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一之太刀 -足利義輝-

作者: 上馬祥
掲載日:2026/03/09

 そも征夷は日本武尊(やまとたける)が始め、文屋綿麻呂(ふんやのわたまろ)以来その領袖は征夷大将軍を号した。

 (もっぱ)ら武辺を(つかまつ)り夷を(はら)うが生業(なりわい)なれど、いまだ剣や槍の巧みなる将軍を聞かず。

 しかれども室町幕府に剣豪将軍あり。姓は足利、名を義輝(よしてる)。すなわち公方様義輝卿将軍その人である。

 この者、兵法の上手(すぐ)れたる名人・塚原卜伝に学び、その極意「一つの太刀」を修むるなり。


 永禄八年のこと。三好修理大夫長慶身罷(みまか)りし後、お家の凋落(ちょうらく)を危ぶむ三好下野守宗渭(そうい)、三好日向守長逸(ながやす)、石成主税助友通(ともみち)ら、三好三人衆と松永弾正少弼、松山安芸守は義輝の従弟・阿波御所義栄(よしひで)を担ぎ、義輝を将軍の座から()い落とさんと清水参詣を称して一万もの兵を集め、将軍の在す二条御所・武衛陣の御構えに押し寄せた。

「公方様。御訴訟ある(よし)、申し上げる」

 宗渭は門前にて居丈高にそう口上を述べ、応対にでた進士美作守晴舎(はるいえ)に訴状を手渡す。

 晴舎は急ぎ参内し、

「三好方の御訴訟に御座います」

 義輝に取り次いだ。

――進士美作守晴舎ならびにその娘・小侍従殿には謀反の(かど)あり。御命頂戴いたしたく。

 訴状を検めた義輝はにわかに顔色を曇らせる。

 小侍従殿はこのほど懐妊なされた。三好方の狙いは、すなわちその御子にある。

「到底受け入れがたし」

 義輝、訴状を破り捨てるも、

「もしこれを容れなければ兵が御所に乗り込んでくるでしょう。どうか彼らの訴訟叶えさせ給へ」

 と御母儀様・慶寿院殿に懇願され、躊躇なさる。

 そのうちに三好方は兵を進め、四方より御土居に入り渡る。

 押し寄せる凶徒数十人を一色淡路守・有馬源二郎・秋成上野兵部少輔輝清・高木右近・小林左京亮・畠山九郎・大舘岩千世丸が切り捨て、容易に御所へは立ち入らせぬが、三好方は大軍。数を(たの)みに圧してくる。

 一刻を争う事態に晴舎、

「我が首級をもって和議を結ばれよ。ああ、只今彼らの方便に使われるとはなんと口惜しき仕り候」

 と御所を(まか)り出て、その庭先にて切腹仕った。

 さりとて三好方に兵を退く意思なし。

 義輝ついに覚悟して、

「戦うぞ。者共、盃を持て」

 居並ぶ家臣らに手ずからお酌なさる。

 しんと静まり返る一座、

「座興を催さん」

 細川宮内少輔隆是(たかよし)が女房の小袖を覆い立てて舞う。

 皆、大いに笑った。いささかも臆したる気色なし。

「見事な舞であった」

 義輝が褒美をとらすと、隆是は感激し、

「この隆是。どこまでも公方様にお供いたします」

 と涙した。

「では、ゆるゆる参ろうか」

 義輝は刀をとりて御所より打って出る。

 これに藤通・福阿弥・輪阿弥・武田左衛門佐信景・杉原兵庫助晴盛・摂津糸千代丸・疋田弥四郎・松井新三郎・荒川治部少輔・二宮弥三郎・細川宮内少輔・進士主馬允ら忠臣たちが付き従う。

「開門せよ!」

 隆是が号令し、門が開け放たれる。

 あっと息を呑む大軍が広がる。しかし義輝ら動じず、気炎をあげて刀を抜き、斬りかかった。

 (うごめ)く軍中をかきわけて、斬って結んでは血煙が舞う。

 仏に逢うて仏を殺し、祖に逢うて祖を殺す。その勢いたるや破竹。

 二百余人を討ち取り、たちまち陣を破く、かに思われたが、

槍衾(やりぶすま)を組め」

 さすがは戦巧者の松永弾正久秀。陣を厚くして遠間より弓でこれを退ける。

 義輝の供回りはことごとく討たれた。ひとり御庭まで押し返された義輝は雁の間に入り、床に掛けたる伝家の宝刀を抜く。

 九字兼定(くじかねさだ)朝嵐兼光(あさあらしかねみつ)大典太光世(おおでんたみつよ)などいずれも名だたる刀ばかり。

 これらを畳に突き刺し、敵を待ち受ける。

 屋内に矢は射られぬと、松永の命で兵が乗り込むや、これを迎え討った。

 塚原卜伝が開きし鹿島新當流は見世物にあらず。その剣は常に戦場に在る。

 義輝は襲い来る兵の小手を打つや、すかさず懐に飛び込み、甲冑の隙間に刀を差し込んだ。

 理に基づく剣に華なし。ずるり兵が(たお)れる。

 と、再び次の獲物に忍び寄り、立ち替わり剣を持ち替えては影から影へ移り、敵を屠る。

 いずれも一太刀。返り血すら浴びない。

 その(わざ)には、さしもの松永もうろたえ、

「戸だ。戸を外して盾にせよ」

 多勢で当たるよう指図する。義輝はぐるり戸に囲まれた。


――五月雨は 露か涙か 不如帰(ほととぎす) 我が名をあげよ 雲の上まで


 畳から九字兼定を抜く。九字護身の法文を刻みし刃に、するり光が落ちる。

 義輝はこれを腰にため、(はげ)しく戸を突いた。

 刃は深々と戸を貫き、持ち手さらには後ろに控える寄せ手をも刺し殺す。

 しかし三方より押し寄せる戸に挟まれ、その戸越しに無数の槍で刺し貫かれた。

 足利義輝ついに死すも、その剣、まこと武家の棟梁たる面目を躍如する。

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