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【完結済】未来の君に、さよなら  作者: 朝倉夜空
第二学年・春〈愛情〉と〈幽霊〉の物語
171/434

第50話 とてもきれいなものを見せてあげる 4

 

 俺は推理を話し続けた。


「おそらく幽霊側からしてみれば、なにがなんでも実習棟三階へ続く階段で――つまり“嘆きの女生徒”で、俺たちの侵入を(はば)みたかったはずなんだ。なぜなら三階こそが連中の根城なんだから。そこで夜な夜なやっていることを隠すために幽霊騒ぎを引き起こしていたんだから。


 侵入者である俺たちを二階で食い止めるべく、嘆きの女生徒役の生徒は、様々なケースを想定して踊り場で待ち構えていたに違いない。もし親しげに話しかけられたらこうしよう。もし階段を上ってきたらああしよう。大丈夫。その程度の揺さぶりは織り込み済みだ。


 ところが、だ。俺たちが大型犬を引き連れてくる『もし』はいくらなんでも頭に置いていなかった。それは不測の事態だった。彼女は戸惑ってしまった。なにしろ彼女は大の犬嫌い(・・・)だったんだ。犬の鼻息を聞くだけで体が震えてしまうほどに。それで彼女は二度目の捜索時、耐えきれなくなってやむなく踊り場から退いたってわけだ」


「体が震えちまうほどの犬嫌い」と太陽は言った。幼馴染みの顔を思い浮かべているに違いなかった。「嘆きの女生徒に変装していたのは、まひるだったんだな」


「ああそうだ」と俺は認めた。

 

 柏木は苦笑した。「幼馴染みの葉山君でさえ見抜けないんだもん、あたしたちが見抜けるわけないよね」


「それだけ日比野さんは心も体も嘆きの女生徒になりきっていたということだな」

 そう言ってから俺は話を元に戻した。

「番人である日比野さんが立ち去ってしまい、月島は内心で相当慌てたはずだ。三階には第二第三の仕掛けがあるとはいえ、下手をすると秘密がばれてしまう。バクチを打ってでも捜査を邪魔しなければ――。


 万が一こうなることもあると見込んで準備はしてある。使い物にならなくなった古い電池を持ってきた。これを懐中電灯の電池と入れ替えて、光を奪ってしまえばいい。問題は、それを実行に移せるかどうかだ。三階の捜査が始まる前に高瀬が『私たちの秘密基地で一休みしよう』と提案したのは、月島にとって不幸中の幸いだった。渡りに船だった。

 

 部屋に入るなり俺が懐中電灯を消してテーブルに置いたのを見て、おまえは『しめた』と思ったはずだ。この機を逃すまいと」

 

 太陽は月島を尊敬の目で見る。

「点かなくなった懐中電灯の代わりとしてスマホのライトを使ったけど、光が弱くて結局捜査が(はかど)らなかったもんな。月島嬢がバクチを打っただけの価値はあったってわけだ」


「なあ月島」と俺は穏やかに呼びかけた。「いい加減白状してくれないか。どう考えても電池のすり替えができたのはおまえしかいないんだよ。人一倍分別(ふんべつ)のあるおまえのことだ、俺たちを欺いてまで2年A組の連中に協力しなきゃいけない理由があるんだろ? 今回のことでおまえを仲間はずれにしたりなんかしないからさ、そろそろ事情を詳しく聞かせてくれよ」

 

 元々表情に乏しいのが月島涼という娘だけれど、今この時においてはいつにも増して能面のようだった。開き直った詐欺師の法廷画の方がまだ体温を感じるくらいだ。十秒ばかり沈黙があった。彼女の口から出た言葉は「ごめん」でも「実は」でもなく「馬鹿みたい」だった。


「いいよ。電池をすり替えることが不可能じゃなかった。それは認めてあげる。でもさ、だから何? 私があの夜それをやったという証明には至らないよね? そこが証明できないんじゃ、話にならないよ。内通者? 何それ。夜中に一人寂しくスパイ映画を観るのもほどほどにした方がいいね、神沢」


「しぶといな」と俺は言った。喉が渇いていたが、あいにく飲み物は持ち合わせていなかった。「追及のネタがこれで尽きたと思ったら大間違いだ。こっちにはまだ、とっておきがある。こうなったらとことん追い詰めてやる」

 

