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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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5/10

学校案内の撮影

 白須賀のライブから二日後、学校は朝から妙に浮ついていた。


 原因は、廊下の掲示板に貼り出された一枚の紙だ。

 今月末に行われる学校見学会、その告知用映像を撮影するにあたって、一部の在校生に協力を依頼する――そんな内容が簡潔にまとめられている。もともと白須賀が編入してきた時点で、学校側がその知名度を広報に利用したがっているのは明らかだったが、いよいよ本格的に動き出したらしい。


 しかも、噂はそれだけでは終わらなかった。


「ねえ聞いた? 撮影、白須賀さんだけじゃないらしいよ」


「え、マジ? じゃあ誰来るの?」


「同じ事務所の神崎玲音さんも候補なんだって」


 教室のあちこちでそんな声が飛び交う。

 神崎玲音。その名前が出た瞬間、空気の温度がさらに上がった。


 ライブ会場の楽屋で一度だけ会った彼女を思い出す。

 白須賀とは対照的な鋭い華やかさ。笑っていてもどこか挑発的で、近づきやすさより「目を奪われること」に長けたタイプのアイドルだった。


 そして、その玲音本人が、本当に学校へ来ることになったのは、その日の昼前のことだった。


 ※ ※ ※


 四時間目が終わると同時に、僕は柊先輩に呼び出された。


「沢渡くん、今日の昼休みと放課後、空けておいて」


「またですか」


「またよ」


 即答だった。

 僕がため息を飲み込むと、柊先輩は手元のクリップボードをめくる。


「学校案内の撮影、急遽構成が変わったの。白須賀さんだけでなく、神崎玲音さんも参加することになったわ。向こうの事務所が、同世代向けの特別企画として押したいそうよ」


「へえ……」


「へえ、じゃないわ。生徒会だけでは人手が足りないの。あなた、校内の導線を把握しているし、無駄に目立たないから都合がいい」


「言い方、ちょっとひどくないですか」


「褒めているのよ。撮影では、目立ちすぎる補助役より自然にそこにいる人材のほうがいいもの」


 たしかに、僕みたいな陰キャは背景に溶け込む能力だけは高い。

 納得したくない理屈で納得してしまい、僕は結局うなずくしかなかった。


 昼休みに生徒会室へ行くと、すでにそこは撮影準備の簡易本部みたいになっていた。

 進行表、撮影許可証、立ち入り制限の札、校内マップ。机の上に紙が並び、柊先輩は珍しく本気で忙しそうだった。そこへ、扉が開く。


「おつかれさまでーす」


 軽い声と一緒に入ってきたのは、神崎玲音本人だった。


 今日は学校案内の撮影ということで、派手なステージ衣装ではなく、うちの制服に寄せたアレンジ衣装を着ている。ブレザーのシルエットは似せているのに、リボンやスカートのラインだけがわずかに攻めたデザインになっていて、本人の雰囲気に妙に合っていた。


