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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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10/12

学園ドラマ

 土曜の午後、校門前には見慣れない機材車が二台止まっていた。


 撮影用のケーブルが地面を這い、スタッフが慌ただしく行き来している。校舎の一部には立ち入り制限の札が下げられ、玄関脇には簡易のモニターテントまで設置されていた。

 学校案内動画の時より、明らかに規模が大きい。


 僕は開始十五分前に現場へ着いて、すでに少し帰りたくなっていた。


 陰キャにとって、こういう“知らない大人が大量にいる空間”はそれだけで消耗する。しかも今日は、ただの学校紹介ではなく、学園ドラマ風のショート企画。建前としては広報用映像だが、現場の空気は最初からどこか妙だった。


「沢渡くん、おはよ」


 先に気づいたのは白須賀だった。

 制服姿で立っているだけなのに、すでに一人だけ絵になっている。周囲のスタッフも、彼女が軽く会釈するたびに反応が柔らかくなるから分かりやすい。人の視線を集めるのがうますぎるのだ、この人は。


「おはよう」


「緊張してる?」


「してるに決まってる」


「ふふっ。大丈夫だよ。たぶん」


「最後の一言で不安になるんだけど」


 白須賀は楽しそうに笑う。

 その隣では、少し離れた位置に天雨が立っていた。今日はエキストラ参加という名目で来ているらしく、制服の着こなしもいつも通りなのに、なぜか少しだけよそ行きに見える。


 天雨は僕が白須賀と話しているのを見て、静かな顔のまま近づいてきた。


「沢渡くん、台本読んだ?」


「一応」


「“一応”じゃ困る」


「いや、ちゃんと読んだけど」


「ならいい」


 短い会話なのに、なぜか点検された感じがする。

 そのやり取りを、少し離れたところから柊先輩が見ていた。今日は生徒会の管理担当として現場入りしているためか、クリップボードを片手にスタッフとやり取りをしている。柊先輩は柊先輩で、こういう混乱した現場にいると妙に頼もしかった。


 その時、校門の外から一段高い声が響いた。


「おっはよーございまーすっ!」


 振り向くと、そこにいたのは、太陽みたいに明るい金髪の少女だった。


 肩の辺りでふわりと跳ねる髪は、わざとらしくない程度に染められたハニーブロンド。大きな目はよく動き、笑うたびに顔全体がぱっと華やぐ。制服風の衣装を着ているが、着崩し方に慣れている感じがして、いかにも芸能の人間だった。


吉良明日香(きら・あすか)、入りまーす! 今日よろしくお願いしまーす!」


 人懐っこい笑顔のまま、彼女は現場へ飛び込んでくる。

 スタッフに挨拶し、白須賀を見るなり「うわ、本物の白須賀さんだ!」と目を輝かせる。その勢いのまま、今度は僕たちのほうへ視線が向いた。


「え、え、こっちが例の在校生の子たち? すごっ、マジで学校感ある!」


 言葉の圧が強い。

 僕が一歩引きかけたところで、もう一人、正反対の空気を纏った少女が門をくぐってきた。


 長い黒髪を背中へまっすぐ落とし、白い肌に薄い色の唇。清楚という言葉が、そのまま人の形になったみたいな見た目だった。けれど、目元だけは少し冷たく澄んでいて、近づきやすさより静かな威圧感がある。


