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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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13/16

それぞれの反応

 土曜の夜。

 学校と芸能事務所が合同で制作したショートドラマは、想定よりずっと大きな扱いで地上波に流れた。


 番組欄の中では“特別学園企画”という無難な名前をしていたが、実際に始まってみれば、その中身はただの学校紹介でも、ただの短編ドラマでもなかった。

 春の校舎。転校してきたトップアイドル。揺れる視線。距離の近い会話。意味ありげな編集。

 それは、ショートドラマの形をした学園ラブコメであり、同時に、出演者たちの“リアルな空気”まで拾おうとした、ひどく厄介なショートリアリティショーだった。


 そして、その編集は容赦がなかった。


 ※ ※ ※


 白須賀沙也加は、事務所の控室でその放送を見ていた。


 明るい照明の下、ソファに腰掛け、テーブルには飲みかけの水のボトル。周囲にはマネージャーとスタッフが数人いて、画面が切り替わるたびに「いいですね」「反応出そうですね」と気軽な感想を口にしている。


 白須賀も、表向きはいつも通りだった。


「わ、思ったよりちゃんとドラマっぽいですね」

「学校も綺麗に映ってるし、すごい」

「うれしいな。これなら見学会の宣伝にもなりそう」


 柔らかく笑って、場に合った言葉を返す。

 トップアイドルとして求められる反応を、白須賀は一つも外さない。画面の中の自分がどう映るかも、その場で何を言えば空気が整うかも、きちんと分かっている。


 でも、白須賀の視線が本当に追っていたのは、自分の映り方だけではなかった。


 校舎の廊下で、自分の隣を歩く沢渡裕二。

 中庭のベンチで、少し近すぎる距離に座る沢渡裕二。

 図書室で、西条静と静かに目を合わせる沢渡裕二。

 機材トラブルの瞬間、咄嗟に吉良明日香を庇う沢渡裕二。

 そして、その周りにいる女の子たちの、いちいち意味を持たされた表情。


 編集が上手いのは認める。

 実際、出来もいい。見ている人はきっと“続きが気になる”と思うだろう。


 だからこそ、面白くなかった。


「沢渡くん、思ったより印象残りますね」

 マネージャーが感心したように言う。

「白須賀さんと並ぶと対比が効いてて、しかも他の女の子とのシーンまでちゃんと拾われてる」


「……そうですね」


 白須賀は笑った。

 でも、その指先だけは、膝の上で静かに組まれたまま少しも動いていなかった。


 画面の中で、明日香が沢渡へまっすぐ礼を言う。

 次のカットでは、西条が静かな目で彼を見ている。

 少し間を置いて、天雨の表情まで差し込まれる。


 白須賀は、ちゃんといい顔で見ていた。

 でも内側では、重たい感情がじわじわと沈殿していく。


 どうしてこんなふうに切るの。

 どうして、私と沢渡くんの“最初”だけじゃなくて、他の子たちまで同じ画面に並べるの。

 どうして、私が見ていないところの距離まで、こんなに綺麗に見せるの。


 番組は盛り上がっていく。

 白須賀も、最後まで笑みを崩さなかった。


