第9話 青葉さんの論理は飛躍する
「あ、すみません、ちょっと突飛ない話でしたよね」
ちょっとじゃない。俺の頭からはすべてが吹っ飛んだ。多分そのあたりに脳みその破片が散ってても不思議じゃない。
「私、婚活パーティーは4回目だったんですけど」
あ、意外と苦労してるんですね。……いや苦労? そうじゃないな、理想が高すぎるとかいうアレでは? 青葉さんはまさしく自動販売機の前で「どれにしようかな」と悩んでるっていうアレ。
「誰と話してもぜーんぜん、興味が湧かなくて」
いや、青葉さんの場合は自動販売機の前で「はあ、どのラインナップもビミョー、飲みたいものなんてないな」と溜息をついているパターンだ。
「ちょっと頑張って一回食事とか行ってもおんなじです。ま、それ自体は悪いことじゃないと思うんですけどね、このご時世どおりの、いい大人として他人との距離を弁えてるってだけなので。でもそれって、裏を返せば友達みたいに仲良くなることなんてないってことじゃないですか?」
「それはそうですね、はい」
「だから一緒に住めば相手のことをよく知れて興味も湧いて、好きになれるんじゃないかと思って」
「突然飛躍するじゃないですかびっくりですよ」
青葉さんは嬉しそうに両手を合わせ、行間を埋めたような顔になるが、そ・う・じゃ・な・い。
ヤバイ、青葉さんが謎理論を展開している。合間合間にチキン南蛮を口に運ぶなんて平気に器用な真似までやってのけているが、そうじゃない!
「あのですね、おっしゃることは分かりますよ? 僕達もう大学生じゃないんで、仲良い同僚といっても節度を弁えた付き合いをしますし、宅飲みでだらっと他愛ない話をして相手の意外な一面を知るとかそういうこともないです。でも青葉さんが言うのは同棲ですよ?」
キョトンと、まるで小動物のように目を丸くする青葉さんに、俺は説教でもしてる気分だった。青葉さん、しっかりしてくれ。男はオオカミなんだ。この顔に「一つ屋根の下で暮らしましょう」って言われて「よっしゃ据え膳」ってならない男がいるわけない。
「危ないじゃないですか! 襲われたらどうするんです!?」
「あ、もちろん知らない人といきなり一緒に住むのは身の危険を感じるので、私も困ります。だから身元が確かな人がいいなと」
「そこじゃないです!」
青葉さんは微笑みながら軽く手を挙げ、どうどう、とでもいうように俺を制してみせる。俺のほうがおかしいのか?
「ていうかその場合の身元ってなんですか、それって僕なら――会社の人間なら、下手なことしたらコンプラ違反のホットライン通報で処せるから安心ってことですか!?」
「まさか。会社の人なら誰でもいいわけじゃないです」
心外です、とでも言いたげに青葉さんは口元を手で覆ってみせた。
「もちろん、身元の確かさは会社の人であることで一定程度担保されますよ? 社会的地位というのは一度失うと取り戻すのが最も困難なものの一つですから」
「発想が現代社会ホラージャンル!」
「それに、真面目な性格の方がいいので、勤怠の悪い方はいただけません。評価されるところだけほどほどにやっているような方も同じです、人目につかなければどうでもいい、と考えるかもしれませんから。だから見えないところでもきちんと頑張るような方がいいですよね」
「それと俺がなぜ関係が!」
「白沢さんは私との仕事を丁寧に真面目に対応してくださるじゃないですか。特にこの間のガイドライン改正も、草の根活動からしてくださって」
……それを知られているのはちょっと意外で、俺は閉口してしまった。
もちろん、一般的にはちょっと考えれば分かることだ。社内セキュリティガイドラインを改正するといっても、それはセキュリティ部だけで完結することではない。セキュリティの対象は多岐に渡るため、そのガイドラインでカバーされる内容もまた多岐に渡る。必然、他部門・他部署の所管とも被ってくる部分があり、社内全体で矛盾しないガイドラインを策定するためには互いの実務を踏まえた調整が必要になる。
この調整が面倒くさい、なにせセキュリティ部と他部門・他部署とで意識する懸念点が必ずしも合致しているとは限らないからだ。こちらから「ここ改正するんですけど、これってもしかしておたくの所管ですか?」と訊ねても「あー、考えたことなかったです(これから考えるのでしばらく待っててください)」ということは度々発生する。それをスムーズにやるためには、最初のお訊ね段階で「多分あっちの部署の様子を見る限り、こういう落とし方になるんじゃないかとは思いますけどね」とか提案しておく必要がある。で、当然そのためには下調べも要る。それに存外、時間がかかる。
コンプライアンス部の連中はそれを知らず、暇潰しみたいに社内巡回しては仕事を作り、一緒に頑張りましょうねと表向きの理解ヅラをしてきやがる――と思っていたのだが。存外、青葉さんはちゃんと分かってる。




