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【完結済】未来の君に、さよなら  作者: 朝倉夜空
第二学年・春〈愛情〉と〈幽霊〉の物語
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第50話 とてもきれいなものを見せてあげる 2


 俺にとってはこのうえなく耳が痛い忠告を置き土産にして、日比野さんは雑貨店へと向かった。彼女が無事に公園を出たのを見届けてから俺は隣のベンチへ行き、そこに繋いでおいたモップに問いかけた。

「なぁモップ。高瀬って、俺のこと待ってるのかな?」

 

 モップは何も答えなかった。その代わり、〈おれはおまえたちの話が終わるのを待っていたけどな〉とでも言いたげなきつい視線を寄越してきた。まるでデートのせいで半日遅れてきた桃太郎を見る目つきだった。

 

 愛すべき無愛想犬のリードをベンチの脚から解こうとしたところで、スマホが鳴った。電話をかけてきたのは今まさに心に思い浮かべていた人物だった。すぐに出るのもなんだか野暮ったく感じたので、敢えて五秒くらい間を開けることにした。けれども結局は、三秒経って通話ボタンを押した。思い直したのだ。高瀬を待たせちゃいけないと。

 

 彼女は珍しくいきなり本題から入った。「もしもし」も「今大丈夫?」もなかった。

「あのね、実はちょっと面白いことがわかったんだ。それを神沢君の耳にも入れておいた方がいいと思って電話したの」


「面白いこと」幽霊騒ぎに関連して、と俺は頭で補足した。「伺いましょう」


「おととい、松任谷先生に会って話を聞いた後、たしか神沢君はこんな風に推理していたでしょ? 『幽霊騒ぎを起こしている犯人たちは、実習棟三階に部外者を近寄らせないために、校内のいたるところで七不思議を言い広めた』って」

「ああ。したね」


「ということは、と私は閃いたのね。『あなたは誰から七不思議を聞きましたか?』って生徒のみんなに尋ねていけば、そのうち犯人がわかるんじゃないかって」


「なるほどね」と俺は感心して言った。「つまり、その質問の答えとして一番多く名前が挙がった生徒が犯人の一味である可能性が高い。高瀬はそう考えたわけだね」


「そう考えたの」と才女は言った。「それでさっそく今日の放課後を利用して、実際に調べてみたんだ」


「高瀬ひとりで?」


「当然でしょう? 晴香か月島さんか葉山君のうち誰かが幽霊側のスパイなんだもん、うかつに協力してなんて言えないじゃない」

 

 直立不動になることで、彼女の行動力と判断力に敬意を表する。

「ごもっともです」


「結果から先に言うと、残念ながら、ぶっちぎりで一位になる人はいなかったんだ。50人から回答をもらったんだけど、一番多く名前が挙がった人で4票。もし15票とか20票とか集まればこの人を疑ってもよかったんだろうけどね。たった4票じゃ『そういうこともあるかな』って思わなきゃいけないよね」


「単なるお喋り好きかもしれないもんな」

「それか、恐いもの好きか」

 

 高瀬の第一声を俺は思い出した。

「最初の思惑は外れてしまったけど、それでも他の面白いことがわかったんだな?」


「そうなの。がっかりして高校の図書室で調査結果を眺めていたら、あることに気付いて、場所柄もわきまえずついつい声を上げちゃった」

 高瀬の口ぶりは徐々に熱を帯びてくる。俺は耳を澄ます。


「さっきも話したように、『あなたは誰から七不思議を聞きましたか?』という質問を私は50人にしたのね。そして挙がった名前は全部で30人。この30人のうち、14人が――つまり約半分が――2年A組の生徒だったの」


「2年A組」端末を持つ手がじわっと汗で湿る。「カンナ先生のクラスだな」

「他に私たちに関係のある人だと、月島さんと日比野さんが所属しているよね」

 

 調査方法になにかしら問題はなかったのか確認しようとしたところで、それを見透かしたかのように高瀬はこう続けた。

「一応言っておくけど、私は2年生にだけ質問したわけじゃないからね。1年生や3年生にも満遍なく答えてもらって出たのがこの結果なんだからね」

 