 それでも心の奥底では、ひどく個人的で、ひどく独占欲の強い声が、ずっと静かに繰り返していた。


 ――私が最初だったのに。

 ――沢渡くんを、そんなふうに“みんなの気になる人”みたいにしないで。

 ――そういう役、ほんとは私だけでよかったのに。


 ※ ※ ※


 天雨美鈴は、自室のベッドに腰掛けたまま放送を見ていた。


 部屋の中は静かだった。

 テレビの光だけが正面から差し込み、黒髪の輪郭を淡く照らしている。彼女はクッションを抱えたまま、最初から最後までほとんど姿勢を変えなかった。


 内容が悪くないことは、開始数分で分かった。


 校舎の映し方は綺麗だし、テンポもいい。

 白須賀の華やかさも、学園ものとしての爽やかさも、ちゃんと成立している。制作側が狙ったものは、かなり高い精度で画面に出ていた。


 だからこそ、天雨の顔は明らかに嫌そうだった。


「……ほんとに、こういう編集するんだ」


 小さく漏れた声には、感心より先に警戒があった。


 白須賀と沢渡が近い距離で並ぶカット。

 休憩中の空気を拾ったみたいな自然すぎる会話。

 明日香が無邪気に彼へ近づくところ。

 西条が静かな顔で下の名前を呼ぶところ。

 しかも、その全部が“何かありそう”な順番で並べられている。


 出来がいい。

 だから腹が立つ。


 天雨は番組の構成そのものに対して、不満があった。

 これは学校紹介ではない。少なくとも、それだけではない。人と人との距離や空気の揺れまで商品みたいに切り取って、視聴者が気になりそうなところをきっちり見せている。


 そして何より嫌だったのは、その中心に沢渡裕二が置かれていることだった。


 別に、彼が悪いわけではない。

 むしろ、彼はこういうものの中心に立ちたがる人間ではないと知っている。知っているからこそ、余計に腹立たしい。


「……内容はいいと思う」


 天雨は、誰もいない部屋で小さく言った。


 その声は本心だった。

 演出も、流れも、番組としての完成度も高い。


 でも、次の瞬間には、眉がまたきゅっと寄る。


「でも、全然よくない」


 その本心のほうが、もっと強かった。


 機材トラブルの場面が流れ、沢渡が明日香を庇うように引き寄せる。

 その瞬間だけ、天雨の顔は分かりやすく曇った。


 助けたのは間違っていない。

 むしろ、ああいう時に動ける彼は、やっぱりすごいのだと思う。


 思うのに、見たくはなかった。


 ベッドの上でクッションを抱く指先に、少しだけ力が入る。

 テレビの中で誰かが笑っていても、天雨の顔は最後まで晴れなかった。


 ※ ※ ※


 柊綾乃は、自室の机にノートを広げたまま、その放送を確認していた。


 表向きの理由は明確だ。

 学校名と校舎を使った以上、内容に問題がないかを見ておく必要がある。広報的な見え方、在校生の映り方、不自然な演出がないか。生徒会副会長としては、それで十分立派な視聴理由になる。


 けれど、実際に番組が始まってすぐ、柊は小さくため息をついた。


「……なるほど。こう来るの」


 机の上のペン先が、紙の上で止まる。


 学校紹介の範囲で収めるなら、もっと穏当な編集はいくらでもあったはずだ。

 けれど実際に流れているのは、在校生の関係性にまで踏み込むような切り方だった。白須賀と沢渡、明日香と沢渡、西条と沢渡、天雨の表情。視聴者が“誰と誰が近いのか”を考えたくなる構成になっている。