 とっておきを示すため、俺は夜間捜査時の様子が収まっているメモリーカードをモップの首輪から取り外し、それをビデオカメラに挿入した。テレビに映像が映し出される。場面は最初の夜間捜査の校門前。撮影者の柏木が「経験人数は?」「好きな体位は?」などと意味不明な質問をして高瀬と月島を困らせているところから録画は始まる。


「ちょっと飛ばすぞ」

 俺は映像を早送りした。夜の校舎への侵入を果たした五人は、捜査方針を話し合う。実習棟三階を目指すことが当座の目標として設定される。

「さあみんな、ここからの月島の言動に注目してくれよ」

 

 ビデオの中の月島は特大お守りで顔を隠しながらこう言った。

「三階へは、どの階段を使うの?」


「どの階段を使う……って」困惑していたのは俺だ。「今の時点でそこまで決めなきゃいけないか?」


「心の準備ってもんがあるでしょ」と月島は主張した。「私はキミたちと違ってビビリなんだから。西、中央、東。どの階段を使うかによって、気合いの入れ方が変わってくるの」


「月島さんのためにも決めてあげようよ」と他でもなく高瀬が言うので(もちろんこの時点で高瀬は自分がスパイに加担していることを知らない)、俺は東階段から行くと言った。すると月島はお守りを一段と強く握りしめ、こうつぶやいた。

「このろくでなしは東階段から行くとほざいております。神様仏様ご先祖様、どうぞ私をお守りください」

 

 俺は一時停止ボタンを押して、その月島の姿をテレビ画面に留めた。

 

 隣で高瀬が口を開く。「夜間捜査のあいだは、月島さん、ずっとこんな感じだったよね」

 

 柏木が月島の肩をつんつん突く。「しつこいくらい、次の行き先を確かめていた」


「仕方ないじゃない」と月島は同情を誘うように弁解した。「私はキミたちよりずっとずっと怖がりなんだから。映像でも言ってたけど、前もって心の準備をしておくことで、どうにか捜査に参加していたんだよ」


「おまえたちはいくつかミスを犯した」と俺は月島の目を見据えて言った。「その中でも致命的だったのは、うまくやりすぎた(・・・・・・・・)ことだ。夜間捜査中、俺たちは様々な怪奇現象に見舞われたわけだけど、そのどれもが、『ここしかない』という絶妙のタイミングで発生した。


 まるで校舎のあちこちに暗視カメラを仕掛けて俺たちの動きを監視しているかのようだった。平たくいえば、お化け屋敷的だった。俺たちを恐怖のどん底に突き落として捜査を打ち切らせるつもりだったんだろうが、うまくやりすぎたことで、皮肉にもかえって俺に違和感を植え付けてしまった。なんかおかしいぞ、と。それ以来、俺は仲間内に疑いの目を向けるようになった。この四人の中に、幽霊側へ情報を逐一漏らしている奴がいるんじゃないかってね」


「でも」と高瀬はモップを見ながら言った。「私たちは五人と一匹で固まって歩いていたから、変な動きをしたらすぐに怪しまれちゃう。電話をかけたりメールを打ったりなんて、できるわけがない」


「では」と俺は続けた。「どうやって内通者は幽霊側に『次はどこへ行く』であるとか『何分後に着きそう』であるとか、そういった情報を正確に伝えていたのか。答えは、この映像の中にある」

 

 俺はビデオを早戻しした。俺と月島のやりとりが今一度再生される。月島の顔の前には常に例のお守りがある。

 

 太陽は肩をすくめた。

「月島嬢よ。これじゃあまるで、お守りに話しかけているみたいだぜ?」

 

「そうだよな太陽」と俺は言った。「実際に月島は話しかけていたんだよ。特大お守りに。いや、正確には、お守りの中に入っている”モノ”に、な」


「便利なアレだね」柏木の手にはいつしかスマートフォンがあった。

 

 俺はそれを拝借した。

「月島。おまえは通話中になっているこいつを特大お守りの中に入れて、俺たちの前で堂々と校内に散らばる幽霊役に情報を伝えていたんだ。グループ通話を使えば、一対一に限らず、何十人という相手と同時に通話できる。お守りはそのカムフラージュだったんだ。大胆不敵というか何というか……俺たちはまんまと騙されていたわけだ」


