第48話 あいにくこっちだって未来が懸かっている 3
20年前の生徒会役員たちは、さも昔からの伝承であるかのように七不思議を校内で吹聴してまわった。『そういえばこの前友達に聞いたんだけど、うちの高校にもあるらしいね、七不思議』そんな風にうまく意図をカムフラージュして。
もちろんその真偽を怪しむ生徒も少なからずいたが、西階段での事故が原因で退学した一組の男女がいたのはまぎれもない事実だけに、妙なリアリティを伴って七不思議は広まっていった。自由の尊さを説くよりも恐怖心をかきたてることで下校時間を守らせようとする生徒会の企みは功を奏し、最新鋭の防犯システムを導入する案も各教室への施錠を義務付ける計画も、いつしか立ち消えとなった。そして今に至る。
「自由は守られたのだ」
そう誇らしげに語る初老の先生は、落ちぶれた革命家にも見える。
首を傾げたのは高瀬だ。
「当時の生徒会はその作戦を外に漏らさぬよう密かに実行したはずですよね。なのにどうして先生はここまで詳しくご存じなんですか?」
「なんてことはない。事故の責任をとって書道部の顧問を辞めた私が次に任されたのが、生徒会の顧問だったのだ」
なんだよ、と思って俺は歯ぎしりした。捜査の初日からこの人に話を聞いていればもうとっくに幽霊騒ぎは解決できていたかもしれないな、と。人と会うことの重要性をまたひとつ教わったようだ。
先生は続けた。
「はじめにその作戦を聞いた時、私は断固反対したのだよ。当然だろう? 書道部時代に受け持っていた生徒の事故を利用するような真似はしてほしくなかったからね。ただ、脈々と受け継がれてきた伝統を自分たちの代で途絶えさせたくないという生徒会の気持ちも、わからないではなかった。最終的に私は彼らの熱意にほだされて、黙認することにした。彼らは校内のあちこちを舞台とした、いかにもそれらしい怪談を次々に生みだしていった」
「あれ? なんかおかしくない?」
高瀬は俺の目にそう問いかけるやいなや、返答を待たずメモ帳を見取り図に持ち替えた。やっぱり変、とひとりうなずく。
「先生。私たちが知っている七不思議は、半分以上が実習棟三階で発生しています。でも先生の今のお話では、『校内のあちこちを舞台とした』怪談が生まれたそうですね。この違いは、どういうことでしょう?」
「私は何も間違ったことは言っておらんよ。当時の生徒会役員たちは、生徒が校内のどこにいても嫌でも七不思議を意識してしまうよう、怪談の舞台を実にバランス良く配置したのだから。繰り返しになるが、七不思議が作られた目的は、あくまでも完全下校時間を守らない生徒を根絶することだ。実習棟三階なんていう元々生徒が集まりにくい場所を恐怖地帯にすることに、いったいどんな合理的理由があるというのだね?」
俺と高瀬は顔を見合わせた。「神沢君、もしかして」と彼女は知的な声で言う。「『嘆きの女生徒』の舞台が本当は東階段じゃなくて西階段だったように、20年前の『七不思議』と今の『七不思議』は、違うものなんじゃない?」
高瀬のその推理は、見事に的中していた。
ショパンの『別れの曲』が聞こえてくるピアノがあるのは現代版では音楽室だが、オリジナル版では体育館だったし、化学教師に毒薬を飲まされた女子生徒は書道教室の隣ではなく職員室の隣にあるトイレで死産していた。
鬼火が見えるのは実習棟三階の窓ではなく教室棟三階の窓であり、男のうめき声が聞こえるのは中庭に生えている白樺の木のそばであって裏庭の焼却炉のそばではなかった。
七不思議の舞台として唯一、昔も今も変わらなかったのは教室棟と実習棟をつなぐ渡り廊下だった。ただしそこにいる主役は異なっていた。渡り廊下に出没するのは剣道部員の霊ではなく柔道部員の霊であるらしかった。
「松任谷先生」
俺の声は興奮で震えていた。間違いなく事件の核心に近づいている。
「20年前の生徒会が考案した七不思議は、その後どうなったんですか?」
「七不思議の抑止力によって下校時間問題はいったん収束したわけであるが、時が経てば同じような事案がふたたびみたび発生するであろうことは、なんら想像に難くなかった。そこで当時の生徒会の三年生は、下級生に対し、七不思議をあとの代にも引き継いでいくよう命じたのだね。下校時間を守らない輩が再び現れたなら、その時は七不思議を校内に広め、セキュリティ強化論が再燃するのを未然に防ぐんだぞ、と。
そのようにして鳴桜高校七不思議は、校風の中の自由をかたく守ろうとする生徒会のとっておきの切り札となった。ところが――あれは10年前くらいからだろうか――生徒がおしなべて利口になってね。規則が破られることは少なくなったのだよ。それに伴って、七不思議も忘れ去られていった。今の生徒会の子たちは、そんな言い伝えがあったこと自体を知らないはずだ」
幽霊騒ぎの捜査を依頼してきたのは他でもなく現生徒会長だった。
よりよい学び舎にしたいという先代の切実な思いがめぐりめぐって、同じ目標を掲げる彼女をえらく煩わせている。なんとも皮肉な話だ。恋敵の姉だが、同情を禁じ得ない。
ふと時計を見れば、はからずも話題の完全下校時間が迫っていた。そろそろお化けたちが動きだす頃でもある。
俺たちは松任谷先生に礼を言って、ゴミ屋敷――もとい、社会科準備室を後にした。




