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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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6/11

トップアイドルのついでとは言わせない

 学校案内映像の完成版が届いたのは、それから一週間後のことだった。


 昼休み、僕は柊先輩に呼ばれて生徒会室へ向かった。

 もはや「またか」と思う余裕すらない。白須賀に絡まれるようになってからというもの、僕の平穏は少しずつ、けれど確実に削られている。教室で目立たずにやり過ごし、誰にも深く関わらず一日を終える――そんな陰キャらしい安定運用は、とっくに崩れていた。


 生徒会室の中には、すでに三人が揃っていた。


 ノートパソコンの前に柊先輩。壁際に立つ白須賀。

 そして、その隣で脚を組みながらスマホを弄っているのが神崎玲音だった。


「遅い」


 僕の顔を見るなり、玲音が言う。


「呼ばれて今来たんだけど」


「言い訳しないの」


「いや、ほんとに言い訳じゃなくて」


「まあまあ、沢渡くんだし」


 白須賀が笑いながらそう言うと、なぜか玲音は小さく鼻を鳴らした。

 その反応の意味はよく分からない。


「全員来たわね」


 柊先輩がノートパソコンの画面を確認しながら言う。


「学校案内映像の初稿が上がったの。公開前に関係者で確認するから、余計な私語は慎んで」


「余計じゃない私語ってあるんですか」


「あなたは黙って見ていればいいの」


 ひどい言われようだった。

 でも、今日は柊先輩も本気で忙しそうなので、変に食い下がるのはやめておく。


 部屋の照明が少し落とされ、画面が再生された。


 最初に映ったのは、正門前に立つ白須賀だった。

 春の光の中で制服姿の彼女が振り向き、まっすぐカメラを見る。それだけで、なんとなく「この学校、楽しそう」と思わせてしまう力がある。やっぱり白須賀はすごい。そういう空気を作ることに関して、たぶん天性のものを持っている。


 そこから教室、体育館、図書室と映像は流れていき、途中で玲音のパートに切り替わった。


『最初からうまく馴染めなくても、別にそれで終わりじゃないし』


 画面の中の玲音は、前に撮影で見た時よりさらに自然だった。

 強さはある。けれどそれが、誰かを弾く鋭さではなく、不安な背中を押す強さになっている。


『人が多い場所がちょっと苦手でも、落ち着ける場所ってちゃんとあるから』


 次に映るのは、図書室の奥の窓際。

 そこから中庭のベンチ、屋上へ続く階段前、放送室横の静かな廊下。目立つ場所ではない。けれど、僕みたいな人間にとっては妙に記憶に残る風景ばかりだった。


 さらに最後のほうで、中庭のベンチに座る僕と玲音の短い場面が流れる。


『そういう場所を知ってる人が一人いるだけで、学校ってだいぶ違うから』


 自分の顔が大画面に映るのは普通にしんどい。

 陰キャにとって、公衆の面前で可視化されるのはだいたい罰だ。心の中で軽く死にかけていると、映像が終わった。


 部屋に短い沈黙が落ちる。


 最初に口を開いたのは、白須賀だった。


「うん、すごくいい。玲音のとこ、ちゃんと玲音らしい」


「そう?」


 玲音は軽く言ったが、視線はまだ画面から外れていなかった。

 何でもない顔をしているけれど、耳の先だけが少し赤い。


「学校案内としても、かなり完成度が高いわ」


 柊先輩が言う。


「明るさだけじゃなく、不安への導線まで見せられているのがいい。見学会の問い合わせにも確実に効くはずよ」


「問い合わせって、そんな変わるものなんですか」


 僕が訊くと、柊先輩は資料を一枚持ち上げた。


「試写データを見た広報側から、すでに反応が来ているの。特に神崎さんのパートは、“初めて学校へ来るのが不安な層にも刺さる”って評価だったわ」


 その言葉に、玲音の指先がぴくりと動いた。

 僕は何となく、あえてそちらを見ないことにした。


 ※ ※ ※


 完成した映像は、翌日から学校の見学会告知ページで公開された。


 結果は、想像以上だった。


 休み時間、廊下ですれ違う教師たちが広報の話をしているのが聞こえてくる。

 見学会の事前申込数が例年より増えていること。問い合わせ欄に「動画を見て安心した」と書いた保護者がいたこと。進学サイトのコメントでも、「華やかなだけじゃなくてリアルでよかった」という反応が多いこと。


