表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/11

学園ラブコメ撮影

 神崎玲音の件が一段落してからの数日、僕はようやく少しだけ、日常というものを取り戻しかけていた。


 もちろん、完全に元通りというわけではない。

 白須賀沙也加は相変わらず朝一番に僕へ声をかけてくるし、天雨美鈴はそんな彼女を静かな目で牽制しながら、いつの間にか僕の昼食事情にまで口を出すようになっていた。柊綾乃先輩も、廊下ですれ違えば何かしら確認事項を投げてくる。


 十分おかしい。

 冷静に考えれば、僕の高校生活はとっくに陰キャ向けの安全圏を踏み外していた。


 それでも、少なくとも一つの渦は越えたのだと思っていた。

 神崎玲音は、自分の光り方を見つけた。白須賀と比べられることに呑まれるだけだった彼女が、自分のままで立てる場所を掴んだ。なら、しばらくは大きな面倒も来ないだろう、と。


 そんなふうに思っていた時点で、たぶん僕は甘かった。


 五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室に中途半端な気の緩みが広がった、その直後だった。


「えー、ちょっと静かにしろ」


 担任が教卓を軽く叩く。

 いつもの連絡事項にしては妙に声が通っていて、教室のざわめきが少しずつ引いていった。


「うちの学校、先日の学校案内動画の反響がかなり良かったらしくてな。追加で広報用のショートドラマ企画が立ち上がった」


 その一言で、空気が変わる。


「ショートドラマ?」

「え、マジで?」

「白須賀さん出るの?」


 あちこちから声が上がる。

 担任は面倒そうに眉を寄せながらも、続きを口にした。


「配信向けの短い企画らしい。学校紹介を兼ねた青春もの……まあ、学園ドラマっぽい内容だ。撮影は土曜。授業に支障が出ないよう休日にやるそうだ」


 そこで、ほぼ全員の視線が白須賀へ向いた。

 当の本人はというと、頬杖をつきながらどこか楽しそうに瞬きをしている。


「出演の中心は白須賀。学校側の協力として、在校生も数名参加する」


 嫌な予感がした。


 こういう時の嫌な予感は、だいたい当たる。

 担任が次に手元の紙を見た瞬間、僕はもう半分くらい諦めていた。


「あと、前回の動画に出た在校生男子の自然さが好評だったらしく、同じ生徒を使いたいという要望が制作側から出てる。沢渡」


「……はい」


 やっぱり僕だった。


 教室中の視線が一斉に集まる。

 胃が痛い。陰キャはこういう瞬間に向いていない。向いていないのに、なぜ僕ばかりこういう役回りを引くのか。


「放課後、職員室で簡単に説明を受けてこい。正式に受けるかどうかは、そのあと決めればいい」


 担任はそう言ったが、教室の空気はもう“沢渡が出る”前提で固まっていた。

 白須賀は隣で、ひどく上機嫌そうに小さく笑う。


「沢渡くん、また一緒だね」


「嬉しそうに言わないで」


「だって嬉しいし」


 即答だった。


 その声は周囲にも聞こえる程度の自然なものだったのに、なぜか僕だけは、その中に妙な熱を感じ取ってしまう。


 ※ ※ ※


 昼休み、僕はいつも通り屋上へ逃げた。


 逃げた、という表現がたぶん一番正しい。

 教室に残っていれば、ショートドラマの件で質問攻めにされるのは目に見えていたし、何より白須賀が妙に楽しそうだったのが怖かった。


 屋上のベンチに座ってパンの袋を開けたところで、扉が開く音がする。

 振り返らなくても分かった。


「やっぱりここにいた」


 白須賀だった。


 しかも今日は一人じゃない。

 少し遅れて、天雨も姿を見せる。


「なんで二人とも来るの」


「沢渡くんが一人で変な顔してそうだったから」


「実際、してた」


 白須賀と天雨が、ほとんど間を空けずにそう言った。

 なんなんだろう、この妙な連携は。


