第42話 青葉さんは恋をした
美人だねと言われることが多いので、多分私は美人なんだと思う。だからそのぶん、特をしているところもある。いくらコンプライアンスが令和になったって、美形に対する印象が良いのは、どうしようもない人間の性だ。
ただ、美人というのは、ある程度カテゴリの分類ができるものではないだろうか。少なくとも私はそう思う。だって男性が私に言う「印象」は、あまりにも的外れなのだ。
「青葉さんって、ヨガとか似合いそうですよね」
営業部の戸倉さんだったか戸上さんだったか、いまは名前を忘れたその人はそんなことを言った。
「昔、ジムで体験レッスンしてみたんですけどね。私には合いませんでした」
「ああ、でもジムとか通ってそう、分かる。毎日充実してる感じ」
いやいや、ヨガにもジムにも通わなかったって話。ちなみにヨガが合わなかった理由は、動かないでじっとするのが退屈だったから。毎日毎日仕事で退屈してるのに、プライベートまで退屈に過ごすことはないと思ったのだ。そんな私に「ヨガが似合いそう」で「ジムとか通って」「毎日充実してる」って、一体何を見ているのだろう。
「青葉さんって、丁寧な生活してそうですよね」
技術部の佐伯さんだったか佐藤さんだったか、いまは名前を忘れたその人は、初対面でそんなことを言った。
「丁寧な生活ってなんですか?」
「アロマとか焚いてたり、お弁当作ったり。偉いなあ」
アロマを焚けば生活が丁寧だという、その丁寧さの欠片もない思考停止はなんだろう、新手のボケかもしれない。そしてそこにお弁当作りという高尚な仕事を入れ込むべきではない。金を節約して健康を確保する営みなのだ。そうコメントすると、佐伯さん(仮)には鼻で笑われた。
「なんか、語っちゃう感じですか?」
多分、私の見た目は「ヨガが似合って」「ジムに通って」「毎日充実してて」「アロマ焚いてて」「お弁当も作って」、ついでに「休日はカフェで優雅に過ごしてて」「朝から紅茶入れてそうな」美人なんだと思う。だって大体そう言われるから。青葉さんってこんなイメージ、青葉さんってきっとそう、社交辞令的なそれらはちっとも社交辞令になってなくて、あまりにもつまらない話ばかりだった。
そりゃ、美人で得をしてることもある。でも、どうやら私の美人さはみんなの中に先天的なイメージがあるみたいで、私に向けられるイメージはそこから抽出されたものばかりだった。それが合致していればよかったのだろうけど、残念ながらちっとも合ってないし、なんなら私はいちいち「面倒くさい」そうだ。
「青葉蘭香って、芸名みたいですね」
セキュリティ部の白沢さん、今もよく顔を合わせるその人は、顔合わせの会議中、私の名刺を受け取りながらそんなことを言った。
今までも、名前へのコメントはよくあった。「似合ってますね」とか「さすが青葉さんって感じの名前ですね」とか色々あったけど、「芸名みたいですね」は初めてのコメントだった。
「珍しいですかね?」
「さあ、でも、なんか響きよくないですか? アオバランカって」
白沢さんは、言いながら私の名刺を引っ繰り返した。裏にはRanka Aobaとある。それを見てもう一度「アオバランカ」と復唱した。
「あ、で、僕は白沢直哉といいます。よろしくお願いいたします」
そして終わった。白沢さんの私へのコメントは、そこまでだった。私はどこか呆気に取られながら、セキュリティ部との仕事を引き継ぐことを話した。
「ありがとうございます、承知しました。基本僕が窓口になると思うんで、分からないことあったら聞いてください。新卒からいるんで歴長いぶんの詳しさはあるんで」
親切さとは裏腹に、湿っぽさはなかった。
この年になれば、相手が自分に向ける好感度の程度くらい大体察しがつく。そしてそのスタート地点がわりにいいことへの自覚はありつつ、かといってそれが仕事以上になると煩わしくもあった。
その好感度の平均スタート地点が7だとしたら、白沢さんは6だった。しかもそれも、話しながら「青葉さんは結論出してくれるんでありがたいですね」とコメントしながら上がっての数値で、そもそものスタート地点は5だったと言ってもいい。
あ、この人にとって、私って興味の対象外なんだ。そう気が付いたのは、白沢さんが法務部の柿井さんと話している様子を見たときだ。柿井さんと話す姿は、私と話すときと大体同じだった。つまり同じ扱いなのだ。
どんな人には態度を変えるんだろう。歴が長いって言ってたから、真面目に会社員をやってるぶん、誰にでも公平ですってことかな。人間意外とそうはいかないもんだけどな。セキュリティ部の同僚だともう少し違うのかな。違うならどんな風に。どんな相手に。
その疑問は段々膨らんでいく。急な残業もすぐに対応してる。家族と暮らしているわけではないのだろうか。営業部らしい人とたまに一緒にいる。営業部とあんなに仲良いセキュリティ部の人なんて珍しいのになんでんだろう。フリーアドレスの席に困ってる新卒をさりげなくフォローしてる。面倒見がいいのかな。
でも、私達は会社の同僚だから、それ以上のことはない。プライベートのことは何も知らない。だってそれは仕事に必要のないことだから。
その折、友達の結婚式の後の飲み会で、みんなで「出会いがないねえ」と話した。
「会社の人なんて仲良くならないしね」
私の頭には白沢さんが浮かんだ。その姿が、オンライン会議の画面風景である、というのが、私達の関係性を物語っていた。
それから何度か婚活パーティーへ行ってみたけれど、しかしこれは仕事の顔合わせと大差ないなと思うまで時間はかからなかった。出会って5分で相手に興味が湧くどころか印象に残ることなど、あれば奇跡だ。なぜこれで交際に至る人が一定数いるのか、心底疑問だった。
そんな婚活パーティーは、三度目の正直もなくまったくもって無意味で。でも、クーポン消費目的の4回目で初めて、たったひとつだけ意味を持った。
『まあ……彼女は欲しい、かなとか』
白沢さんに彼女はいないらしい。
「そういえば青葉さん、恋愛以外にしたいことってあったの?」
「何が?」
「いや、ちょっと前だけど、半分寝惚けてるときにさあ……恋と愛以外に、もうひとつみたいなこと言うから……何かしたいことがあったのかなあと思って」
青葉さんはしばらく腕を組んで悩んでいた。さて何のことだろう、ととぼけているわけではなく、本気で考え込んでいる様子で。しばらくして、はたと気が付く。
「あれかも」
「あれって?」
ちょいちょい、と青葉さんが軽く手招きする。なんだなんだと、軽く座り直すと、青葉さんもソファの上に座り直し、俺に向き合って笑った。
「私ずっと、好きな人に告白されてみたいなって思ってたの」
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