白紙に綴る夢より*西川茜
かなりご無沙汰しています。緋絽と申します。
今回は夕さんからお借りして、茜目線です!
「茜ー。お前さ、猫派? 犬派?」
「は?」
部室のドアを開けると由輝が唐突に言ってきた。
僕―――西川茜は中に入ってカバンを下ろしソファーに座る。
「どっちも好きだけど、飼ってるのは猫」
「えっ、飼ってんの!? こないだお前んち行った時はいなかったくね?」
真実が向かいのソファーの背もたれに頭を擦り付けながら言った。
「気ままな子でさ。あんまり家の中にいないの」
「へぇー。………茜に似てるな」
「それ、誉めてるんだよね?」
笑いかけると真実がこれでもかというほど首を縦に振ってみせる。
貶してるんだったら痛い目みせてやるから。
「茜の猫はオレも一緒に拾ったんだぜ!」
朝弥が得意気にピースする。
「あれ、捨て猫だったんだ?」
「うん。メスだよ」
「へぇ?」
後ろからスルリと伸びてきた手が頬を掠め、何かが背中にのし掛かって若干前のめりになる。
「その猫、なんて名前?」
息が耳朶を掠めて背中がゾワゾワした。ついでに背中の柔らかい感触に顔が熱くなる。
「―――っ、吉野さん、重い!」
「えー女子にそれはないんじゃないの西川ー」
机の上のお菓子を取って声の主である吉野さん――吉野初流が体を起こす。
「普通に取んなよ! ていうかなんでいるの!?」
「そんなのつまんないじゃない。部活今日休みだから覗いてみたのよ」
振り返って僕が怒鳴ったのを歯牙にかけず、いっそ不遜にサラリとした黒髪を揺らして吉野さんが楽しげに首を傾げた。
「つまんないって何」
僕で遊ばないでほしい。
「ふふ、西川っていじりやすい。で、猫の名前は?」
隣に座ってきたのでちょっと離れる。
いちいちやることが近いんだもん。
「あー、―――……」
普通に答えようとしてハッと気づく。
だ、ダメだ! 言ったら―――絶対になんか変な雰囲気になる!
「……いや、なんでも……」
「えーどうして? たかが名前でしょう?」
そうなんだけどね!
「俺も知りたい知りたい」
空気読んでよ真実! そしてその隣でワクワクしてる由輝!
「わ、忘れた」
「んなわけあるか!」
真実に間髪入れずにつっこまれる。
クソー今の、朝弥なら余裕で騙せたのに。
「なんだっていいじゃん! 僕もう帰る!」
「えっ、帰んの!? 茜来たばっかじゃんか」
「うるさい! 帰る!」
桜舞う季節。桃色の花びらが降り積もる中、隠れるようにその子はいた。
美しい風景には不釣り合いなダンボールに入れられて、ニーニー鳴いていた。
「あ」
「ん?」
屈み込んだ僕の上から、朝弥が覗き込む。
「「猫だ」」
僕と朝弥が宝岳学園初等部4年生の頃に、僕はうちの子と出会った。
「オレんち無理だわー。前に一回母ちゃんが引っ掛かれたことあるらしくて、怖がるんだよ」
学校帰りに再び寄るとまだ、その子猫は段ボールの中に入っていた。
「へぇ、おじさんじゃなくて? 珍しいね」
朝弥のご両親。
引っ掛かれたって、おばさんは何やらかしたの。
「しっぽ触っちゃったんだと。おーよしよし可愛いなー、お前!」
朝弥が土でドロドロになりながら子猫とじゃれている。白猫だけど、足先だけ靴下みたいに黒くなっている。
「しかしどうすっかなー! 学校でみんなに聞いてみっか?」
「明日にならなきゃ無理でしょ。それまでどうすんの」
無言で指を指される。僕はその手を全力で叩き落とした。
「へし折ってあげようか」
「ごめんなさいごめんなさい許してください」
人を指差すんじゃありません。先生がこの間言ってたじゃん。
結局、猫は僕が連れて帰ることになった。里親を探すために家に連れて帰ったら、意外にもあの姉が飼いたいと言い出したためだ。
絶対に生き物の世話なんか向いてなさそうなのに。自分が世話をするからと言い切り、両親から許可をもぎ取った。
