向かうところ敵なし 1
「ほら、お嬢ちゃん、おみやげだ。お嬢ちゃんの好きな木イチゴを採ってきたぜ」
「うわ~! ラグラス様、ありがとうございます!!」
うれしそうな声を上げて、小ウサギプリムラは一緒に暮らしているおおかみラグラスの周りをぴょこぴょことはねます。
出会ってもう一ヶ月が過ぎます。
あれからずっと二匹はいっしょにいます。
今日もおおかみと小ウサギはらぶらぶです。
毎日がそんなようすなワケですが、この日はちょっといつもと違っています。
「ラグラス様、おはようございます」
「おはよう、お嬢ちゃん、今日も一段とかわいいな」
起きるなりいちゃいちゃしてます。いえ、それはいつものことです。
プリムラは、まだ寝そべっているラグラスの身体にすり寄って、気持ちよさそうにじゃれつきます。その温かさに、ラグラスはたまらず、愛らしいプリムラをぺろりとなめました。
プリムラはくすぐったそうに笑います。
それも、別にいつもと変わりない朝の様子です。
では、何が違うのでしょうか。
それは、そんな二人を遠くから見つめている鋭い瞳があったということです。
「あんな餌ごときにラグラスが!!」
それはラグラスの仲間のおおかみでした。
いえ、仲間というのはちょっと違うかもしれません。
正しくは、元恋人(恋狼?)です。
このおおかみさんは、めったにいないくらい美人(美狼?)なメスおおかみです。
じゃれついている二人の様子にちょっぴり引きつりながら、彼女はあでやかな笑みを浮かべます。
「ふふふふ」
彼女は「ラグラスを取り戻そう!」計画をしにやってきたのでした。
つまり、邪魔なプリムラちゃんを食べてやろうというのです。
彼女の名前はベロニカさんといいます。
とても賢くて、美しくて、ラグラスの一番のお嫁さん候補でした。
だから、ラグラスのことはよく知っています。
どうしてあんな小ウサギなんかに……!!
まぁ、いいわ。
ニヤリと笑みを浮かべたのは、計画が成功するという確信があったのです。
ラグラスなら、大切な小ウサギから離れることなどないはずです。でも、狩りの時は別です。狩りに連れていくだなんて危険すぎます。何より、おおかみは肉食です。そんな狩りをしている姿を草食の小ウサギの前で見せるはずがありません。 だって、そんな姿を見ればいくららぶらぶでも怖がってしまわれるだろうから。
だから、それが狙い目です。
ベロニカの狙いはあたっていました。ラグラスは狩りの時はプリムラをひとり(いっぴき?)おうちへ残して出かけます。
ベロニカの考えたことはほとんどあたっています。でも、もう一つ理由がありました。
何より、死んでしまう動物を見て心優しいプリムラは悲しむかもしれません。それは、ラグラスにとってはとても辛いのです。プリムラを悲しませたくないのですから。でも、生きていくためには、ラグラスは狩りをしないわけにはいかないので、こっそりとお食事をするのです。
その間をつこうとしてるベロニカの存在など知らず、ラグラスはいつものようにプリムラにキスをすると言いました。
「今日はちょっと出かけてくるから、いい子にして待ってるんだぜ」
「はい、ラグラス様」
疑うことを知らないプリムラは、何も聞かず、素直にうなずきます。
ラグラスはその純粋さに何度救われたことでしょう。だましやすくて助かる、とも言うのかもしれません。
らぶらぶの秘訣をちょっと垣間見た気分ですね。
ともあれ、出かける前に、ラグラスはプリムラを優しくなめます。プリムラはうれしそうに笑っています。
何度考えても、おおかみになめられて喜ぶ小ウサギの構図はちょっと変です。
でも、本人(人?)達はらぶらぶです。
今日も愛らしいプリムラに見送られ、ラグラスは浮かれながら家を出ました。だから、ベロニカの存在に気付くことができませんでした。
ちょっと色ボケはいってます。
ベロニカはラグラスがもう気付かないくらい遠くへ行った頃、二人(二匹?)の愛の巣を訊ねました。
コンコン。
「ハーイ」
プリムラは何の疑いもなくドアを開けてしまいました。
「こんにちは」
ベロニカは小ウサギに、にっこりと笑いかけて言いました。
「こんにちは!」
プリムラは満面の笑みで返事を返します。
