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【完結済】未来の君に、さよなら  作者: 朝倉夜空
第二学年・秋〈孤独〉と〈キス〉の物語
249/434

第71話 偽物の指輪で本物の愛を誓う 2


 およそすべての修学旅行がそうであるように、俺たちの修学旅行も初日はほとんどの時間を移動に費やした。見学したものといえば夕方に全員で行った清水寺だけだった。


「清水の舞台から飛び降りるとはこのことだ!」と冗談めかして転落防止用の柵に足をかけた馬鹿が引率の教師に大目玉を食らう一幕こそあったものの、それ以外にはとりたてて何もない一日だった。

 

 食事と入浴を済ませ、旅館の売店でウインドーショッピングを楽しんだ俺は、消灯前のひとときを男ばかりの部屋で過ごしていた。


「それにしても柏木の奴、本当に来なかったな」と太陽が布団を敷きながら言った。


「いちおうギリギリまで説得はしてみたんだけどな」と俺はため息混じりに言った。「あいつって案外、一度こうと決めたら誰がなんと言おうと耳を貸さない頑固なところがあるから」


「柏木、今頃何してんのかねぇ。悠介に会えない寂しさをまぎらわすために街へ繰り出して、男漁りに励んでたりしてな」


「やめなさい」と俺は言った。本当にやめなさい。


「なんだか楽しそうだね」と言ってこちらに近づいてきたのは、同室になった男子生徒だ。「僕も話に混ぜてもらっていいかな?」


「おう、来い来い」と太陽がスペースを空けて応じた。「いいよな、悠介?」

 

 特に断る理由も見当たらないので俺は許可した。


「よかった」と彼は座りながら言った。「実は前からずっと、神沢君とじっくり話をしたいなって思ってたんだ」


「俺と?」思わず目をしばたたく。「なんで?」

 

 彼は照れ臭そうにうなじをかいた。「あのね、僕、神沢君のファンなんだよ」

 

 またおかしな奴が現れた、と俺は思った。何を言っているんだ、こいつは。どうしてこう、俺のまわりには一風変わった人間ばかり集まってくるのだろう?

「ファン?」

 

 彼はうなずいた。

「だって神沢君ってこれでもかってくらいハードでタフな高校生活を送ってるでしょ? 勉強に恋に課外活動に大忙し! って感じで。まるで学園モノの小説や漫画から抜け出してきた主人公みたい。はたから見てるとすごいなって思うよ。正直、憧れる」

 

 俺は苦笑いせずにはいられなかった。

「当の本人は平々凡々な高校生活に憧れてますけどね」


 ♯ ♯ ♯

 

 湯川ヒデキというなかなかアカデミックな名前を持つ彼は、勉強は中の中、運動は中の下、ルックスは中の上という器用貧乏と評するべきか無個性と評するべきか人によって判断のわかれる生徒だった。書道部に所属しているがもちろん書道の腕も中の中だった。


 自己紹介のたびにノーベル賞の湯川博士とは縁もゆかりもないことをいちいち説明しなければならないことが目下最大の悩みであるらしく、できるだけ早く結婚して相手方の名字に変えるというのが、彼の17歳時点での夢だった。

 

 俺はふたりの顔を見た。「それで、何の話をするんだよ?」


「おいおい、ヤボなことを聞くんじゃねぇよ」太陽は大袈裟に呆れる。「修学旅行の夜にする話なんざ、この世にひとつしかないだろ」

 

 湯川君はうなずく。「たしかに、いくら進学校だからって国際情勢の話はしないよね」


「そうそう」と太陽は偉そうに言った。「恋の話だよ、恋の」


「恋、ねぇ」


「なぁ悠介。お嬢ちゃん方との関係はここ最近どうなってるんだ。なんだか前にも増して複雑になってるように見えるんだが、そいつは気のせいか?」


「気のせいなんかじゃないよ」と俺は正直に答えた。「事実、俺自身もいったい何がどうなっていて、いったい何をどうすればいいのか、時々ふとわからなくなる」


「わぁ、いかにも主人公っぽいセリフだぁ」

 目を輝かせる湯川君は、感動するポイントがおかしい。

 