西条静(さいじょう・しずか)です。本日はよろしくお願いします」


 声音まで整っていた。

 吉良明日香が光の中で弾けるタイプなら、西条静は日陰に咲く花みたいな人だ。清楚で、綺麗で、そして少しだけ近寄りがたい。


「静、かたっ。もっとテンション上げよーよ」


「あなたが上げすぎているだけよ、明日香」


「えー、現場ってこういうの大事じゃん」


 あまりにも対照的な二人だった。


 さらにその少しあと、別方向から男子二人が現れる。

 どちらも制服姿だが、うちの学校のものではない。他校の学生俳優だとすぐ分かった。


 一人は柔らかな茶髪で、笑うと人懐っこそうな印象になる長身の男子。親しみやすい爽やかさが売りなのだろう。

 もう一人は黒髪をきっちり整えた端正な顔立ちで、王子様役が似合いそうな、隙のない整い方をしていた。


神代蓮(かみしろ・れん)です。よろしくお願いします」

二階堂蒼真(にかいどう・そうま)です。今日はお世話になります」


 どちらも礼儀正しい。

 礼儀正しいのだが、白須賀を見た瞬間の視線の動きで、何となく分かった。ああ、この二人、分かりやすく白須賀狙いだ。


 白須賀はそんな視線を受けても、いつも通りにこやかだった。


「よろしくお願いします。今日は一緒に頑張りましょうね」


 たったそれだけで、神代も二階堂も少しだけ声の調子が変わる。

 やっぱりすごい。この人のアイドル性は、同性異性関係なく人を吸い寄せる。


 そしてその一方で、僕はなるべく視界の端へ自分を追いやることにした。

 撮影は撮影でちゃんとやる。けれど、こういう時に前へ出るべきではないという自己判断だけは早い。陰キャの処世術は伊達じゃない。


 ※ ※ ※


 最初の読み合わせは視聴覚室で行われた。


 簡単な脚本説明、立ち位置確認、カメラの入り方の共有。そこまでは普通だった。

 だが、制作側のディレクターが途中で口にした言葉で、僕は嫌な意味で納得した。


「今回、あくまでドラマ仕立てではあるんですが、みなさんの自然な空気感もかなり大事にしたいと思ってます」


 自然な空気感。


 そのあとに続いたのは、さらに嫌な予感を強める文言だった。


「台本通りに進めつつも、休憩中の会話とか、リアクションとか、オフっぽい部分も拾っていくので。カメラはなるべく回しっぱなしです。“リアルな関係性”が見えると、視聴者はかなり乗ってくれるので」


 それ、もうほとんどショートドラマの皮を被ったリアリティショーではないか。


 白須賀はそれを聞いても表情を崩さなかった。

 吉良明日香は「うわ、面白そー!」と素直に乗っている。神代蓮と二階堂蒼真も、プロらしく即座に空気を掴んでいた。


 僕だけが、心の中でひたすら後ずさっていた。


 リアルな関係性なんて、そんな都合よく撮られてたまるか。

 しかもこの場には白須賀、天雨、柊先輩までいる。変な瞬間を抜かれたら終わりである。


「沢渡くん」


 読み合わせ中、白須賀がそっと小声で話しかけてきた。


「顔が引きつってる」


「当たり前でしょ」


「大丈夫だよ。こういうの、案外なんとかなるから」


「君の“なんとかなる”信用できないんだけど」


 そう返すと、白須賀は小さく笑った。

 その会話すら、少し離れた位置のカメラが拾っていそうなのが嫌だった。


 ※ ※ ※


 撮影は正門前から始まり、次に廊下、図書室、そして中庭へ移った。


 吉良明日香はとにかく明るく、現場の空気を回すのがうまい。スタッフともすぐ打ち解け、エキストラの生徒相手にも壁を作らない。

 西条静はその逆で、必要以上に喋らず、与えられた役割を静かにきっちりこなすタイプだった。


 印象的だったのは、男二人の動きだ。


 神代蓮は白須賀へ人懐っこく話しかける。合間に飲み物を差し出し、「緊張してない?」と気遣い、距離を縮めようとする。

 二階堂蒼真はもっと静かだが、そのぶん計算が見えた。タイミングのいい褒め言葉、自然な立ち位置、白須賀が話しやすい間の取り方。どちらも違う方向から、白須賀の隣へ入り込もうとしている。


