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よろしくね。

 雨が上がりました。

 ラグラスの体の下には、たった今出会ったばかりの小ウサギが、気持ちよさそうに眠っています。

 でも、ラグラスにはとってもとっても大切な存在となった小ウサギです。

 気持ちよさそうに眠っているのを見ると、起こすのがしのばれます。

 でも、もうすぐ日も暮れてしまうので、起こさないわけにもいけません。

 困って、お腹の下の小ウサギを、自分の鼻先で、つんつんと押してみます。

「ん~~……」

 小さく寝返りはしたモノの、小ウサギは起きる様子がありません。

 ぺろり。

 その愛らしい顔をなめてみます。

 それでも小ウサギは起きません。

 しばらく、その愛らしい寝顔をしかたなく見ていました。

 ついに、ラグラスは起こすことをあきらめました。

 でも、内心ほくそ笑んでます。

 だって、ちゃんと理由ありで自分の巣まで小ウサギさんを連れ込めるのですから。

 これなら、小ウサギさんが目を覚ましたときなぜラグラスの巣にいるのか聞かれても大丈夫です。

 この鈍そうな小ウサギを巣まで連れ帰るセリフを考えるのは、想像するだけで大変そうですから。

 会って間もないのに、鈍いとはたいしたいわれようです。

 でも、そんなことを知らないプリムラは気持ちよさそうに眠っています。

 よし!!

 ニヤリとラグラスは笑って、気持ちよさそうに眠る小さなプリムラの体をはぐっとくわえました。

 起こさないように、ラグラスは気をつけます。

 起きてこの状況に驚かれた末、暴れられたりでもすれば、ラグラスの鋭い牙が小ウサギを傷つけてしまうかもしれません。

 しかし、心配は無用のようです。

 プリムラは、まったく起きる様子がありません。

 おおかみにくわえられた一見哀れとも見える小ウサギは、それはそれは気持ちよさそうにくーくーと寝息をたてて眠っています。

 ラグラスはその様子に微笑むと、起こさないよう気をつけながら、ゆっくりと歩き始めました。


 その様子を、遠くから見つめている一対の赤い目がありました。

「……た、大変だ……」

 プリムラの仲間のウサギさんです。

 ウサギさんはがくがくと震えながら狼狽しきっていました。

 それはそうです。

 どう見ても、プリムラがおおかみに捕まって食べられているようにしか見えないのですから。

 その上、くわえられても暴れる様子もなく、ぐったりとしています。

 遠目には、とてもじゃありませんが、気持ちよさそうにくーくーねてるだなんて分かるはずもありません。ましてや、悠々と歩いているように見えるおおかみが、実は小ウサギを気遣って起こさないように慎重に歩いているだけだなんて分かるはずもありません。

 やはり、一般的には、プリムラはおおかみに捕まって死んでしまって餌にされようとしていると考えるのが普通です。

 ぷらぷらと力無く揺れる愛らしい耳。

 遠くから見ながらウサギさんは泣いていました。

 せめてあの体をおおかみから取り返すだけの力があれば……。

 でも、小さなウサギには到底無理なことです。

 ウサギさんは、泣きながら、村へ向かってプリムラの死を告げに走り出したのでした。





 くーくーと、ふかふかの毛布にくるまれて真っ白な小ウサギさんが気持ちよさそうに眠っています。

 その寝顔はとてつもなく愛らしいです。

 突然、ぴくんと耳が動きました。

 赤い瞳がゆっくりと開きます。

 ぽーとした様子で小ウサギさんは辺りを見渡しました。

 ふにゃ??

 見覚えが全くないです。

 あれ? あれ?

 右へ、左へと首を傾げてまた周りを見渡します。

 やっぱり、見覚えはありません。

 ……あれ?

 プリムラは考え込んでしまいました。

 ここは一体どこなのでしょう。

 その様子を、上からジーと見つめていグレーの瞳がありました。

 おおかみのラグラスです。

 プリムラが毛布と思っていたのは、実はラグラスの体だったのです。

 むぅー、と困っているプリムラの姿が、あまりにも可愛らしくて、ラグラスは感極まっています。

 こんなに愛らしいものが、一体この世のどこにあるでしょう?