 しかも、見せ方が上手い。

 わざとらしい煽りではなく、あくまで自然な会話や視線の延長に見せているから質が悪い。


 柊は冷静な顔で見ていた。

 冷静な顔で見ながら、内心では別の評価を下している。


 面倒な人が増える。


 それが、放送を見た瞬間に浮かんだ結論だった。


 現場にいた人物だけではない。

 これを見た視聴者、学校の生徒、噂好きの連中、白須賀目当ての人間、沢渡へ興味本位で近づいてくる者。そういう“新しい面倒”が一気に増える未来しか見えない。


「……本当に、余計なものを作ってくれたわね」


 小言のように零した声は、静かだった。


 ただし、静かなだけで機嫌がいいわけではない。


 画面の中で、西条が沢渡へ視線を向ける。

 次に明日香が笑いながら彼に礼を言う。

 そして少し遅れて、白須賀が彼の隣に当然のように立っている。


 柊はペンを置いた。


「増えたじゃない。明らかに」


 誰に向けた言葉でもない。

 けれど、その一言には十分すぎる実感がこもっていた。


 沢渡裕二の周囲には、すでに面倒な感情を抱えた人間が複数いる。

 そこへ、この番組でさらに新しい火種まで投げ込まれた。


 生徒会副会長としては頭が痛い。

 個人としても、あまり愉快な話ではなかった。


 ※ ※ ※


 神崎玲音は、事務所の寮のリビングで、その放送を途中から見始めた。


 本来ならリアルタイムで追うつもりはなかった。

 けれどレッスン終わりに先輩アイドルが「学校のやつ流れてるよ」と言い出し、何となくテレビがつけられ、そのまま視界へ入ってしまったのだ。


 そして、数秒で固まった。


「……は?」


 最初に漏れたのは、それだけだった。


 画面の中では、見覚えのある校舎と、見覚えのある顔が並んでいる。

 白須賀がいる。あの副会長もいる。さらに知らない金髪美少女と、知らない黒髪の清楚系までいる。しかもその中心に、見慣れた“学校の友達くん”――いや、もうそう呼ばないと決めた相手が、普通に混ざっていた。


 玲音は思わず、ソファの背から身を起こした。


「ちょっと待って。なにこれ」


 テレビの中では、沢渡裕二が白須賀と並んで歩いている。

 次の瞬間には、明るい金髪の女の子が彼へ笑いかけている。さらにそのあと、黒髪の清楚な子が静かな顔で彼の名前を呼ぶカットまで差し込まれた。


 玲音は心底驚いていた。


 自分の知らないところで、なにこれ。

 なんでこんなに囲まれてるの。

 しかも全員、美少女じゃない。意味わかんないんだけど。


 隣で見ていた先輩が笑う。


「へー、この子が玲音の言ってた学校の子?」


「……言ってないし」


「でもめちゃくちゃ目立ってるじゃん。白須賀さんの隣だけじゃなくて、他の子ともちゃんとフラグっぽい」


「フラグっぽいって言わないでください」


 思ったより強い声が出た。

 先輩は少しだけ目を丸くし、すぐに面白そうに口角を上げる。


「え、なに。気になるの?」


「そういうんじゃなくて」


 そういうんじゃない、と言い切るには、今の玲音の心拍は少し速すぎた。


 彼女が驚いたのは、沢渡が自分の知らない場所で女の子に囲まれていたことだけではない。

 その全部が、あまりにも“それっぽく”成立してしまっていることにも、妙な焦りがあった。


 白須賀の圧倒的な華やかさ。

 画面の端で何度も沢渡を見ている、クラスメイトっぽい黒髪の子。

 知らない金髪の子の無邪気な好意。

 清楚なくせに妙に距離の近そうな黒髪の子。


 しかも、沢渡本人はたぶん、その半分も自覚していない顔をしている。

 そこがまた腹立たしいというか、厄介というか、見ていて落ち着かない。


「……ちょっと、ほんとやだ」


 玲音はぼそりと呟いた。


「なにが?」


 先輩がにやにやしながら聞く。

 玲音は画面から目を離さないまま、唇を尖らせた。


「自分の見てないとこで、勝手に面倒なことになってる感じが」


 その言葉は、ほとんど本音だった。


 自分は芸能の現場で、沢渡との関係を少しずつ積み上げたつもりでいた。

 学校とは別の場所で、自分だけの文脈を作れたと思っていた。


 なのに、知らないところではこんなふうに別の物語が進んでいる。

 しかも相手がみんな強そうで、玲音は素直に驚いた。


 番組が終わるころには、彼女はすでにスマホを手に取っていた。

 メッセージを送るかどうかは、まだ決めていない。決めていないのに、指先だけはもう動く準備をしている。


 ※ ※ ※


 吉良明日香は、自宅のリビングで床にぺたんと座り込みながら、その放送を見ていた。


 画面が切り替わるたびに「うわ、ここ使われてる!」「これ私のあのとこだ!」と声を上げていた彼女だったが、例の機材トラブルの場面が差し込まれた瞬間、さすがに少し黙った。