 そして、昼休みに生徒会室へ書類を届けに行った僕は、柊先輩が電話対応をしている場面に遭遇した。


「はい。はい、ありがとうございます。……ええ、その“神崎さんの落ち着いた案内が印象的だった”というご意見、広報へ共有します」


 電話を切ったあと、柊先輩は一度息を吐いた。


「また玲音さん宛て?」


 僕が訊くと、柊先輩はうなずく。


「ええ。中学生の保護者の方から。“明るすぎる学校紹介だと子どもが気後れするけれど、今回の映像は安心できた”って」


「へえ……」


「あなたの案がきちんと成果になったわね」


「いや、僕はちょっと言っただけで」


「それを拾って形にしたのは神崎さんよ。あの人、思っていたよりずっと器用で、ずっと不器用だわ」


 その評価は、なんとなく分かる気がした。


 玲音は表面だけ見れば要領がよさそうなのに、肝心なところで誤魔化さない。

 だからこそ、比べられることにも雑に慣れきれないのだろう。


 その日の放課後、僕は昇降口で靴を履き替えながら、自分でも少しおかしいくらいに玲音のことを考えていた。

 別に、特別気にしているつもりはない。けれど、一度「違う光り方をする人」だと認識してしまうと、前みたいにただの人気アイドルとしては見られなくなる。


「沢渡くん」


 名前を呼ばれ、顔を上げる。

 そこにいたのは白須賀だった。


「今日、ちょっと寄り道できる?」


「寄り道?」


「うん。玲音が来てるの」


「学校に?」


「見学会の下見と、動画の反応を広報から直接聞きたいんだって。ついでに、沢渡くんも呼んどいてって」


「なんで僕」


「知らない」


 絶対知ってる顔だった。

 けれど白須賀はそこで笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。


 ※ ※ ※


 放課後の校内は、授業中とは違う静けさがある。

 部活の掛け声が遠くから響き、廊下には夕方の光が斜めに差し込む。人の気配が完全には消えないぶん、かえって少しだけ現実感が薄い。


 僕は白須賀に連れられて、生徒会室の奥にある小会議室へ向かった。

 扉を開けると、中には玲音と柊先輩がいた。机の上には資料が広げられていて、二人ともさっきまで何か話していたらしい。


「来た」


 玲音が僕を見るなり言う。


「呼ばれたから来たけど」


「最近そればっかだね、沢渡くん」


 白須賀が横で楽しそうに言う。

 僕としては、呼ばれなければ静かに帰りたい人生なのだが、そういう意思はあまり尊重されないらしい。


「反応のまとめ、今見せてもらってたの」


 玲音が資料を指で叩く。


「見学会動画のアンケート抜粋。ほら」


 差し出された紙には、いくつもコメントが並んでいた。


『人見知りの子でも通えそうだと思えた』

『静かな場所も紹介してくれていて親切だった』

『神崎さんの言葉が、うちの娘には一番響いたようです』

『最初から明るくなれなくてもいい、というメッセージに救われた』


 読み進めるうちに、僕は少しだけ息を止めた。


 これ、ちゃんと届いてるんだ。