 太陽は腕を組んだ。

「悠介のことだからどうせ一人であれこれ考えすぎて深みにはまって、身動きがとれなくなってるんだろ。そういう時こそ人を頼らにゃいかん。せっかくだからオレたちに話してみろ。現状はいったいどうなっているのか。そしておまえさんの気持ちはどこに向かっているのか。こう見えても湯川君は大人のレディと交際している恋愛上級者だ。何かしら良いアドバイスが得られると思うぞ」


「え?」俺はびっくりして姿勢を正した。「湯川君って、社会人と付き合ってんの?」

 

 太陽がそれに答えた。「うちの病院に勤めてる25歳の薬剤師だよ。胸のでっかいお姉様だ。あのたわわに実ったパイオツを湯川てめぇ、好きにし放題かこんにゃろ」


「人の彼女をそういう目で見るのって、どうかと思うよ」湯川君は太陽を正論でたしなめると、咳払いをひとつ挟んでからこちらを見た。「恋愛上級者はいささか言い過ぎだけど、でもそれなりには異性の気持ちはわかってるつもり。だから僕もぜひ話を聞かせてほしいな。微力ながら神沢君の力になりたいんだ」

 

 ちょうどいい機会かもな、と俺は思い始めていた。このところ実にいろいろなことが起こったせいで、頭の中がとっ散らかっているのは事実だった。せっかく日常を離れて京の都にいるわけだし、ここいらで一度、立ち止まってみるべきなのかもしれない。


「湯川君」と俺は言った。「口は堅い方?」



 俺は高校に入学してから今日に至るまで約一年半のあいだに起きたことから、要点だけを抜き出してふたりに話した。湯川君はまるで海賊王の冒険譚にでも耳を傾けているかのように手に汗握ってそれを聞いた。


 俺の物語には当然のことながら古代文明の秘宝も巨大なクラーケンも出てこなかった。それでも話が一区切りつくと彼は好奇心を顔にはりつけて()い寄って来た。


「未来が見える占い師、神沢君を必要とする三人の女の子、そしてひっくり返る“未来の君”の意味! なんてすごいんだ神沢君! 僕らのクラスにそんなドラマティックな高校生活を送っている生徒がいたなんて! ああっ、もっと早くに知り合いになっておけばよかった!」

 

 俺はたまらずのけぞる。「ちょ、ちょっと落ち着こうか、湯川君」

「ごめんよ」彼は自分の頭を叩いた。「盛り上がっちゃって、つい」


「ということは、なんだ」ひとり黙考していた太陽がつぶやく。「“未来の君”――つまり柏木は悠介を幸せにするどころかむしろ、不幸にするってのか」


「もちろんまだそうと決まったわけじゃない、あくまでも仮説の段階だ」と俺は補足した。そして藤堂アリスの自信に満ちた声を思い出し、うなだれた。「ただ、その仮説を否定する材料が今のところないのも事実だ」

 

 湯川君は言った。「柏木さんにそのことは伝えたの?」

 

 俺は首を大きく横に振った。

「まさか。道ばたで犬の糞を踏んづけただけでこの世の終わりみたいに大騒ぎするのが柏木晴香という女だよ? そんなあいつがどんな反応をするかって考えたら、とてもじゃないけど打ち明ける気にはなれないよ」


「こう言っちゃ柏木には悪ぃが」と太陽は前置きして言った。「“未来の君”の意味が180度変わったことは、悠介にとってみれば良かったんじゃねぇか? だってこれまでは幸せになりたきゃ柏木を選ぶしかなかった。でも惚れてんのは高瀬さんだ。だからおまえさんは苦悩していた。そうだろ?」

 

 俺がうなずくと、湯川君が太陽の後を引き継いだ。


「なるほど。神沢君が幸せになりたければ、柏木さんさえ選ばなければいいと変わったわけだから、これで迷わず高瀬さんと一緒になれるってことだよね。それならもう、何も思い悩むことはないじゃない」