 高瀬は少し眉をひそめる。「私たちの会話は全部幽霊側の人たちに筒抜けだったんだね」


 俺はうなずいた。

「誰のアイデアなのかはわからないけど、よく考えたよな。『極度の怖がり』というおまえのキャラクターは、このトリックを実行するにあたってこの上なく好都合だったもんな。


 まず第一にお守りを肌身離さず持っていても不自然じゃない。第二にそのお守りが、スマホが入るほど大きいものでもおかしくない。たしか、オバケが嫌がりそうなものを思いつくまま中に入れた結果大きくなったんだっけ? (ふだ)やら塩やら十字架やら。まぁ、わからなくもないさ。少なくとも筋は通る。そして第三に、捜査の手順をその都度尋ねる大義名分も立つ。『心の準備がある』。うん。なるほどね。ブラボー。脱帽だ」

 

 太陽は実際に帽子を脱ぐ仕草をした。

「そういえば、オレがお守りに興味を引かれて中を見せてくれって頼んだら、月島嬢はかたくなに拒んだよな。『一回開けると効果がなくなる』とか言って」


「もっともらしい言い分だ」俺はこれ見よがしに柏木のスマホをひらひらさせた。

 

 そこでようやく月島が沈黙を解いた。「でもね、私が――」


「私が」と俺は強い声でさえぎって、それに続くであろう言葉を先読みした。「私がそのトリックを実行していたという証明はできないよね、だろ?」


 彼女は唇を噛んでうなずいた。


「それなら――潔白を証明したいなら――今ここでお守りを開けてみてくれ。そのカバンの中に入ってるんだろ? 言っておくが、効果がどうのこうのはもう通らないぞ。なにしろおまえは、この社会科準備室までお守りを手に持つことなくたった一人で来られたんだから。そもそも幽霊なんか怖くないんだ。今さら効果もへったくれもあるか。念のためそれを確かめたくて敢えてこの部屋を対決の舞台に選んだってわけだ」

 

 彼女は身じろぎひとつしなかった。そのまましばらくにらみ合いは続いた。

 

 春の夜の長い戦いは、あにはからんや、人ではなく犬によってケリがつけられることとなった。


 そういう芸を仕込んだ覚えは俺にはないけれど、モップが匂うぞとばかりに月島のバッグを嗅いだのだ。鼻息を荒くして。その瞬間、()もりがちではあったが、たしかに悲鳴のような声がバッグから漏れてきた。まひるの声だ、と太陽はすぐに断定した。


 まさか日比野さんが体を小さく屈めてスクールバッグに隠れているわけはないので、通話中の電話がそこにあるとしか考えられなかった。日比野さんくらい”超”のつく犬嫌いになると、電話の向こうに犬がいるとわかっただけで拒否反応が出るらしい。


 なにはともあれ、いよいよ内通者は言い逃れる(すべ)を失った。


「最初から最後までモップ君にやられたなぁ」

 それが仮面の剥がれた月島の第一声だった。彼女は顔をしかめつつも、名犬(?)の頭を撫でてやった。そしてバッグに手を伸ばし、中からお守りを取り出した。


 お守りには護符でも聖石でもロザリオでもなく、やはりスマートフォンが入っていた。「みんな、ごめんね」と月島はそれに語りかける。「私が考えていたよりずっと探偵さんが有能だったみたい。助手のワンちゃんも」

 

 それから彼女は俺たちに断りを入れて、スマホの向こうにいる2年A組の連中と緊急電話会議を行った。


「計画はそのまま……」であるとか「諦めなくていい……」であるとか「明日、予定通りに……」であるとか、そういった声が断片的に聞こえてくるところをみると、どうやら意思の統一をはかっているらしかった。


 嘆きの女生徒を演じていた日比野さんを大勢で励ますようなシーンもあった。よくがんばったよ、と。会議の最後に月島が発した「野蛮なことはしなくていい。大丈夫、あとはこっちでなんとかする」の台詞は、柏木を文字通り身構えさせた。


「なんとかするってなに? ひょっとして、あたしたちのことを東京湾に沈める気!?」


「パーン!」月島はスマホを拳銃に見立てて、柏木のテンプルを撃つふりをする。「なんてね。そんなことするわけないでしょ。だいたい、ここから東京湾まで何百キロあると思ってんの」


