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ずっといっしょ。2

 言葉を失い、あんぐりと口を開けてベロニカはプリムラを見つめます。

 ……っと、ぼけている場合ではありません。

 ちなみに、喜んでいる場合でもないのです。

 ベロニカは、大変なことに気付きました。

 プリムラは、うれしそうに、にこにこと自分を見つめています。

 このままではいけません! 狼を怖くないと思いこんでいると、いつかどこかで悪い狼と出会ってしまっても、そのまま無邪気に話しかけてしまうとも限りません。いいえ、間違いなく、話しかけるでしょう。ほんのちょっと前に出会ったとはいえ、ベロニカでもそのくらいのことが簡単に想像がつきます。

「ね、ねぇ、プリムラ?」

「はい、ベロニカさん」

 いいお返事です。

「あのね、いいこと? 私と、ひとつだけ約束をして欲しいの」

「なんですか?」

 プリムラが笑顔で首を傾げます。

「他の、知らないおおかみには絶対に声を掛けちゃダメよ。隠れなきゃダメよ。悪いおおかみだっているんだから」

「悪いおおかみ?」

「そうよ、うさぎを食べてしまう、怖いおおかみよ。みんながみんな、ラグラスや私みたいに、あなたを食べないおおかみとは限らないって事よ。いいわね」

 ……普通、いいもわるいも、おおかみさんは、うさぎさんを食べてしまう怖い動物なのですが、この際、事実は、おいとくことにしました。

 ちょっとだけ、小ウサギは、首を傾げて悩みます。

「……みんな、ベロニカさんやラグラス様のように優しくないの……?」

 悲しそうな声です。

 うっと胸が痛みましたが、これからのプリムラのことを考えると、心を鬼にしてうなずかねばなりません。そして、そして、自分とラグラスの保身のために、二匹だけは、信用していいということを、なんとしてでも納得させなければなりません。

(この際、自分がプリムラを食べようとしたことは、宇宙の果ての棚の上に、しっかりとあげてあります)

「そうよ。ホントに、みんな、いいおおかみだといいのにね」

 優しい声で、プリムラをほだします。

「……約束してくれる? あなたが、危険な目に遭うのを見たくないの」

「……はい」

 おおかみはいいおおかみばかりじゃないと言われて、少し寂しくなっているようです。

 でも、うなずいたことで、ベロニカは、ようやくほっとしました。

 ……よかった……。

 こんなにどきどきしたのは、初めてです。

 

 ラグラスはその様子を、力の抜けた状態で見ていました。

 ナイスフォローだ、ベロニカ。

 心の中で彼女に拍手を送ります。

 やれやれと、ラグラスは立ち上がりました。

 もう、狩りに行く気力もありません。こんなに恐い思いをしたことも、こんなに疲れたのも、未だかつてないことでした。

 小さく笑ってベロニカに帰ると合図をします。

 ベロニカは長いつきあいで、ラグラスの意図を簡単に察してうなずきました。

 ラグラスは自分がおおかみであるにもかかわらず、プリムラが今日もちゃんと巣に帰ってくるということを、心からうれしく思いながら、家路につきました。

 なんて、自分は幸せなんだろう。

 心から、そう思いました。


 その頃プリムラは、ラグラスに会いに来たということをすっかり忘れて、お食事中でした。

 2匹のおおかみが、自分によって激しく動揺した事なんて、まったく気付いていません。

 でも、それでいいのです。

 ラグラスも、ベロニカも、プリムラが幸せであれば。

 プリムラがにこにこしています。

 ベロニカも、幸せでした。

「……ラグラスともすれ違ったようね。お家へ帰りましょう」

 ベロニカが言いました。

 プリムラの耳がハッとしたように、ぴくんと立ち上がりました。

 その時になって、初めてプリムラは当初の目的を思い出したのです。優しいベロニカさんと、おいしい木イチゴで、すっかり忘れていました。

 ……ラグラス、立場なくて、ちょっとかわいそうです。

「……ラグラス様、すれ違って、またいっぱい探して下さってるかもしれない……、どうしよう……」

 耳をぺこんとうなだれさせて、プリムラが泣きそうな声で呟きます。

 いつも迷子になるプリムラを、ラグラスがいつも必死で探し出してくれます。

 その度に、迷惑になっていないかと心配になるのですが、いつもラグラスは優しくて。

 今回だって、探してくれているかもしれません。

 だとしたら。こんなに長い間遊んで、どんなにラグラスの手を煩わせたのでしょう。

 そう思うと、情けなくて、泣きそうになってしまいます。

「……大好きなのに、迷惑をかけてばっかりです……」

「だ、だいじょうぶよ!! お家に帰れば、きっとラグラスが待ってるわっっ」

 ベロニカはあわてて叫びます。

「そ、そうなんですか?」

 ホントに疑うことを知らない、小ウサギさんです。

 プリムラの頭の中では、仲間のベロニカさんがそう言ってるのだからそうなんだろうと、勝手に納得してます。ラグラスにとっても、ベロニカにとっても、それ以上考えないのが、プリムラのいいところです。……もっとも、時と場合にもよりますが。

 プリムラは、うなずくと、ベロニカと一緒に家路についたのでした。


 お家に帰ると、ラグラスがプリムラの帰りを待っていました。

「ただいまー」

「おかえり、お嬢ちゃん」

 ラグラスは優しい微笑みを浮かべて出迎えます。

 ぴょんぴょん。

 プリムラがはねながらラグラスに飛びつきます。

 ラグラスはその小さな身体を包み込むと、何度も何度もプリムラをなめました。

 プリムラはくすぐったそうに、笑います。

 もう、プリムラはラグラスがおおかみだと知っています。

 それでも、こうして自分の腕の中で笑ってくれるのです。

 ラグラスは、幸せでした。

「……ラグラス様、今日もご迷惑かけちゃって、ごめんなさい」

 プリムラは、耳をしゅんとねかせて、ラグラスのことを忘れて遊んでしまったことを謝ります。

「……?」

 ベロニカがなんと言って連れ出したかなど、事情の分かっていないラグラスは何を謝っているのかよく分かりませんでした。でも、うなだれて今にも泣き出しそうなプリムラに、にっこりと安心させるように笑います。

「お嬢ちゃんが気にすることなんて、何もないさ。お嬢ちゃんが、こうして、ここにいてくれるだけで、十分なんだからな」

 それは、なんの偽りもない、ラグラスの本心でした。小ウサギが、こうして自分を思いやってくれる、その喜び。

 それ以上、一体何を望むというのでしょう。

(もちろんプリムラに恋心を芽生えさせるという望みがありますとも。が、この場合、大人の事情でとりあえずおいておきます)

 すり寄ってささやくと、プリムラはそのすりよせてくる顔に、ちゅっとキスをしました。

「大好きです、ラグラス様」

 とりあえず、ラグラスは今日の忘れ物を受け取ったのでした。

 やっぱり、今日も二匹は一日らぶらぶでした。


 それを、存在が忘れられているベロニカが、すっかり当てられながら見つめていました。

 ふう。

 小さく息をつくと、そっとその場を離れます。

 今度は、ラグラスのいないときに、手みやげをもってプリムラに会いに来ようと思いました。

「エサと、天敵、か」

 それはそれで、別にいいのかもしれない。

 幸せそうな二匹の姿を思い出して、ベロニカは、小さく微笑みました。




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