父さん母さんは昔から姉さんに甘かった。そして何故か当然のように僕も一緒に頭を下げさせられた。僕が飼いたいと言い出した訳じゃないのに。
「なんで僕も!?」
「お姉様の言うことが聞けないの? 見つけて私に見せた時点であんたには頼み込む義務があんのよ!」
そう言われてしまえば言い返せない。
桜の舞う中にいたという話を聞いて、姉さんは、単純に名前をつけた。
にゃーと鳴く は、確かに可愛かった。
「あら? 西川は?」
万事屋同好会の部室を覗きこんだ初流は、目当ての人物がいないことに首を傾げた。
それに気付いた由輝が、朝弥からもらった飴をくわえながら返す。
「あぁ、茜なら風邪で休み」
「そうなの……。けっこうひどいのかしら?」
うーんと首を捻らせ、いないなら仕方ないと帰ろうとする。
ただ顔が見たかっただけだし。大丈夫かしら、西川。
それを引き留めたのは、悪戯を思い付いたような顔の真実だった。
「見舞いに行ってやれば? 心配なんだろ?」
「え? え、あ、えぇ……そうね」
そして私は、茜の担任である鎌田先生から配布されたプリントを受け取り、真実に教えてもらった西川の家に向かったのである。
「げほっ、こほっ」
熱もほとんど平熱にまで下がった茜は、飼い猫を家の中で探していた。
そろそろ夕飯の餌を与える時間なのに、家の中に姿が見えないのである。しかたなく僕は外に出た。
「おーい、ハルー。ご飯だぞー。早く帰っておいでー」
飼い猫のハルはすぐに姿を現した。
そう。そんなにご飯が好きなの。
僕は頭を撫でながら、先日の事を思い出す。
「大変だったんだからね、ハル。お前の名前と、吉野さんの名前が同じせいで、僕はかかなくてもいい焦りをかいた」
にゃーと鳴いて、ハルが手のひらに頭をすり寄せた。
動物はこれだからずるい。うりうりしてほしいのか、こいつめ。
「可愛いなーハルは」
「────え…………?」
ぱっと声のした方を見る。
なんで、ここに。なんでここに、吉野さんがいるの!?
吉野さんは顔を赤らめて、僕を見つめた。
「い、今、なんて言ったの?」
「んなっ、なんにも言ってない!!」
僕は慌ててハルを抱いて立ち上がった。
しまったーーー! よりによって吉野さんに聞かれるなんて! どうやって違うと言えばいいの!? ていうか、そもそも猫の名前であると言わなくちゃ。っていうか!!
「なんでいるの!」
「お見舞いよ。はい、プリン」
「ありがとう! じゃーはい、帰って!」
余りに焦っている僕を見て、吉野さんが悪い顔をした。どうやら落ち着きを彼女の方が先に取り戻してしまったらしい。
「今、ハルは可愛いって言ったわよね?」
「き、気のせいだよ」
「聞いたわよ、ちゃんと」
むうと吉野さんが膨れる。
「何よ、教えてくれたっていいじゃない。西川なんか、西川なんか」
ぶつぶつ言ってくる。
あぁ。吉野さんはほんとに人が悪い。面白がってるの、わかってるんだからね!
「っ、あ、れは猫の名前だから! この子、うちで飼ってて、その、春に拾ったからハルなの! 姉さんが安直に付けたんだよ! 僕じゃないから!」
「なあーんだ、そうなの」
するりと頬に手が伸ばされ、吉野さんがふわりと微笑む。
それはそれは美しく。
「それは、残念」
僕はぐわっと顔が熱くなった。
「ねえ、西川。もう一度言ってくれない?」
「嫌に決まってるじゃん! なんの罰ゲーム!?」
「私へのご褒美よ」
「なんでご褒美なんて僕があげなきゃいけないの!」
「いいじゃない。減るものじゃないんだし」
減るよ! 僕のメンタル力が!
「なんだか熱がぶり返してきた気がするから、僕はもう寝るっ!」
「あっちょっと! 西川!」
「ありがと! おやすみ!」
そして僕は、部屋に戻って、暴れる心臓をどうにかして落ち着かせようとしばらく深呼吸を繰り返したのであった。
「ところで吉野さんに僕の家の住所教えたの誰?」
素直に答えた真実は、しばらく茜に起こられ続けました。