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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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11/13

西条静は静かに狙っている

 西条静が去ったあとも、僕はしばらく渡り廊下の手すりにもたれたまま動けなかった。


 面白い、と言われたこと自体には、そこまで強い意味はないのかもしれない。

 けれど、あの西条静が、初対面に近い相手へわざわざそう言い残したことと、その直前にごく自然に僕の下の名前を呼んだことが、妙に頭へ残っていた。


 しかも、あの人はたぶん、軽く言っていない。


 白須賀のように真正面から人を引っ張るタイプでも、吉良明日香みたいに勢いで距離を縮めるタイプでもない。西条静は、もっと静かに観察して、静かに決めて、それから必要なことだけを言う人間だ。

 だからこそ、何を考えているのか読みにくいし、読みづらいぶん、逆に気になってしまう。


 いや、気にしている場合じゃない。


 今日は撮影中で、しかもこの企画自体、どう考えても普通の学園ドラマではない。

 “自然な関係性”を見せたいだの、休憩中も回しっぱなしだの、そういう言葉をスタッフが平然と口にしている時点で、これはショートドラマの皮を被った学園ラブコメ寄りのリアリティショーだ。誰が誰に寄るか、誰と誰の距離が近いか、そういうところまで全部コンテンツとして消費する気配がある。


 僕みたいな陰キャに、最も向いていないタイプの現場だった。


「沢渡くーん! どこー!?」


 明るすぎる声が廊下の先から飛んできて、僕は反射的に肩をびくつかせた。

 ほどなくして、吉良明日香が角を曲がって現れる。金髪が光を弾いて、存在そのものが眩しい。


「いたー! もー、探したよ?」


「探されるようなことしましたっけ」


「次、図書室シーンなんだけど、男子キャスト一人足りないってスタッフさんが困ってて。あ、でも見つけたから解決!」


 どうやら僕を探していた理由は純粋にそれらしい。

 明日香は話しながらも距離感が近い。悪意は全然ないのに、近づかれるだけでこっちが勝手に緊張するタイプだ。


「沢渡くんってさ、ほんとに学校にいそうな感じだよね」


「それ、今日二回目なんだけど」


「え、いい意味だよ? 芸能の人って、どうしても“撮られ慣れた存在”になっちゃうから、こういう企画だと逆にリアルな学生感って貴重なんだよねー」


 その言い方は軽いが、現場の見方としてはたぶん正しいのだろう。

 僕としては、そんな希少価値いらないのだけれど。


「ほらほら、行こ! 静も先に戻ってるし!」


 明日香に急かされるまま、僕は図書室へ向かった。


 ※ ※ ※


 図書室の撮影は、当初の台本よりだいぶ様子が変わっていた。


 最初は白須賀が転校生役として本を探し、それを他の生徒たちが自然に手伝う、という程度のシーンだったはずなのに、現場へ来てみると、椅子の配置もカメラの位置も妙に“会話が起こりやすい”形へ変えられている。

 中央に白須賀、その左右に神代蓮と二階堂蒼真。少し離れた棚の前に西条静と吉良明日香。そして、なぜか僕の位置は、西条の近くになっていた。


「そこ、沢渡くんと西条さん、自然に会話が起きそうな距離感でお願いします」


 ディレクターがそう言った瞬間、僕は心の中で察した。


 狙っている。

 この人たち、完全に狙っている。


 リアルな空気感、という名目で、誰と誰が自然に近づくかを抜こうとしている。しかも、その場で一番目を引く白須賀だけでなく、他の組み合わせまでちゃんと見ている。


 嫌な意味で、仕事が細かい。


 撮影が始まると、神代と二階堂は案の定、白須賀の周りへうまく入り込んでいた。

 神代は明るく、本を取るのを手伝うふりをしながら距離を詰める。二階堂は落ち着いた口調でおすすめの本の話を振り、白須賀の知的な面を引き出そうとする。手口は違うが、狙いは同じだ。


