とりあえず、自己紹介でもしますか*真田紘斗
かなりご無沙汰してます。
またまたまた緋絽です!
今回はとりあえず、自己紹介でもしますかより真田紘斗登場!
かなり長めな上に一体何がしたかったのか不明ですが、どうぞ!
「真田っ」
丁度靴箱に隣接していた自販機で紙パックのりんごジュースを買っていた俺―――真田紘斗は声を掛けられて振り返った。隣にいた朝霧秋弥も同じように振り返る。
「遠藤」
振り返った先には小学生の時にクラスメートだった遠藤智則がにこやかに笑って立っていた。
「よぉ久しぶりだなぁ」
「おー」
話しかけられながら俺はこっそり心の中で首を傾げた。
俺、なんで話しかけられてんだろう?
遠藤は、同じクラスでもノリが違っていたため、あまり話したことはない。
遠藤は結構騒がしいグループにいて、俺はその騒がしさが少々苦手だった。中でも遠藤はお調子者のキャラクターで、一際騒がしかった。
まぁ、話した限りでは悪い奴ではなさげなんだけど。
「紘斗、誰?」
秋弥が頭の後ろで手を組んで俺に尋ねる。
まあ、秋弥はお調子者といえばそうだが、遠藤と違って好みなお調子というか。
丁度、俺と同じノリというかね。
「あー小学生の時に同じクラスでさー。遠藤智則君です」
「へー。あ、オレ朝霧秋弥! よろしく?」
「ギャハ、なんで疑問型!?」
その笑い声に秋弥が一瞬沈黙する。
そして目配せしてきた。
―――うん、オッケ。こういうやつな。
―――そうだ。こういうやつだ。悪いな!
「あー…、で、遠藤。なんか用か?」
「あのさー! 俺、ぶっちゃけー」
ガシッと肩を組まれた。
いてえ。
「黒井がちょっと気になってんだよ! 紹介してくんなーい!?」
「え」
「え!?」
え!?
これは、俺達がまだ、異世界に行く前。中学一年生の夏頃の話。
俺の前に立っている夕花がこれでもかというほど機嫌が悪そうな表情で俺を睨み付けている。
正直に言おう。非常にいづらいです!
「―――で、えっと、こいつが、俺の中学の時にクラスメートだった」
「はじめまして! 俺、遠藤智則!! 智君でいいよ!」
やーめーろーえーんーどー!! せめて頭の上に翳したピースを降ろせぇぇえええ!
その言葉にようやく最近俺達のノリに馴染んできたばかりの夕花がクルリと背を向けた。そのまま去っていかんばかりの夕花の肩を掴む。
「まっ、待て待て! 夕花ストップ!」
「離せ紘斗。こいつは話すに値しない」
ゆーかー! 大きな声でそんなこと言わない!
「まーまーまーまー!」
秋弥がどうどうと夕花に両の手の平を見せた。
「ここは紘斗に免じて! ちょっと愛想笑いしとけって」
あからさまに夕花が音高く舌打ちをする。
もしもし夕花さん? 女の子が舌打ちって、ちょっと夢壊れると思うよ?
渋々というように振り返った夕花が、何かを堪えるように拳を強く握り、それを震わせた。
「……黒井夕花。よろしく遠藤」
暗に智君なとど呼ぶ気はないと言っている。
いや、まぁいいけど。
「夕花ちゃんはさぁ!」
その呼び方に俺達三人はピクリと反応した。
さっきまで黒井って呼んでたじゃん!!
そしてガタガタと内心で震える。
こっそり夕花を見ると青筋を立ててこっちを睨んでいた。
すみませんごめんなさい後でチョコあげるから許してくれ。
「好きな人とかいるのー?」
「恋愛としてという意味ならいない」
「そーなんだ!? じゃあさー!」
「遠藤」
夕花の声に遠藤がハイハイ?と夕花を見た。
「色恋の話ならするつもりはない」
白けたような空気が辺りを包む。
一瞬戸惑うような顔をしたあとに遠藤がニコッと笑った。
「あれ? 俺ってもしかして夕花ちゃん怒らせちゃった?」
「……別に。生憎と話す内容を持ち合わせてないだけだ」
夕花ちゃんという呼び名に夕花がイライラしているのがわかる。
「そう!? あは、ビビったー! 夕花ちゃんもうちょっと笑ったほうがいいよ!?」
ギャハハハと自分一人しか笑っていないことに気がついていない遠藤を見て、俺は猛烈に恥ずかしくなってきた。
ダメだ。紹介しなきゃよかった。
今、どれほど失礼なことを言ったかわかっていないのだろうか。
間違いなく今夕花はお前にイラついたんだよ。その怒りをお前に伝えなかっただけなんだよ。
未だに笑っている遠藤の腕を掴む。
「あ? なんだよ真田ー」
「もういいだろ。また今度にしてくれ」
「はー? なんで…」
「じゃーなぁー」
被せるように秋弥が言って表面上にこやかに手を振って遠藤を追い出した。
俺は背中に感じる冷気に平謝りした。
「悪い! ほんっとごめん! もうちょっと、あの、マシな奴かと!!」
「紘斗…」
「はい!」
冷え冷えとした瞳に体が固まる。
すーみーまーせーんー!