「近かったら沈めるのかよ」とつぶやく太陽は――柏木もだけど――月島にいったいどんなイメージを抱いているのか。


「さて」月島はスマホをポケットにしまった。「ばれちまったもんはしょうがない。神沢、二点ほど聞きたいことがあるんだけど、よろしくて?」


「よろしくてよ」と俺は体の力を抜いて答えた。


「もし私がこの部屋に一人で来なかったらどうするつもりだったの? 血気盛んなお友達(・・・)をたくさん連れてくることだってできたんだよ?」


「それを防ぐために、一芝居打ったんだよ」と俺は打ち明けた。「裏庭の捜査を終えた後で、俺と高瀬が立ち話を始めただろ? 話の内容を要約するとこんな感じだった。


 実は松任谷先生に夜間捜査の映像を見てもらっていた。先生は興味深いことに気付いた。そのうえで『君たちは重要なことを聞き漏らしている。もっとよく耳を澄ましてみなさい』と高瀬にヒントじみたメッセージを託した――。


 そんなの全部、真っ赤な嘘さ。ただ、ああいう話し方をすれば、月島ならこう思うはずだと俺たちは読んだ。『映像を見た松任谷先生は自分の正体とお守りを使ったトリックに気付いたんだ。私は何か失言をしたのかもしれない』とね。松任谷先生は天才なのか変人なのかよくわからない人だけど、いずれにしてもそういうのを見抜きそうだもんな」

 

 主演女優を務めた高瀬が颯爽と一歩前に出た。

「自分のミスがきっかけで2年A組のこの一ヶ月の努力が水の泡になるかもしれないなんて、月島さんのプライドが許すわけない。こうなったら誰にも知られることなく証拠の映像を葬ってしまえ。そう考えたから、こうして実際に社会科準備室(ここ)に一人で来たんだよね?」


「なるほど」月島は耳たぶをかく。プライドの高さを否定しないのが、可笑(おか)しい。


 高瀬は続けた。「月島さんの耳だけが拾えるように声の大きさを調整するの、大変だったんだよ。お守りの中のスマホを通してA組の人たちにも聞かれたら意味ないからね」

 

 合点がいったのか、月島は小さくうなずいてから「聞きたいことその二」と言った。「日比野さん、『シャープペン』って言って何度も繰り返してわんわん泣きじゃくってたけど、何があったの?」

 

 俺はすぐさま涙の理由に思い当たった。

「日比野さんは今日の昼に俺と会って話をした時、幽霊役しか知り得ないことをつい口走ってしまったんだ。結果として俺はそこからぐっと真相に近づくことができたわけだけど、彼女はそのミスを心から悔いてるんだ、きっと」


「幽霊役しか知り得ないこと?」


「日比野さんは俺がホワイトデーに高瀬にシャープペンを贈ったことを知っていたんだよ。高瀬はそれを夜間捜査中しか喋ってないのに。ということはつまり、日比野さんはあの夜校舎のどこかにいて、月島のスマホから聞こえてくる高瀬の話し声に耳を澄ましていたということになる。これは蛇足だけどさらに言えば――」


 そこで俺は言葉を切って、月島のスマホが通話中ではないことを確認した。


「さらに言えば、日比野さんは初日に限っては、演技でもなんでもなく本当(・・)に嘆いて泣いたんだよ。なぜなら太陽が『オレにとってまひるはもう、ただの同級生でしかない』なんてことを言うから」


「ひどい男」と柏木。

「かわいそうに」と高瀬。


「しょうがねぇだろ」太陽は取り乱す。「誰がお守りの中に通話中のスマホが入ってるなんて思うよ? ましてや、まひるが聞き耳を立てているなんて。まったく、とんだ罠だ」

 

 許したまえ、と謝意なく謝ってから月島は、煙たそうな顔で柏木を見た。「そういえば、捜査中にホワイトデーの話を始めたのって、こいつだったよね」

 

 柏木はうなずく。「それが何か?」

 

