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ずっといっしょ。1

 小ウサギのプリムラは、本来の目的も忘れて、もぐもぐと木イチゴを食べています。

 食べ始めると、静かになるところが、何ともまた、愛らしいです。

 本来の目的というのは、お出かけしてしまったおおかみのラグラスに会いに行くことです。

 でも、今では、自分をここまで連れてきたおおかみのベロニカさんと遊んでいるだけで楽しくなっています。

 連れ出して食べてしまおうと内心思っていたベロニカは、今ではとっても優しい目で小ウサギを見つめています。

「……ホントに、おかしな子ね」

 ベロニカは小さく呟きました。

 ベロニカは少し離れたところに、ラグラスが来ていることにも気付いていました。

 でも、彼は、こちらに来ることなく、自分達をただ見つめています。

 ベロニカは、それが何故か分かるような気がしました。

 きっと、もう、ラグラスも気付いているのです。

 自分がこの小ウサギに危害を加える気がないことを。

 そして、この小ウサギが、楽しそうにしているから、もうそれ以上何も言うことはないのでしょう。

 だから、ただ、離れたところから、見ているだけなのでしょう。

 まだ黙ったままもぐもぐと木イチゴをほおばるプリムラに、顔をすり寄せます。

 すると、食べるのをやめて、信頼に満ちた笑顔を向けてきました。

「あなたは、おおかみ相手に、怖くないの?」

 ベロニカは、あまりにも無防備なその様子に、苦笑して、言いました。

「…………え?」

 少し驚いたように、プリムラが首を傾げます。

「……おおかみ??」

 目をパチパチとしばたかせるその姿。

 ……かわいいっっっ

 ……などと思っている場合ではありません!!

「……ベロニカさん、おおかみさんなんですか……?」

 驚いたような、呟きが聞こえてきます。

 ……まさか!!

 ベロニカは息をのみました。

 そうです。プリムラは、ラグラスやベロニカがおおかみであるということを知りませんでした。

「じゃぁ、ラグラス様も、おおかみさんなんですか?!」

 驚いたプリムラの声が響きます。

 ベロニカはそおっと、ラグラスの方を向きました。

 会話は、聞こえていたようです。

 顔面蒼白のラグラスが、ベロニカの目に映りました。(どうやって狼の顔色が見えるかは不明です。)


 心底驚いたプリムラの声が、ラグラスの耳に飛び込んできました。

 今まで必死で隠していたことです。(それにしても、ホントに気付いていなかったあたり、プリムラの鈍さが伺えます)

 まんまるく目を見開いたプリムラに、ラグラスは、もう、これ以上隠せないことを悟りました。

 と言うことは、もう、プリムラは自分を怖がって、すり寄ってきてなどくれません。キスをする度に、怖がってしまうかもしれません。

 ……いいえ、それ以前に、もう、姿を見せてくれないでしょう。

 ザー……と、血の気が引いたのが、わかりました。

 もう、全てが終わったのだと思いました。


 この子、ラグラスがおおかみということを知らなかったの?!

 ベロニカはパニックに陥りそうになりました。

 まさか、そんなことがあるなんて、思い当たるはずもありません。

 どう取り繕ったらいいものかと、ベロニカは、これ以上ないくらいあわてています。

 このままでは、この小ウサギに嫌われてしまうかもしれません。嫌われるのなら、まだいいです。怖がられて、逃げてしまうでしょう。

 そして、そうなれば、当然ラグラスのもとからいなくなってしまいます。ラグラスがいかにこの小ウサギをかわいがっているかは、出会って一日目とはいえ、簡単にわかります。もし、小ウサギがいなくなったら、ラグラスはどうなってしまうのでしょう。

 動くことができなくなっているラグラスを視界の端に、なんとか、フォローを入れねばと、ベロニカは頭を必死で動かしました。

「あ、あの、おおかみと言ってもね、プリムラ……」

 プリムラは、驚いた顔でベロニカを見つめています。

「その、ね、私も、ラグラスも、あなたを……」

「……おおかみさんって、怖くない動物さんだったんですねー……」

 心底驚いたような、茫然としたプリムラの声が、ラグラスとベロニカの耳に響きました。

「……………………は?」

 一瞬、耳を疑い、ベロニカは、間抜けな声を出しました。

 よく、聞こえなかったような気がします。

 いいえ。はっきりと聞こえてはいました。ただ、ちょっと、その内容が本当に自分が聞いたとおりなのか、疑問を覚えたのです。

「私、おおかみさんって、私たちを食べる、とってもこわ~い動物だって、聞いていたんです」

 まったくもってその言葉の通りです。

 なら、今の言葉は、やっぱり、気のせい?

「ラグラス様も、ベロニカさんも、おおかみさんなんですよね?」

「……え、えぇ……まぁ、いちおう……」

 一応も何も、そのとおりなのですが、自分の正体を曖昧にしたいが為に、思わず、そんなふうに言ってしまうベロニカさん。ちなみに、ベロニカは、狼であることに誇りを持っています。

 ベロニカがうなずいたのを見て、プリムラが、満面の笑みを浮かべました。

「なんだぁ! おおかみさんって、とっても、優しい動物さんだったのですね!!」

 天真爛漫な笑顔で小ウサギは嬉しそうに言いました。

 どういう思考回路を持って、そんな結論に達するのでしょう。

「私、誤解していました!!」


「……お嬢ちゃん……」

 離れたところで、固まったまま事の次第を見つめていたラグラスは、がっくりと肩を落としました。

 安堵もあります。

 嫌われることも、逃げられることも、なくなったのです。きっとこれからも、キスをしてもらえるでしょう。

 でも、しかし、です。

 ……俺は、お嬢ちゃんを、見くびっていたようだな……。

 どこか視線を遠くに、ラグラスは目を泳がせます。

 そう、プリムラの純粋さを侮ってはいけませんでした。

 ほっとした反面、なぜか、やたらと疲れたような気がしました。


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