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【完結済】未来の君に、さよなら  作者: 朝倉夜空
第二学年・春〈愛情〉と〈幽霊〉の物語
170/434

第50話 とてもきれいなものを見せてあげる 3

 

 その日の夜、俺たちは学校の裏庭にいた。裏庭に関する二つの怪異「実習棟の窓に見えた鬼火」と「焼却炉から聞こえた男のうめき声」について調査するために――というのは建前で、この後幽霊側の内通者に一泡吹かせるのが本当の目的だ。


 とはいえ二つの怪異の謎が解けているわけではないので、いちおう真剣に裏庭一帯を一通り調べてはみた。でも手がかりらしい手がかりは何も見つからなかった。まぁ当然だろう。今夜俺たちが裏庭を調査することは、内通者を通して幽霊側にバレているのだから。


「結局鬼火なんか見えなかったじゃない」柏木は退屈そうにあくびをする。「焼却炉にもなにもおかしいところはないし、今夜は収穫ゼロだね」


 太陽がうなずいた。「しょうがねぇ。今日のところはこれでお開きだな」


 月島は例の巨大お守りを両手で抱え、ほっと胸をなで下ろす。

「怖いことが起きないうちに、とっとと帰ろう」


「そうだな」と俺は言った。「みんな、おつかれさん」


「神沢君、ちょっといいかな?」高瀬がモップと一緒に近寄ってきた。声量はやけに小さい。「言い忘れてたんだけど、実はね、ある人から神沢君への伝言を頼まれていて」

「伝言? 誰から?」


「松任谷先生から。例のもの(・・・・)について、興味深いことがわかったんだって」

 

 聞き耳を立てていたのは太陽だ。「お二人さん、なんだい、例のものって?」

 

 説明は俺が担う。

「ほら、校内捜査のときはいつも柏木がビデオカメラを回していただろ? その映像から何か新しい手がかりが得られないかと期待して、松任谷先生にも見てもらっていたんだよ。あの人、推理小説を読むのが趣味らしいし、なにより変人だからさ、俺たちが気付かないようなことも気付くかもしれないと思ったんだ」

 

 太陽は指を鳴らす。「で、悠介の狙い通りに先生は気付いたわけだ。『興味深いことがわかった』っていうことは」

 

 高瀬はうなずいた。「なんでも、『君たちは霊にばかり気を取られ過ぎていて、重要な点を見落としている。いや、聞き漏らしている(・・・・・・・・)。もっとよく耳をすましてみなさい』だって」


「さすが松任谷先生だ」俺は手を叩いた。「正直、裏庭の怪異の謎が解けなくてがっかりしてたんだけど、こうなればまだまだ希望を捨てちゃいけないな」


「勝負はこれからだよ!」高瀬はハーフタイム中のサッカー部のマネージャーみたいなことを言う。「先生は社会科準備室でいつでも映像を見られるようにしておくから、もし急いでいるなら自由に教室に入ってかまわないって言ってたけど、どうする? 今からみんなで行ってみる?」


「やめようよ」とすかさず月島が反対した。「明日だって遅くないでしょ?」

 

 俺は腕時計を見てからうなずいた。もう8時を回っている。

「月島の言う通りだ。今日はもう遅い。それに先生と一緒に映像を見直して、その『興味深いこと』とやらを直接教えてもらった方がいいだろう」


「撮影しておいて良かった」柏木は気持ち悪いくらいさわやかに微笑む。「これで一気に解決に向かうといいね」


 俺はうなずいた。そしてみんなの顔を見渡した。

「明日の朝の始業前にさっそく松任谷先生に会おうと思う。社会科準備室の前に集合すること。それじゃ、今日は解散」


 ♯ ♯ ♯


 解散したように見せかけて、俺たちはそれぞれ別のルートを使ってふたたび社会科準備室で落ち合った。もっとも、”俺たち”の中に内通者は含まれていない。今この時に限っては四人と一匹で俺たちだ。

 

