けになりましたよね? 受験番号は8739。間違いないですか?」

「間違いありません」と俺は答えた。


「今わたくしの手元に構内に掲示した紙のコピーがあるんですが、これは間違いです。人手が足りないせいで手違いが生じ、合格している受験生の番号が不記載になっています。8738番から8788番までの約五十人のうち、受かっている人の番号がすっぽり抜け落ちている。受験番号8739はそのうちのひとつです。ネットでは正確な情報が出ているんですが……」

 

 俺の混乱している頭では、理解が追いつかなかった。

「あの、結局、どういうことなんですか?」


「神沢悠介さん」と男は抑揚のない声で言った。「本学の獣医学部に合格です。構内の掲示板に受験番号はありませんが、受かっております。それでは他の方にも取り急ぎ連絡をしなければいけませんので、失礼します」

 

 いつしか高瀬も耳を近づけて通話を聞いていた。彼女はスマホを取り出し、鳴大のサイトを開いた。そして歓喜の声を上げた。


「ある! 本当に8739番がある! だから私言ったじゃない! 神沢君は絶対受かってるって! これは何かの間違いだって! よかったね!」

「お、おう」


「本当におめでとう!」

「う、うん」


「あれ? あんまりうれしくないの?」

「いや、もちろんうれしいけど」俺はぎこちない笑みを浮かべるので精一杯だった。「電話口で『はい、あなたは合格です』って言われても、実感がちっとも湧かないんだよな……」

「そりゃそうか」

「顔も名前も知らんおっさんの無愛想な声じゃなく、せっかくなら高瀬の声で合格を知りたかった」


「まぁこれも、十年後は笑い話になってるよ」

「違いない」と俺は笑って言った。「もし自分の子に話すなら、笑ってるのをごまかすため、口元を手で覆うだろうな。オチがばれちゃうからな」


「その子は絶対、だまされるね」

「ああ」


 高瀬は万歳をしたり抱き合ったりして合格をよろこぶ受験生たちを羨ましそうに見ていた。


「なんだかすまんな」と俺はそんな高瀬を見て言った。「わざわざ大雪の中キャンパスまで合否を見に来て、ふたりとも受かってたっていうのに。こんなんじゃ、ぜんぜんドラマティックじゃないよな」


「今からでもドラマティックにする方法が一つだけある」

 

 高瀬はちょっと照れてそう言うと、背伸びをして、俺の頬に何かをくっつけた。冷たくも温かいその感触は、祝福としてはこの上なかった。それでやっと俺は合格を実感できた。


 雪は依然として降り続いていた。俺は一度は恨んだこの雪に感謝した。

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