 その後ろから、いつも通りの笑顔を浮かべた白須賀も入ってくる。


「沢渡くん、来てたんだ」


「呼ばれたからね」


「だと思った」


 白須賀はそう言って笑い、玲音は僕を見るなり、少しだけ目を細めた。


「あ、学校の友達くん」


「その呼び方で固定されたの?」


「名前呼ぶほどまだ仲良くないし」


 そう言うわりに、玲音は僕の顔をちゃんと覚えていた。

 白須賀の隣に立つと、やっぱり印象の差ははっきりしている。白須賀が王道の光なら、玲音は少し尖った色気を纏った火花みたいな感じだ。


 けれど、打ち合わせが始まって十分もしないうちに、その火花があまりいい方向へ散っていないことに僕でも気づいた。


「神崎さん、ここもう少し柔らかくお願いします」


「柔らかく?」


「はい。白須賀さんの隣に立つ時は、もう少し受けのいい感じで」


「……はあ」


 スタッフの言い方は丁寧だったが、要するに「白須賀に合わせて」と言っているのと同じだった。


 別の資料を見ながら、演出担当らしい男性が口を開く。


「今回の学校案内映像は、白須賀さんを軸に爽やかさを出したいんです。神崎さんには、ちょっとアクセント的な立ち位置で入ってもらえれば」


 アクセント。

 その言葉を聞いた瞬間、玲音の笑顔がほんの少しだけ薄くなった。


 僕は芸能界のことなんて何も知らない。

 でも、それくらいなら分かる。彼女は比べられている。しかも露骨に。


 白須賀は何か言いかけたようだったが、その前に玲音が軽い調子で返した。


「了解でーす。つまり私は、白須賀沙也加を引き立てるオプションってことね」


 冗談めいていた。

 けれどその場の空気が一瞬だけ固まったのを見れば、本気で面白がっていないのは明らかだった。


 ※ ※ ※


 撮影が始まった午後、僕は主に導線確認と立ち入り制限の札を持って校内を移動していた。


 玲音と白須賀の二人が正門前を歩き、教室を覗き、図書室を案内する。構成そのものはよくある学校紹介だ。

 ただ、カメラが回るたびに玲音の表情はきちんと作られているのに、なぜかどこか噛み合っていない感じがした。


「カット。神崎さん、悪くないです。ただ、ちょっと強いですね」


「強い?」


「もう少しだけ親しみやすさが欲しいです。白須賀さんが前に出るぶん、神崎さんは少し引いて」


「……了解」


 またそれだ。


 白須賀は太陽みたいな人だ。誰が見ても明るくて、受け入れる余白が広い。

 対して玲音は、最初から人を包み込む感じではない。その代わり、目が合った瞬間に引っ張られるような強さがある。


 違うのだ。

 なのに、周囲は同じ土俵の同じ項目で採点しようとしている。


 そんなことを考えながら、僕は撮影の合間に人気のない非常階段の踊り場へ足を向けた。ここは校内でもあまり人が来ない場所で、僕が入学してからずっと把握している避難先の一つだ。人混みが苦手な陰キャにとって、逃げ場の開拓は生活の基礎である。


 扉を開けると、そこに玲音がいた。


 制服風のスカートの裾を整えもせず、階段に腰を下ろしてスポーツドリンクを飲んでいる。

 僕に気づくと、彼女は一瞬だけ目を丸くし、それから口元を歪めた。


「なに。あんたもサボり?」


「サボりじゃなくて避難」


「同じようなもんでしょ」


 言いながら、玲音は隣の段を軽く叩いた。

 座れ、という意味らしい。断る理由もなく、僕は少し距離を空けて腰を下ろす。


「……疲れてる?」


 訊くつもりはなかったのに、口から先に出た。

 玲音はペットボトルを膝に置き、少しだけ笑う。


「それ、白須賀にも言った?」


「ライブのあとに、似たようなことは」


「そっか。ちゃんと見てんだ」


 その言い方に、少しだけ棘があった。


「別に、深い意味はないけど」


「あるでしょ。人が隠してるとこ見つけるの、わりと失礼だからね」


 さらっと言われて、返答に困る。

 たしかにそうかもしれない。僕は何か謝ったほうがいいのか迷ったが、玲音は先に視線を前へ戻した。


「……昔から、比べられるの」


 独り言みたいな声だった。


「白須賀沙也加と神崎玲音。どっちが上か、どっちが王道か、どっちが売れるか。デビューの時からずっと。しかも、だいたい答えは最初から決まってる」


 階段の小窓から差し込む光が、彼女の横顔を斜めに切っていた。

 ステージで見た強気な印象より、今は少し年相応に見える。


「別にね、沙也加が嫌いなわけじゃない。あいつは本当にすごいし、認めてる。認めてるけど……」


 玲音はそこで唇を噛み、少しだけ眉を寄せた。


「どこへ行っても“白須賀の隣に置くと映える神崎玲音”って扱いなのは、普通にムカつく」


 冗談めかしていない、本音だった。


「今回の学校案内だってそう。私はゲストって言われたけど、実際は“白須賀だけだと王道すぎるから、少し刺激のある子を足そう”でしょ。そういうの、分かるから」


 分かる、と簡単に言える話ではない。

 芸能の世界に生きたことなんてないし、比べられるほど目立ったこともない。僕はいつだって比較対象にすらならない側の人間だった。


 でも、だからこそ分かることも少しだけあった。


「……今の撮り方、玲音さんに合ってないと思う」


 僕が言うと、玲音がこちらを見た。


「は?」


「白須賀さんみたいに柔らかく、とか、少し引いて、とか。あれ、たぶん無理にやると変になる」


「随分はっきり言うじゃん」


「実際、変だったし」


「うわ、容赦ない」


 呆れたように笑われたが、怒ってはいないらしかった。

 僕は少しだけ言葉を探す。


「でも、玲音さんが悪いんじゃなくて、たぶん役割が違うんだと思う。白須賀さんは、最初から“ここに来ていいよ”って空気を作るのが上手い。玲音さんは、もうちょっと……見つけた人を引っ張る感じというか」