 準備室は相も変わらずしっちゃかめっちゃかに散らかっていて、身を隠す場所には事欠かなかった。だからこそ、この作戦の舞台としてはうってつけだった。


 部屋の主である松任谷先生には事前に高瀬が話を付けてくれている。高瀬が事情を話して部屋の使用を願い出ると、「なんだ、あれか。二時間ドラマで言うところの崖なのか!?」と先生は瞳を輝かせて快諾したらしい。つくづく掴み所のない変わった人である。


「ねえねえ悠介」横たわった冷蔵庫の後ろから柏木が顔を出した。「あたしの演技、どうだった?」


「なんだか良い子すぎたよ」と俺は正直に言った。「普段のおまえなら『映像使用料を払いなさいよ』とかがめついこと言いそうなのに。あいつに怪しまれないといいけど」


「ちょっと! それ、どういう意味よ!?」


「まぁまぁ」太陽が仲裁に入る。「それにしても驚いたよな。オレたちの中に幽霊側に通じていた奴がいたなんて。それがまさかの月島嬢だったなんて」


 高瀬は本の山の陰でうなずいた。

「そして月島さんに一泡吹かせるため『一芝居打ってくれ』だなんて」


「みんなの協力に感謝する」と俺は言った。先ほどの裏庭でのやりとりはすべて、事前に打ち合わせていた通りのものだった。


 柏木は身を乗り出して部屋の入り口を見やった。

「ところでさ、あんな小芝居をしただけで本当に月島はここに来るわけ? 来るにしても、幽霊仲間を大勢引き連れてきたら、いくらなんでもが悪いよ?」


「それについては問題ない」と俺は自信を持って答えた。「あいつの性格を考えれば、撮影した映像を回収しに必ずここに現れる。それも一人で。まぁ見てなって」

 

 太陽は身震いする。「緊張してきやがった」


「緊張するけど、楽しみでもあるよね」

 高瀬は足元を確かめながら慎重に部屋の中央まで進んだ。そこには柏木のビデオカメラと小型のテレビが載る机があった。簡単な操作で誰でもすぐに映像が見られるようあらかじめ準備を施してある。ただし、その映像は、月島の求めるものではない。要するに疑似餌ぎじえというわけだ。

「これを見たらあの沈着冷静な月島さんは、どんな反応をするんだろう?」

 

 そこで、廊下が奥から、ほのかに明るくなってきた。人工的な光だ。その光は徐々にこちらへ近づいてくる。こつこつ、と冷たい足音もする。


「高瀬、本の山に隠れて!」

 俺は慌てて指示を出し、場違いにも程がある人体模型の背に自分の体を忍ばせた。そして足元のモップにささやいた。

「ちょっとのあいだ静かにしていてくれよ。後でおまえにはおいしいおやつ(・・・・・・・)があるからな」


 俺の思惑通り、月島はひとりで社会科準備室の扉を開けた。その気になれば実習棟三階に潜む仲間を伴ってくることも可能だったはずだが、彼女はそうはしなかった。


 月島の右手にはお洒落なペンライトがあり、左手には見慣れたスクールバッグがあった。夜間捜査をする際は一秒たりとも手放していなかったあのアイテム(・・・・・・)は今、どんなに目を凝らしても彼女の手に確認することができない。ロッカーの陰から太陽が親指を突き出してくる。俺は口だけ動かして「ビンゴ」と返す。

 

 月島は自分が罠に掛かっているなんていささかなりとも考えていないようだった。それを俺たちを信じていると取るかそれとも侮っていると取るかはさておくとして、彼女は人体模型にもロッカーにも冷蔵庫にも本の山にも一切の関心を向けなかった。向けたのはただひとつ、中央に置かれているビデオカメラだけだ。

 

 月島は準備室の散らかり具合に一旦は呆然と立ち尽くすも、ペンライトの光を頼りに歩ける場所とそうでない場所をすばやく選り分け、川の飛び石を渡るようにしなやかに脚を前に進めた。中央に着くとバッグを机に置いてカメラを手に取り、それからビデオを再生した。

 