 月島の冷めた視線はモップと柏木を行ったり来たりした。「犬と柏木がぶち壊す、か。しょうがないよね。動物(・・)の考えることはわかんないもん」


「誰が動物だコラ」と柏木は絡んでいくけれど、正直俺も最近は、彼女よりモップの考えていることの方がわかったりする。


 キャットファイトが一段落つくのを待ってから俺は口を開いた。

「これで追及が終わりだと思ったら大間違いだぞ、月島。まだ謎はいくつも残っている。さあ、今度はおまえが答える番だ。覚悟しろよ」


 月島は煩わしそうな顔をする。かまわず俺は言葉を継ぐ。


「なんといってもわからないのは、これほどまでに手の込んだ幽霊騒ぎを起こしている”動機”だ。実習棟三階を封鎖して毎夜何かをしているというあたりまでは、だいたい察しがつく。すべてはある人(・・・)のため、というのも。ところがその『何か』と『ある人』がまったく結びつかないんだ。二つの点は見えている。でもその点同士をつなぐ線がどんなものなのか、まったく見当がつかん。2年A組は、いったい何を目論んでいる? こんな進学校で集団で校則違反を犯してまで果たさなきゃいけないことって、何だ?」

 

 月島の唇が動き出す気配がまるでなかった。仕方がないので「まだあるぞ」と俺は続けた。


「七不思議だよ。七つのエピソードにはそれぞれ明確な役割があった。『嘆きの女生徒』『音楽室のピアノ』『女子トイレの泣き声』『渡り廊下の剣道部員』の四つは、実習棟三階に生徒を近づかせないため。


『黒マントの追跡者』は、調べてみると、今言ったいずれかの怪異に遭遇したことのある生徒ばかりが被害に遭っていた。となれば、おそらくは、『二度と来るなよ』という威嚇の意味合いがあったんだろうと推測できる。


 問題なのは残り二つだ。『鬼火』と『焼却炉のうめき声』は結局わからずじまいだ。どちらにも共通しているのは、舞台が裏庭という点くらいだけど、これらの怪談は何が狙いだったんだ?」

 

 俺が切実に問いかけた甲斐なく、月島の答弁は(はなは)だ素っ気ないものだった。「黙秘権を行使する」


「おい」机を叩きそうになったが、すんでのところで自制心が働いた。「あのな月島。今さら言うまでもないけど、俺は月曜までに幽霊騒ぎを完全に解決して、それを周防(すおう)の姉ちゃんに報告しなきゃいけないんだよ。さもなければ高校を辞めさせられる公算が大きいんだ。俺は高校を辞めたくないよ。そう簡単に辞めてたまるかってんだ。冗談じゃない。


 俺がどんな思いでこの高校に入ったのか、それを世界で一番よく知っているのは月島、おまえだろ? 頼むよ。今日は木曜だ。タイムリミットまではもう実質三日しかない。切羽詰まってる。どうか、本当のことを教えてくれ」

 

 それは事実上の最後通牒だった。これでもまだ月島がだんまりを決め込むのなら、宣戦布告とまではいかないにしても、国交断絶レベルの措置を取る用意が俺にはあった。少なくとも東京の老舗せんべい店・月島庵の後継ぎとなる未来は選択肢から消し去ろう。そう思った。それくらいしてしかるべきだ。でも彼女は喋った。

「結論から言えば、神沢は高校を辞めなくて済む」


「は?」拍子抜けする。


「だって、幽霊は、明日の夜をもって校舎からきれいさっぱり成仏して消えるんだから」

 

 そこで俺の耳に昼間の日比野さんの声が蘇ってきた。

「そういえばたしか、他でもなく嘆きの女生徒自身が似たようなことを言っていたな。『幽霊騒ぎは、放っておいても数日以内に収束するような気がするんです』と。これはいったいどういうことだ?」


「曲解せずそのまま受け取ればいい」と月島は答えた。「だから神沢は、明日にでも周防君のお姉さん――生徒会長さんに、大手を振って報告をしに行けばいい。『俺が幽霊を成敗してやりました』と。成仏させてやりましたでもいいけど。不明な点がいくつか残ってしまうとはいえ、実際に幽霊はぱったり出なくなるわけだから、会長さんが神沢を信じない理由はどこにもないはず。大願成就。キミの高校生活は続く。イエーイ」


 俺たちを欺いていた人間の言葉だけに信じていいものかどうか迷っていると、彼女はいつものようにクールに前髪を手で払った。そして言った。


「そんなに私たちのやろうとしていることが気になるなら、明日一日を使って調べてみるんだね。この二週間キミの回りで起きたことをもう一度よく思い出してみるんだ。そこにもヒントはある。ま、せいぜいがんばりなさい。幽霊探偵さん? もし真相にたどりつけたら、ご褒美として、とてもきれいなものを見せてあげる」

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