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【完結済】未来の君に、さよなら  作者: 朝倉夜空
第三学年・秋〈反撃〉と〈花嫁〉の物語
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第102話 キャンディが溶けてしまわないように 3


《♦涼》


「ふーん。占い師はその四人のうちの誰かっぽいんだ?」

 

 下校中、思いがけず悠介とばったり会った涼は、彼と近くの公園に来ていた。一基だけあるベンチには先客の高校生カップルが座っていたので、やむなくさびついたブランコに隣り合って腰かけている。


「難しい顔をして歩いていたから、占い師の正体でもわかりそうなの? って冗談半分に聞いてみれば、まさか本当にそうだったとはね」


「おまえは勘が鋭すぎるんだよ」悠介は隣のブランコで苦笑する。「もしおまえも喫茶店で同席していたら、案外あっさり占い師の正体を見破ったのかもな」


「だからいつも言ってんだろー。私をカノジョにしろーって」言って、涼は顔を赤らめた。慌ててブランコをこぎ、顔に風をあてる。「せ、整理しよう。キミを高校に戻すため、四人の教師が手を貸してくれることになった。ついさっきキミは喫茶店でその四人に会った。キミの担任だった昭和的熱血漢の篠田。変人ループタイの松任谷。泣き虫オヤジの島。帰ってきたカンナ先生。そしてキミは占い師の笑みと同じものが誰かの口元に浮かんだのを見た。そゆことですな?」


「そゆことですな」


「誰の口元なのかまでは、どうしても思い出せない?」

 悠介は腕を組んでひとしきり唸った。それから悔しそうに頭をかきむしった。

「ほんの一瞬のことだったし、それにそんな意識して見てなかったからなぁ……。でも間違いなくあれは、占い師の笑みだった」


「表向きはキミを助けるフリをして、内心ではこの状況を楽しんでいるんだろうか」


「さぁね。占い師の考えていることなんてわからねぇよ、なにひとつ。それでもはっきりしているのは、そいつは何食わぬ顔で俺を――いや、おまえも含めた俺たちを――欺いているってことだ」

 

 涼は四人の中でいちばんゆかりのある教師を思い浮かべた。そして眉をひそめた。

「でもさ、カンナ先生だけはさすがに容疑者から外していいんじゃない? キミもよく知ってるでしょ。あの先生はそんなことをする人じゃないよ」


「それを言い出したら、他の三人だって『そんなことをする人じゃない』んだよ。篠田先生も、松任谷先生も、島先生も。みんな多少のクセはあっても、生徒からしてみれば良い先生で通ってる。この際、『あの人にかぎって』みたいな思い込みや先入観は捨てなきゃいけない。とにかく占い師はあの四人のうちの誰かだ。ちくしょう。占い師め。絶対に正体を暴いてやる」


 ♯ ♯ ♯

 

 涼は早く悠介とベンチに行きたかったが、そこには相も変わらず他校のカップルが居座っていて、いちゃいちゃ体を寄せ合っていた。そして奴らはまず間違いなく、仲の良さを涼たちに見せつけていた。二人して時折こちらを見て、くすくす笑っている。


 いっそロケットランチャーでも打ち込んでやればスッキリしたのだが、もちろんそんな兵器はそのあたりに転がっていなかった。水鉄砲なら落ちていた。ちゃちなおもちゃで我慢しようかと思ったところで、悠介が口を開いた。


「そういえば、おまえに聞きたいことがあったんだ」

「ほう、なにさ」


「高瀬のことなんだけどな」と悠介は言った。「なんだか最近やけに俺に冷たいんだよ。

メッセージでやりとりしてもすげないし、電話で話しても素っ気ないし。というかそもそも会ってくれないし。なぁ月島。高瀬から何か聞いていないか?」

 

 バッチリ聞いている。神沢君を高校に戻したければ、あることをするようトカイから要求されているの、と彼女は涼にだけ打ち明けた。


 あること・・・・。おのずと彼との未来をあきらめなきゃいけないようなこと。冷たくするのも、その一環なのだろう。


「さぁ?」と涼はしらばっくれた。この件は誰にも口外しないという女同士の約束だった。「それらしいことは何も聞いてないよ。だいたいもし何かあったとしても、高瀬さんが私に話すわけないじゃないか」


「それもそうか」

「というか神沢。キミは失礼だぞ。私とこうして二人きりでいるというのに、他の女の子の話題を持ち出すなんて。罰として、今から私のためだけに時間をさけ」


「す、すまん」悠介は謝ったあとで、何かを思い出したように時計を見た。そして再度すまんと繰り返した。「すまん。もう行かないと。実は今、柏木の店でバイトをしてるんだ」


「失礼だぞ」涼はカチンときて言った。そしてブランコから下りて、彼の正面に立った。いつしかベンチのカップルへの対抗心が芽生えていた。「膝の上に座っていい? キミのぬくもりと匂いをそろそろ補充したいんだ」

「いや、でも、バイトに遅れると柏木に怒られるんだ」


「ちょっとでいいから」

「ちょっとって?」

 

 涼はポケットにキャンディが一つ入っているのを思い出した。甘酸っぱいレモン味のキャンディ。それを取り出すと、包みを開けて口に入れた。

「私がこのキャンディを舐め終わるまで」


 ♯ ♯ ♯

 

