こいってなぁに?
小ウサギさんは、悩んでいました。
最近、何だかヘンなのです。
なぜか、大好きなおおかみさんの近くに行けなくなってしまったのです。
プリムラは、ラグラスのことが大好きです。それはもう、とっても、とっても好きです。ラグラスも、やっぱりいつも優しくしてくれます。
なぜこんな事になってしまったのでしょう。
プリムラは本当に困っていました。
ラグラスの近くにいると、とてもどきどきします。ちゅっとキスをされて、目の前でにっこり笑われると、胸が張り裂けそうになるほどどきどきして、ラグラスの顔を見ていられなくなります。
うれしいのに、大好きなのに、思わず逃げてしまいます。
でも、本当はずっと側にいたくて。
近くにいられなくて逃げてしまうくせに、目はラグラスを追いかけます。でも、ラグラスが振り返ると、思わず目をそらしてしまって。
どうしてこんな事になっているのか、プリムラはよく分かりません。
ピンと張った耳は、今は元気なく折れてしまってます。
小ウサギさんは、とっても、とっても困っていました。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん?」
「ひゃあっ」
悩んでいると、突然ラグラスが声を掛けてきたので、プリムラはびっくりして飛び上がってしまいました。
そして、そぉっと振り返ってラグラスを見ると、とっても優しい目に出会いました。
そんなことが、何だかとっても恥ずかしいくて、かぁっと顔が赤くなってしまいます。(それが見えるかどうかは不明)
プリムラは、思わず目をそらしてうつむいてしまいました。
どきどきどき……。
プリムラの胸は、ラグラスに聞こえてしまいそうなくらい、高鳴っています。
どうしてこんなにドキドキするのでしょう。ラグラスに声を掛けられてから、一向にドキドキは止まりそうにありません。どうやら、声を突然掛けられて驚いたからというわけでもなさそうです。
ドキドキしてしまって、頭の中は、パニックです。
プリムラは、何かおはなしをしなきゃと思いながらも、何を話したらいいのかさえ、分からなくなっていました。
「……どうしたんだ? どこか具合が悪いんじゃないのか?」
うつむいて、いつまで経っても口を開こうとしないプリムラに、ラグラスの心配そうな声がかかります。
ああ、心配をおかけしてる!
そう思って、更に焦って、更にドキドキして、口を開いては閉じ、上目がちにラグラスを見てはまたうつむき、結局何も言えずに、時間が過ぎます。
「……お嬢ちゃん?」
優しい心配した声。のぞき込んでくるグレーの瞳。
プリムラのパニックは絶頂に達し、たれていた耳はピンとたち、顔はこれ以上ないほど熱くなりました。
ぱふ。
「…………」
えいっと、のぞき込んだ顔をはねつけるようにして、プリムラの両前足が、ラグラスの顔を遠ざけます。
プリムラの両前足、ラグラスの顔にクリティカルヒット。
思いがけない対応に、ラグラスはそのまま言葉を失ってしまいました。
しかし、言葉を失ってしまったのは、そんな行動を起こしてしまったプリムラもいっしょでした。
両前足を、ラグラスの顔に押しつけた状態で、プリムラは固まっていました。
頭にのもぼっていた血の気は、一気に引いてしまってます。
……ど、どうしよう!!
こんな事をするつもりはありませんでした。
思わず取った行動に、プリムラは動くことができません。
ラグラスの顔を突っぱねるようなこの状況。
まるで「あなたなんて、だいっきらい! あっちいっちゃえっ」とでも言っているともとられかねないこの態度。
なんてコトをしてしまったのでしょう!!
プリムラは泣きそうになっていました。
どうしましょう。心配して声を掛けてくれたのに、こんな事をしてしまい、ラグラスは怒ってしまうかもしれません。怒られるくらいならいいです。嫌われてしまったら、どうしたらいいのでしょう。
こわくてプリムラの耳はまたぺたんと折れて、痛々しいほどふるえています。
そのまま動けずにいると、ラグラスが顔を床に付け、プリムラの前足を優しい動きで床に降ろし、プリムラを見つめてきました。
でも、決して怒っている目ではありませんでした。
「……どうかしたのか?」
とても優しい目でした。でも、とても悲しそうに見えます。
こんな優しいラグラスに前足キックを入れるとは、なんてコトをしてしまったのでしょう。情けなくて、恥ずかしくて、申し訳なくて、涙がぽろぽろと出てきます。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝るプリムラにラグラスが困ったように首を傾げ、プリムラの目もとの涙をぺろりとなめました。
ドッキーンっっ
そんなラグラスの行動に、忘れかけていた胸の高まりが一気によみがえります。
項垂れていた頭がぴょんと跳ね上がり、プリムラは思わずその場から走り去ってしまいました。
「お、お嬢ちゃん?!」
驚いたラグラスの声を後ろに、ぴょんぴょんぴょん、と、逃げます。
ごめんなさい、ごめんなさいっっ 心の中で謝りながら。
どうしてこんな風になってしまったのでしょう。
プリムラには分かりません。
ただ、どうしてもラグラスの行動を意識せずにはいられないのです。
大好きなのに、ずっと側にいたいのに。
側にいなくてもずっとラグラスを目は追っかけているのに、側にいると見ることさえできなくて。
プリムラは遠くまで逃げると物陰に隠れて、取り残されたラグラスをそっと見つめます。
ラグラスはその場に座り、プリムラを追いかけてくる気配はありません。
ついに本当に、嫌われてしまったのでしょうか。
近くに行きたいのに、近くに行けなくて、プリムラは、ずっとラグラスを見つめていたのでした。
自覚ないまま、生まれて初めて恋する気持ちを味わっている、プリムラ、春の日の出来事でした。
その頃。
愛する小ウサギさんに避けられている、とってもかわいそうな(でも実はとっても幸せ者な)狼がここに一匹。
「……お嬢ちゃん」
ため息混じりに、ラグラスが呟きます。
最近取り合ってくれない小ウサギを想って、ラグラスは何度目か分からないため息をつきました。
しっぽも耳も垂れ下がり、気の毒なくらい落ち込んでいるのが、ありありと分かります。
声を掛ければ、小ウサギさんの身体がびくりと固まります。見つめれば目を逸らされます。強行でスキンシップにでると、逃げられます。
こうなると、これはもう、嫌われてしまったとしか考えられません。
「はぁぁぁぁ~~……」
いろいろと思い悩んで、また、もう一つ大きなため息を付きました。
プリムラの気持ちの変化に気付いていないラグラスは、避けられているショックに打ちひしがれているのでした。