第46話 きっといつか許せる日が来るから 1
結論から言ってしまうけれど、オカルト否定派の急先鋒としても男としても俺の面目は失墜した。
そこには俺たち五人の行く手をはばむ者がいた。
それは何かと問われれば――俺の語彙から最もふさわしい言葉を用いて答えるならば――幽霊だった。
少なくとも、花粉症や知事選挙やマラソン大会なんかがある我々と同じ世界の住民だとは到底思えなかった。
その少女の霊は一昔前の色褪せたセーラー服を身にまとって立ち、長い不気味な前髪で顔の全体を覆っていた。
靴も靴下も履いておらず、青白い素足はまるで腐敗が始まっているようにさえ見えた。なで肩で、痩身で、無機質だった。飾り気がなく、身じろぎひとつしなかった。そして彼女は泣いていた。ひとりぼっちで嘆いていた。
東階段の踊り場にその非現実的な姿が浮かび上がった瞬間、思わず俺は「出た!」というなんの捻りもない台詞を叫んでいた。腰が抜け、階下でへたり込んでしまった。もう示しも格好もへったくれもなかった。
それでもまだ、一連の騒ぎの解明につながるヒントをひとつでもいいから見つけようと、懐中電灯の光を踊り場に向け続ける気力は残っていた。
俺の退却を決定づける出来事が起こったのは、前髪で覆われた顔に光を当てた直後だった。
何を思ったか女生徒は、静止を解き、階段を下り始めたのだ。血の気のない素足で、怨めしそうな足取りで。
起き上がることすらままならない中、得体の知れぬ異形の者に迫られる俺の抱いた絶望感たるや、クロコダイルの棲む沼に落ちたインパラのそれであった。
「神沢君!」と高瀬が名前を呼んでくれたおかげで、俺の体は自由を取り戻すことができた。事なきを得た。その声がなければ、ともするとあっちの世界に道連れにされていたかもしれない。
結局太陽のウクレレも高瀬のゴルフクラブも出番はなかった。頼もしいことに背後にいた四人はとっくに逃げ出していた。「幽霊の姿をカメラに収める」と豪語していた柏木に至っては、先頭を突っ走っていた。
四人の背中を追いかけながら俺は、一度だけ後ろを振り返ってみた。彼女はちょうど階段を下りきったところだった。立ち止まったまま、顔をこちらに向けている。どうやら、テリトリーを越えてまで侵入者を追跡するつもりはないらしかった。
俺たちの目の前に現れた“嘆きの女生徒”はたしかに深い悲しみに沈んでいた。
しかしなぜだろう、離れて遠目で見てみると、彼女が囚われているのは、恋人の夢を奪ってしまった悲しみとはまた違う種類の悲しみであるように思えた。
ではその悲しみとはいったい何であるか――。そう聞かれると、正解を得る自信は、まったくないわけだけど。
♯ ♯ ♯
幽霊騒ぎの解決に乗り出してから最初の休日を俺は自宅で迎えていた。土曜日だ。
四日前の夜のアンビリーバブルな一件以来、これといって目新しい情報も手がかりもなく、ましてや再度夜の校舎に忍び込む勇気はもっとなく、捜査は完全に手詰まりとなっていた。
高校を辞めていく自分の姿をイメージして牛の糞で作られた底なし沼みたいなひどい憂鬱に陥った午後二時、家のチャイムがどことなくクールに鳴った。
玄関のドアの向こうに立っていたのはクールなお姉さんだった。
「神沢のことだから、そろそろ落ち込み始める頃じゃないかと思って」
俺は感心した。「なんでわかるんだよ」
「キミのことならなんだってわかるんだ、私は」彼女はしたり顔をする。「それはそうと、今日はね、毎度お馴染みになりました、”月島さんスペシャル”を催すためにこうしてやって参りました」
「……なにそれ?」
「思い出してもみなよ。これまでの季節で神沢が困った時、何が突破口になった? 実はキーパーソンは私だったりしないかい?」
言われてみればまさにその通りだった。去年の秋は彼女の部屋に落ちていたオイルライターが真の敵の姿を炙り出し、冬においては彼女が居酒屋バイトを代わってくれたおかげで俺は動きやすくなったのだった。なるほど。月島様々だ。
月島様は前髪を払った。「というわけで、この春もそろそろ私と過ごしなさい」
「わかりました」としか俺は言えない。
そこで彼女は顔をしかめ鼻をつまんだ。「おっと。その愛すべきワンちゃんは、何者だい?」
いつの間にか、モップがリビングから来て俺の隣に座っていた。
「俺の相棒なんだ」と俺は彼女にモップを紹介した。「臭いけど悪い奴ではないから、安心して中に入れよ」
「それじゃ、おじゃまします」
人間不信を抱えているのが一人と一匹。
男性不信を抱えているのが一人。
思いがけず奇妙な組み合わせで土曜日を過ごすことになった。
何かが起こりそうな春の休日だ。




