第4話 青葉さんは彼氏がほしい
婚活パーティーが行われるそのレストランの席は、ざっと見て20席ほど。男女それぞれ10人ずつくらいが参加する計算なのだろう。俺と森川はそれぞれグループAとBに分けられ、俺は向かって左側、森川は右側のテーブルにつくのだと指示された。受付の人の説明によれば、席についたら、最初だけタブレットでプロフィールを入力するらしい。対面のソファ席には女性が座り、開始時間になると5分のフリートークがスタートする。5分毎に男が席を立ち、他の女性の席に移動する。移動先は自由だが、グループAはA同士、BはB同士でのみ移動する。だから俺と森川は同じ女性と話すことはないようだ。
そして俺側には、なんとコンプライアンス部の青葉さんがいた……しかも一番最初なので、プロフィール入力のためとか言って、ちょっと長く時間が確保されている。俺はタブレット片手に呆然としながら椅子を引いた。
「……何していらっしゃるんですか?」
「え、婚活です」
見りゃ分かる、そりゃそうだ、俺の質問が悪い。でもあまりにもいつも通りな青葉さんを見ていると、狼狽してる俺がおかしいような気がしてきた。
「……なんで婚活パーティーに?」
「彼氏が欲しくて」
コンプライアンス部の青バラ、彼氏いないのかよ……。なんでだ、とは思ったが、聞いても失礼かと思うと黙らざるを得なかった。
というか、そうだよ失礼だよ。プロフィールを入力すべくタブレットに視線を落としながら、頭が混乱してきた。相手はコンプライアンス部の青葉さん、彼氏の有無なんて聞いたら途端にコンプライアンス違反でホットライン通報まっしぐら。ヒアリングされて警告文で「青葉さんに以後接触禁止」なんて言い渡されて、下手したら「コンプライアンス部エリアに近付くの禁止」とまで言われかねない。挙句の果てに取締役会報告書では「2025年2Q セクハラ1件」なんて書かれ、俺の名前こそ出ないものの見るたびに「あ、これは俺のことだ……」と胃が痛くなるに決まってる。
その青葉さんと婚活で顔を合わせたら、何なら喋ってもセーフなんだ。というか既に「なんで婚活パーティーに」って聞いた。「彼氏が欲しい」とか聞きだした。やばい。これ来週には人事に呼び出されて謹慎処分されるヤツかも。冷や汗が流れ始めた。
「白沢さんはなんでここに? 結婚したいんですか?」
そんな俺の気もしらず、青葉さんは自分のプロフィールを入力しながら尋ねてくる。指先の動きが素早い。女子高生かよ、と言いたくなるが、青葉さんがやっているとさすがバリキャリ、としか思えなかった。
その青葉さんに、俺側が喋るのはセクハラにはならない……はず……? どうなんだろう、今度法務部の柿井さんに聞いてみよう。
「……僕は、まあ……なんとなく」
「社会見学ですか?」
謎のワードチョイスに危うく吹きそうになった。婚活と書いて社会見学と読む。
「いえ……まあ……彼女は欲しい、かなとか……」
森川の取材に付き合って、と言うわけにもいかない。青葉さん側は少なくとも婚活に来ているのだから、それは失礼だろう。
青葉さんは「へえ」と頷く。
「それはやっぱり、刺激が足りないとか」
何言ってんだこの人。
「……いや、いないよりいるほうがよくないですか?」
「んー、まあ、選択肢はあるほうがいいですもんね」
大真面目に考え込むその姿に、俺の頭上には?ばかり浮かんだ。何の話してんだこの人。
「……青葉さんは刺激が足りないってことですか?」
「毎日同じことの繰り返しで退屈だったんで。あ、すみません」
ぺろっと喋った後で、青葉さんは軽く口元に手を当ててみせた。
「私は完全にプライベートのつもりで来ているのでコンプラも何もないんですけど、白沢さん側は不愉快でしたら言ってください」
そうか、結構しっかり割り切るタイプなんだな。
だとしたら俺も「コンプライアンス部の青葉さん」ではなく、「婚活パーティーで出会った青葉さん」として接するべきか。気を取り直して姿勢を正す。
「いえ、そういう意味であれば僕もプライベートのつもりで来ているので、大丈夫です。お気になさらず」
「それならよかったです。あ、というか、正直会社の人に会うなんてちょっと動揺しました」
青葉さんは笑うのだが、それがどうにも愛想笑いというか、まるで動揺していないようにしか見えなかった。