ビシッと額に衝撃を感じて少し仰け反る。
「あてっ」
「紘斗ばっかでー! デコピンされてやんの!」
うるせえ!
ムカついたので秋弥にもデコピンをしておく。
「仕方ないからこれで今回は目を瞑ってやる」
「マジで! 夕花様!」
「いいか、忘れるなよ」
ニッコリと夕花が笑った。
「お前じゃなかったら向こう一ヶ月は立ち直れなくしてやるところだ」
「はい! そりゃもう肝に命じます!!」
俺じゃなかったら何するつもりだ!
「よろしい」
それからしばらく、遠藤は俺達の周りをうろうろしていた。夕花の逆鱗に触れたことも何度かあるのだが、その怒りの捌け口には甘んじて俺が代わりになった。
正直言って夕花にとっては悪印象を持つようなことしかしていない。しかし、どんなに無愛想に振る舞われてもめげずに夕花に絡んでいくのは、本当に夕花が好きなんだなーと思う。
これは、遠藤が夕花に絡みはじめてから一月経つか経たないかの頃。
「遠藤ってすげーなー」
秋弥がポツリと言った言葉に夕花が青筋をたてる。
「どこがだ。人の神経を逆撫でするような発言しかできない奴にすごさなど欠片も見当たらないが?」
冷え冷えとした空気が俺達を襲う。
あれ、俺巻き込まれた。
「えっ、ちょ、何でオレ怒られてんの?」
理不尽ー! と秋弥が叫んだ。
しまった。これはあれだぞ。ぼっこぼこにされるフラグだぞ。
「俺トイレ行ってくるわー」
逃げる!
「オレもー!」
「なんだ二人して連れションか!」
おおい!
「こらー!」
夕花に軽く手刀を落とす。
「女の子がそんなお下品な言葉を使っちゃいけません! せめて連れだってお花畑に行くのかと言いなさい!」
「な…」
手刀を落とされて一瞬呆気に取られた顔をした夕花が次の瞬間噴き出した。
「なんだそれ!」
う、と詰まる。
実はあまり俺達は夕花の弾けるような笑顔を見たことがない。ニヤリとかクスリとかそんな風に笑うのは見たことがあるが、大笑いはほとんど見たことがない。と言うよりも、皆無だ。
なんだよ。ちゃんと笑ったら可愛いじゃんか。
「ひー苦しい。わかったから早く連れション行ってこ……ブハッ、駄目だっ、思い出すと笑いが止まらない」
まぁせっかく可愛いと思った次の瞬間には現実に戻されるんだけども。
機嫌良くなったぜラッキーと意気揚々と教室をでる。
「いや、でも本当に遠藤すげぇわ。オレこないだなんかさ、ちょっと聞いてみたくなったからよー!!」
秋弥が頭の後ろで手を組んで言う。
「なんか進展あった? って聞いたんだよ。そしたらなー」
秋弥が何となく爽やかな表情を作った。
あ、遠藤の真似か。
「当然! こないだなんか、俺の顔見ただけで顔を赤くしてたんだぜ!! ………って」
「………それってさ…」
「おぉ…」
ゴクリと喉をならして秋弥と顔を見合わせる。
「ただ単にブチキレただけじゃね?」
「だよな? オレもそう思う!」
もう脊髄反射で怒るようになっちゃってんだって。
「ポジティブだよなー」
「てか、あれは周り見てないだけじゃ……」
トイレから出て教室に帰る途中で靴箱に差し掛かった。
「――遠藤、おとせると思うか?」
「無理だろー! 相手はあの無愛想眼鏡ちゃんだぜ!?」
ギャハハハハと騒ぐ声につい息を殺す。
遠藤と無愛想眼鏡ちゃんって。
もう夕花しか思い付かない。
「でもマジで行くなんてなー。ただのゲームにあんなにムキになることなくね?」
「面白いからいんじゃん? 期間が今日までだからあいつ、焦ってんだろ。さっきも早歩きで通りすぎてったし。てかどうする? 億が一にでもマジで付き合うことになったら」
「え、そしたら俺無愛想眼鏡ちゃんにほんとのこと言うわー」
弾けるような笑い声が響く。
それは、多分よくある“遊び”だったのだろう。俺には理解できないが、このぐらいの歳になるとごく一部の奴等がよくこうやって“遊んでいる”らしいのは聞いたことがあった。冗談だから、許してくれるだろうという軽々しい気持ちで。