「……なにそれ」


「うまく言えないけど」


 自分でも語彙不足がひどいと思う。

 けれど玲音は、茶化さずに続きを待っていた。


「学校案内って、キラキラしたとこ見せるだけじゃ足りないと思う。初めて来る人って、教室に馴染めるかとか、どこで一人になれるかとか、そういうのも気にするし」


「……それ、あんた基準?」


「完全に僕基準」


 そう答えると、玲音は吹き出した。


「なにそれ。陰キャすぎ」


「否定はしない」


 僕は踊り場の窓から見える中庭を指さした。


「でも、そういう人って案外多いと思う。正門とか人気の場所だけじゃなくて、図書室の奥とか、中庭の端とか、屋上の階段前とか。ちょっと息抜きできる場所を知ってるだけで安心する人もいる」


 玲音は黙って聞いている。


「玲音さんって、そういう“ちょっと不安な人”に近い空気を作れる気がする。白須賀さんみたいな太陽じゃなくても、別の意味で頼れるというか。……あ」


「なに」


「今の、太陽じゃないは余計だったかも」


「いや、別にそこはいい」


 玲音は短く答え、それから階段の手すりへ背を預けた。

 さっきまでの苛立ちが、ほんの少しだけ薄れて見える。


「……ねえ、それ、他のスタッフにも言える?」


「無理」


「即答」


「僕、陰キャだから。こういうとこで人知れずやり過ごすのは得意だけど、前出て意見するのは苦手」


「使えないなあ」


 そう言いながら、玲音は笑っていた。

 そして立ち上がる。


「でも、ヒントとしては十分かも」


「え」


「案があるなら、使う。悔しいけど、今のまま“白須賀の隣用の神崎玲音”で撮られるよりマシ」


 彼女はそう言って、僕のネクタイを指先で軽く引いた。


「責任、半分持ってよね。学校の友達くん」


 ※ ※ ※


 その後の動きは早かった。


 玲音は休憩明けの打ち合わせで、自分から構成変更を提案した。

 ただ明るく校内を歩くのではなく、「初めて学校に来る子の不安をほどく案内」に寄せたい、と。人気スポットだけでなく、静かに過ごせる場所や、緊張した時に落ち着ける導線も見せたい、と。