 二人は僕を挟むようにベンチへ腰を下ろす。

 最近ずっとこんな感じだ。逃げ場がない。


「ショートドラマ、出るの?」


 天雨が静かに訊いた。


「まだ説明受けるだけだけど」


「でも、ほぼ決まったようなものでしょ」


「そうだと思う」


「だよね」


 その返しは短かったが、天雨の目はあまり穏やかではなかった。


 白須賀はそれを横目で見ながら、わざとらしく明るい声を出す。


「学園ドラマってことは、たぶん放課後に一緒に歩いたり、教室で話したり、そういうシーンあるよね」


「あるかもしれないけど、だから何」


「別に? ただ、沢渡くんとそういうのするの、普通に楽しみだなって思っただけ」


 さらっと言う。

 こういうところがこの人は強い。


 天雨の指先が、弁当箱の蓋をきゅっと押さえたのが見えた。


「……楽しみ、なんだ」


「うん」


「お芝居でも?」


「お芝居だからこそ、かな」


 白須賀は笑っている。

 でも、その言い方だけが少し重かった。


 僕がパンを食べる手を止めていると、天雨が今度は僕を見る。


「沢渡くん、ちゃんと断ってもいいんだよ」


「え?」


「嫌ならってこと。無理してそういうのに付き合う必要ない」


「でも学校の企画だし……」


「だから厄介なの」


 天雨の声は静かだった。

 静かなのに、その中にある感情だけは妙にはっきりしている。


「白須賀さん相手なら、周りも“お似合いだね”とか簡単に言うでしょ。でも、そういう空気で押し切られるの、私はあまり好きじゃない」


 僕は返す言葉を失った。

 天雨はたまに、こういうふうにまっすぐすぎることを言う。普段は抑えているぶん、一度出ると余計に重い。


 白須賀はすぐには反論しなかった。

 少しだけ目を細めて、天雨の横顔を見る。


「美鈴ちゃんって、ほんと沢渡くんのことになると譲らないよね」


「譲る理由がないから」


「へえ」


 空気が少しだけ張る。

 屋上の風は涼しいのに、そこだけ妙に熱かった。


 その時、屋上の扉がもう一度開いた。


「ここにいたのね」


 現れたのは柊先輩だった。


 けれど今日は、呼び出しのために来たわけではないらしい。手には書類を数枚抱えていて、少しだけ呆れたような顔をしている。


「先生方が沢渡くんを探していたわ。説明資料を先に渡しておいてほしいって」


「……それ、職員室じゃなくていいんですか」


「今、会議中で手が離せないそうよ。だから私が預かったの」


 なるほど。それなら自然だ。

 柊先輩はそういう実務の延長線上で動く人で、そのほうがむしろしっくりくる。


「今回の企画、学生側の窓口は生徒会も少し関わるの。私は備品と校内導線の管理担当」


 そう言って、柊先輩は僕へ資料を差し出した。


 表紙には企画名と簡単なあらすじ。

 人気者の編入生と、目立たない在校生が、学校を案内する中で少しずつ距離を縮める――そんな、いかにも学園ラブコメらしい内容が数行でまとめられている。


「……やっぱり嫌な予感しかしない」


「そうね。私も少し思ったわ」


 柊先輩は妙にあっさり同意した。


「ただし、あくまで広報目的の企画よ。過度な演出にならないよう、こちらでも調整を入れる予定」


「つまり柊先輩も見るんですね」


「ええ。見るわ」


 その一言に、不思議な圧があった。


「学校の名前を使う以上、不自然な内容にはさせないし……沢渡くんが無理をさせられそうなら止める」


 淡々とした口調なのに、その最後だけ少しだけ低い。

 白須賀がすぐに反応した。


「副会長さん、それって過保護じゃない?」


「管理の範囲内よ」


「ほんとかな」


「少なくとも、あなたよりは建前があるわ」


 火花が散った気がした。

 天雨は無言でそれを見ている。たぶん、彼女は彼女で思うところがあるのだろう。