 あの非常階段で話したことが、撮影に反映されて、画面越しの誰かに届いている。

 僕はその事実に、思っていた以上に驚いていた。


「……すごいね」


 絞り出すみたいに言うと、玲音はなぜか少しだけ視線を逸らした。


「まあ、悪くない」


「悪くないどころじゃないでしょ。大成功じゃん」


「そういうストレートなの、ちょっと困る」


「なんで」


「なんでも」


 玲音はぶっきらぼうに答える。

 でも、口元がほんの少しだけ緩んでいるのを見れば、嬉しくないはずがなかった。


 そこへ、柊先輩が新しい資料を机へ置いた。


「さらに、当日の見学会で神崎さんのパートを校内モニターでも流すことになったわ。来場者対応の導線説明にも使える」


「へえ」


「つまり、当日も来るってこと?」


 白須賀が玲音を見る。


「来るよ。自分の出たものの反応、ちゃんと見たいし」


 玲音は言いながら、ちらりと僕を見た。


「それに、言ったでしょ。責任、半分持ってもらうって」


 僕はそこで初めて、今日呼ばれた理由の一端を理解した。

 たぶん玲音は、成果を見せたかったのだ。自分がちゃんと“白須賀の隣用”じゃない形で評価されたことを、あの場にいた僕にも見せたかった。


 そう思うと、少しだけ胸の奥が温かくなる。

 でも同時に、それを僕に見せる必要があったのかは、やっぱりよく分からなかった。


 ※ ※ ※


 見学会当日、校内は朝から慌ただしかった。


 正門前には案内の立て看板が並び、受付には保護者と中学生が列を作る。校舎のモニターには完成した学校案内映像が流れ、教室見学の時間割表が配られていく。

 僕はまたしても柊先輩に捕まり、案内補助として校内を歩き回ることになっていた。


 体育館前の通路を曲がったところで、ふいに見覚えのある姿が目に入る。

 玲音だった。


 今日はテレビ収録の時みたいな派手な格好ではなく、落ち着いた私服に薄いジャケットを羽織っている。目立たないようにしているつもりなのだろうが、素材が素材なので普通に目立っていた。


「来てたんだ」


「来るって言ったじゃん」


「いや、ほんとに来るんだなと思って」


「なにそれ」


 玲音は呆れたように言ってから、少しだけ視線を横へ流した。


 その先には、校内モニターの前で立ち止まっている親子がいた。

 動画のちょうど玲音のパートが流れているところで、小柄な女子生徒が画面をじっと見つめている。制服ではないから、見学に来た中学生だろう。隣の母親らしい女性が何か囁くと、その子は小さくうなずいた。


「さっき、聞こえたんだよね」


 玲音が、いつになく小さな声で言った。


「“こういう場所あるなら行けるかも”って」


 僕は少しだけ黙った。

 たぶん今、下手な言葉は要らない。


「……よかったね」


「うん」


 短い返事だった。

 でも、その一文字に含まれたものはたぶん軽くない。


 その時、少し先の廊下でざわつきが起きた。

 どうやら別の見学グループが移動してきたらしく、人の流れが一気に重なったらしい。廊下の角で、中学生の一人が押し出されるように列から外れ、そのまま立ち尽くしてしまっている。