「それがそう簡単な話でもないんだよ」と俺はふたりの目を見て言った。「“未来の君”は不幸と破滅を招く存在。そう聞いてからの方がかえって、俺は柏木のことを考えてしまっているんだ。それじゃああいつの幸せはどこにあるのか。あいつはどうしたら幸せになれるのかって。


 柏木には叔母しか身寄りがない。その叔母も何年か後には結婚するそうだ。そうなるとあいつは本当にひとりになっちまう。あいつは孤独を恐れている。柏木を孤独から守れるのは誰だ? どう考えたって俺しかいない。でも“未来の君”と一緒になっちゃいけない。それじゃああいつの幸せはどこにある? ほら、こんな風に考えがぐるぐる堂々巡りしちゃうんだ」


「たしかに高瀬さんにも月島嬢にもちゃんとした家族があるんだよなぁ」と太陽はしみじみ言った。「でも柏木にはそれがない。だからこそ悠介と幸せな家庭を築くことを夢見ている。うーん。そりゃあ『柏木、おまえは俺を不幸にするらしい。俺は俺の幸せだけを追求する。だからもう関わらないでくれ』なんて、言えんよなぁ」


「言えんよ」と俺は同意した。「今日だってふと気づけば考えているのはあいつのことだった。京都に連れてきてやりたかったなとか、ちゃんとメシ食ってんのかなとか。どうしちまったんだろうな、俺は。自分でも自分がわからなくなる」

 

 太陽はそこでテーブルから茶請(ちゃう)け用の菓子を三種類手に取って、横一列に並べた。並んだのはどら焼きとかしわ餅とせんべいだった。


「まずリードしていたのは高瀬さんだ」と言って彼はどら焼きの包みを大きく前へ進めた。「“未来の君”の秘密が明らかになったことで、本来ならそのまま高瀬さんがぶっちぎるはずだった。ところがどっこい、皮肉なもんで、悠介の中では柏木の存在が大きくなっていた。そういうことか?」

 

 俺がうなずくと、湯川君はかしわ餅をどら焼きのすぐ近くまで押し上げた。


「ひとつ聞いてもいいかな」と俺はふと疑問に思って尋ねた。「かしわ餅=柏木はわかる。かしわだから。せんべい=月島もわかる。実家がせんべい屋だから。でもどうして、どら焼き=高瀬なんだ?」


「別に深い意味はありませんよ」と答える太陽はどことなく後ろめたそうで、高瀬が腹黒い(・・・)からなのかと勘繰りもしたが、俺が普段からそう感じていると思われたら嫌なので黙っていた。


「それじゃあ高瀬さんと柏木さんの一騎打ちだ」湯川君はせんべいを菓子入れに戻そうとした。俺は慌ててそれを制した。


「ふたりもよく覚えてると思うけど、この秋は高瀬と柏木の関係がギクシャクしていただろ? そのせいもあってかどっちもやたら気が立っていて、俺は彼女たちの機嫌を損ねないよう細心の注意を払って接しなきゃいけなかった。そんな風に息詰まる毎日を送っていた俺が唯一ほっとできた時がある。それは月島と一緒にいる時だ。あいつは良くも悪くもいつだって月島涼だからな。理性的だしさばさばしてる。


 それになにより一貫して『未来の君? そんなもん私は知ったこっちゃないね』っていうスタンスなのがいい。一緒にいて疲れない。高瀬と柏木がいがみあってそれぞれの悪いところを露呈させる中、あいつの良さが際立ったのは否めない」


「まさしく漁夫の利ってやつだね」と言って湯川君はせんべいを前に進めた。すると三つの茶請けの差はほとんどなくなった。それを見て俺は思わず頭を抱えた。


「どうすりゃいいんだよ、もう。三人のなかで一人を選ぶなんてことができんのか? ダメだ。ムリだ。あと一年そこらで誰か一人に決められる自信がない。なぁふたりとも、こんなどうしようもない俺を責めてくれ。クズ男、優柔不断、いくじなしと罵ってくれ!」


「まぁまぁ」湯川君がなだめてくる。「神沢君と同じ立場に置かれたら、誰だって多少なりとも悩むよ。なにもおかしくないって」

 