 僕だけが、資料を持ったまま所在なく座っていた。


 ※ ※ ※


 放課後、正式な説明は職員室ではなく、視聴覚室で行われた。


 制作会社の担当者と、学校の広報担当、担任、それから白須賀。

 僕は一番端の席に座りながら、自分がここにいること自体がおかしいとずっと思っていた。


「前回の学校案内動画で、沢渡くんの自然な存在感がとてもよかったんです」


 制作会社の女性がにこやかに言う。


「今回は、白須賀さんの華やかさに対して、沢渡くんの素朴さがいい対比になると考えています」


 素朴さ。

 言い換えれば、陰キャっぽさを期待されているのだろう。


「撮影は土曜の午後。校内の通常活動が少ない時間帯を使います。最初はテスト読み合わせと簡単な立ち位置確認から入るので、そんなに構えなくて大丈夫ですよ」


 構えるに決まってるだろう、と思ったが口には出さない。

 隣を見ると、白須賀は脚本の初稿を真剣に読んでいた。


 その横顔が、ふいに少しだけ柔らかくなる。


「……これ、いいかも」


「何が」


 小声で聞くと、白須賀はページをめくったまま答えた。


「沢渡くんと、ちゃんと“二人の時間”があるところ」


 何でもないように言う。

 でも、その言葉の選び方が、ひどくこの人らしかった。


 会議が終わり、視聴覚室を出るころには外はだいぶ暗くなっていた。

 廊下に人影はまばらで、窓の外には運動部の掛け声が遠く聞こえる。


 靴箱へ向かおうとしていた僕は、途中で天雨に呼び止められた。


「説明、終わった?」


「うん」


「どうだった」


「断れなくはないけど、断りづらい感じ」


「そう」


 天雨はそれだけ言って、少しだけ黙る。

 それから視線を上げ、いつもよりはっきりした声で言った。


「じゃあ私、土曜の撮影、見に行く」


「え?」


「クラスの協力者募集、出るでしょ。背景の在校生とか、図書室利用者役とか。そういうのなら自然に入れるから」


 たしかに、資料の最後にエキストラ募集の欄はあった。

 でも、天雨はそういう目立つ場へ自分から出るタイプではない。少なくとも今までは。


「なんでそこまで」


 聞いてしまったのは、半分くらい本音だった。


 天雨は少しだけ目を細める。


「見ていたいから」


「……何を」


「沢渡くんが、どんな顔で白須賀さんと並ぶのか」


 その答えは静かだった。

 静かなのに、逃げ道がなかった。


「それに、もし本当に“お芝居だから”で済まされない空気になったら、私はたぶん黙ってられないし」


 そう言って、天雨は先に歩き出す。

 黒髪が夕暮れの廊下に揺れて、その背中だけが妙に真剣だった。


 僕はその場に少しだけ取り残される。


 平穏なんて、やっぱりどこにも戻ってきていなかった。

 むしろ今度は、学校という日常の中へ、芸能の非日常がさらに深く入り込んできている。


 しかも土曜の撮影には、白須賀がいて、天雨がいて、柊先輩も管理側で立ち会う。

 考えただけで、ろくなことにならない気がした。


 そんな僕のスマホが、そのタイミングで震える。


 画面には、白須賀からのメッセージが一件。


『土曜、楽しみだね』


 そのあとに、少しだけ間を空けて、もう一通届いた。


『あれ、お芝居だからって思いすぎないでね』


 意味が分からないふりをしたかった。

 でも、あの人がそういう言い方をする時、大体ろくな意味ではないことを、僕はもう知っている。


 暗くなりかけた廊下の真ん中で、僕はスマホを握ったまま小さく息を吐いた。


 たぶん次の土曜、僕はまた一段深く、面倒な場所へ足を踏み入れる。

 しかも今度は、ただの学校案内では済まない。


 学園ラブコメみたいな脚本と、芸能の現場が混ざった場所で、周りにいる彼女たちが何も起こさないはずがなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