 映像がテレビに映し出される。二人の男子高校生が夜の花壇の前で何やら語り合っている。一人は無愛想でもう一人はハンサムだ。妙に官能的な音楽が背景に流れている。


「やっぱりオレは自分の気持ちを抑えられないんだ」とハンサムは情熱的に言った。

「運命には逆らえないんだな」と無愛想は無愛想に返した。そしてふたりの顔は重なった。


 それは俺と太陽のキスシーンだった。「なんぞ!?」と月島が素っ頓狂な声をあげてペンライトを落としてしまうのも無理はなかった。


「はいカット!」まっ先に撮影者の柏木が姿を現した。

「ごめんね月島さん」高瀬は笑うのを必死にこらえる。

「このビデオ、絶対消せよ、柏木!」太陽は切実に要求する。

 

 月島がじりじりと後ずさり始めたところで、すかさず俺はモップと一緒に扉の前に向かった。退路を断つために。これで彼女は袋のネズミだ。「安心しろ月島」と言って懐中電灯の光をその細身に当てる。

「実際には太陽とキスなんかしてないから。柏木がどうしてもおまえを驚かせたいってうるさくて、仕方なくこんな馬鹿げた映像を撮ったんだ。恨むなら柏木を恨めよ」

 

 柏木は月島のお株を奪って涼しい顔をする。

「なかなか良いリアクションだったよ、月島」

 

 俺はモップの首輪を照らした。そこにメモリーカードを入れた小袋をくくりつけていた。「月島が欲しかったのはこっちだよな。夜間捜査中の様子を撮影した映像。悪いけど、これは渡すわけにはいかないんだ」

 

 四方を囲まれた月島はひとりひとりの表情をじっくり観察すると、平然とペンライトを拾ってスイッチを切った。微笑みかけも睨みつけもしなかった。嘆息も舌打ちもしなかった。

「あのさ、これ、どういうこと? みんなさ、なんか勘違いしてない? 私は松任谷先生が気付いた『興味深いこと』っていうのを今夜中に自分なりに考えてみようと思って、ここに来ただけなんだけど」


「感動するね」と俺はわざとらしく言った。「今夜はもう帰ろうと主張していたおまえが? ホラー映画やお化け屋敷のたぐいが滅法苦手なおまえが? そんなおまえが幽霊が出ると噂の夜の校舎にひとりで乗り込んでまでこの事件を解決したがっていたなんて、感動するね」

 

 月島は前髪を払う。「そうだぞ。死ぬほど怖かったんだからな」


「怖かった」と俺は疑問符抜きで繰り返した。「怖かったなら、そんな時こそ、あれ(・・)にすがればよかったじゃないか。おまえ手作りの特大お守り。なんで今は持ってないんだよ?」

 

 月島の口元がわずかに歪んだのを俺は見逃さなかった。他の三人とアイコンタクトを交わして「月島」とあらためて名を呼ぶ。いよいよ告発する時が来た。


「幽霊騒ぎを引き起こしていた犯人。それはおまえも所属する2年A組の生徒全員だ。そしておまえは犯人の一員として、俺たちの捜査を妨害し続けていたんだ」


「もう全部ばれてるんだよ、スパイさん?」柏木はさも自分が暴いたかのように威張る。

 

 月島は苛立つでもなく首を傾げた。

「うーん。ちょっと何言ってるのか、よくわかんない」


「さすが月島嬢」と太陽は称える。「思った通りしぶといね。そう来なくちゃ」


「あくまでもしらばっくれるか」俺は深呼吸して対決に備えた。「いいだろう。おまえが内通者である証拠はもう挙がっている。そいつを今から突き付けてやる」

 

 月島にはまだ「童貞が探偵気取りかよ」と憎まれ口を叩く余裕があった。俺はそれを柳に風と受け流し、話し続ける。


「四人の中に犯人側に通じている奴がまぎれこんでいると俺が確信したのは、これがきっかけだった」懐中電灯を頭の高さまで掲げる。そして光を消す。「みんな、覚えているよな? 二度目の夜間捜査の時、この懐中電灯が急に点かなくなったのを」

 

 高瀬がうなずく。

「あれはたしか、実習棟三階の私たちの秘密基地で一休みした後のことだったよね」


「そんなハプニングもあったなぁ」きまりが悪そうなのは太陽だ。「オレはてっきり、電池が切れたもんだとばかり思っていた。つまり新しい電池を入れてこなかった悠介のミスだと。悠介。その節はすまんかった」