もしかしたら相手が違えば俺もそれぐらいのこと、ギャグなんだから許してやれよと思っていたかもしれない。
だけど、相手は夕花だった。
ゲームって、どういうことだよ。
強く握っていた俺の拳を秋弥が叩く。
ビクリと肩が跳ねた。
「紘斗。早く教室に戻ろーぜ。あいつ、夕花といるかも」
慌てて教室に帰ってみると、―――丁度遠藤が夕花に詰め寄っているところだった。
窓際に追いやられたらしい夕花が遠藤の顔を押さえながらこれでもかというほど嫌悪で顔を歪めている。
血の気が下がった。
なんだよ、この状況。
「遠藤!」
俺の怒鳴り声に遠藤がビクリと体を震わせる。
苛立ちを隠せないままズカズカ歩いて近づき遠藤の肩を掴んで引き離し突き飛ばす。
遠藤は軽く後ろによろめいて怯えた目で俺を見た。
「どういうことだよ、これは!」
「ど、どういうことって……っ」
「ゲー…! ……っ、お前らがやってることだよ!」
「ゲームってなんだ」と喉まで出掛かったが夕花がいるためなんとかギリギリで堪える。
俺の言葉に遠藤が顔を怯えたように歪ませた。
してはいけない遊びがバレた。そんな顔。
「秋弥、夕花連れて先帰ってろ。俺はこいつと話がある」
「な……っ」
「あいあいさー。夕花、行こーぜ!」
秋弥がてきぱきと荷物をまとめて背負うが夕花が一向に動かない。
俺は苛立ちを向けないために低くなってしまった声で呼び掛ける。
「夕花」
「ふん。聞き分けろ、か?」
夕花が片眉を跳ね上げて不敵な笑みを浮かべて言う。
夕花の言い方に若干決まりが悪い気分になった。
「…………そうだ」
「断る。あたしのことを何故あたしが対処できない? あたしは自分が知らないところで自分が関わったことが勝手に処理されてるのが嫌いだ」
「夕花!」
「あたしのことはあたしが対処する!」
理知的な瞳が怒りで染まっている。
情けなさと怒りでいっぱいだった頭が一瞬冷えた。
「~~~~っ」
はあ、と溜め息が体の底から漏れる。
夕花は、なんとなく気付いていたのだ。
「わかったよ」
フフンと夕花が勝ち誇ったように笑う。
「で? お前がそれだけ激昂するようなことなんだから余程のことなんだろう?」
「……言いたくない」
チッと夕花が舌打ちして秋弥に顎をしゃくる。
「あー……」
秋弥が俺を窺うように見てきたので俺は顔を背けて見せた。
「遠藤が、お前に近寄ったわけがさー。その、ゲーム、らしくてなあ」
「要するに、あたしにOKと言わせれば勝ち、か。バカなガキが考えそうなことだ」
夕花の目が絶対零度の光を帯びる。
その目を見て改めて確信する。そうだ。不敵な笑みを浮かべてみせても、怒ってないわけじゃない。
「ば、バカって、おま……!」
「道理でやけにベタベタ汚い手で触ってくるはずだ。それにしては目が褪めてたしな。まさか、あれで気を引いてるつもりだったとは」
―――そう、傷付いてないわけじゃない。
夕花の言葉に遠藤が顔を真っ赤にして逆ギレした。
「なんだよ! こっちは別に可愛くもねー女に告白しろって言われたから告ってやったんだよ! 遊びだよあそ―――」
無表情の夕花がその細い拳を振り上げたのが見えた。
あぁ、怒っている。
そう、思ったら。
無性に、遠藤にむかっ腹がたった。唯でさえ気分悪かったのに、余計に腹立った。
気がついたら、夕花が振り上げた手を捕まえていた。
「離せ、紘斗」
「力抜け」
そう言っても力の緩まない夕花の拳の中に指を滑り込ませて解き、絡めるように握る。
「おい!」
「お前が、やることない」
するりと手を抜いて遠藤を殴る。肉を打つ手応えが容赦なく伝わってくる。
「紘―――」
「黙れ。遊びってなんだよ!」
遠藤がよろめいて尻餅をついた。
未だに肩を震わせている俺の腕を秋弥が掴む。
ムカつく。ムカつくムカつくムカつく!