 ラグラスはたまらず、戸惑っている小ウサギをぺろりとなめました。

 びくぅっっっ

 小ウサギがその思いがけない感触に体を強ばらせました。

 ラグラスは困ってしまい、その硬直した体に顔をすり寄せました。

 小ウサギが、おそるおそる、そぅっと、見上げてきました。

 上を見上げたプリムラの瞳が出会ったのは、冷たいけれどとっても優しいグレーの瞳です。

 すると、強ばった表情がへにゃっと和らぎ、体から力が抜けました。

「おはようございます」

 安心しきった笑顔がラグラスに向けられました。

「よう、お嬢ちゃん、お目覚めかい?」

「はい」

 にっこりと笑顔が返ってきました。

 ホントに変な小ウサギさんです。でも、それがとってもうれしくて、ラグラスは更に笑みを深くすると、もう一度顔をすり寄せました。

「お嬢ちゃん、よく眠れたか?」

 こくりとうなずくその愛らしさといったら。

 ラグラス、改めて小ウサギさんにフォーリンラブです。

 ちなみに、眠っているのを見つめている間も、その愛らしさに、顔の筋肉ゆるみっぱなしでした。

 寝ても起きても愛らしいだなんて、なんてかわいい小ウサギさんでしょう。

 ラグラスが悦に入ってるその間、プリムラは再び辺りを見渡していました。

「……あのぉ……」

 首を傾げて、遠慮がちに声を掛けてきます。

「ん? なんだい、お嬢ちゃん」

「……ここは、どこですか??」

 ラグラスはふっと微笑みを浮かべました。予定通りの問いです。

「俺の家だ。昨日お嬢ちゃんがそのまま眠ってしまったからな、お嬢ちゃんの家は知らないし、連れてきたんだ」

「ええ?! 私、ご迷惑をおかけしてしまったんですねっっ」

 きゅーと項垂れてしまったプリムラに、ラグラスはわたわたと取り繕いはじめました。

「イヤ、そんなことはないぞっっ、俺がお嬢ちゃんを連れてきたかったんだから、迷惑だなんて、これっぽっちも思ってないぜっっ」

 これですぐに帰るなんて言われたら大変です。

「そ、そうですか??」

 単純なプリムラは素直にその言葉を聞いて、明らかにほっとした様子で笑いました。そんな素直さに、ラグラスはほっとしました。

 お嬢ちゃんが単純でよかったぜ……。

 ずいぶんなことを考えています。

 プリムラはそんなことは知らず、にこにことラグラスに笑いかけています。

「泊めていただいて、ありがとうございました」

 深々と頭を下げる小ウサギさんの姿に、なにやらラグラスの心はほのぼのとします。

「いいや、礼には及ばないさ。さっきも言ったが、俺がお嬢ちゃんを連れてきたかったんだからな。お嬢ちゃんと一緒にいたくて、つい、な」

 つい、ではなくて、思いっきり計画的なのですが、そんなことを知らないプリムラは、やっぱり、とってもうれしそうに笑っています。

 だって、プリムラは昨日ラグラスを一目見たときからとっても大好きだったからです。

「私も一緒にいたいですっ」

 ぴょんぴょんとはねて、小ウサギはとってもうれしそうです。

 ラグラス、幸せ絶頂です。

 こんな気持ちは初めてでした。

 初めてあったばかりのしかも、小ウサギなんかにこれ以上ないほど心を奪われてしまったのです。

 この小ウサギさんが自分のもとから去っていくなんて、考えたくもありません。何としてでもここに引き止めたいと思っていました。

 そこへ、小ウサギさんのこの一言!!