 俺は助手をいくぶん過小評価していたようだ。心でそれを詫びて、手汗を拭うと、次に頭で簡単な計算をはじめた。


 我らが学び舎・鳴桜高校は1学年8クラス編成なので、3学年合計で24クラスある。だから高瀬の調査方法で30人の名前が挙がったのならば、その30人の所属クラスはある程度分散するのが順当なのだ。ところがどっこい、調査結果では実に半数近くを特定のクラスの生徒が占めている。


 これはいったいどういうことなのか。偶然の一言で片付けてしまっていいのだろうか。


「なぁ高瀬」俺の脳裏には、元不良教師の顔が浮かんでいた。「カンナ先生が退任することを発表したのって、新学期になってからだよな?」


「そうだね。カンナ先生、春休みの最後の日になっても、教師を続けようか辞めようか迷っていたらしいから」


 俺は深呼吸した。「幽霊騒ぎが始まったのも、新年度になってからだよな?」

 

 高瀬も電話の向こうで深呼吸らしきものをした。「そうだね」


「なるほど」と俺は様々な思いを押し殺して言った。「たしかに面白いことを聞かせてくれた。ありがとう」


「そっちは何かわかった?」ほどなくして、高瀬はそう水を向けてきた。

 

 俺は太陽の幼馴染みとのやりとりを回想した。おのずとため息が漏れる。

「それがさ、幽霊の尻尾を掴んだと思ったんだけど、どうやら俺の勘違いだったみたいなんだ」


「あらら。誰を疑ってたの?」

「日比野さんだよ」


「日比野さん? またどうして」

「言動にちょこっと不自然なところがあったんだ。日比野さんらしくない点というか。なんだかまるで捜査を続ける俺を脅しているみたいだった。まぁ今は、神経質になりすぎたと反省してる」


「私も日比野さんとはよく会うしいろんな話もするけれど、これといって、おかしい様子はなかったかな」


「あ、そういえば」

 俺には高瀬に対するちょっとした恨みがあった。話は脱線してしまうが、それを口に出すのは今が絶好のタイミングだった。


「いろんな話をするのは大いに結構なんだけど、ホワイトデーに俺が高瀬にシャープペンを贈ったことまで日比野さんに話しただろ? おかげでこっちは、日比野さんにさんざん冷やかされて、恥ずかしい思いをしたよ」

 

 ここで高瀬からどのような弁解が飛び出すのか、いくつかパターンを想像しながら俺は耳にスマホを押し付けていた。そしてそれがどのような弁解であろうとも、俺は笑って彼女を許すつもりでいた。しかしながら、受話口から聞こえてきたのは、全く予想していなかった言葉だった。


 彼女は冗談抜きでこう言った。「私、ホワイトデーの話なんかしてないよ?」


「えっ?」

 俺の声はヘリウムガスを吸ったみたいに裏返った。すぐに「でも」と言葉を継ぐ。

「俺がシャープペンを高瀬に贈ったことだけじゃなく、そのシャープペンの特徴まで日比野さんは詳しく知っていたんだぞ。フランス製であるとか、高瀬の名前が彫ってあるとか」


「そう言われても」と高瀬は困惑した声で言った。「話してないったら話してないの。日比野さんに限らず、私は誰にも話してないよ。だって私、神沢君があのシャープペンをプレゼントしてくれたのが本当に嬉しくて、このことは自分の胸だけにしまっておこうって決めたんだもん。だから学校にも持っていかないんだよ」


「それじゃあ、どうして日比野さんは――」


「ごめん、一度だけ!」高瀬は俺の発言をさえぎった。「一度だけ、話したことあった!