「普通は誰だってそう思う」と俺は笑って許し、光を再び月島に向けた。「でも実際は違ったんだ。誰かが意図的に電池を古いものにすり替えていたんだよ。そしてそれができたのは月島、おまえしかいないんだ。ほら、返すよ」

 

 俺が消耗しきった電池を月島の前に放り投げると、彼女は無表情でそれを拾い上げた。


「私が電池をすり替えた。あはは。何を言ってるんだか。そんなことできるわけがない。いい? 誰にも気付かれず懐中電灯の電池を替えるって、そう簡単なことじゃないよ? 体育館くらい広い場所でならともかく、あの旧手芸部室みたいに狭い場所では、絶対ムリ。五人のうち誰かがあくびをすれば誰かがそれに必ず気づく。そういう環境だよ? そんな環境でどうやって私は電池を替えたっていうの?」


「あの夜に限っては、おまえに絶好のチャンスがめぐってきたんだよ」と俺は答えた。「夜景がきれいだからみんなも見てみろよ。太陽がそんなことを言い出したんだ。それで俺たちは窓辺に向かった。そしてそのままけっこう長いあいだ夜景を眺めていた。ただ月島、おまえだけは誘いに応じることなくとうとう窓辺には来なかったよな。そう、おまえはあの時、俺たちの背後で電池をすり替えていたんだよ」

 

 月島はやれやれとでも言いたげに肩をすくめると、光の中をこちらに進んできた。「ちょっと貸してみて」と言って俺の懐中電灯を取り上げ、電池を抜く。がちゃっがちゃっ、と雑多な音がする。「仮に()で気付かれることはなくても、()で気付かれちゃうんですけど。電池を替えようとするとどうしたって今みたいに音が出るもの。背後でこんな不自然な音がしていたら、四人いれば少なくとも一人は振り向くでしょうが。振り向かれたら、そこで私はおしまい。私も馬鹿じゃない。そんな危ない橋は渡らない」


「ああ、おまえは馬鹿じゃない」と俺は本音を口にした。「だから、”音を消す”ことで、橋から危険を取り除いたんだ」


「音を消す」月島の声にはおよそ抑揚というものがなかった。「神沢、正気? 自分で何を言ってるかわかってる? そんな魔法みたいなこと、一般人の私にはとてもできやしないよ」


「たしかに作業の音を完全に聞こえなくすることは不可能だ。俺も何度もテストしてみて、それは把握している。だけど、他の音を被せて作業の音をかき消すことなら、あながち不可能ではない」


 そこで俺は再現実験を行うべくポケットからあるものを取り出した。それは月島の実家が製造しているせんべいだった。

「たしかおまえは俺たちが夜景を見ているとき、こう言ったよな? 『モップ君、さっきからずっと、私の持ってるせんべいを物欲しそうな目で見てくるんだけど』。茶菓子としてあの部屋に常備していたこの月島庵のせんべいこそが、不可能を可能にしたんだ」

 

 俺は月島から懐中電灯と新旧の電池を取り返した。そして一式をそのまま太陽に渡し、電池を入れ替えてみてくれ、と頼んだ。オーケイ、と彼は引き受けた。その一方で俺は今にも飛びついてきそうなモップにせんべいを与えた。約束通りのおいしいおやつ。モップはすさまじい音をたててそのせんべいを食べた。食べる、というよりは、粉砕する、という方がしっくり来るくらいだった。ほどなくして、入れ替え完了、と太陽が報告した。


「おふたりさん」と俺は部屋の奥にいる高瀬と柏木に声を掛けた。「どうだ? 太陽の作業音が聞こえたか?」


「ぜんぜん聞こえませーん」と柏木は手を振った。

「モップの咀嚼(そしゃく)音が大きすぎて」と高瀬が補足した。

「月島、アウト」と柏木は言った。


「ということだ、月島」と俺は言った。「おまえはあの夜、こうやって俺たちに気付かれることなく電池をすり替えたんだよ。まさかモップに犯行の片棒を担がせるとはな。まったく、おまえの突飛な発想には舌を巻くよ」


 そこで月島の顔にも、ついに焦りの色が浮かんだ。

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