「それはそうと悠介」と太陽は思い出したように言った。「高瀬さんとのあの約束(・・・・)はいったいどうなったんだ?」

 

 湯川君ともあろう物好きがそれを聞き逃すはずがなかった。「約束? なんのこと?」


「実は高瀬さんな、こないだの学園祭で優勝できたらキスをしてもいいって、悠介に約束してるんだ」

 

 そんなことを聞かせたらまたスイッチが入っちまうだろと思って湯川君の顔を見ると、果たして彼は、豹変一秒前だった。一秒経った。「キタキター!」と来た。


「ああっ、すごいなぁ! 高瀬さんも高瀬さんでそんな約束しちゃうんだもんなぁ。絵に描いたような優等生なのになぁ。その辺の女の子はドラマティックな恋には憧れるくせに、いざとなればそんな約束してくれないんだよなぁ。神沢君が主人公なら高瀬さんはまさにメインヒロインだね! それにしてもなんて劇的な高校生活を送っているんだ。もう何もかもほったらかして、24時間ずっと神沢君に密着していたい!」


「やめてください」と俺は丁重にお断りした。しっかり断っておかないと、この変人なら本当にやりかねない。


「話を戻すぞ」太陽は咳払いする。「それで結果はといえば、見事にオレたち2年H組が優勝しただろ? それなら後は、約束を実行に移すだけじゃないですか、ええ」


「ええ」湯川君はうなずく。「キスするだけじゃないですか、ええ」


「ええ、じゃないよ」と俺は浮かれる二人に言った。「思い出してもみろ。劇のクライマックスで柏木が俺に何をしたか」


「キスです」と湯川君は言った。

「約十秒間にわたる濃厚なキスです」と太陽は言い直した。


「そうだよ」と俺は照れて言った。「不可抗力だったとはいえそんな光景を高瀬に見せておいて、『さぁ高瀬、優勝したんだから約束通りキスをしよう』なんて、どんな神経をしていたら言えるんだよ。少なくとも俺はそんな(はがね)の神経は持ち合わせちゃいない。


 それにだいたい、あの一件があってからというもの、高瀬は目を合わせてくれなくなってしまった。もちろん会話もできていない。こんな状況じゃキスなんて甘いこと言ってる場合じゃないよ。キスどころか危機だ」

 

 太陽は唸る。「まずはお嬢様にゴキゲンを直してもらうのが先決か」

 俺も唸る。「何か良い方法がないだろうか」


「とっておきの方法があるよ」したり顔で指を立てたのは、湯川君だ。「僕も今の恋人と付き合いはじめてもう一年になるけど、そのあいだずっと順風満帆というわけじゃなかった。気持ちがすれ違うこともあったし喧嘩することもあった。何度か別れる寸前までいった。でもそのたび僕は、この方法で危機を乗り切ってきたんだ」

 

 太陽は両手で何かを揉むフリをする。「噂の25歳巨乳薬剤師だな?」


「巨乳は今関係ないよね?」湯川君は冷たくあしらった。「葉山君にかまっていたら話が進まないからもう答えを言っちゃうよ。その方法とは、ずばり、贈り物(・・・)だよ」


「贈り物」それは名案だと思ったがすぐに、でも、と疑問符がついた。「でも、高瀬の誕生日はまだずっと先だし、クリスマスの時期にはまだ早い。何かの記念日が近いってわけでもない。あいにく、プレゼントを贈る口実がないよ」

 

 湯川君は指を振った。「口実なんてなんとでもなるんだって。例えば花を贈るなら普段の感謝を伝えたいとか、例えば身につけるものを贈るなら似合いそうだと思ったからとか。それにさ、恋をしてるなら、毎日が記念日(・・・)じゃないの」


「湯川君って案外キザなのね」と俺は言った。とはいえ彼が言うことも一理あった。たしかに思い返してみれば、高校に入学してからは何もない日というものを探す方が難しかった。


 それなら何か贈ろうかと思ったが、またしても、でも、と疑問符がついた。

「でも、恥ずかしながら俺には両親がいなくてさ、この修学旅行に来るのだってだいぶ奮発したんだよ。だからあまり高価なものは買えそうにないんだ」

 