 神沢君もその場にいたじゃない。ほら、一回目の夜間捜査の時だよ。真っ暗な校舎をぞろぞろ歩いていたら、晴香が突然『ホワイトデーに何をもらったか打ち明けよう』って言い出して、いつの間にか黙っていられる雰囲気でもなくなって、それで仕方なくシャープペンのことを話したの。神沢君も覚えてるでしょ?」

 

 暖気を含んだ心地よい風が、また一歩季節が前に進んだことを我々にそれとなく告げていた。春だ、と俺は澄んだ空を見て思った。それにしても大変な春だった。


 うららかな季節に繰り広げてきた底気味悪い幽霊たちとの対決を”勝負”とするならば、俺の胸は今、勝利の予感で満たされていた。思わぬかたちで勝機がこちらへ舞い込んできた。ついに見破ったのだ。幽霊の真の姿(・・・・・・)を。


「高瀬は勝利の女神だ」

 高揚感から、そんなキザったらしい台詞も口を衝く。

「幽霊の化けの皮は、もうとっくに剥がれていたんだな」


「え?」


「幽霊は――嘆きの女生徒は――大きなミスを犯したようだ。不自然さを取り繕おうとするあまり、うっかり口を滑らせちまったんだ」

 

 高瀬は重々しい咳払いをした。

「嘆きの女生徒が誰の扮装なのか、わかったんだ?」


「ああ。高瀬と、それから、モップのおかげでね」

「モップ? モップがそこにいるの?」

 

 俺はしゃがんで足元の相棒を撫でた。

「モップを捜査に同行させたのも正解だったんだよ。こいつが“嘆きの女生徒”の正体を示す大きなヒントを俺に与えてくれた。お手柄だ。共同飼い主として、高瀬からも褒めてやってよ」

 

 端末を耳のそばまで近づけてやると、モップはまず不思議そうな顔をし、次に聞き耳を立て、それから尻尾を振った。高瀬が電話越しにどんな言葉をかけたかはわからないけれど、グラハム・ベルの19世紀の発明が21世紀を生きる犬の心まで動かしたことだけは確かだった。

 

 “嘆きの女生徒”を演じていた者の名を高瀬に告げてから、俺は推理に戻った。

「ここまで来れば、連鎖的に他の謎も解けそうだ。幽霊騒ぎを起こしている集団も特定できるし、そこがわかれば、奴らが騒ぎを起こさなきゃいけなかった動機も、ぼんやりとではあるけれど、見えてくる」

 

 高瀬が続いた。

「私たちの中に潜んでいた内通者も、一人しか考えられない」


「二度目の夜間捜査の日、実習等三階の音楽室で手が這ってきただろ? それでみんな絶叫して逃げたわけだけど、どういうわけか近くの中央階段でも元来た東階段でもなく、わざわざ安全が確保できていない西階段の方へ向かったよな?」


「ああ、それは幽霊嫌いのあの人が真っ先に西階段の方へ逃げて、それで私たちもつられてなんとなく……」

 

 俺は肩をすくめた。

「振り返ってみれば、捜査中のあいつ(・・・)の言動はおかしいことだらけだった。俺たちはまんまと騙されていたんだな。奴の演技力には脱帽するしかない」


「どうするの、神沢君。この勢いのまま犯人たちを説得して、騒ぎをやめさせるの?」


「いいや」俺は首を振った。「犯人たちを追い詰めるには、決定打となる証拠がないんだ。嘆きの女生徒はたしかに失言をした。けれども、それを聞いていたのは俺一人だ。その時の会話を録音していたわけでもない。『そんなこと言ってない』とシラを切られたら、こっちはお手上げだ」


「それなら、こういうのはどう?」と高瀬はすかさず提案する。「夜に実習棟の東階段に行って、嘆きの女生徒の顔を覆っていた前髪を強引にかき上げちゃうの。そこまでやられれば、向こうは言い逃れできないでしょ?」

 

 俺は幽霊側の立場になって考えてみた。あいにく高瀬のアイデアは得策とは言えなさそうだった。

「敵も馬鹿じゃない。俺たちが犯人の正体に気付き始めていることに、向こうは気付き始めている。今日の一件があったならなおさらだ。高瀬が七不思議の出所を校内で調査していたことも、向こうの警戒を強める一因となるだろう。だからおそらくもう、俺たちは夜の校舎で嘆きの女生徒に会うことはできないと思う。連中は何かしら別の方法で、実習棟三階への道を封鎖しようと目論むはずだ」

