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クワガタ、室町末期に放たれる?  作者: 双鶴


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第15話 伏見の密会と、河内の包囲戦

 明応二年(1493年)二月十五日。

 京の冬はまだ硬く、空気は冷たく澄んでいた。


 その朝、将軍義材はついに決断を下した。


 ――河内へ向かう。


 畠山政長の宿敵・基家を討つため、

 義材は大名たちに号令を発し、

 討伐軍は京を発った。


 政元は、

 その軍勢を見送ることなく、

 ただ静かに屋敷の奥で文を読んでいた。




 二月二十四日。

 義材は河内国・正覚寺に入り、ここを本陣とした。


 大名たちは高屋城周辺に陣を敷き、

 三月二十六日には城を包囲した。


 基家方の小城は次々と陥落し、

 高屋城は孤立した。


 討伐軍の勝利は目前――

 誰もがそう思った。


 だが、

 その裏で、

 京の伏見では別の動きが進んでいた。




 元司は、

 政元の呼び出しを受け、

 伏見の小さな屋敷へ向かった。


 夜の伏見は静かで、

 川面に映る灯りだけが揺れていた。


 屋敷の奥には、

 政元と数名の使者がいた。


 その中に、

 見覚えのある紋があった。


(……畠山基家の使い……)


 元司は息を呑んだ。


 政元は、

 元司の気配に気づくと、

 軽く顎を動かした。


「入れ」


 元司が座につくと、

 政元は淡々と告げた。


「河内の戦は……長くは続かぬ」


「殿。

 基家は包囲され、孤立しております」


「孤立しているのは“表向き”だ」


 政元は、

 使者のひとりを見やった。


 その男は深く頭を下げ、

 静かに言った。


「将軍が攻めてこようとも、

 我らに不安はございませぬ。

 伊勢貞宗殿をはじめ、

 諸大名とはすでに話がついておりますゆえ」


 元司は思わず政元を見た。


(殿……まさか……)


 政元は、

 元司の視線を受け止め、

 わずかに目を細めた。


「基家が滅べば、

 畠山は再び一つになる。

 それは……細川にとって好ましくない」


 その声は静かだったが、

 底に冷たい刃が潜んでいた。




 政元と基家の接触は、

 この夜が初めてではなかった。


 前年――明応元年正月。

 政元は山城・伏見で、

 基家や越智氏の使者と密かに会っていた。


 興福寺の僧・尋尊は、

 その動きを「不審」と記している。


 だが、

 尋尊が“不審”と感じたのは当然だった。


 政元は、

 畠山政長の宿敵と手を結んでいたのだから。




 元司は、

 政元の横顔を見つめた。


 その表情は、

 怒りでも焦りでもなく、

 ただ“計算”だけがあった。


「殿……

 これは……」


「元司。

 戦は、刀で決まるものではない。

 どこに“重し”を置くかで決まる」


 政元は、

 伏見の闇を見つめながら続けた。


「畠山が二つであれば、

 細川は揺るがぬ。

 だが一つになれば、

 いずれ我らと刃を交える」


 元司は静かに息を呑んだ。


(殿は……

 畠山を“弱いまま”に保とうとしている)


 それは、

 戦国の政治としては正しい判断だった。


 だが、

 その正しさは、

 あまりに冷たかった。




 伏見の密会が終わる頃、

 政元は元司にだけ聞こえる声で言った。


「元司。

 この戦は……表と裏で二つある」


 元司は問い返さなかった。

 政元の言葉の意味を、

 すでに理解していたからだ。


 表では、

 義材と政長が基家を追い詰めている。


 だが裏では、

 政元が基家を支え、

 均衡を保とうとしている。


 その均衡が崩れた時――

 何が起きるのか。


 元司は、

 伏見の夜風の冷たさの中で、

 その未来を思った。


 だが、

 政元の横顔は揺らがなかった。


 ――河内の包囲戦は、

 まだ終わっていない。


 そして、

 “本当の戦”は、

 まだ始まってすらいなかった。


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