 顔色が悪い。人混みがしんどいのだとすぐ分かった。


 僕は反射的にそちらへ向かった。

 陰キャだからこそ、そういう空気には敏感だった。大勢の中で動けなくなる感じ。声を出したいのに出せない感じ。あれは、他人事としては見づらい。


「大丈夫?」


 しゃがんで目線を合わせると、その子は小さく肩を震わせた。

 返事はない。でも、拒絶もない。


「こっち、少し静かな場所あるから」


 僕は通路の混雑を避けるように、図書室横の細い廊下へ案内した。

 そのすぐあとに、玲音もついてくる。


 人気の少ない窓際まで来ると、ようやくその子の呼吸が少し落ち着いてきた。

 母親もすぐに追いつき、何度も頭を下げる。


「すみません、少し緊張しやすい子で……」


「大丈夫です」


 僕が答えるより先に、玲音が一歩前へ出た。


「無理しなくていいよ。見学って、思ってるより疲れるし」


 その声は、動画の中で聞いたものと同じだった。

 強すぎず、甘すぎず、でも確かに届く声。


「うちの動画、見てくれた?」


 中学生の子が、おそるおそるうなずく。


「じゃあ、知ってるでしょ。静かな場所、ちゃんとあるって。今日は無理に全部回らなくてもいいから、自分のペースで見ていけばいいよ」


 その子は少し迷ってから、小さく言った。


「……神崎さん、ですか」


「うん。本人」


「動画、すごく……よかったです」


 その言葉に、玲音の目がほんの少しだけ見開かれる。

 でもすぐに、彼女はいつもの少し意地悪そうな笑みに戻った。


「ありがと。じゃあ、ちゃんと休んでから続き行こっか」


 そのやり取りを見ていて、僕は妙に納得した。

 玲音は、やっぱり白須賀とは違う。誰にでも同じ光を当てる太陽ではない。でも、暗がりに立ち止まる誰かにとっては、まっすぐ届く灯りになれる。


 それは、誰かの隣で薄まるようなものじゃなかった。


 ※ ※ ※


 見学会が終わったあと、僕は校舎裏の自販機前でようやく一息ついていた。


 人混みの中を歩き回ったせいで、さすがに疲れた。ペットボトルの水を買ってキャップを開けたところで、背後から足音が止まる。


「沢渡」


 振り返ると、玲音がいた。


 見学会の間ずっと気を張っていたのだろう。表情は少しだけ疲れている。けれど、その目には妙に晴れたものがあった。


「おつかれ」


「そっちも」


 短いやり取りのあと、玲音は自販機にもたれた。

 少し黙ってから、ぽつりと言う。


「今日、分かった」


「何が」


「私、ずっと“白須賀沙也加と比べてどうか”で自分を見てたんだなって」


 風が吹いて、彼女の前髪が揺れた。


「でも、さっきの子にとっては、たぶんそんなの関係なかった。白須賀のほうが人気とか、私のほうが王道じゃないとか、そういうのどうでもよくて。ただ、自分に届く言葉だったかどうかだけで見てた」


 玲音はそこで一度目を伏せ、それから僕を見た。


「……あんたが、最初にそれ言ったんだよ」


「僕?」


「“役割が違う”って。あれ、たぶんずっと欲しかった言葉だった」


 僕は返事に困る。

 そんな大それたことをしたつもりはない。僕はただ、見たままを口にしただけだ。


「だから、責任取って」


「またそれ?」


「また」


 玲音は一歩、こちらへ近づく。


「私がまた迷った時、次もちゃんと見つけて。比べられて変な顔してたら、今日みたいに止めて。あんた、それ得意でしょ」


「得意ではないと思うけど」


「でも見つけた」


 言い切られると弱い。

 僕が言葉を探していると、玲音は自販機の横へ手をつき、逃がさないみたいな距離で僕を見上げた。


「あと、これ大事なんだけど」


「……何」


「私のこと、他の子と同じ枠で見ないで」


「同じ枠って」


「白須賀も、あの副会長も、まとめて“みんなすごいなあ”で処理しないでってこと」


 それは、かなり無茶な要求だった。

 というか、僕の中で彼女たちはすでに全員別々に面倒――いや、個性的な存在として認識されている。


 でも、たぶん玲音が言いたいのはそういう分類の話じゃない。


「私は、あんたに見つけられた私でいたい」


 夕方の光の中で、その言葉だけが妙に熱を持って聞こえた。


「せっかく最初に見つけたんだから、最後までちゃんと見てて。途中で目を逸らしたら、たぶん私、かなり面倒くさいよ」


 冗談めいて笑っているのに、たぶん半分も冗談じゃない。


 僕がうまく反応できずにいると、玲音は満足したように一歩引いた。


「……ま、今日はこれで許す」


「何を」


「鈍いところ」


 そう言って玲音は踵を返す。

 数歩進んだあと、ふと思い出したみたいに立ち止まった。


「そうだ。次のオフ、事務所のレッスン見学できる日あるけど」


「なんで急に」


「決まってるじゃん。今度は私の仕事、ちゃんと見せるため」


「いや、見せる必要ある?」


「ある。だって、学校だけじゃ足りないし」


 玲音は振り返って、少しだけ悪戯っぽく、でも前よりずっとやわらかく笑った。


「私、もう“白須賀のついで”では呼ばせないから」

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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