 最初、スタッフは少し戸惑っていた。

 だが柊先輩が「見学会の趣旨にも合っています」と後押しし、白須賀も「それ、いいと思う」と即座に乗ったことで、流れは一気に変わった。


 撮影は、放送室前の静かな廊下、図書室の奥の窓際、中庭のベンチ、そして屋上へ続く階段前でも行われた。

 案内役は白須賀と玲音の二人体制のままだが、役割が明確に分かれた。


 白須賀が学校の楽しさや開放感を見せる。

 玲音は、「最初からうまく馴染めなくても大丈夫」と言外に伝える。


『人が多い場所がちょっと苦手でも、落ち着ける場所ってちゃんとあるから』


『最初の一週間で友達百人作れなくても、別に終わりじゃないし』


『……まあ、どうしても無理な日は、こういうとこで一回呼吸してから戻ればいいんじゃない?』


 その台詞をカメラへ向けて言う玲音は、さっきまでのぎこちなさが嘘みたいだった。

 強さは消えていない。むしろ彼女の持ち味の鋭さがそのまま残っているのに、不思議と拒絶感がない。挑発的だった笑みが、今は「分かる人には分かる」救いに変わっていた。


 撮影の合間、演出担当がモニターを見ながら唸る。


「これだ……神崎さん、こっちのほうが圧倒的にいい」


「でしょ?」


 玲音は平然と返したが、耳の先が少しだけ赤かった。


 白須賀はそんな玲音を見て、素直に笑う。


「玲音、今の超よかった。ちゃんと玲音っぽい」


「沙也加に言われると、なんか負けた気もするんだけど」


「褒めてるのに」


「分かってるって」


 二人は並ぶとやっぱり絵になる。

 けれど今は、どちらかがどちらかの引き立て役には見えなかった。それぞれ違う種類の光が、ちゃんと別々に立っている感じだった。


 そして、その流れのまま、最後に追加で短いカットが撮られることになった。


 中庭のベンチで、在校生の案内役と少し話す場面。

 急遽必要になったその「在校生役」に選ばれたのが、よりにもよって僕だった。


「いやいやいや、無理ですって」


「沢渡くん、自然にしてればいいだけだから」


 白須賀は簡単に言う。

 玲音も腕を組みながらうなずいた。


「そうそう。あんた、無駄に普通の学生感あるし」


「褒めてないよね?」


「今は褒めてる」


 断る暇もなくカメラ前に立たされ、僕は案の定ぎこちなくなった。

 だが玲音は、カメラが回った途端、さっきと同じ自然さで僕の横に座る。


『ここ、静かでいいよね。人混みしんどい時、ちょっと逃げるにはちょうどいいし』


『……そうですね』


『でしょ。そういう場所を知ってる人が一人いるだけで、学校ってだいぶ違うから』


 その台詞は、半分くらいは台本通りだったのだと思う。

 でも後半の視線だけは、どう見ても僕個人へ向いていた。


『案外、目立たない人のほうが大事なこと知ってたりするんだよ』


 カットがかかったあとも、その言葉だけ妙に耳へ残った。


 ※ ※ ※


 撮影が終わる頃には、外は夕方になっていた。


 機材が片づけられ、スタッフが挨拶を交わし、ようやく校内が静けさを取り戻し始める。僕は使った立ち入り札をまとめて、生徒会室へ返しに行く途中だった。


「学校の友達くん」


 呼び止められて振り返ると、玲音が廊下の窓際に立っていた。

 制服風衣装の上から薄いパーカーを羽織り、さっきまでの撮影用の顔を少しだけ緩めている。


「もうその呼び方で決定なの」


「不満?」


「……なくはない」


「じゃあそのうち名前で呼ぶ」


 その言い方が妙に自然で、僕は少しだけ返答に困った。

 玲音は窓の外へ一度視線を流してから、またこちらを見る。


「今日、助かった」


「別に、僕は大したことしてないよ」


「してる。少なくとも、あんたは最初にちゃんと見た」


 声は軽いのに、内容だけがまっすぐだった。


「白須賀みたいになれって言われるの、もう慣れてる。慣れてるけど、慣れたくはなかったから」


 玲音はそこで一歩だけ近づく。


「なのにあんた、平然と“玲音さんはそっちじゃない”って言ったでしょ」


「間違ってた?」


「……悔しいけど、当たってた」


 窓から差す夕日が、彼女の髪を柔らかく染めていた。

 ステージの上とは違う、年相応の女の子の顔だった。


「だから、ちょっと困ってる」


「何が」


「見つけられたこと」


 玲音はそう言って笑う。

 けれどその笑みは、楽屋で見た小悪魔っぽいものより、ずっと静かで、ずっと危うく見えた。


「私、そういうの忘れないタイプなんだよね」


「そうなんだ」


「うん。しかも、返す時ちょっと重いってよく言われる」


 軽口のはずなのに、妙に冗談に聞こえなかった。


 玲音はそのまま僕のネクタイに手を伸ばし、昼休みの時より少しだけ強く引く。

 近い。思わず息が止まる。


「ねえ、沢渡」


 初めて、名前で呼ばれた。


「これから先、私がまた比べられて、ちょっと嫌な顔してたら、今日みたいに気づいてよ」


「……努力はするけど」


「努力じゃ足りない」


 即答だった。


「ちゃんと見て。あんたが最初に見つけたんだから」


 その言葉は、お願いというより、ほとんど既定事項みたいな響きを持っていた。


 僕がうまく返事をできずにいると、玲音はようやくネクタイから手を離し、満足そうに目を細める。


「ま、今日はそれでいいや」


「何がいいのか全然分からないんだけど」


「分からなくていい。あんた、そういう鈍いままのほうが面白いし」


 言うだけ言って、玲音はくるりと背を向けた。

 数歩先へ進んだところで立ち止まり、肩越しにこちらを見る。


「あと、次に学校案内の完成版見る時、私のとこだけちゃんと感想ちょうだい」


「全体じゃなくて?」


「私のとこだけ」


「……なんで」


「決まってるじゃん」


 玲音は夕陽の中で、少しだけ挑発的に、でも前よりやわらかく笑った。


「他の子と同じにされたくないから」

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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