トップアイドルがいない学校
白須賀沙也加が学校を休むようになって三日目。
その不在は、教室の日常にようやく馴染み始めていた――とは、とても言えなかった。
朝、担任が事務的に出欠を取り、白須賀の名前のところだけ短く「公欠」と告げる。
たったそれだけのことなのに、そのたびに教室の空気がほんの少しだけ揺れる。
誰かが大きく反応するわけじゃない。
もうみんな、表立って騒ぐ段階は過ぎている。けれど、静かになったからこそ分かるものもあった。あの人がいないことで、この空間の輪郭そのものが少しずつ変わっていることが。
僕の隣の席は、今日も空いたままだった。
机の上はきれいに片づいていて、椅子も机の中も整っている。まるで「今日もここにいるはずだった人」だけが、途中で綺麗に切り取られたみたいだった。
変に触れるのも気が引けて、僕は朝から何度もそちらへ視線を向けそうになるたび、意識して黒板や教科書へ目を戻していた。
そんな自分に気づくたび、余計に落ち着かなくなる。
白須賀が学校を休んでいるのは、当然だと思う。
東京ドーム単独公演。普通の高校生活と両立できる規模じゃないことくらい、芸能に詳しくない僕でも分かる。
分かるのに、教室へ来れば隣が空いていて、昼休みになれば屋上のベンチが広く感じて、放課後になればどこを見てもあの人の姿がない。
その不在が、思っていた以上にじわじわ効いてくるあたり、自分でも少し面倒だと思う。
※ ※ ※
その日の昼休み、僕は珍しく屋上へ行かなかった。
いつもなら、屋上へ行けば天雨がいて、少し前までは白須賀もいた。そんなふうに、いつの間にか昼休みの流れができていた。
けれど今日は、白須賀はいないし、天雨も委員の仕事で来られないらしい。
別に、二人がいないから屋上へ行かないわけじゃない。
ただ、今日はなんとなく、その気分になれなかった。
僕は教室の自分の席に座ったまま、購買で買ったパンをかじり、片手でスマホを眺めていた。
こんな日なのに、いや、こんな日だからこそなのか、パンの味だけは妙にはっきり分かる。
スマホの画面には、ニュースサイトの見出しが並んでいた。
『白須賀沙也加、東京ドーム単独ライブ成功なるか!?』
成功、か。
今ごろ白須賀は、東京ドームに向けて必死にレッスンを重ねているのだろうか。
それとも、周りが勝手に騒いでいるだけで、本人はいつも通り涼しい顔をしてこなしているのだろうか。
そんなこと、外から見ている人間には分からない。
僕は指先で画面を滑らせ、SNSに流れてきた白須賀の過去のライブ映像を開いた。
動画の中の彼女は、眩しいくらい自由で、心から楽しいと言わんばかりに踊っている。
その姿を見て、ふと思ってしまう。
きっと白須賀なら。
トップアイドルと呼ばれる今の彼女なら、東京ドームだって当たり前みたいに成功させてしまうんじゃないか、と。
でも同時に、そんなふうに思ってしまうこと自体が、少し無責任な気もした。
画面の向こうで笑う白須賀は完璧だ。
完璧すぎるからこそ、その裏側でどれだけ無理をしているのかなんて、見ている側には分からない。
僕はスマホを伏せて、窓の外へ目を向けた。
燦々と照りつける夏の日差しが、校舎の壁を白く焼いている。
その光の強さが、かえって今の白須賀を遠く感じさせた。
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