「こっちはお前が夕花が気になるって言うから夕花に会わせたんだ! 夕花が苦手だってわかってたのに!」
決壊する。堪えてたものが、勢いよく流れ出す。
「………ひ、ろ」
夕花の言葉を遮って俺は怒鳴った。
「俺は、夕花にこんな気分を味合わせるために、会わせたわけじゃ…!」
グッと喉が詰まる。
言っていて、涙が滲んできた。
ちくしょう。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
俺の元クラスメートだというから我慢しているのだと、言っていた。我慢、してくれていたのに。
元々、夕花は人間関係が拗れて、それから人と関係を作るのを避けていた。それを、初めて夕花が俺の為に付き合ってやろうと思えた途端にこんな。こんなのってあるかよ。たくさん、たくさん我慢、してくれていたのに。
きっと、とてもきつかっただろうに。
「は……何お前ら。できてんの? うけるわー」
焦ったように、しかし嘲るような顔で遠藤が言った。
カッと熱くなる。
一発殴るだけじゃ収まらない。
もう一度殴ろうとして腕を秋弥に掴まれっぱなしなことに気がついた。
「秋弥、離せ!」
「え? なんで?」
秋弥がぽけらーんと訊いてきた。
「なんでじゃな…!」
「お前ばっかずりぃ! オレにもやらせろ!」
そう言って、秋弥は次の瞬間に穏やかな表情を消すと―――見事な顔面キックを繰り出した。
あまりの見事さに怒りが一瞬吹き飛ぶ。
え?
「あのさー、オレも紘斗のクラスメートだからずっと黙ってたんだけどよー」
鼻を押さえて悶えている遠藤の耳を引っ張り、秋弥が見たこともないくらい冷ややかな目で遠藤を睨み付けた。
「お前、ちょーウザい。前から思ってたけど、そうやって遊ぶ? だっけ? まぁ、これに限らずだけどよ、それ、楽しいのか?」
「何、言ってっ、つーか耳いてえ…!」
「まーいいや。なんでもいいから、さっさと消えてくんねー? んで、二度と現れないでくれ」
最後に強めに引っ張って秋弥は耳を離した。
「こ、のっ、ちょーし乗ってんじゃっ」
立ち上がった遠藤がそのまま秋弥に掴みかかろうとして―――夕花に足払いされた。
そして、俺と秋弥は、本当の般若を目にすることになる。
「何すんだよ!」
「何すんだ? は?」
その冷ややかな声に俺は思い出した。
夕花が、女子にいじめられていてもまったくものともしない、強靭な精神を持っていることを。
「今、お前が怒れる立場か?」
その冷ややかさに遠藤が怯む。
どうやら、少しは自分の言ったことに罪悪感があったらしい。ま、許されないけど。
夕花がクッと喉を鳴らした。
おおう。非常にかっこいいです、姉さん。
「上等じゃないか。このあたしを前にして、そんな態度を今後もとれるのか…」
スッと夕花が目を細める。
「楽しみだな? 遠藤?」
俺は、俺に殴られ、秋弥に蹴られた遠藤が少し憐れに感じた。
ここから、俺達の間で夕花の最恐伝説が生まれることとなった。
夕花は容赦なかった。ありとあらゆる言葉で遠藤を精神的に追い詰め、泣かし、それが号泣に代わり、それでもなお責め続けた。夕花の素晴らしいところはそういう時に限って暴言を一切使わないことである。
俺は、一生夕花に逆らわないことに決めた。
「夕花」
帰り際に呼び止めるとまだ不機嫌そうな顔で振り返る。
「その、いろいろ悪か……」
「謝るな」
言い切る前に言葉をぶった切られる。
「お前が謝ったらあたしはあのバカを許さなきゃいけなくなるだろう」
「でもな、」
言いかけた俺の肩を秋弥が軽く叩いた。
「夕花に逆らうな。オレ、今日はもう怖いのはこりごりだ」
「でも」
すぱんといい音をたてて夕花が俺の両頬を挟んだ。
犬のように歯を剥いて声を張る。
「お前は悪くない! それなのに謝られても不愉快だ!」
思わずきょとんと目を見開く。
「アホ面め。わかったのかわかってないのかどっちなんだ」
痛い痛い痛い。それ以上俺の頬は凹めねーよ!
「わ、わかった」
そう返すと満足したように手を離して歩き出す。
俺はしばらくその後ろ姿を見ていたが、拍子抜けして顔が崩れた。
なんだかんだ。気遣ってくれるくらいには打ち解けてきたのか。
喜んでいい状況じゃなかったが妙に面映ゆかった。
なんでこいつら恋愛に発展しないんだろう。だがしかし、こいつらの間では友情は成立するのだ!