第6話 青葉さんは外面が良い
そうして内心怯えながら尋問――いや歓談してしばらく、ブザーが鳴り「では十分経過しましたので……」と司会の声が会場に響いた。席移動を知らせる合図だった。
青葉さんは最初と同じく愛想よく笑う。
「では白沢さん、ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
俺は引き攣った笑みを浮かべるのが精一杯だった。
とんでもない人だったな、青葉さん……。見たことのないどころか想像もしない面を2つも3つも見せられて内心怯えた俺は、できるだけ早く離れようと素早く席を立った。
そのとき俺は気が付いた。まるで俺を取り囲むように、4人の男が立っていたことを。
そのうちの1人が素早く俺の席に滑り込んだ。
「こんにちは、ここよろしいですか!?」
「はい、どうぞ」
食い気味に挨拶したその人は、青葉さんの返事に鼻の下を伸ばしながら着席する。他の男達の足はくるりと別の方向へ変わった。
青葉さん狙いで待機中だったってことか……。近くの空いてる席を選びながら、しかし納得はした。人を容姿で判断するな、ルッキズムがどうのこうの、なんて言われる時代にはなったが、それでもこの婚活システムでは、女性を選ぶ際に見た目以外の要素がない。もちろん、顔だけじゃなくて服装や雰囲気も考慮するが、婚活に来てる女性の服装の種類なんて、ブラウスの色が白か黒か紺か、その程度しかない。座ってりゃ下は見えないし。そうすると、「自由に席移動を」と言われた男が青葉さんに集中するのも仕方ない。中身はちょっと変なのだが、同じ会社の俺すら今の今まで知らなかったわけだし。
青葉さん自身も婚活には向いてるタイプなのかもしれないな。自分も参加者ながら、当事者意識は不在に、そんなことを考えていた。
そうして3回ほど他のテーブルを回った後、婚活は御開きになった。青葉さんはハイヒールの音を鳴らしながら、早足で出口へと向かった。踵から数センチ以上の棒が生えている靴を履いてなぜあのスピードで歩けるんだ――と俺は思っていたが、多分他の男達は「ああ、行ってしまった……」と指を咥えて見ていたに違いない。数多の視線が青葉さんの後ろ姿を追いかけていた。
そんな俺の視界には森川も見えた。Bグループのテーブルを離れながらスマホを見ている。例の営業に生かすべくメモをしているのだろう。
邪魔しちゃいけないな、とエレベーターの手前で待っていると、しばらくしてからやってきて、なぜか俺を見て目を丸くした。
「あれ、お前、青葉さんといなかった?」
「ああ、見えたんだ。青葉さんといたってか、なんか最初に同じテーブルになったよ」
「お茶誘わなかったのか? なんか盛り上がってるなって思ったけど」
週4日鮭の塩焼きを食ってる話を聞いて、あとはキレやすいかどうか尋問されてただけ……なんて言えるはずもなかった。
「いやまあ、例によって感じのいい世間話って感じで。そういうお前は?」
「んー、なんか一応連絡先は交換したけど」
「取材の首尾を聞いたんだよ。めちゃくちゃ普通に婚活してんじゃん」
婚活運営会社も運営冥利に尽きるだろう。呆れてしまったのだが、森川は「まあほら、そこはちゃんと参加者としての誠意が」と分かるような分からないような言い訳をした。
「でもこういうのって続くもんなのかな」
「やりとりが? そこは人によりそうだけど。好みの相手だったのか?」
「まあ一人は。あとは連絡先交換しないほどじゃないかなって」
連絡先交換は任意だが、訊かれたら断りにくいのはその通りだ。隣の席の男が連絡先を交換していて、なんだか訊かないのも申し訳ないなと思って、俺も一人だけ交換した。ちなみに青葉さんが求められて「ごめんなさい」とバッサリ切り捨てているのも横で聞いた。
外へ出ると、青葉さんの姿はもうなかったし、他の婚活参加者の姿も雑踏に紛れて分からなかった。
気温は下がり始めているが、まだまだぼんやり暑い。早く電車乗りたいな、と森川と話しながら、会場でのことを思い返す。席移動という、相手女性を(主に)顔だけで選べというシステムが面倒で、俺はできるだけゆっくり席を立つようにしていた。最後に空いている席に座ればいい、と思ったのだが、それは裏を返せば、“最後まで選ばれない女性が必ずいる”ということだ。
「初めて行ったけど、婚活パーティーってのは中々残酷なシステムなんだな」
「ああ、お前のところ、青葉さんのところに集中してたもんな」
「それでもって青葉さんは分かりやすく拒否ってたから」
「あー、イメージ通りって感じだ。例のうちの先輩、チャットで雑談振った途端に既読スルーされたらしい」
「お前と話すことなんてねえ、ってか。やっぱ恐ろしいな、青バラは」
駅で森川と別れた後、電車を待ちながら一人で溜息を吐いた。青葉さんとペアになったのは気まずかった、と話したが、正直、青葉さん以外との会話のほうがしんどかった。青葉さんは(コンプライアンス部として人の話を聞くのが得意というだけあって)話を振ってくれる側だし、こちらが気を遣わずとも気楽に話すことができた。
しかし、他の人相手ではそうはいかない。こっちから話題を振らないのは失礼だが、かといって女性の機微は難しい。こっちは何の気なしに聞いたことでも「そんなこと聞く?」って反応をする人はいる。
ゴーッ、と電車が風の音と一緒にホームに到着する。しばらく切っていない髪がはためくのを感じながら、これだってそうだ、と昔のことを思い出す。
男の俺でさえこの風は不愉快で、だからきっと髪の長い女性は尚更そうだろうと思った。でも、最近彼女が髪を切ったと知っていたから「そういえばなんで短くしたの?」と訊ねると、途端に不機嫌になった。「なんで今更?」と言われ、髪を切ったその日に理由まで訊ねなかったことが悪かったのだと知った。
いつだってそうだ、なんでもそうだ。その塩梅に気を回し続けるのは疲れる。溜息交じりに電車に乗り込んだ。
この判を押したような日々には何も起こらず、見ようによっては退屈かもしれないが、でも穏やかでいい。この安寧を大事に、早く帰ってゲームをしよう。やっぱり俺にはこれしかない。