 でも、当の白須賀は、ちゃんと全員に笑顔を向けながら、誰にも“そこ”までは入らせていなかった。


 さすがというか、なんというか。

 トップアイドルは伊達ではない。こういう手合いの捌き方に、明らかに慣れていた。


 僕はといえば、自分の出番以外では目立たない位置で立ち位置確認や台本の読み返しをしていた。

 目立つ俳優たちに囲まれた現場で、わざわざ自分から存在感を出す必要はない。黙々と必要なことだけやる。そう決めていた。


「沢渡くん、次のシーン入るよ」


 スタッフに呼ばれ、中庭のベンチへ向かう。

 そこは僕と白須賀が二人で話す、いかにも学園ラブコメっぽい場面の撮影場所だった。


 椅子へ座るなり、ディレクターがメガホン越しに言う。


「二人はもう少し自然に距離近くても大丈夫ですー。友達以上未満みたいな空気、ほしいので」


 友達以上未満、って何だ。


 隣の白須賀は、そう言われるとごく自然に少し距離を詰めてきた。

 肩が触れそうな近さ。シャンプーの匂いがする。


「近くない?」


 僕が小声で言うと、白須賀は前を向いたまま囁いた。


「だって今、そういうの求められてるんでしょ?」


「だからって慣れすぎてない?」


「お仕事だもん」


 言葉自体は軽い。

 でも、その最後だけ少しだけ意味深だった。


 そのシーンは何度か撮り直しになった。

 僕のぎこちなさが原因であることは自覚している。ディレクターが欲しいのは、台詞を言う演技より、二人の間に“本当に何かありそう”と思わせる空気なのだろう。


 面倒だな、と心底思った。


 ※ ※ ※


 中庭の撮影が一段落し、短い休憩が入った。


 僕は人の少ない場所を探して、校舎裏の渡り廊下へ逃げた。

 機材の喧騒から少し離れるだけで、ようやく呼吸が楽になる。やっぱり僕はこういう隅っこのほうが落ち着く。


「やっぱり、こういうところにいたのね」


 背後から静かな声がした。


 振り向くと、西条静が立っていた。


 清楚な見た目そのままに、手には未開封のミネラルウォーター。さっきまで撮影中だったはずなのに、髪も服もまったく乱れていない。

 ただ、その目だけが少しだけ僕を観察していた。


「……何か用ですか」


「用がなければ来てはいけないの?」


「いや、そういうわけじゃないですけど」


 話しかけられると思っていなかったせいで、返しがぎこちなくなる。

 西条は僕の少し隣へ並び、渡り廊下の手すりへ手を置いた。


「あなた、撮影の合間になるとすぐ人の少ない場所へ逃げるのね」


「逃げるっていうか……落ち着く場所を探してるだけです」


「同じことよ」


 さらっと言われた。


 その口調は冷たいわけではない。

 でも、余計な感情を乗せないぶん、言葉が妙にまっすぐ届く。


「西条さんも、休憩ですか」


「ええ。明日香が騒がしいから、少しだけ離れたくて」


 意外だった。

 もっと一人で完結していそうな人かと思っていたけれど、あのテンションに付き合い続けるのは彼女でも疲れるらしい。


「あなた、沢渡裕二(さわたり・ゆうじ)くん、だったかしら」


 不意に下の名前まで含めて呼ばれ、僕は少しだけ面食らった。


「……そうですけど」


「名札と台本に書いてあったから。覚えやすい名前ね」


 それが褒め言葉なのかは分からない。

 西条はそこで一度だけ僕の顔を見た。


「あなた、演技経験はないのでしょう」


「ないです」


「なのに、カメラの前で妙に“作らない”わね」


「たぶん作れないだけです」


「そういう人、嫌いじゃない」


 さらりと言われる。

 そのまま黙っていればただの綺麗な子なのに、たまに投げる言葉が不意打ちだった。


「現場って、大抵みんな少しは自分をよく見せたがるものよ。特にこういう“リアルな空気感”を売りにした企画だと、なおさら」


 西条は視線を前へ向ける。

 校舎の窓ガラスに、遠く動くスタッフの姿が反射していた。


「でも、あなたは目立とうとしていない。むしろ、ずっと隠れようとしている」


「まあ、隠れたいので」


「正直ね」


 そこで西条はほんの少しだけ口元を緩めた。

 初めて見た、ちゃんとした笑みに近い表情だった。


「でも、そういう人のほうが、たまに一番目立つのよ」


 その意味を考えるより先に、遠くから吉良明日香の声が飛んできた。


「しーずーかー! どこー!? 次、図書室いくってー!」


 西条は小さく息をつく。


「呼ばれたわね」


「そうみたいですね」


「また逃げたくなったら、ここにいるの?」


「たぶん」


「そう」


 それだけ言って、彼女は歩き出した。

 けれど数歩進んだところで、ふと思い出したみたいに立ち止まる。


「裕二くん」


 今度は、少しだけ自然に、下の名前だけが落ちてきた。


「はい」


「あなた、思っていたより面白いわ」


 その言葉だけ残して、西条静は校舎の角を曲がっていった。


 僕はその場でしばらく動けなかった。

 面白いと言われたことより、名前を呼ばれたことのほうが引っかかっていた。


 なんというか、この撮影。

 やっぱりただの学園ドラマでは終わらない気がする。


 そしてその予感は、多分、かなり正しい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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