 

 それから俺と高瀬は、どうすれば犯人たちを追い詰めることができるか――タイムリミットである四日後の月曜日までに騒ぎを収束させられるか――思いつくままに意見を出し合った。しかしいずれの案も有効性や確実性の面で疑問があり、ひとつとして採用には至らなかった。


「困ったね」高瀬の声はかすれ始めていた。「どうすればいいんだろう?」

 

 俺は足元の石を蹴った。

「こうなったら、攻め手を変えるしかないな。たとえば、内通者に口を割ってもらうとか」

「でもそれは、簡単なことじゃないよね」


「まあね。あいつは見た目に反して図太い神経の持ち主だから。それこそ決定的な証拠を突きつけないかぎり、自分が裏で幽霊側に通じていることを認めないだろうな」


「ねぇ神沢君」高瀬は何かを思いついたようだ。「幽霊と内通者の正体が判明した今なら、あの人が捜査中にどうやって仲間に情報を流していたのか、わかるんじゃないかな? 考えてみる価値はあると思うよ」

 

 そうだ、と俺は思わず膝を打つ。

「高瀬の言う通りだ。その方法を突き止めれば、それがそのまま動かぬ証拠になり得る。あらためて確認しておきたいんだけど、これまで二回の夜間捜査中に、あいつが誰かと連絡を取り合っているような素振りはなかったんだよな?」


「なかったね」と高瀬は答えにくそうに答えた。


「だとすれば、いったいどうやって――」

 俺は目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。ここが勝負所だ、とみずからに言い聞かせる。


 目の前に転がり込んできた勝利を確実に手にするため、考えろ、考えるんだ。おまえだったらどうする? どうやって四人の同行者に気付かれることなく――そして怪しまれることなく――夜の校舎のあちこちで出番を待っていた幽霊役たちに、進む道のりや到着予定時間なんかを伝える?

 

 日比野さんは俺が高瀬にシャープペンシルを贈ったことを知っていた。それはなぜか。そこがわかれば、おのずと真相にたどりつけるはずだ。俺は日比野さんの発言を一言一句思い返してみた。


「バレンタインのお返しに、シャープペンを贈ったそうじゃないですか」と彼女は言った。

「それもただのシャープペンじゃなくて、フランス製のけっこう高級なやつ。高瀬さんの名前まで彫られている、世界で一本だけのシャープペン。高瀬さん、嬉しそうにそのことを話していました。これで恋人同士じゃないなんて、誰が信じます?」

 

 高瀬さん、嬉しそうにそのことを話していました――。


 その台詞が俺の直感をやけにくすぐっていた。まるで日比野さんは、高瀬の話し声を自分の耳で聴いていたかのようだ。話し声を聴く? どうやって? それ自体はさして難しいことではない。グラハム・ベル。今まさに俺だって、彼の発明の恩恵を受けている。遠く離れていても、恋する人の声を聞くことができる。

 

 俺がひとつの可能性に思い当たったのは、ある光景を見た直後だった。

 

 公園の前を横切った他校の男子生徒が、ちょうど長財布くらいのサイズのケースから何かを取り出したのだ。彼が手にしたのはスマートフォンだった。その瞬間、俺の目の奥で光が弾けた。「それだ!」と叫んでいた。


 俺は自分の推理を高瀬に話した。彼女は夜間捜査中の内通者の挙動を思い出しながらそれを聞いていたらしく、「だからあの時」とか「どうりでね」といった相づちを打った


「これで事件は完全に解決だね」と高瀬は浮ついた口ぶりで言った。


「いや、まだだ」と俺は冷静に返した。「まだ残っている謎はある。ちょうどいい。今夜は最後の夜間捜査をするつもりだったんだ。そこで内通者・・・と直接対決だ」

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