 悠介と別れた涼は、予約していた行きつけの美容室へ向かった。本当はもっと髪を伸ばしていろんな髪型を試してみたいのだけど、ショートカットが似合うと悠介が言ってくれるので、襟足えりあしが肩にかかりそうなタイミングで散髪することにしていた。


 もっともあの鈍臭い男は、一人の乙女が長い間髪型を変えない理由なんてどうせわかっていないだろうけど。

 

 たいして読みたくもないファッション雑誌を読み、たいしてしたくもない世間話をして美容室を出ると、外はすっかり陽が落ちていた。満月の浮かぶ、秋の夜だ。


 今日の晩ご飯はどうしようか? いっそのこと鉄板焼かしわに押し掛けて営業妨害でもしてやろうか。そんなことを考えながらしばらく歩き続け、ふと車道の向こうに目をやった、その時だった。涼は驚いて大きく目を見張った。おいおい嘘でしょ、と思った。


 でもそれは見間違いなんかじゃなかった。そこには小さな卓をかまえ、水晶を両手で撫でる黒マント姿があった。


 満月。

 水晶。

 そして黒マント。


 悠介たちからさんざん聞かされていた特徴と完全に一致する。間違いない。あれは、あいつは、“未来の君”の占い師だ。


「ついに私の前にも現れやがったな、このすっとこどっこい!」と涼は挑発するように叫んだ。

 

 車道の向こうで占い師は肩を上下に揺らした。笑っているらしい。

「これはこれは。なかなか男勝りなお方のようですな」

 

 今すぐ駆け寄って化けの皮を剥がしてやりたかったが、あいにく道路にはひっきりなしに車が走っていた。やむなく涼はその場で目を凝らし、占い師の容貌ようぼうを観察した。ところがマントで覆われていないのは口元のみで、正体を特定することはできそうになかった。


 でもそこでへこたれないのが涼だ。「占い師め。絶対に正体を暴いてやる」と意気込んでいた男を思い出した。あいつのためにも、試しにちょっとカマをかけてみることにした。

「あれぇ? 私たち、どっかで会ったことあるよね?」


「はてさて? 記憶にございませんな」


「ウッソだぁ。絶対会ってるよ。どこだっけなぁ? そうだ! 校内だ。鳴桜めいおう高校の」

「人違いでございましょう」


「でもさ」と涼はしたり顔で言った。「こんなに車が走っているのに、あなたの声、とってもよく聞こえるよ。まるで普段からガヤガヤした教室で遠くの生徒まで声を届けるのを仕事にしている人みたい。本当はあなた、教師・・なんじゃないの?」

 

 占い師は何も答えなかった。再び肩を上下に揺らしただけだった。

 

 涼は先ほどから、もちろん耳もすましていた。しかしその声に聞き覚えはなかった。変声機のようなものでも使っているのだろうか? まぁいいでしょう、と涼は思った。この沈黙は図星を突かれた証拠と考えてよろしいですね、センセ?

 

 いつまでも黙っていてはまずいと思ったのか、占い師は慌てたように口を開いた。

「せっかくですからな、占っていきませぬか?」


「知ってるよ」と涼は言ってやった。「未来の君でしょ。幸せになりたきゃ運命の絆で結ばれた未来の君と生きろってやつ。私の未来の君はマルメ君なんだってね。丸目守君。童顔のふたつ年下の男の子」

 

 占い師は否定しなかった。左様でございます、と口が動いたような気がした。


「ねぇ占い師さん。どうせなら、私と神沢の相性を占ってよ。神沢のことは知ってるでしょ? 神沢悠介」

 

 占い師は水晶を覗き込むような仕草をした。それから申し訳なさそうに首を横に振った。「お気の毒ですが、輝かしい未来は見えませぬな」


「それはなに? 私が神沢と一緒になっても幸せになれないってこと?」

 

 占い師はうなずいた。

「幸せを求なるなら、“未来の君”と手を取り合って生きることです」


「あのさ占い師さん」と涼はムキになって言い返した。「あなたはとっても大切なことをわかってないような気がするな。私たち人間はさ、想いってものを持つ生き物なんだよね。私はさっきまで神沢と会っていた。でも彼にはあまり時間がなかった。それで私がキャンディを舐めている間だけハグしていられることになった。幸せな時間だったよ。とっても。私はかんたんにキャンディが溶けてしまわないように、歯で噛んだり舌の裏に忍ばせたりして、その幸せな時間を一秒でも長く延ばそうとした。ねぇ占い師さん。わかる? 幸せってさ、生み出せるんだよ。なにが“未来の君”だ。ふざけるな。私はこの想いの強さで、絶対にゆう君・・・と幸せになってみせるから!」

 

 占い師の口元に、かすかな笑みが浮かんだように見えた。巨大なコンテナを積んだトレーラーが道路をゆっくり通過して、しばし涼の視線をさえぎった。トレーラーが走り去ると、もうすでに占い師の姿はなかった。

 

 

 涼が胸にたまった息を吐き出すと同時に、背後から拍手のような音が聞こえてきた。はっとして振り返ると、そこにはいつしか7人ほどの野次馬が立っていた。


 一連の歯の浮くような台詞をこいつらに聞かれていたんだと思うと、涼はたまらなく恥ずかしくなった。生きた心地がしなかった。


 誰のせいだ? もちろんあの占い師のせいだ。


 いつか必ずこの借りは返す! 涼は夜の街を全力疾走しながら、そう固く心に誓った。

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