 湯川君はまたしても指を振った。

「金額の問題じゃないよ、大事なのはどれだけ心がこもっているかだよ。僕の彼女は社会人だから当然ふたりのあいだには経済的格差がある。彼女にしてみれば、僕が小遣いをやりくりして贈るようなものは、はっきり言ってガラクタ同然の代物だと思うよ。それでも彼女は喜んでくれる。なぜだと思う? それは僕が真心を込めてプレゼントを贈っているからさ。彼女は僕が贈ったものを今でも大事に扱ってくれているよ。そう、要するに大事なのは、気持ちなんだよ。神沢君に贈られて高瀬さんが喜ぶものって、なんだろうね?」


 ♯ ♯ ♯


「高瀬さんに何を贈るか、決めたか?」

 

 修学旅行二日目。終日自由行動となるこの日は、朝から同じ班の四人で京都市内を観光していた。太陽がしびれを切らしたように耳打ちしてきたのは、昼食の京うどんを堪能し、外で一息ついている時だった。女性陣の高瀬と加藤さんはといえば、近くの神社で引いたおみくじを互いに見せ合ってきゃっきゃはしゃいでいる。

「プレゼントを贈るなら、なるたけ早い方がいいぞ。あんまりもたもたしてると、遅きに失するかもしれん。『神沢君、さよなら』なんて言われた日にゃ万事休す、ゲームオーバーだ」


「それはわかってるんだけどさ」と俺は高瀬の遠い後ろ姿を見て言った。「これだ! ってものがなかなか思いつかないんだよな……」

 

 太陽は肩を落とした。「だいたい、プレゼント以前に、朝からまだ高瀬さんと一言も喋ってないだろ?」

「何を話題にすればいいかわからないんだよ」


「おいおい冗談はよしてくれよ」と太陽はたしなめるように言った。「オレたちが今いるのは、歩けども歩けどもパチンコ屋と老人ホームしかないしみったれたイナカ町じゃないんだぞ? 千年の都京都なんだぞ? 伏見稲荷大社で幻想的な鳥居をくぐっておまえは何を感じた。三十三間堂で千体近くの観音様を見て何を思った。ここにいるあいだは、話題には事欠かないはずだ」

 

 これにはぐうの音も出ない。俺は(こうべ)を垂れた。


「まったく、この体たらくじゃ、なんのために湯川君を交えて夜中の三時まで話し合ったかわからんな。きっと四人でいるのがマズいんだ。こうなったら荒療治だ。いいか、悠介。男を見せろ」

 

 そう言うと太陽は、加藤さんを下の名前で呼んだ。そして彼女の手をとるとそのまま京都の町へ消えていってしまった。あとには俺と高瀬だけが残された。突然の出来事に高瀬は困惑していた。俺も困惑していたがすぐに太陽の助言を思い出し、立ち尽くす高瀬のそばに歩み寄った。そして声をかけた。


「そういえばあの二人、付き合ってるんだもんな。でもいくら自由行動だからって、デートはマズいよな?」

 

 ここでもし高瀬が何も反応してくれなかったら、即座に伊丹空港へ向かって帰りの便に搭乗するところだったが、さいわい彼女は口を開いてくれた。

「先生とかにばれなきゃいいんだけど」

 

 そこで会話は止まり、気まずい空気が二人の間に流れた。俺は必死になって話題を探した。目に留まったのは、高瀬が持っていたおみくじだ。


「おみくじの結果はどうだった?」と俺は言った。「なんとなく京都だと、当たりそうな気がするから不思議だよな」


「末吉」と高瀬は答えて、おみくじに目を通した。「末吉だけに良くも悪くもないって感じかな。ただ、恋愛運だけは――」

 

 高瀬がおみくじを見せてくれたので、俺は恋愛運のところを読んだ。読み終わるとあやうく、湯川君! と彼の名を叫びそうになった。


〈今日は一生に一度の記念日(・・・)になりそう〉

 

 そこにはたしかにそう書いてある。

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