 ラグラスはプリムラを抱きしめている間に考えていたセリフを言う決心をつけました。

「……お嬢ちゃん……」

 真剣な口調と表情に、きょとんとして小ウサギがおおかみを見つめます。

「俺は、お嬢ちゃんみたいな女にあったのは、初めてだ。こんなに誰かを愛する事があるなんて、想像した事もなかった。君との時間が、あまりにもいとおしくて、……お嬢ちゃん、君を、離したくない……」

 プリムラは真剣な表情でラグラスを見ています。

「あの……どうしたんですか?」

 ラグラスの切なげな語りに、プリムラは困ったように首を傾げました。

「お嬢ちゃんの為を思えば、君は家に帰るべきなんだ。だが、俺はそうしたくなくて悩んでいるんだ。……お嬢ちゃん。君を、離したくないんだ。ずっと一緒にいたい。お嬢ちゃんと一緒にいるだけで、俺は今まで味わった事のないような幸せを感じられる」

 子ウサギは、ラグラスの言っている意味がよくわかってないような様子で、ぽかんとして聞いています。ですが、ラグラスは語ります。

「俺はお嬢ちゃんを帰したくないんだ。帰してしまえば、きっと、もう、二度と会えなくなってしまう。それは、もう、耐えられない。……お嬢ちゃんはどう思う? 君は、もう、俺と会えなくても、平気か?」

 大変です。帰ってしまえば二度と会えなくなるだなんて!

 プリムラは、一生懸命考えました。

「いやです。会えなくなるのは、いやです」

 考えただけで泣いてしまいそうです。プリムラは、もう、ラグラスの事が大好きになっていたのですから。

「本当に?」

 ほっとした様子でラグラスは呟きました。

 きゅぅっと、プリムラを抱き寄せます(どうやってかは不明)

「俺の全身全霊を書けて、誓おう。俺は、お嬢ちゃんを守り抜く。俺の命をかけて、お嬢ちゃんを愛すると。君が、俺に、愛する心を教えてくれた。誰よりも大切な、俺の愛するお嬢ちゃん……」

 ……言った!!

 ラグラス、ノリノリです。ちょっと自分の言葉がきまったので、酔ってます。

「全く、罪なお嬢ちゃんだぜ。この俺を、本気にさせちまうなんて、な」

 とかなんとか、ぶつぶつと呟いてます。

 ラグラスの言葉を真剣な表情で聞いていたプリムラは、ラグラスの言葉を聞き終えると、

「わ~~い♪」

と、うれしそうに声を上げて、ぴょんぴょんとはねました。

「………?」

 ちょっと予想外の反応に、ラグラス困惑です。

「私も、大好きです~~♪♪ 一緒にいていいんですね♪ ずっと一緒にいたいです♪」

「…………(涙)」

 ラグラスはその言葉と様子に、声もなく泣いてしまいました。

 そう、この反応はまさに、

『私木イチゴ大好き~~♪♪』

 と、まったく同じノリなのです。

 その答えの軽さ。

 いえ、確かに好かれてはいるのでしょうが……。

 どうやら、感情の種類にいささか食い違いが見られるようです。

 この小ウサギの心理をはっきりと自覚し、ラグラスはもう、笑うしかありません。

 でもまぁ、一緒にいることは小ウサギにとってうれしいことらしいのでよしとすることにしました。 (でないと、やってられません)

 まだまだ時間はあります。今までプレイボーイといわれてきたラグラスの名にかけて、ゆっくりと自覚させていこうと心に誓ったのでした。

 一時は小ウサギの純朴さと単純さに救われたラグラスですが、今ここでそのツケを払っている気分でした。

 まぁ、嫌われないだけでも、と自分に言い聞かせて子ウサギさんに微笑みかけます。

 家にも帰らずずっと一緒にいると言ったプリムラは幸せそうな笑顔でラグラスを見つめています。

 でも、ラグラスの春は、まだまだ遠いようです。

 ラグラス、恋愛の厳しさを知った、春の日の朝のことでした。




 ちなみに、まだ自己紹介もしていません。名前も互いに知らないというあたり、二匹とも、なにやら抜けています。

 ついでに、プリムラに至っては、ラグラスがおおかみさんということも知りません。

 この先、こんなで大丈夫でしょうか……。

 先行きの不安な二匹ですが、とりあえず、ラグラスもプリムラも、とっても幸せなのでありました。


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