「……うわ」


 当時の感触が一瞬だけ蘇る。

 倒れてきた機材。間に合わないと思った感覚。腕を引かれて、体が一気に安全なほうへ持っていかれた瞬間。


 次のカットでは、ちゃんとそのあとが編集されていた。

 礼を言う自分。少し気まずそうな顔の沢渡。そこへ被るように、意味ありげな音楽。


「ちょ、これ絶対盛ってるでしょ」


 口ではそう言いながら、明日香の頬は少し熱かった。


 確かに助けてもらった。

 しかも、ただぼんやり静かな人だと思っていた相手が、ああいう時だけ一番早く動いた。その印象が強かったのも事実だ。


 そして、テレビで改めて見てしまうと、それが余計に“特別な出来事”みたいに見えてしまう。

 嫌な編集だな、と思う。思うのに、少しだけ嬉しいのが厄介だった。


「……裕二くん、ほんとああいうのズルいなあ」


 明日香はクッションを抱きしめながら、独り言みたいにそう言った。


 でもその直後、白須賀のカット、西条のカットまで続けて入る。

 明日香はそこでようやく、画面全体の構図に気づいた。


「あれ? これ、私だけじゃなくない?」


 全然、自分だけではなかった。


 むしろ、沢渡裕二の周りに、思った以上に火種が散らばっている。

 明日香は金髪を揺らして首を傾げ、それから少しだけ楽しそうに笑った。


「へえ。そういう感じなんだ」


 その笑い方は、ただの野次馬ではなかった。


 ※ ※ ※


 西条静は、自室で一人、音量をかなり絞ってその番組を見ていた。


 彼女は基本的に、放送された自分の仕事を何度も見返すタイプではない。

 必要があれば確認する。改善点があれば拾う。感想のために眺めることは少ない。今日もまた、そのつもりで見ていた。


 けれど途中から、見ている対象が少し変わった。


 自分の台詞回し。

 明日香のテンポ。

 白須賀のカメラ映り。

 そこまではいつも通り。


 その中に混ざる、沢渡裕二の存在。


 作ろうとしていないのに、妙に印象に残る。

 目立とうとしていないのに、画面の中で空気を変える瞬間がある。

 しかも編集は、その“変わる瞬間”を正確に拾っていた。


 西条は静かな顔でそれを見ていた。

 驚きもしない。動揺もしない。けれど、目だけは少しだけ細くなっていた。


「……なるほど」


 小さく漏れたその一言には、納得が混じっていた。


 自分が面白いと思った理由が、少しだけ分かる。

 彼は派手ではない。けれど、いざという時の反応や、作っていない空気のほうが、むしろ画面では強い。


 そして、そういう人間の周りには、気づいた人間から順に引っかかっていく。

 番組は、その流れまで綺麗に可視化していた。


 白須賀。

 明日香。

 そして、たぶん自分も。


 西条はそこで一度だけ、微かに笑った。


「厄介ね」


 その呟きには、嫌悪は含まれていなかった。

 むしろ、静かな興味のほうが濃かった。


 ※ ※ ※


 その頃、当の沢渡裕二は自宅の自室で、地上波に流れている自分を一秒も見ていなかった。


 テレビを避けるようにゲーム画面へ向かい、イヤホンをつけて、コントローラーを握りしめている。

 下の階で番組が流れていることに気づいてはいる。スマホが何度か震えていることにも気づいている。けれど、あえて見ない。見たら終わる気がするからだ。


 外では、自分の知らないところでいろいろな感情が動いている。

 白須賀は笑顔のまま静かに煮えていて、天雨は顔に出るほど不機嫌で、柊は新しく増えた火種に頭を痛め、玲音は知らない女の子たちに囲まれた彼を見て驚いている。


 そんなことは知らず、沢渡はゲームのボス戦に集中していた。


 だからこそ、その夜のうちにスマホへ積み上がった通知の数を見た時、彼はたぶん、ようやく別の意味で現実を知ることになる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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