ベロニカ、予想外の反応に一瞬ひるみました。
プリムラは、ラグラスと同じ種類の動物をはじめて見たのでうれしくなっていました。
だって、(当たり前ですが)ラグラスはプリムラと仲間を会わせようとしないのです。
はじめて見るラグラスの仲間です。そしてとってもきれいなお姉さんです。
ちなみに、互いに自己紹介はすんでいるものの、プリムラはまだラグラスがおおかみであることに気付いていません。
かなりなお鈍さんです。
目の前のきれいなお姉さんがこわ~いおおかみとは知らず、プリムラは目をきらきらと輝かせて「うわ~」と感嘆の声をあげています。ずいぶんとうれしそうです。
「ラグラス様のお友達ですか? 今、ラグラス様お出かけになられたんですけど、よろしければご一緒にお茶でもいかがですか?」
にこにこと小ウサギが小さく首を傾げて警戒心のカケラもなく、おおかみを巣に招き入れます。
……これが、今から食べようとしているうさぎです。
一瞬、ベロニカの心は罪悪感にズキッと痛みました。
でも、今更やめるつもりはありません。
ベロニカは計画を実行することにしました。
が。
にこにこにこにこ………。
小ウサギはうれしそうにベロニカを見つめています。
な、なにも焦ってこんなトコでがっつかなくてもいいわよね……。
ベロニカは思い直し、笑顔を返します。
「あのね、今、ラグラスに会ったのよ。そしたらね、ラグラスがあなたを連れてきて欲しいって……」
口から出任せにプリムラを外へと誘い出します。
「はい。じゃぁ、今からご一緒すればいいのですね」
疑いもなくプリムラは笑顔でうなずきます。
プリムラはいつもラグラスがどこへ出かけているのか知りません。ですから、一緒にいられると思ってうれしそうに、耳をぴょこんとあげました。
信頼しきった、その上愛らしい小ウサギに、ベロニカの心は更にずきずきと痛みます。
でも、今更後には引けません。
ベロニカが無言で外へでると、プリムラがぴょこぴょこと後ろをついてきます。
すたすたと歩くベロニカの後ろを、プリムラは一生懸命ぴょこぴょこと追いかけます。体に大きな差があるので、ついて行くだけで必死です。でも、文句ひとつ言いません。
ベロニカがぴたりと立ち止まって追いつくのを待つと、プリムラはやっと追いついてきてベロニカへうれしそうに笑いかけて「ありがとうございます」とお礼までいいました。
その愛らしさに、ベロニカの罪悪感はピークに達しかけました。
信頼に満ちたこの瞳がいけないんだわっっ
愛らしい瞳に負けてしまいそうで、ベロニカは寝そべるといいました。
「私の背中に乗るといいわ。きっとその方が楽よ」
ベロニカは目をそらしていいました。
そう、そしたらもう瞳は見えません。きっと惑わされずにすむはずです。
……はずでした。
「うわぁ、ありがとうございます!」
やはり何の疑い持たないプリムラ。
うれしそうに、ぴょこんと背中に乗ります。
「重くないですか??」
心配そうな声がベロニカの耳に届きました。
姿は見えないのに、小首を傾げるプリムラの姿がベロニカの脳裏に浮かびます。
「だ、大丈夫よ、落ちないように気を付けてね。危ないから」
「はい!」
プリムラのうれしそうな声に、ベロニカはハッとします。自分は今、何を言ったのでしょう。
“危ないから”? “気を付けて”?
これから食べようとか考えているおおかみの言葉とは思えません。むしろわざと振り落としても良いぐらいです。
いえ、それ以前に、こうして話していることや外へ連れ出すこと自体、無意味なのです。なんとなく、ずるずると食べるのを先延ばしにしています。
歩いている間中うれしそうに背中の小ウサギははしゃいでいます。
「うわ~、とってもふかふかな背中ですね。毛並みもとってもきれいです」
うれしそうに背中にすり寄るプリムラ。
このままでは、いけません。食べるなんてできなくなってしまいそうです。
ベロニカ、我慢の限界でした。
そしてついに、ベロニカは行動に移すことを決心しました。
「………ちょっと下りてくれるかしら?」
ベロニカはプリムラ背から降ろします。
おおかみの目の前には、笑顔で首を傾げる愛らしい小ウサギ。
そして……。
ベロニカの口が、ニィ……っと弧を描きました。