一之太刀 -足利義輝-
そも征夷は日本武尊が始め、文屋綿麻呂以来その領袖は征夷大将軍を号した。
専ら武辺を仕り夷を攘うが生業なれど、いまだ剣や槍の巧みなる将軍を聞かず。
しかれども室町幕府に剣豪将軍あり。姓は足利、名を義輝。すなわち公方様義輝卿将軍その人である。
この者、兵法の上手勝れたる名人・塚原卜伝に学び、その極意「一つの太刀」を修むるなり。
永禄八年のこと。三好修理大夫長慶身罷りし後、お家の凋落を危ぶむ三好下野守宗渭、三好日向守長逸、石成主税助友通ら、三好三人衆と松永弾正少弼、松山安芸守は義輝の従弟・阿波御所義栄を担ぎ、義輝を将軍の座から逐い落とさんと清水参詣を称して一万もの兵を集め、将軍の在す二条御所・武衛陣の御構えに押し寄せた。
「公方様。御訴訟ある由、申し上げる」
宗渭は門前にて居丈高にそう口上を述べ、応対にでた進士美作守晴舎に訴状を手渡す。
晴舎は急ぎ参内し、
「三好方の御訴訟に御座います」
義輝に取り次いだ。
――進士美作守晴舎ならびにその娘・小侍従殿には謀反の廉あり。御命頂戴いたしたく。
訴状を検めた義輝はにわかに顔色を曇らせる。
小侍従殿はこのほど懐妊なされた。三好方の狙いは、すなわちその御子にある。
「到底受け入れがたし」
義輝、訴状を破り捨てるも、
「もしこれを容れなければ兵が御所に乗り込んでくるでしょう。どうか彼らの訴訟叶えさせ給へ」
と御母儀様・慶寿院殿に懇願され、躊躇なさる。
そのうちに三好方は兵を進め、四方より御土居に入り渡る。
押し寄せる凶徒数十人を一色淡路守・有馬源二郎・秋成上野兵部少輔輝清・高木右近・小林左京亮・畠山九郎・大舘岩千世丸が切り捨て、容易に御所へは立ち入らせぬが、三好方は大軍。数を恃みに圧してくる。
一刻を争う事態に晴舎、
「我が首級をもって和議を結ばれよ。ああ、只今彼らの方便に使われるとはなんと口惜しき仕り候」
と御所を罷り出て、その庭先にて切腹仕った。
さりとて三好方に兵を退く意思なし。
義輝ついに覚悟して、
「戦うぞ。者共、盃を持て」
居並ぶ家臣らに手ずからお酌なさる。
しんと静まり返る一座、
「座興を催さん」
細川宮内少輔隆是が女房の小袖を覆い立てて舞う。
皆、大いに笑った。いささかも臆したる気色なし。
「見事な舞であった」
義輝が褒美をとらすと、隆是は感激し、
「この隆是。どこまでも公方様にお供いたします」
と涙した。
「では、ゆるゆる参ろうか」
義輝は刀をとりて御所より打って出る。
これに藤通・福阿弥・輪阿弥・武田左衛門佐信景・杉原兵庫助晴盛・摂津糸千代丸・疋田弥四郎・松井新三郎・荒川治部少輔・二宮弥三郎・細川宮内少輔・進士主馬允ら忠臣たちが付き従う。
「開門せよ!」
隆是が号令し、門が開け放たれる。
あっと息を呑む大軍が広がる。しかし義輝ら動じず、気炎をあげて刀を抜き、斬りかかった。
蠢く軍中をかきわけて、斬って結んでは血煙が舞う。
仏に逢うて仏を殺し、祖に逢うて祖を殺す。その勢いたるや破竹。
二百余人を討ち取り、たちまち陣を破く、かに思われたが、
「槍衾を組め」
さすがは戦巧者の松永弾正久秀。陣を厚くして遠間より弓でこれを退ける。
義輝の供回りはことごとく討たれた。ひとり御庭まで押し返された義輝は雁の間に入り、床に掛けたる伝家の宝刀を抜く。
九字兼定・朝嵐兼光・大典太光世などいずれも名だたる刀ばかり。
これらを畳に突き刺し、敵を待ち受ける。
屋内に矢は射られぬと、松永の命で兵が乗り込むや、これを迎え討った。
塚原卜伝が開きし鹿島新當流は見世物にあらず。その剣は常に戦場に在る。
義輝は襲い来る兵の小手を打つや、すかさず懐に飛び込み、甲冑の隙間に刀を差し込んだ。
理に基づく剣に華なし。ずるり兵が斃れる。
と、再び次の獲物に忍び寄り、立ち替わり剣を持ち替えては影から影へ移り、敵を屠る。
いずれも一太刀。返り血すら浴びない。
その業には、さしもの松永もうろたえ、
「戸だ。戸を外して盾にせよ」
多勢で当たるよう指図する。義輝はぐるり戸に囲まれた。
――五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで
畳から九字兼定を抜く。九字護身の法文を刻みし刃に、するり光が落ちる。
義輝はこれを腰にため、烈しく戸を突いた。
刃は深々と戸を貫き、持ち手さらには後ろに控える寄せ手をも刺し殺す。
しかし三方より押し寄せる戸に挟まれ、その戸越しに無数の槍で刺し貫かれた。
足利義輝ついに死すも、その剣、まこと武家の棟梁たる面目を躍如する。