 白須賀はそのどちらにも丁寧に応じていた。

 応じているのに、なぜか一線だけは越えさせない。そのさじ加減が、やっぱりうますぎる。


 僕はというと、本棚の前で資料本を持ち上げるだけの役だった。

 これなら楽だ、と思ったのも束の間。


「西条さん、そのカットのあと、沢渡くんと軽く目を合わせてもらえます?」


 ディレクターの一言で、また空気が変わる。


「目を合わせる、ですか」


 西条が静かに確認する。


「はい。言葉はなくていいです。図書室って静かだから、喋らない空気も絵になるんで」


 それ、もう絶対わざとだろう。


 けれど西条は何も言わず、小さくうなずいた。

 次のテイク。白須賀のシーンの後ろで、僕は本を棚へ戻す。すると、その向こう側から西条の手も伸びてきて、同じ本の背表紙に触れた。


 目が合う。


 ほんの一瞬。

 でも、西条はその瞬間だけ、演技用に作った顔ではなく、休憩中に僕へ向けたのと同じ静かな表情をしていた。


「……カット、いいですね」


 ディレクターが満足そうに言う。


 何がいいのか知らないけれど、少なくとも僕の心臓には悪い。


 ※ ※ ※


 その後の休憩は、予想以上に騒がしかった。


 図書室前の廊下に椅子と飲み物が並べられ、キャストたちが思い思いに散る。カメラは少し離れた位置にあるが、完全に切れているわけではないのが分かる。

 つまり、ここから先も半分くらいは“撮られている前提”で考えたほうがいい。


 神代はすぐに白須賀の隣を確保した。


「白須賀さんって、台本の読み込みすごいですね。さっきの本の持ち方まで自然で驚きました」


「ほんと? うれしい、ありがとう」


「今度、演技の相談してもいいですか?」


「相談なら全然」


 人当たりよく返す白須賀。

 だが、その横で二階堂がすかさず別の話題を差し込む。


「白須賀さん、次の中庭シーン、感情の入り方難しくないですか。あそこ、たぶん視線の置き方でかなり印象変わりますよね」


 今度はそっちか。


 神代は分かりやすい。二階堂は計算が細かい。

 どちらも“さすが”とか“すごい”とか、そういう言葉を使いながら、ちゃんと白須賀の内側へ入り込もうとしているのが見える。


 でも、僕がそれを観察している間にも、白須賀は変わらず笑顔だった。

 笑顔のまま、誰のペースにも完全には乗らない。そのあたりは、やっぱり芸能の第一線にいる人間なのだと思う。


 明日香はそんな空気を面白がるように見つつ、僕の近くへ来てストロー付きのジュースを差し出した。


「はい、差し入れ!」


「え、僕に?」


「そうそう。なんか一人で黙々としてるし、栄養足りてなさそうだったから」


「どういう見立てだよ」


「雰囲気!」


 明日香はケラケラ笑う。

 こういう軽さは、ある意味で救われる。深く考えずに接してくるぶん、変に身構えなくていいからだ。


「沢渡くんって、白須賀さんとほんと友達なんだ?」


「一応」


「へー。なんか意外。もっと、芸能の人に慣れてない感じするのに」


「慣れてないよ」


「だよね」


 即答された。

 そのやり取りの少し向こうで、西条がこちらを見ていた。いや、正確には、明日香と話す僕を静かに観察しているように見えた。


 その視線の意味を考える前に、今度は天雨が近づいてくる。

 今日は背景の在校生役で制服姿のまま現場にいるのだが、エキストラにしては明らかに存在感が強い。


「沢渡くん、飲みすぎないで」


「まだ一口も飲んでないけど」


「ならいい」


 それだけ言って去ろうとする。

 けれど明日香が目を輝かせた。


「え、なにこの子、すっごい美人」


「天雨美鈴さん。クラスメイトよ」


 いつの間にか近くまで来ていた柊先輩が補足した。

 今日の彼女は完全に管理側なのだが、こういうタイミングで自然に会話へ入ってくるあたり、やはり空気の読み方がうまい。


「へー! この学校、美人多すぎない?」


「あなたも十分そちら側だと思うけど」


 柊先輩が淡々と返す。

 明日香は「やった!」と素直に喜び、天雨は少しだけ困った顔をした。


 騒がしい。

 しかもその全員がそれぞれ違う方向へ熱量を持っているから、余計に疲れる。


 そして、そんな中で西条だけが、少し離れた位置から静かにこちらを見ていた。


 ※ ※ ※


 午後後半の撮影は、中庭での“自由会話パート”だった。


 台本上は、転校してきた白須賀が在校生たちと少しずつ打ち解けていく場面。

 実際には、カメラが複数台回り、誰と誰の距離が自然に縮まるかを拾う、半分リアリティショーみたいな構成になっている。


 神代と二階堂は当然のように白須賀の近くへいた。

 明日香はその輪の中へ飛び込んで空気を回し、西条は少し外側から必要な時だけ短く言葉を挟む。


 僕はベンチの端で、配られた台本の修正版を確認していた。

 余計なところへ首を突っ込まない。黙って自分の役割をやる。それが一番安全だと思っていた。


「沢渡」


 低い声で呼ばれ、顔を上げる。

 西条だった。


「次のシーン、台本見せて」


「え、はい」


 差し出すと、西条は僕の隣へ腰を下ろした。

 ごく自然な動作だったのに、なぜか少しだけ周囲の温度が変わった気がした。


 特に、白須賀が会話の途中でほんの一瞬だけこちらを見たのが分かる。

 天雨も、少し遠くの立ち位置から視線を向けていた。柊先輩は表情を変えないが、そういうところほど逆に怖い。


 西条はそんな空気を気にした様子もなく、台本の端を指でなぞる。


「この台詞、私には少し甘すぎるわね」


「そうですか」


「ええ。“みんなと話せてうれしい”なんて、私の見た目で言うと作りものっぽい」


 その自己分析はかなり正確だと思った。

 西条静は、清楚で綺麗だが、甘い笑顔を全面に出すタイプではない。むしろ、感情を少し抑えたままのほうが印象に残る。


「じゃあ、変えたほうがいいんじゃないですか」


「簡単に言うのね」


「でも、無理して合わないのやるよりは」


 僕がそう言うと、西条は少しだけ黙った。

 それから、ごく小さく口元を緩める。


「そういうところ、本当に遠慮がないのね、裕二くん」


 また下の名前だった。

 しかも今度は、さっきよりずっと自然に。


「……西条さん」


「なに」


「下の名前で呼ぶの、デフォルトなんですか」


「いいえ」


「じゃあなんで」


 聞いた瞬間、西条は台本から目を上げて、まっすぐ僕を見た。


「あなたのほうが、その呼び方のほうが反応が面白いから」


 淡々と言う。

 でも、その目の奥だけが少しだけ楽しそうだった。


 そこへ、スタッフが次の準備完了を告げに来る。

 西条は立ち上がりながら、台本を僕へ返した。


「あとで少し付き合って」


「何にですか」


「台詞の温度調整」


 その言い方は事務的だった。

 事務的なのに、僕だけを指定してくる時点で、たぶん意味はそれだけじゃない。


 西条が撮影位置へ戻るのを見送りながら、僕は小さく息をついた。


 やっぱり、この現場はただの撮影じゃない。

 そして多分、今度は神崎玲音とは別の方向から、厄介なものが始まりかけている。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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